第1273話 素材集めへ
海棠翁から武器のさらなる強化の為の方向性を示されたアルとリィルの二人。二人は言われてすぐに動いていたわけであるが、滞在三日目になって村正流の鍛冶師達から代替の武器を借りて村の外に出る事にしていた。アルは刀身の強化にはどうしても鉱物資源が必要である事、リィルはいくつかの試験の後に芯材の周囲を覆う素材としてとある魔物の皮が良いと決定して、それを狩猟する必要が出たからだ。
「ごめんね、皆休みだったのに……」
「ありがとうございます」
そんな二人であるが、それと一緒に瞬ら冒険部上層部の面々も一緒だった。流石に人海戦術というかここは村正流の本拠地だ。鍛冶師は沢山いて、カイトからの依頼とあって最優先で彼らの武器は修繕がされていた。
しかも元々この調整に携わっていたのは桔梗と撫子の二人。村正流の直系の鍛冶師だ。なので預けて二日――来た当日には渡していた為――で修繕は終えられて返却されていたのであった。
「ああ、問題は無い。それにいつまでものんきにしていても腕が鈍るし、一度はここらの敵とも戦っておきたかった」
「まぁ、持ちつ持たれつって所で。たまには俺達が協力するのも良いだろ?」
やる気を漲らせる瞬と同様、こちらも武器の返却をされたソラが笑いながらアルへと問いかける様に明言する。いくらカイトの命令だからといえ常日頃はアル達に世話になっている側だ。なので彼らの要請とあってソラ達は快く応じたのであった。
なお、アルとリィルが冒険部上層部に支援を要請したのは、やはりここら一帯が危険度の高い地域だから、という事だ。そして幸いな事に上層部の面々はランクB前後。武器さえあれば、ここらでも足を引っ張る事はない。
「って事で……カイト。鉱山はどうなんだ?」
「どう、ねぇ……どうと言われても鉱山なんぞ大してどこも違いは無い。基本は岩石系や鉱物系の魔物がワンサカと、ってところだ」
「じゃあ、基本は敵数は少ない感じか」
カイトからの情報にソラは成る程、と頷いて更に自分で想定される状況を述べる。そしてこれは非常に正解に近かった。故にカイトが僅かに眉を動かした。
「お、よくわかったな。そうだな。ここの敵は基本、一撃一撃が重く、しかしそれ故に鈍重な敵が多い」
「うっし……じゃあ、俺の出番でオケ?」
「そうだな。今のお前なら、十分に主力として仕留められるだろう」
やる気を漲らせるソラに対して、カイトはその手腕をお手並み拝見としておく事にする。鈍重かつ一撃の重い相手と敵の攻撃を受けてカウンターを叩き込むソラとの相性はあまり良くない。
良くないが、決して悪くもない。鈍重という事はその分、敵の動きは見切りやすい。防御も十分に間に合うだろう。なので重要なのは、如何に敵の攻撃によるダメージを受け流せるか。それはソラの手腕一つに掛かっていた。
「とは言え、だ。やっぱりまだランクAの魔物を相手するのはやめておくべきだろう。アル、ちょうど良い。ランクAクラスの魔物が出ればお前が中心となれ」
「うん、わかった。僕の場合は防いで、だね」
「そうだな。幾ら同格とはいえ、この中で迂闊な事は避けるべきだ。オレがアサルトを引き受けよう。カナン、お前はソラ達が十分に攻撃を受けられる様に敵を翻弄してやれ。お前の速度ならここの相手でも普通に対応出来る」
「あ、はい」
アルの安全策を良しと認め、カイトは己が攻撃役を務めると明言する。そして更にその上で、カナンに陽動を任せる作戦だった。今のカナンなら、ランクAの魔物だろうと牽制が可能だ。この布陣なら、十分に戦える見込みがあった。
何より、まだソラが相手をするぐらいならアルもカイトも支援に入れるしそれでも問題が無い。だが、アルが戦うランクAクラスはその時点でソラ達からすると格上だ。ソラ達では支援に入れない。入れるのはカイトとユリィの二人だけだ。安全策を取るべきだろう。
その一方、鉱山組とは別。外に出る組はというとこちらはこちらの引率役とでも言うべきティナが音頭を取っていた。カイトと分けたのはこちらの戦力が些か不安だったからだ。別に魔術が使えないからではない。
「ふむ。あちらはあちらで動いておるな。では、こちらも簡易なブリーフィングといくかのう。まず、リィル」
「はい」
「お主が攻撃手を務めよ。槍は手に馴染ませておるな?」
「はい、既に」
リィルは数度槍を振るって見せる事でティナの問いかけの答えとする。その姿は確かにいつも通りで、武器の違いは知っている者でなければ分からなかった程だ。が、勿論武器技は使えない。それ以外にもやはり感覚は僅かに違っていて、何時もよりもほんの僅か。それこそ熟練の戦士を相手にするのなら気にしなければならない僅かな繊細さを欠いていた。
「それで、由利と魅衣。お主らは牽制をせよ。今回はカナンは鉱山ゆえ、特に魅衣は動いて敵を翻弄する事を主眼として戦え。その他、翔も魔術で援護出来れば援護せよ」
「うん……それはわかったんだけど、敵はどいつ?」
「あっと……そういえば皆さんには言っていませんでしたね。今回どうやらいくつかの魔物の皮を合わせて作る事になっていまして、リストアップしたものを持ってきています」
魅衣の問いかけにリィルが一枚のメモ用紙を提示する。アルの側は基本ホタルが各種の探査装置で調査してくれるので問題はないが、リィルの側は魔物を狩る必要がある。なのでそのリストが存在していた。そしてその魔物次第で陣形や戦闘方法を変える必要があった。
「ふむふむ……竜種だの何だのとそこそこ強い魔物も多いな」
リストを見ながら、瞬が僅かに笑みを見せる。戦い甲斐がある、とでも思っているのだろう。とはいえ、そんな彼とて今回は油断させるわけにもいかないし、猪突猛進に進ませるわけにもいかない理由があった。というわけで、その背後に転移術で回り込んだティナが杖で一撃を叩き込む。
「ぐっ!」
「馬鹿者。此度お主も槍が自前ではない事を忘れておるか」
「あいたたた……わ、わかっている。自分の魔力で編んだ槍は使うな、だろう……?」
ティナの叱責に瞬は殴られた頭を擦りながら、わかっていると明言する。というわけで今回の彼は珍しく背後に槍を背負っており、そのかわりとして腕にはいつもの顕現を補佐する為の籠手ではなく逆に顕現を阻害する腕輪を嵌めていた。ティナ謹製の魔導具で、彼女の許可がなければ槍を創れない仕組みだった。
「うむ。此度のお主の目的は一流の拵えた槍を使い、己の槍の精度を上げる事。精度があがればその分強度は遥かに増して、更には構造に理が生まれ世界からの修正力も小さくなる。良いこと尽くめじゃ」
「……少し思うんだが」
瞬はティナの話を聞いていて、ふと思う事があったらしい。そんな彼はとりあえず思う事を問いかけてみた。
「なんじゃ?」
「俺もカイトみたいにどこかの鍛冶師に弟子入りした方が効率はよくなるのか?」
「うむ? むぅ……まぁ、そういう事はあるやもしれん」
ティナはカイトではない事から、瞬の問いかけには曖昧にしか答えられなかった。というのもカイトが鍛冶の練習をさせられた――したのではなく強制的にさせられた――のはそもそもで手が足りなくて偶然、という所だ。ティナが才能を見抜いたわけではない。そしてここらにはどうしようもない理由があった。
「ここら、面倒というか厄介な所というか……やはり何事にも才能がある。鍛冶も言うまでもない事じゃ。なので鍛冶をして槍を作り把握して、とやるのが一番良い者もおろう。が、同時に実際に何度も何度も……そうじゃな。お主の様に何度も槍を振るい、己と一体化しているとさえ言い切れる様になる方が早い者もおる。もちろん、そういう者とて鍛冶というか得物の構造を知っておくのは非常に重要。なので組み立てたり分解したりしてしっかりと構造を把握はすべきじゃろう」
「ふむ……そこらはやってみないとわからない、というわけか」
「然りじゃな」
瞬の総括にティナははっきりと頷いた。とまぁ、そういう事らしい。なのでやってみればわかる事もあるだろう、とひとまずは帰ってからという事になる。
「さて……では、余らは余らで進む事にしよう。素材集めは幸いここら近辺の魔物が大半じゃし、今回は時間も限られる。上からクーに見張らせておるゆえ、それの指示に従えばよかろう」
『というわけで、上空から皆様のお手伝いをさせていただきます』
ティナの指摘に全員が上を見てみれば、そこには小鳥が一匹浮かんでいた。言わずもがな、クーである。やはり鉱山と比べて外は広いわけで、なんの目印もなく魔物を探していたのでは日が暮れる。なので上空から探させる事にしたのである。基本的な使い魔の使い方としては正しい使い方だろう。
それをするのが超高等な使い魔なのでそれが正しいかどうかは、判断の分かれる所であるが。そうして出発していったティナ達を見送りながら、カイト達も最後の確認を行っていた。
「良し。あっちもあっちで動き出したな……アル。お前も剣は普通とは違うが、問題は?」
「……うん。大丈夫。若干氷属性の耐性が薄いから何時も通りの魔術や攻撃は出来ないかもだけど……カウンターを叩き込んだり普通の攻撃を叩き込んだりする分には問題にならないと思うよ」
カイトの問いかけにアルは一度剣に魔力を流し込んでみて感覚を確認して、そう返答する。後は実際にやってみて考えるという所だろう。所詮これは訓練にも等しい。実戦とは大きく事なっている事も多い。そしてそれはもちろん、カイトも把握していた。
「まぁ、そこらはやってみて所感を述べてくれ。もしまずそうなら、こっちから援護を出す」
「うん、お願い」
「おっし……じゃあ、もう行けるか?」
「ああ……じゃあ、こっちも出発だ」
ソラの問いかけにカイトは一つ頷くと、こちらもまた移動を開始する。そうしておよそ五分ほどで、案外簡単に目的地が見えてきた。道中戦闘は一度もなく、それどころか里から目と鼻の先だった。里からも見えていたし、逆に入り口に立っても里も見えている。敢えて言ってしまえば里の裏山の側面と言っても過言ではなかった。
「……ここが? えらく里に近くね?」
「元々この鉱山が目的で、あの里は作られているからな。だから不思議な事はないさ」
「でも側面なのか」
「てーか、正確には元々正面にあったけど魔物の襲撃で側面に移動した、ってのが正解だ」
変なの、といった顔をしていたソラに対して、カイトがおおよそ何があったかを教えてやる。基本的に鉱山の入り口に村や里があるのが鉱山を中心として発展する里の基本だ。が、ここは側面になっていて、些か鉱夫達が入るにしてもやりにくそうな感じがあったのである。
とはいえ、ここに入るのは鉱夫ではなく戦士達だ。基本的にここの素材は大量生産やどこかに輸出する為にあるわけではない。ここの里にいる鍛冶師達は大半が一流の鍛冶師。なので行うのは大量生産ではなく受注生産だ。大量に素材が必要となる事は滅多になかった。そしてもし大量に素材が必要となる場合は依頼者側が用意してくれる。鉱夫が必要となる事が無いのであった。
「魔物の襲撃ねぇ……それで里が移動するぐらいなんだから、結構やばかったのか?」
「らしいな。まぁ、その時に武勲を立てたのが月花だ。で、そこから軍人になってという所らしいな」
「ぐ、軍人じゃない時にやったのか……」
「らしい。詳しくは知らん。まぁ、聞けば武者修行の折り、ここにも来ていたらしい。で、鉱山から溢れた魔物と戦って、という所だそうだ……えっと、ああ、あの大きな凹み。あれがその時の戦いの跡なんだと」
大いに引きつった顔のソラに対して、カイトはさして思う所も無いのかあっさりとその証拠を教えてくれる。そこにあったのは、おおよそ100メートルほどの亀裂だ。あまり深くはないが、広さと長さはかなりある。相当な攻撃力で大きく削られたか吹き飛ばされたのだと推測された。
そしてこの威力だ。相当強力な魔物が出ていた事は想像に難くはなかった。まぁ、カイトにしてみればこの程度は自分でも出来るというわけなのだろう。
「さて。まぁ、そんなことはどうでも良いとして。基本はさっき言った通り、瑞樹とアルが雑魚の場合の攻撃。ソラは全体の防御。カナンとオレは牽制だ。と言ってもカナンにはさっきも言った技の練習もしてもらう。なので基本はアサルトと陽動の兼任と思え」
カイトは気を取り直すと、改めて突入前の最終ブリーフィングを行っておく。ここらを怠ると困るのは後々だ。しかもここはソラ達にとっては格上の敵も多く出る。何度確認しても問題はないだろう。そうして、最終ブリーフィングが終わると共に、カイト達は鉱山の中へと入っていく事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1274話『鉱山の中で』




