第1275話 道中にて
カイトは己の武器の修繕の為、アルは強くなった事で合わなくなった武器を強化する為。彼らはそれに協力してくれる事になったソラ達冒険部上層部の半分程度と共に『桃陽の里』の裏にある鉱山へと侵入していた。目的は言うまでもなく、ここにある鉱物資源を手に入れる為だ。そんな彼らは坑道の奥を目指して、魔物達と戦いながら進んでいた。
「『封魔洞』って単に魔術が使えないだけかと思って舐めてた! やっべ! 外部バフ無しとかエゲツな!」
「ソラ! ごめん、足場になって!」
「うっし! 来い!」
アルの要請を受けたソラは自分に覆い被さる様に盾を掲げる。そこに、アルが飛び乗った。こんな事をしなくてもアルには飛空術があるだろう。そう言いたくなるが、ここは『封魔洞』。飛空術も使えない。
「ぐっ! やっぱフルプレートは重い、な!」
「ありがと!……行くよ!」
アルは眼前に立ちふさがる『鉄人形』をしっかりと見据える。大凡5メートル程の鉄の巨人。大きさは『石巨人』より一回りも大きく、強度は一回りではすまないぐらいに硬かった。
「はぁああああ!」
そんな『鉄人形』に大して、アルは全体重を加えた斬撃を放つ。が、それは巨体の頭部に巨大な凹みを作るだけで、僅かに昏倒させただけだった。
「だから言っただろうに。今のお前でも荷が重いってな」
「はいはいはい! わーってますよ、すいませんね!」
楽しげなカイトに対して、ソラが絶叫にも近い形で謝罪する。曲がりなりにも同格。戦えないのか、という疑問を呈したソラに、カイトはやってみれば良いと言ったのである。
確かに曲がりなりにも同格で、ソラには鎧もある。そして相手は鈍重だ。逃げる事は可能だと判断しての発言で、ソラももし無理なら即座に逃げると明言していた。そして案の定、無理だったわけだ。
「いっつー! カイトー! わかってるんだから、やらせないでよ!」
「悪い悪い。アルの攻撃力でこれだ。この限られた坑道の中では諦めろ」
アルの抗議の声――敢えて普通の斬撃でやってもらった――に軽く謝罪して彼の身を守る様に躍り出たカイトは、そのままソラへと道理を告げる。実は今のソラにはもう一つ強力な攻撃があったが、こんな閉所で出来る事ではなかった。アルも勿論である。
「さて……そう言ってもアル。お前なら、この敵に勝てないわけでもないだろう。ちょうどよい。ちょっと攻略法を考えてみろ。時間はこっちで稼いでやる」
基本的にカイトは今回、ソラとカナンの訓練を主眼としていたがそれ以外にもやらせないわけではない。とはいえ、流石に攻撃力が低く練習中のカナンやレイアとの連携が基本となる瑞樹では戦えない。アルに戦わせよう、というのは妥当な判断だっただろう。
「か、簡単に言ってくれるなぁ……」
アルはカイトの指示に苦い顔をしながらも、真剣な目で敵を改めて観察する。その『鉄人形』であるが、なんと驚くべき事に自分の頭を自分で叩いて修復していた。なんでもありに見えるし、実際なんでもありだとしか思えないわけだが、所詮相手は魔物だ。戦士達がまともに考えた所で意味もない。
「と言っても……」
アルは真剣な目で敵を見て、どうやればこの敵を打ち倒せるか考える。何時もならここでアルが防御して後衛として控えている魔術師達に支援を要請するのが、軍での戦い方だ。
彼は確かにカイト達の帰還以前はマクダウェル領では随一の軍人だったが、それでも何でもかんでも一人で倒せると思うほど驕ってもいなかった。今までも何度となく勝てないと思った相手には支援を貰ってきていた。これもまた相性がものを言う事が多いからだ。そして今回はその相性として、アルには不利な相手と言える。
(勝つ方法はあるはずだ)
アルはそう考えていた。もちろん、なんの根拠もなく思ったわけではない。根拠はカイトが指示したから、だ。つまりどこかに解法があって、それを見つける事を期待しているというわけだ。
が、問題はその解法に至る取っ掛かりさえ無いという所だろう。しかしその取っ掛かりさえ無い、というのは間違いだ。それをアルは即座に判断して思考を巡らせる。
(こいつの装甲は非常に固い。いつものならまだしも、この借り物の刃で切り裂くのはまず無理だ……無理、だよね? うん、無理だ)
アルは先程放った斬撃の威力を思い出し、自分ではこの『鉄人形』の装甲を切り裂く事は出来ないと判断する。そして事実、今のアルではこの『鉄人形』を切り裂く事は不可能に近い。であればつまり、斬撃は解法として不正解という事だ。
(じゃあ、どうすれば……殴る? バカな。魔術……はそもそもここでは使えないわけだし……)
アルはああでもないこうでもない、と思考を巡らせる。が、その思考は袋小路に陥っていて答えは一向に出てこなかった。そんな彼の様子に、相も変わらずカイトのフードでのんびりとしているユリィがほくそ笑む。
「気付くかな?」
「さて、な」
ほくそ笑むユリィに合わせて、カイトもまたほくそ笑む。実のところ、この問いかけは非常に意地の悪い問題だった。というのも、これは真面目に考えていては答えが出ないからだ。そうして、カイトが小声で呟いた。
「さてさて……何時になったら自分の中に答えが無い事に気付くやら」
「いや、あるにはあるんじゃないかな? ただ、その答えがある事にそもそも思考が向かわないだけで」
「それもそうか」
二人はあくどい笑みを浮かべながら、どうやってもたどり着けない答えを探して思考の袋小路に陥ったアルを観察する。こういうわけである。
そもそも現状のアルの手札ではこの敵にはどうやっても有効打となり得る攻撃をする事は出来ない。いや、出来ないのではなく手札としてそもそも考慮していない、という話だ。
なにせそれはアルが使う攻撃方法ではないからだ。技量などからアルでも出来ても、アルはそもそもその攻撃方法で敵を攻撃するという経験は無い。そして無いには無いなりの理由がある。そうである以上、普通に考えていてはそれで攻撃しようと思わない。それ故、そんなアルは今もまだ己の手札を見つめてばかりだった。
(駄目だ。一切攻撃が思いつかない。僕の持つ最大の攻撃力でもこいつの装甲は切り裂けない。というかそもそも、こんな強固な敵を切り裂こうとしている事自体が間違いなんだよね。魔力を纏った金属を斬るなんてそもそも刀とかの芸当じゃないか)
アルはそもそもの根本的な間違いというべきか、根本的な問題点に気付いて内心でそう愚痴を言う。と、そこまで気付いてから、彼はならどうするかに繋げる事にする。
(そもそも軍でこいつと戦うなら、風化させる魔術を使って錆びさせて脆くして倒すのが基本。冒険者だと普通、モーニングスターとか一撃一撃が重く尖った武器で一点集中での一点突破……一点集中?)
当たり前といえば当たり前な話に気付いたアルが、ふと目を見開いた。当たり前だがどんな強固な物だろうと一点に力を集中されれば途端に破りやすくなる。これは別に不思議でもなんでもない。
打撃よりも斬撃、斬撃よりも刺突の方が遥かに一点に掛かる力は大きい。だから、強固な物体を破壊する場合は杭などの先端が尖った物を使って力を一点に集中させて打ち破る。
「あ……」
そういうことか。確かにアルの手持ちの手札ではそもそもこの敵の防御力を上回る事は不可能だ。しかしそもそもの問題として、手札とは一体なんなのだろうか。そんな疑問に突き当たる。
出来る事さえ知っていれば、そしてやり方を知っていればそれはやった事が無くてももう己の手札としてカウントしても良いのではないだろうか。それが出来ると気づかないからこそ、手札としてカウント出来ていないだけだ。
「気付いたか……行けるか?」
「うん」
やり方なら、さっき見せてくれていた奴がいる。そしてそいつと自分は大別すれば同じ流派に属する。戦い方の根本は自分も教えている。技量は自分以下と断じて良い。なら、悩む必要は一切ない。出来るに決まっている。だからアルはカイトの問いかけにはっきりと頷いた。
「……何やるつもりなんだ?」
何かを決めたらしく意識を集中していたアルを見て、ソラが僅かに身を乗り出した。確かに手札としてカウント出来る事を理解したアルだが、これはほぼほぼぶっつけ本番だ。
なので出来るから、と即座にやれるわけではない。これは実戦だ。失敗すれば死の危険さえある。しっかり手順を見直して、万全の態勢を整えて行うべきだった。そんなソラ達の見守る前で、アルは手順ややり方をしっかりと確認して一つ小さく頷いた。
「良し……カイト。援護貰える?」
「ああ、任せておけ」
覚悟を決めたアルの様子を見て、答えにたどり着いた事を理解したカイトはしっかりと頷いた。これはぶっつけ本番だし、そもそもカイトが指示した事でもある。であれば、きちんとフォローはしてやるつもりだった。そうして、カイトは今まで翻弄し続けていた『鉄人形』に向けて再度翻弄の為の疾走を開始する。
「こっちだ!」
カイトのするべき事は牽制。ゆえに彼は『鉄人形』の懐に潜り込むと、今回の戦闘で主兵装として使っていた小太刀――魔力で編んだ物ではなく何らかの折りに偽装で買った安物――を使って軽くその装甲を削り取る。これに痛痒を感じたわけではないだろうが懐に潜り込んだカイトに向けて、『鉄人形』は勢いよく倒れ込んだ。
「よし! ここなら!」
アルは倒れ込んでくる金属の巨体の下へと潜り込む。最大の一撃を叩き込むなら、敵の全体重も加えた方が良いと思った様だ。それに彼ならこの『鉄人形』も少しの間は支えられる。万が一にはカイトも居る。なんとかなるだろう。
「行くよ! <<連続杭>>!」
「あ、それ俺の!?」
敵の胸元目掛けてアッパーカットの様に飛び上がったアルが使った技を見て、ソラが声を上げる。
そうなのだ。カイト達の指示への答えは一つ。アルの手札には無く、ソラの手札にあったのだ。そうして、連続してがぁんという金属に何かがぶつかる音が響いて、ついに。
「よし!」
敵の胴体を貫通し、アルが背中から飛び出した。流石にあの巨体かつ金属の重量もあり全力で飛び上がったにも関わらず僅か二メートル程のジャンプになってしまっていたが、彼はそのまま敵の背中に着地した。その左手の魔力で編まれた杭には、半透明の球体が刺さっている。『鉄人形』のコアだ。
「そうだ。それが正解だ。こいつに斬撃で戦おうなんぞ馬鹿も良い所だ」
そんなアルに対して、カイトが拍手を贈る。その彼はアルが正解にたどり着き、金属の胴体を打ち破れるのを見るや即座に離脱していた。
「基本的にソラの杭系は非常に良い貫通力を有している。勿論、射程があまりに短いという致命的な欠点もあるがな」
「すいませんねー」
「拗ねるなよ、褒めてるんだから」
口を尖らせたソラび対して、カイトが笑いながら賞賛を述べる。
「確かに肉薄しないと使えないという致命的な弱点はある。あるが、それはオレ達には致命的な弱点にもなり得ない。鈍重な相手になら、って事だな」
カイトはいつかの皇国の高級軍人達の議論と同じ事を語る。結局はそこだ。こんな技を使える相手は大凡鈍重な相手で、そしてそういう奴等ほど、これが有効になってくる。相手は固定された壁の様なものだからだ。壁に杭打ち機を使えばいつかは打ち砕けて当然だ。
「まぁ、そんなわけで。ソラのあれは非常に有効な敵も多いから覚えておくと良いぞ」
「そうだね」
「お、おう……」
本当に想定外に絶賛されてソラが照れかえる。とはいえ、この絶賛も宜なるかな、というところだ。カイトも使うという時点で、この有用性は察するにあまりあった。
「さて……じゃあ、行くか。まだ先は長いからな」
雑談混じりの会話を追われせると、カイトは再び前を向いて歩き出す。そうして、彼らは目的となる鉱物資源を求めて、さらに坑道を進んで行くのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1276話『魔導金属』




