第1272話 武器の改良を
カイト達が素材集めに鉱山に入り、ティナ達が各々の武器の状態を確認し次へと繋げる準備をしていた頃。この旅に同行していたアルとリィルはというと、海棠翁から直々の呼び出しを受けていた。と言ってもこちらも理由は武器の調整を、というだけだ。
「おぉ、来おったか」
「お久しぶりです、先代」
「ご無沙汰しております」
自分達の武器を前にした海棠翁に対して、二人は頭を下げる。敢えて言うまでもない話だが、カイト率いるマクダウェル公爵家と中津国、ひいては村正流の鍛冶師達とは懇意にしている。そういった縁を頼りにして、軍に中津国で名を馳せた戦士が志願してくる事も多い。そしてそれはブラックスミス、いわゆる鍛冶師達も然りであった。
なのでマクダウェル家では調整も基本は村正の鍛冶師が行ってくれており、ここでの本格的な調整も可能だったというわけであった。で、これまた詫びという事でこの二人は海棠翁が直々に調整を、というわけであった。どうせカイトが素材を手に入れるまで彼は暇だ。暇を持て余して、と言っても良いだろう。
「うむ……随分と久しい気もするが……おおよそどれぐらいであったか」
「そうですね……僕は確か以前来られたのは祖父が騎士を引退するとなった時でしょうか」
「私も……その時以来かと」
アルの言葉を聞きながら己の記憶を手繰っていたリィルがその言葉に同意する。基本は出不精かつ鍛冶以外の多くの事を気にしない大雑把な性格と言える海棠翁であるが、やはりカイトの旧縁となるとそうも言っていられない。
特にヴァイスリッター家の主家――もちろんここではアル達のヴァイスリッター家――に属する騎士、それもこの場合は当主の引退だ。この時ばかりは彼も国を離れて引退式に参列していたのであった。
と言ってもその時はまだアルもリィルもどちらも魔導学園の生徒であった時で、どちらも騎士としての装いはしていなかった。つまり、成長期真っ只中だ。なので随分と昔に感じられても仕方がないといえば、仕方がないのだろう。
「ふむ……であれば随分と昔でもないか。五年……いや、三年ほど前か。些か沈んでおった頃であったがゆえに曖昧になっておるだけかもしれんな」
正確には五年前で、結構昔な気もするのだけど。アルは海棠翁の言葉を聞きながらそう思うも、口にはしない。というわけで、口にしたのは別の事だった。
「そのぐらいかと。先代は随分とお元気になられた様子ですね」
「まぁ、いつまでも過去の失態を悔やんでも仕方があるまい。それにあれも見てしまったからのう。今回もまた、上を知った。これで落ち込んではおれんわ」
呵々大笑と言うには程遠いものの、楽しげかつ獰猛な笑みを見せた海棠翁は総身にやる気に満ち溢れた闘志を漲らせていた。その風格はかつてとは大きく異なっていて、以前はこんなやせ衰えた老人が本当に伝説の勇者の仲間なのだろうか、と疑わしかったアルとリィルにもはっきりと彼が伝説の刀匠である事を知らしめていた。
「さてのう。それでお主らの武器は見させてもらった。桔梗と撫子の二人からも話を聞いた。まぁ、小僧共にしては悪うない使い方をしておる、と称賛を述べてはおこう」
「「ありがとうございます」」
海棠翁は伝説の刀匠だ。それ故、上から目線の発言にも二人は深々と頭を下げる。彼ら当主の一振りこそ、この国では<<月天>>が振るう刀とされている。間違いなく国一番、下手をすると世界でも有数の刀鍛冶だ。国の威信さえその腕には込められている。
その彼が悪くない使い方をしている、と言うだけでも十分な称賛足り得る。が、これは悪くない。すなわち良いとは言っていない。なので苦言が続くのも当然と言えた。
「が、うむ。これは当時の儂らが悪かったとしか言い得んのであるが、それでも使い手の問題でもあるのでいくつかの悪い点も指摘しておこうかのう」
「「はい」」
ごくり。アルとリィルは海棠翁の僅かに苦味の乗った言葉に身を引き締める。二人自身、自分達が未熟者である事は身に沁みて理解している。ついこの間の戦いでも石舟斎や宗矩を見て自分達が所詮若造なのだと思い知らされたばかりだ。なので素直に海棠翁の言葉を聞く事にして、背筋を正す。
「うむ……では、まず小僧。お主、最近妙な力の入り方をしておらんか」
「っ……」
「その顔では、図星か。敢えて言えば気負い。悪く言えば僅かな焦り。そういったものが見え隠れしておる」
一瞬のアルの苦渋の滲んだ表情で、海棠翁は見立てが正確だと理解する。もちろん、この原因については海棠翁には知る由もないし、知るつもりもない。
彼らは刀鍛冶。カウンセラーではない。もちろん、使い手と鍛冶師の関係がある。なので相談したいというのであれば、受け付けてもくれる。が、海棠翁はカイトの刀鍛冶であって二人の刀鍛冶ではない。更には所詮は仲間の子孫。二人について詳しいわけでもない。相談は受け付けないし、そこに興味もない。なのでため息を一つ吐いた海棠翁はその見立てに至った理由を告げた。
「長く使われた武器には使い手の癖が現れる。どの間合いを得意とするか。どの攻撃方法を得意とするか、という具合にのう。これはカイトでも然り。そこから、儂ら鍛冶師はその使い手の癖を見抜ける。お主の武器にももちろん、それが現れておった。武器の摩耗の差として、のう」
海棠翁はアルの武器を手にして彼に刃のある部分を見せながら、そう解説する。この時アルにはわからなかったが、どうやら海棠翁の目には僅かな歪みが見えていたらしい。これは本当に熟練の職人が見てようやく分かるような歪みだ。一軍人であるアルがわからないでも仕方がない。
が、そここそがアルが最も多く敵を攻撃した部位というわけでもあった。アル自身さえ気付いていない、自身が最も武器で敵を斬る際に使う部位。それが海棠翁には見えていたのである。
「まぁ、これを桔梗と撫子にわかれと言う方が酷であるし、それをわからせる為に儂らはお主らの所へとやった。癖を見抜くには数多くの使い手を見て、使い手が使った武器を見る必要がある。そしてもしわかっていたとて、儂らが喜ぶだけなのでお主らはそう気にせんでも良い。なにせこの歪みを修正するのが、儂ら鍛冶師の役割でもあるからの」
じゃあなぜ言ったのだ。笑う海棠翁の言葉にアルは素直にそう思う。そしてもちろん、そんな敢えてアルを刺激したいが為に言ったわけではない。ここを指摘せねば話が始まらないからこそ、この指摘をしたのである。
「さてと……これで、話は最初に戻る。先にも言うたが、これは儂らの見通しの甘さ……いや、カイトの帰還という儂らでさえ見通せなんだ事情がある。あれの帰還により、儂らの予想よりはるかに早くお主らは成長しておる」
「ありがとうございます」
再度の称賛にアルは再び頭を下げる。彼自身、カイトの帰還以降今まで己が培ってきた十七年以上に一足飛びに成長している事が自覚出来ている。それゆえ、これには照れも謙遜もしなかった。それに海棠翁は一つ頷くと、アルへと方向性を提示した。
「さて……そういう意味でもお主にはもう強度を上げるべきだと思うた」
「強度、ですか?」
「うむ。お主はまぁ、意識せんかったのであろうが……お主の力みは武器の寿命を減らす。その原因が何であるか、というのは儂は知らんし、興味もない。提示するのは如何にして武器を強化するかのみ。であれば、よ。儂が提示するのは刀身の作り直し。魂はそのままに、更に妖刀として刀身を鍛え直す」
「出来るのですか?」
アルが驚いたのも無理はない。魂はそのままに、というのは武器の性質や根本をそのままにして、という意味だ。つまりは武器技を修正せずに、といえば話は早い。
が、これは非常に難しい芸当というか、アルが驚いた通り普通は無理と思われている芸当だ。武器の魂は言うなれば対象を傷付ける部分――例えば刀身や穂先――に存在している。それは武器という物がどう言い繕っても戦う為の物だからこそ、そこに職人達は最も魂を込めるからだ。
そしてそうなると、作られた時点でその素材は固定される。例えば銅で出来た刀身を後から鋼の刀身に変えればその時点で別の剣と言えるだろう。打ち直しというよりもはや作り直しに等しい事だ。なのでその時点でその武器の魂は別物に変えられると言っても過言ではなかった。
「出来るか出来ないかで言えば、出来る。儂ならば、という所であるが」
一切の虚栄も虚飾も無く、海棠翁は出来る事を明言する。本来、これは鼻高々に言っても良い事だ。アルが知らなかった様に、熟練の中でも一握りしか出来ない芸当だ。
が、それが無い事こそ、彼がどれだけの高みを目指しているかという証にも等しかった。この程度は出来て当然、と考えていたのである。
「まぁ、数ヶ月前のカイトに発破をかけられた当時であれば些か不備も出たやもしれんが、今は問題ない。というより、存分に腕を振るってやろうぞ」
あ、自分がやりたいだけだ。アルはにかっ、と笑みを見せた海棠翁からにじみ出る<<無冠の部隊>>所属技術者達特有のやりたい様にやらせろオーラを見て、そう理解する。
そしてせっかく彼ほどの鍛冶師がやる気を出してくれていて、自分に利益となる申し出なのだ。アルはここは図太く行くべきだ、と判断して頭を下げる事にした。
「お願いしてよろしいでしょうか」
「うむ。任せておれ任せておれ……で、小娘の方じゃ」
上機嫌にアルの申し出を受け入れた――もしくは受け入れさせた――海棠翁は即座に真剣な顔に戻ってリィルの方を向いた。
「お主の穂先については、敢えて言うまでも無い。これについては真っ直ぐに一直線に突けておる。まぁ、時折若干斜めに刺突し、骨の湾曲部にぶつかったりして歪みが生じておるゆえ、それについては修正せよと言うしかあるまいな」
「精進します」
「それで良い。儂らが言えるのは横からのやっかみ程度。お主が理解出来ておるのであればそれで良いし、体術としてどう修正せよ、と儂らがどうのこうの言えるわけでもなし……が、お主には穂先ではなく柄の部分に歪みが多く見受けられた」
リィルの頷きを良しとした海棠翁は穂先ではなく、それを支える柄の部分に問題が出ている事を明かして、これまたアルの時と同じくリィルの槍の柄を彼女へと提示する。
と言っても、今回は修繕されている途中だからかその柄に巻きつけられていた滑り止め代わりのある魔物の皮が取り外されていて、芯となる部分が見えていた。そこには無数の傷跡が刻まれていて、幾度となく戦いを経た事を見る者すべてに知らしめていた。
「流石に、こちらはお主らにもわかるじゃろう」
「……この凹みや歪みは……」
「うむ。お主の身を守る為に付いた傷よ。これについては武器である以上、問題はない。無いが、以前の修繕からどれほどかは桔梗と撫子の二人から聞いておる。些か通常より消耗が激しい。打撃の際にはそこらを心がけ、魔力で保護するのが基本。その基本をもう少し心がけよ」
「……はい」
自らの想像以上の己の相棒の傷を見て、リィルは少しだけ申し訳無さそうな顔で頷いた。この槍は彼女が生まれてからずっと手にしてきた、彼女にとっては本当に自分の分身にも等しい武器だ。
それをここまで酷使してしまった事はやはり彼女にしてみれば、いくら消耗品とわかっていても少しつらい事だったようだ。そうしてリィルを一度凹ませた海棠翁は、その上で対策を述べる。
「お主の場合は穂先を敢えて新たに取り替える必要はあるまいな。が、柄の方を少々更に強固にする必要はあろう。が、この槍の柄に使っておる素材はお主らバランタインの血筋の者が多用する<<炎武>>を最も効率的かつ最大限発揮出来る様に三百年も前の儂ら鍛冶師達が苦慮に苦慮を重ねて出した結論。これはバランタインのハルバートにも同じ芯材が使われておる。ゆえに、ここを取り替える事はできん」
「では、どうすると?」
「うむ。芯材を覆っておる物を変える。こちらについてはさほど問題はあるまい。が、やはりこれを変えるとお主の使い勝手に違いが出る。お主には……いや、小僧もそうじゃが、お主にも修正には力を貸してもらう」
「わかりました」
自分達の武器の修繕をするというのに、協力を惜しむバカはこのエネフィアには存在していない。ゆえに海棠翁の命令にも近い申し出にリィルは迷いなく頷いた。そうして、アルとリィルの二人は武器の修繕だけではなく武器の強化も行ってもらう事となり、各々必要な物を取りに色々と動いたり微調整に協力したりする事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1273話『素材集めへ』




