第1270話 かつての話を
かつて。まだカイトが『もう一人のカイト』だった頃。彼が使っていた武器は実は意外な事に、カイトとは違ってたった一つの武器だった。とはいえ、それにも理由がある。それは彼が成した偉業にこそ、原因があった。
「……ははっ……マジかよ……」
その偉業が達成された日。彼の横に居たのは、真紅の髪を持つ一人の英雄だった。彼はカイトと同じぐらい、ボロボロだった。が、それでもたった一つの偉業を成し遂げたという誇らしさがあり、同時に戦いの凄惨さに悲しさを浮かべていた。
「……はぁ……結局、勇者なんて言われても出来るのは戦う事ぐらい、なんだよ……オレなんてさ……」
「……そりゃ、そうだろ……お前、単なる騎士なんだからさ……」
「……すまなかった」
もはや意識が朦朧とする二人の男達に、一人の壮年の男が謝罪する。もう、戦いは終わった。この男が、最後の敵だった。が、倒さなかった。
「いいさ……あんたは国の為に戦いを起こした。倒すのは容易い」
「ボロボロのお前が言うなー」
「お前もボロボロだろうが」
「ははは……帝王陛下。もう、兵を帰らせろ。俺達がいる限り、ここから先に武力では進めない。そして貴方が約束を守る限り、貴方の思いも達せられる」
真紅の英雄は最後の気力を振り絞って、帝王への約束の履行と恫喝を明言する。難しい事なんてわかっている。が、それだけで人は救えるのだ。なら、迷いはない。
「……たった、たった二千の兵に撤退させられるか」
「ははは……そうじゃないさ。二千加えて数十万の兵。それが居てはじめて、勝てた。良いのか? 今なら、俺達を討てる」
「二千の兵でそちらの総兵力の倍以上の兵を食い止められた挙げ句、まだほぼ壮健な兵を相手にはできん……感謝する。偉大なる英雄よ……そして、再度すまなかった」
帝王は感謝と謝罪だけを残して、その場を去っていく。これで、戦いを終わらせられた。それが誇らしかった。そうして去っていく帝王を見送りながら、敵の兵士達が去っていくのを最後まで見送った。それはまるで、自分達がこれ以上進ませないと言わんばかりだった。
「……何か言えよ」
「……疲れた……」
「おつかれ、ダチ公。悪かったな、遅れて」
「……後一時間遅れたらぶん殴ろう……そう思ってたんだがな……間に合いやがってこの馬鹿王子……」
兵士達が去っていったのを見ながら、カイトはゆっくりと親友に背中を預けて脱力する。帝王の望みは、彼の親友の手によって叶えられるだろう。なら、もう戦いは起きない。
安心してよかった。彼はおよそ半月、戦い続けた。最初一週間を耐えきったのが、帝王が言った二千人だった。その更に最初の三日。それを彼は一人で耐え抜いた。誰よりも、ボロボロだった。
「「「……」」」
そして彼の仲間の二千人は彼の背後で全員がボロボロになりながらも、立っていた。誰もが仲間達と支え合っている。もし誰か一人でも欠ければ、その瞬間に全員が死ぬ。そう思える状況だった。友の為に、仲間の為に死ねない。その想いだけが、彼らを立たせていた。そして、カイトを立たせていた。
「……親父。あんたの伝説……守り抜いたぜ……誰も死なせなかったあんたの偉業……二代目が潰しちゃ、悪いもんな……」
朦朧とする意識の中で、カイトはそうつぶやいた。これこそが、彼の偉業。彼が部隊を率いて駆け抜けたすべての戦場で、彼は誰一人として部下を死なせずに戦い抜いたのだ。
そしてそれこそが、カイトと彼の差でもあった。常に誰かの死を乗り越えてきたカイトと、常に誰も死なせなかった『もう一人のカイト』。それ故の戦い方の差だった。だから彼には武器が一つしかない。誰も死ななかったからこそ、死なせなかったからこそ、だ。
「……おやすみ、ダチ公。まぁ……後は……任せとけや……」
「……くー……」
「ぐがー……」
二人の英雄は揃って寝息を立て始める。おおよそ半月もの間、昼夜問わずに戦い続けたのだ。疲労困憊にもなるし、眠りもしよう。
「……はぁ……誰かレックス殿下を国まで。私は兄さんを姫様の所まで」
そんな二人に、カイトの部下であり義弟であり家族である一人の騎士が駆け寄ってその肩を支えて運び出す。彼もボロボロだが、それでもカイトよりは随分とマシだった。
「……ああ、それとサルファ殿下にも連絡を。彼の作る治療薬が必要だ……兄さん、これは貸しですからね」
「総員、帰還せよ! 戦いは終わった!」
「「「おぉおおおおお!」」」
戦場の各所で、戦いが終わった事に対する歓声が上がる。こうして、『もう一人のカイト』が成した異世界での三つの偉業の一つが終わりを迎えるのだった。
それから、幾星霜。『もう一人のカイト』であり、その彼の分け御霊であり分身であるカイトはというと、村の各所から材料をもらいながらそれをユリィへと語っていた。先にカイト自身も述べていたが、ここらの話はユリィにもしていない。それは一つの理由があったからだ。
「……そういう……それで語らなかったわけ」
「ああ……あのオレこそが、ティナを目覚めさせた。だからあいつも本当はその神剣を知ってるんだよ。いや、知ってるなんてもんじゃないな。あいつが引きこもっていた聖域を斬り裂いたのが、あの神剣だ。多分、あれの事はあいつは覚えてる」
つまりは、そういうことだったらしい。カイトとしてもティナが記憶を封印している事は知っている。そして知っているし協力もしている。だから彼は神剣についてを誰にも明かさなかったのだ。
が、今回は海棠翁がその答えを見付けてしまったし、あれだけの事をしたのだ。ティナもおそらくこの力を使えるのなら、とかつての彼が使っていた武器が神剣の類やそれに匹敵する業物だろうという事は見抜いていたと思われる。隠す意味が見受けられなかった。
「で、カイト」
「何さ?」
「嘘言ったよね?」
「うぐっ……」
ユリィの指摘にカイトはぎくり、と顔を顰める。どうやら正解らしい。まぁ、誰よりも長く連れ添った相棒だ。カイトが嘘を言っていたことぐらい見抜いていても不思議はない。
現に彼女以外にもティナもカイトの言葉に嘘があった事を見抜いていた。とはいえ、彼女の場合は嘘の内容に興味が無い様子だったので追求はしなかったという所だろう。
「親の形見は本当……でも何も無い顔は演技でしょ」
「わかっちゃいますか。まぁ、わかりますよねー」
「えへん。伊達に相棒やってません」
そりゃそうだ、と至極当然と受け入れたカイトに、ユリィもまた胸を張って当然と言い張る。そしてこれに不思議はない。それが、相棒だ。
「オレとあいつは同じだ。だからまぁ、悲しくはあったらしい。実は来歴とか知らないってのは全部真っ赤な嘘さ。親父と母さんの記憶、実は少しだけあるんだよな」
「……」
「すんません。嘘じゃないですが嘘に近いっす」
言葉が足りなかった事を見抜かれたカイトは顔の前で浮かぶユリィに謝罪する。なお、ここでカイトの言った親父と母さん、というのは『もう一人のカイト』の事だ。
「多分、帰還後に一度会ってる。まぁ、お前も知っての通り、過去が止まった状態のオレなんで何度会ったかは曖昧でよくわかんねぇけどな。神様なんだよ、二人。だから死んでも復活した、ってわけ」
「……あ、待って! もしかして……」
カイトから教えられた事情に、何かにユリィは気付いたらしい。目を大きく見開いていた。それに、カイトもまた笑みを浮かべた。
「そういうこと」
「それで……そういう事だったんだ。なーる……というかそれならそうと言ってよ」
「しゃーないだろ、お前記憶目覚めたのってここ最近の話じゃねぇか」
「まぁ、それはそうなんだけどさー」
カイトのツッコミにユリィはどこか不満げだが、その言葉が正論だったので不満げに口を尖らせるしかできなかった。が、愚痴は言える。
「というかさー。カイト、隠してる事多すぎない? 相棒なんだから明かしてよー」
「おいおい……お前らには一番の秘密まで教えてやってるのに今更かよ」
「それ、私だけど私じゃないよね」
「なんだけどさー……実際、オレがお前らに隠してる秘密って何さ?」
「んー……」
実際の話として、カイトが秘密にしていると知っていて秘密にされている事はなんだろうか。ユリィは少しだけ思い出してみて、それがあり得るとすればもう『もう一人のカイト』に関する事ぐらいしか無い事に気が付いた。が、これは語られない理由も知っている。今はまだ、というに過ぎない。
「無いね、あんまり。というか何気に私達が一番カイトの事知ってるもんね」
「実際、あのヤンデレツンデレお姫様からして、自分以上の理解者と言われてるわけだしな……」
「言われた事あるっけ?」
「あー……そっか。お前らここらは知らないか」
そう言えばこれを語られたのは自分と一緒の時――つまりは『もう一人のカイト』――だったな。カイトはその特殊性により起きる記憶の混濁の影響でうっかりミスを起こしていたようだ。
ここらはやはり彼の特殊性により、という所だろう。気を付けるぐらいしか出来る事が無い。が、こういうふうに単なる雑談だと気を付けるのも難しい。
「お前らはオレを構成するオレ自身みたいなもんさ……今更、お前無しの人生なんてあり得ないし、考えられない。お前らが三人いて、オレははじめてオレなんだ。だから、勇者カイトとはオレの事じゃない。オレ達の事だ。魔王カイトと一緒でな」
「……もう、嬉しい事言ってくれるなー」
「にっししし」
嬉しそうに頬を染めたユリィの言葉にカイトは楽しげに笑う。と、そんな彼はそのまま告げた。
「というわけで……ここでも頼りにしてるぜ、相棒殿」
「うん! じゃあ、行こっか!」
二人の眼の前にあったのは、鉱山だ。武器を修理しようというのだから当然、金属は必要になる。そして『桃桜の里』がここにあるのは、良質な鉱物と良質な水があるから。つまり、鉱山は近くにあったわけである。そしてこの鉱山は特殊で、この二人だけで来たというわけであった。
「さて……緋緋色金が産出される『封魔洞』。魔術師は侵入禁止な洞窟だ」
「でもまぁ、私達には無意味なわけで」
「わけでして……さて」
カイトはふわりと浮かび上がったユリィを横に、カイトは目の前の鉱山を見て唇を舐める。『封魔洞』。その名の通り、魔を封じる洞窟だ。とはいえ、これは通称で、この鉱山の名前はまた別にある。そして魔術師が禁止されているのは、その魔を封じる事に理由があった。それをカイトが述べる。
「中では一切の魔術が使えない天然の魔術師殺しの鉱山……」
「唯一使えるのは身体能力アップのみ。魔物のランクはCからA。危険度マックスなわけだけど」
「「問題無し」」
魔術が使えない魔術師の天敵とも言える鉱山に対して、二人は一切の迷い無く足を踏み出した。そうして、二人はカイトの刀の修復素材を手に入れるべく鉱山の中に消えていくのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1271話『残った者のお仕事』




