第1267話 遅参者達
今日から新章です。
少しだけ、話はズレる。カイト達は現在、<<死魔将>>というかつての敵の復活を受けて各地に散っていた『無冠の部隊』総員を集めている。それもまぁ、すでに数ヶ月も前に開始していたことで大半は集結して、マクスウェル近郊にある基地で日夜鍛錬に励んでいる。
老齢で戦闘に耐えられない、怪我の治癒に時間が掛かる等の理由を除いて未だ集結していないのは、王侯貴族の様なよほど国の重鎮で抜けると困る様な場合が大半だ。というより、この親子を除けばそれしかない。
「……はぁ……やっぱりお前らじゃあまだ無理か」
「「申し訳ありません……」」
カイトの問いかけに桔梗と撫子の二人が頭を下げる。両者の間には、カイトが愛用する村正のふた振りの刀があった。先のダオゼ討伐の折りにカイトは特殊な力を使った。
如何に村正兄弟魂心の一振りであるこのふた振りであろうと、流石に無茶が祟ったようだ。折れたり曲がったりしている事はなかったものの、使い手ならわかる僅かな魔力の淀みが生まれていた。
「いや、これは見習いにあの爺の魂心の一振りを鍛え直せ、と言ったオレが悪い。それが出来たら爺が廃業しかねんからな……いや、ありえんか」
項垂れる双子の鍛冶師にカイトは笑って首を振る。やはり荷が重いというべきだろう。というわけで、カイトはせっかく中津国に居る事もあって次に行く所を決めた。
「しゃーない。あの爺の所に行くか。どうにせよあの爺達、こっちの呼び出しをほっぽり出すとかいうとんでもをやってくれてるしな」
「「も、申し訳ありません……」」
笑うカイトの言葉に桔梗と撫子は今度は若干笑いながら頭を下げる。流石に一軍の団長として、団員が己の命令を無視したまま、というのは示しがつかない。
まぁ、全員が竜胆と海棠の二人だしとわかっているし彼の呼び出しを無視というのは敢えて言えば何時ものことといえば何時ものことなので締まりも何もないが、何時までも二人を放置というもの対外的に問題だ。そろそろ、マクスウェルに連れて行く必要があった。そう言う意味で言えば、今回の事は丁度良かったと言って良いだろう。体の良い偽装工作になってくれる。
「まぁ、今回の一件もあった。武器の調整をしておきたい面子は多いだろう。かといって、お前らは休暇だ。働かせるのもオレの主義に反する……しゃーない。滞在は少し延長する事にして、『桃陽の里』へ行く事にしよう。お前らも久方ぶりの帰郷をするも良し。こっちで骨を休めるのも良い。どうせ今回の案件に合わせて、あの爺共も連れて行く。こっちも鍛冶師の人手は足りんしな」
カイトは立ち上がると、笑って桔梗と撫子の二人に一応の明言をしておく。父親と祖父は今回の案件に合わせてマクスウェルに行く事になるだろうし、かといってそれ以外の家族がどうするかは彼らの決定次第と言える。なので来るかもしれないし、来ないかもしれない。そこらはわからないので会いに行くのも良いだろう。
「さて……じゃあ、とりあえずオレ達は準備をしてくる」
「「はい」」
カイトの言葉に二人が再度頭を下げる。そうして、カイトは呼び出しに応じず自分達の拠点に引きこもる己の武器の主治医達の所へと向かう事にするのだった。
というわけで、出発してから数日。カイトは双子の鍛冶師達を迎え入れて以来数ヶ月ぶりとなる『桃陽の里』へとやってきていた。とはいえ、今度は以前とは違って一人ではなく、一同を引き連れての事だった。せっかくなので、というわけだし、各々の武器について知る事は重要だ。
「……桃陽って言うからどんな所だと思ったんだけど……」
「桃の花はすでに無く、ですね」
「そりゃ、時期が時期だからな。流石に秋も中頃に桃の花が咲き誇っても不思議だろうよ」
桜と灯里の言葉にカイトはただただ苦笑する。彼の言う通りだ。秋も初旬を過ぎて桃の花が咲き誇ってもおかしいだろう。
「ま、そんなわけで半年程遅いか早いか。今は見るものは何も無い時期だな」
「秋なのにね」
「行楽シーズンとはいくまいよ……さて。じゃあ、オレは爺共の所に行くが」
どうする。カイトの問いかけに全員が同行を申し出る。そもそもそれが目的だ。というわけでカイトは里の中を歩いて、村正一派の使う鍛冶場へと向かう事にする。
「す、凄い鉄を打つ音ですわね」
「そりゃ、名家だからな……」
「にしちゃ、うるさ過ぎないか!? なんかごうごう、って音もするし!」
瑞樹の呆気にとられたかの様な言葉に普通に応じたカイトに対して、ソラが耳を押さえながら問いかける。それに、ティナが一つ頷いた。
「ふーむ……これは結界が壊れとるのう。魔力が反響して音が増幅されておる」
「そんな事ってあるの!?」
「あー……お主は辛いわな。うむ、仕方がない。ほれ」
今にも耳が押しつぶされそうな程に押さえたカナンの様子を見て、ティナが即席で結界を展開する。と言っても外部の音を小さくするだけのものだが、それで十分だった。
「ふぅ……あー……耳がまだきーんってなってるよー……」
死ぬかと思った。カナンは随分と落ち着いた鉄を打つ音にホッと胸をなで下ろす。やはりハーフとはいえ獣人だ。身体能力はかなり高い。音もそれ故に大きく聞こえていたのだろう。
「まぁ、ここで鍛えておるのは妖刀故のう。どうしてもハンマーや刀身に魔力を込めながら鉄を打つ。すると、この様にその魔力に反応して音に魔力が乗ってしまい」
「そんな学術的な話はどうでも良いよ……」
今度は別の意味でゲンナリとした様子のカナンはティナの解説を殆ど聞いていなかった。そもそも知っていたところでなんなのだ、という話だ。というわけで落ち着いてなお響く鉄の音を聞きながら、カイトは玄関口から声を上げた。
「おーう、爺共! 元気してるかー!」
カイトが声を発してしばらく。家の奥から桔梗と撫子の二人を伴った竜胆が現れた。二人には先んじて帰郷して貰って、アポイントを取ってもらっていたのである。
カイト単独なら別に良いが、他の面子も一緒だ。それに積もる話もあろう。そこにカイトが居ても無粋だと判断したのである。
「おう、すまねぇな。ああ、話はちょくちょく聞いてたが、お嬢ちゃん達と会うのは初めてか。竜胆だ。親父と共にこいつの鍛治師をやってたモンだ」
「まぁ、今も繊細な調整はお前ら任せだがな」
「戦士の繊細な調整までやられちまったら、俺たちの立つ瀬がねぇ」
カイトの言葉を受けた竜胆が肩を竦め、道理と言えば道理な事を言う。それに、カイトも笑って頷いた。
「そりゃそうだ……で、わざわざ当主が出迎えたぁ、事情は聞いてるってところか」
「いやぁ、わりぃわりぃ。親父の奴がちょいと作業にのめり込んでてな? それに付き合ってたらいつのまにかこんな時期だ」
「言われんでもわぁったわ」
呵々大笑と笑いながらもざっくばらんとした竜胆の申告に、カイトはただただため息を吐くだけだ。どうせそんな事だろうとは彼以外の村正親子を知る全員が述べている。これで何か変わった事があったらすぐに誰かが呼び出されるのだ。当然の帰結と言えば当然の帰結であった。
「で、随分と無茶をしてくれたようじゃねぇか。親父が珍しく大笑いしてやがったぞ」
「悪いな。ちょっと見ただけでも違和感が分かる程だ。お前ら専門家なら、より分かるんじゃないか?」
「ま、貸してみな。取り敢えず見てみない事には何も言えねぇ……いや、その前にせっかくの客だってのに立ち話もなんか。上がんな。飯前だが、茶と酒ぐらいは出すぜ」
カイトの問いかけに手を差し出した竜胆だが、カイトがふた振りの刀を探している間に思い直した様だ。彼は身を翻すと、一同を案内する様に歩き出す。それに各々少し慌て気味に靴を脱いで、村正邸に上がらせてもらう事にした。
「さて……じゃあ、改めて。竜胆・村正。村正流刀鍛冶の二代目だ。まぁ、お前さんらにゃウチの娘達が世話になってんな」
一同が客間へと通された後、カイト以外も居るので竜胆は改めて自己紹介を行っておく。そうして一通りの自己紹介が終わった後、竜胆は早速とばかりに先程の話の続きを行う事にした。
「で、カイト。お前さんの刀は、と行きたいんだが……おい、二人共。流石に団長としてカイトが来てるってのに親父が何時までも来ないのはウチの名に差し障る。曲がりなりにも村正が国から支援をもらえてるのはこいつの名もでかい。そろそろいい加減にしろ、と言っておいてくれ」
「「わかりました」」
竜胆の指示を受けて、桔梗と撫子の二人は邸宅内の奥にある鍛冶場で刀の鍛錬を行う海棠翁を呼びに行く。そうしてそれを待つ間に、竜胆は一応の詫びを行った。どうやらカイトの刀を診るのは海棠翁が来てからにするつもりなのだろう。
「悪いな。いつもの通りの偏屈親父で」
「いつもの事すぎるな」
「あっはははは。そう言ってくれりゃ助かるぜ……で、にしても面白い小僧共ばっかじゃねぇか。やっぱ、お前の仲間って所か」
己の謝罪に呆れ一つで許してくれたカイトに対して竜胆は一つ笑って、桜らの観察を始めていた。
「基本、そっちの小僧共は槍と片手剣って所だが……そっちのお嬢ちゃんらは面白い。まずそっちのお嬢ちゃんは薙刀だが、主武器は魔糸だな? 魔糸をメインに戦える奴は非常に少ないし、珍しい」
「わかるんですか?」
「あったぼうよ。これでもお嬢ちゃんらの十倍の年月は鍛冶師やってる。そして鍛冶師やってりゃおおよそどんな武器を使うか、ってのはわかるもんさ。武器と防具に残る痕跡でな」
驚きを隠せない桜に対して、竜胆は笑いながらそう明言する。そうして、彼は次に瑞樹を見た。
「そっちの金髪巨乳の嬢ちゃんは大剣……いや、なんだ、そりゃ?」
「おお、こっちは余が作った大剣型の魔導砲……いや、魔導砲にもなる大剣というところかのう」
「マジか。姐さん、相変わらずやりたい放題やってんな」
瑞樹の背負う大剣の不可思議さに気付いて目を丸くした竜胆に対して、ティナは簡潔に説明を行っておく。そうして明かされた内容に、竜胆はただただ楽しげに笑うだけだ。
基本、カイト率いる『無冠の部隊』は戦士然り技術者然りでやりたい放題やっている。なのでこんな物が開発されていても不思議はないと思ったようだ。と、そんな彼は更に見回して魅衣を見て、更に馴染みの顔をもう一つ発見した。
「他にもそっちのお嬢ちゃんは魔法戦士って所か。魔法って言うと語弊ありまくりだけどな。お、そっちの小僧はアルフォンスだな。久しいな」
「お久しぶりです」
「どうだい? 相変わらず女泣かせてんのか?」
「ちょ、人聞き悪いですよ」
「ははは……そか。彼女出来たなら良いこった」
凜に睨まれて焦った様子のアルに対して、竜胆はそれでおおよそを把握して一つ笑う。と、そんな彼は更に瞬やソラを見た後に、カナンを見て目を瞬かせる。
「おう? お嬢ちゃんは……耳は普通だが獣人……だよな? 武器は俺達が使ってる物とは違うし……」
「あ、はい。えっと……」
「ラカムの娘、レイの姪っ子だ」
「……はぁ!? 見付かってたのか!?」
どう説明すべきか、とカナンから視線で問いかけを受けたカイトの説明に、竜胆が大いに驚きを露わにする。そうしてしばらくはその会話が続いた頃に、海棠翁がやってきた。
「なんじゃ。随分と楽しそうな感じじゃのう」
「ああ、親父」
「おう、爺。あんまり遅いんで呼びに来る事になったぞ」
「そこまで遅かったかのう」
「おせぇよ。何ヶ月だと思ってる」
「……竜胆。今何月じゃ」
カイトの問いかけに海棠翁は少しだけ視線を泳がせて、自分の記憶を探る。が、どうやら思い出せないらしい。彼らにはよくあることだった。気づけば一昼夜どころか数日が鍛冶だけで終わっている事がよくある彼らである。寝食さえ忘れて鉄を打つ。そして基本そんな奴らの集まりが、カイトの所なのでこれは笑い話にもならなかった。と、そんな一方の竜胆もまた、視線を泳がせた。
「あ? あー……秋にゃ入ってるな」
「お前ら覚えてないのかよ!?」
「あっははは! いやぁ、ここ数日打ち納めか、と鍛冶場籠もっててな!」
「はんっ。別に日付なぞ炉の調整の役にも立たん。今の天候さえ知っておりゃ儂らにゃ十分じゃて」
呵々大笑と笑い飛ばした竜胆と心底日付に意味を見出していない海棠翁。それにそれをよく知るカイトはともかく、周囲は盛大にドン引きするだけだ。とはいえ、そんな彼らが気にする事は一つだ。
「で?」
「で?」
「刀を出せ。どうせ無茶したのは知っておる」
「あいあい……」
来るなり挨拶も無しにそれか。わかりきった事といえばわかりきった事だったので特に気にしなかったカイトは海棠翁の求めを受けて、己が酷使したふた振りの刀を海棠翁へと提出する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。今回の舞台は久しぶりの桃陽の里。
次回予告:第1268話『カイトの武器』




