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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第63章 多生の縁編

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第1265話 湯治

 地球とのやり取りの後。カイト達は『榊原(さかきはら)』から離れて、再び温泉街へと戻っていた。元々は湯治に来ていたのだし、そもそもこんな所であんな激戦を繰り広げる事になるとは誰も予想していなかった事だ。おまけに連れていた人員も冒険部の半数にも満ちていない。合流するのは当然の話だった。


「……くぁー……マジ疲れた……ってか、なんなんだ、あいつらは……」


 温泉に浸かりながら、ソラがそう愚痴る。あの襲撃から、明けて翌日。カイト達上層部は色々な事を考えながらも温泉街に帰還すると、カイトが命令して全員に強制的に休暇を取らせていた。というわけで、ソラもまた休憩していた、というわけだ。


「……あ、あー……なんってか……お前、大丈夫か?」

「ん?」


 どこか気を遣った様な声音のソラの問いかけに、ただ静かに酒を飲んでいたカイトが小首を傾げる。


「いや……なんかあったんだろ?」

「ああ、久秀か。ま、そりゃ色々とあるわな」


 ソラの再度の問いかけにカイトは笑う。というより、笑うしか無い。あの時代で最も裏切りを重ねた男は、と言われれば日本の大半の者が松永久秀の名を挙げるだろう。それで色々と無いわけがない。


「まー、あいつは裏切らないとあいつじゃないんだろうがな……」


 カイトはそう言うと、手に持っていたおちょこを傾ける。この世のほぼ全ての人には前世がある。それ故、カイトの前世が織田信長であった事に驚きはあったものの、そこから飛躍して勇者カイトにたどり着いた者は誰一人として居なかった。

 更には言ってしまえば瞬がカイトの前世の露呈より前に島津豊久の名を出している。そして人間の輪廻転生に必要な時間はおよそ三百年から五百年。戦国時代はその年数にピッタリと合致していて、学術的には何ら不思議の無い事だった。故にカイトの前世が信長であった事そのものには、大した驚きは生まれなかった。


「だから、辛くないってか?」

「なわけねー。織田信長って男は結構厄介な男でな」


 カイトはかつての己をそう笑いながら評する。そうして、彼は己の知り得る限りの信長の情報を教えてくれた。


「ま、あんまりこんな事言うとお前もだろ、と言われかねんので端折るが……知ってるだろうが織田信長ってのは裏切るってのがだいっきらいな男でな」

「そういや、自分から裏切った事なかったんだっけ?」

「大半、ってか浅井家に対してのみ、止むに止まれぬって所だな。その浅井家だって浅井家の同盟相手である朝倉家が信長と敵対してたから仕方がなくって話がでかい。それ以外は全部裏切っても降伏勧告出してたり、久秀の時の様に謝れば許したりしてる。信長の部下で有名な柴田勝家は最初は敵だったりもしたな」


 カイトは懐かしげに、武骨で戦略的な事が得意でなかった男を思い出す。彼は最後は自分に義理を立てて、死んでいった。彼はその器用でない性格ゆえ、秀吉の裏切りに気が付いてどうしても納得が出来なかったそうだ。しかしそういう男だからこそ、当時の信長は安心して妹のお市の方を任せられた。


「……あの時代にしちゃ、馬鹿の頂点に立っていた男だ。裏切られても裏切らず」

「それ、どうしてだったんだ?」

「自分が、嫌だったから」

「は?」

「嫌だったんだよ、信長は。誰かに裏切られるのは良い。が、誰かを裏切るのは我慢が出来ない。もちろん、戦国時代だから裏切りというか策略で騙したり暗殺はしてるけどな」

「我慢できないって……何にさ?」


 カイトの口から語られる大昔の偉人の心情に、ソラは首を傾げる。それにカイトは思わず、といった具合で笑みをこぼした。


「自分自身に、だそうだ。天下布武。天下に道理をもたらすと豪語した己が人の道から外れてはお天道さまに申し訳が立たん、とな。だから、織田信長は決して他人を裏切らなかった。そして裏切られても謝罪されれば赦した」

「はへー……」


 凄い度量だ。ソラはわずかに伝え聞こえた織田信長の心情に、物凄い度量を理解した。そしてそれだからこそ、豊臣秀吉も徳川家康も彼の血統を何よりも重要視してその血筋を己の血脈の中に取り込んだ。徳川家康は後年、彼との同盟を貫き通した事を美談として流布してもいる。それほどの男だったのである。


「あっははは。そんな顔するな。根っこはオレ達と変わらねぇよ」

「そう……か?」

「まぁな……赦してたのだって、何度も影じゃ陰口叩かれてた。で、そういうの結構気にしてたりするんだよ、信長って男は」

「似合わねー」

「あっはははは! だろ?」


 ソラの感想にカイトはもう楽しくて仕方がない、とばかりに笑う。今の日本人の大半が織田信長に抱くイメージは苛烈で無情な男だ。が、歴史的な事実から見てもそれは間違いと言うしかない。結局は、イメージとはそういうものなのだろう。


「赦してたのは単に見知った奴が赦してくれ、と頼んでるのに殺すのが忍びなかったからって情けない理由だ。顔見知りが死ぬのが見たくなかったんだよ、あいつは。もちろん、度が過ぎると逆に肉親だろうと容赦なく自分の手で叩き切るから、苛烈や熾烈ってのは信長って男の一面は捉えてるけどな」

「……うん、どっからどう聞いてもお前だわ」

「だよなー」


 カイトも自覚はあったらしい。ソラの言葉にただただ呆れた様に笑うだけだ。そして他人であるからこそ、ソラには織田信長という男がカイトの前世である事が疑いない様に思えた。

 カイトもまた、その苛烈さと甘さは兼ね備えていた。いや、どれだけの戦いを経ても甘さを失わないのがカイトの最大の特徴だ。そして同時に、それ故の苛烈さも持っていたのを彼は知っていた。

 そしてそれは信長という男もそうだったという。ここら、やはり信長はカイトと同じ魂の基盤を持ち合わせているからなのだろう。


「基本、信長という男は自分の家族と捉えた者達には非常に甘い。女にもな。単身赴任に怒ったり、部下の浮気に怒ったり、とかな」

「今までの話、信長をカイトに変えても通じんな」

「あっははは。いや、マジでな。なーんで普通の人間になってながら根っこは変わんないんだろ、オレ」


 カイトはソラの冗談めかした言葉に笑いながら、まるで呆れる様に告げる。ずっと、戦いの輪廻の中に捕らえられていた。そこから抜け出て単なる人間になれたというのに、結局根っこが変わらないから戦いの中に戻っていった。そしてそれは今の彼もそうだ。結局、カイトは信長を笑いながら、自分自身が変わらない事を自覚していたのである。


「そういや……織田信長も宗教嫌いなんだっけ?」

「も、ってなんだよ、もって」

「あれ? お前嫌いじゃねぇの?」

「いや、別に。ってか、普通にヒメちゃんとか知り合いに居るから無宗教者ではあるけどな」


 ソラの問いにカイトは不思議そうに目を丸くしながら己の考えそのままを答える。別に彼は一度も宗教が嫌いだと言った事は無いはずだった。


「あれ? でもお前、確か偶像化とか嫌いなんじゃなかったっけ」

「そりゃ、オレが祀られるのは絶対に阻止するが、べっつに宗教嫌いってわけでもねーよ。後言っとくけど、織田信長も宗教嫌いじゃないぞ?」

「そなのか? 比叡山焼き討ちとかやってんじゃん」

「そりゃ……まぁ、オレも多分やっただろうけどな」

「やんのかい」


 カイトの反応にソラは思わず笑い出す。とはいえ、これはおそらくカイトだったとしてもやるだろう。


「オレ達が嫌いなのは宗教家が武装してる事。騎士とかみたいに自衛の為、神職の様に祈りを捧げるならまだしも、あの当時の僧兵とか普通に盗賊と変わらん奴ら多いぞ。そのくせ変に神様信じ込んでるから、死ぬ気で向かってくるからな。どれだけ手こずらせられた事やら。だーら狂信者ってのは嫌いなんだよ。信じられてる神様側の心情とか考えた事あんのか、って……」

「お、おう……」


 ソラはカイトの愚痴に藪蛇だった、と内心で反省する。が、同時にわかりもした。カイトが嫌いなのは宗教家が過剰に武装している事だ。彼とて自衛程度の武装や他者を守る為の武装なら文句は言わない。

 現にアル達の事をカイトは認めているし、尊敬も抱いている。もちろん、彼自身述べていたがアユルら純粋な宗教家に対しても好感を持っているし、守るべき相手と考えてもいる。

 嫌なのは、彼らが変に干渉してくることだった。そしてそれは今でも彼を悩ませる問題でもある。同時に、彼の来歴を考えればずっと悩ませられる問題でもあるだろう。故に彼の愚痴は止まらず、ソラは急いで話題の転換を図る事にした。


「え、えーっと、あ、そうだ。そういやさ」

「あん?」

「俺も当然、前世あんだよな?」

「そりゃな。まぁ、超例外的にお前が今回作られた魂だ、っていう場合もあり得るが……流石にここまで特例事項が乱発されてるとは思いたくないな」


 ソラの問いかけにカイトは何を当たり前な、と言う顔で一応の例外だけは明言しておく。


「どんなのだろ?」

「知らねーよ。オレはお前じゃないからな。ついでにいうと、降霊術の応用で知れても目覚めてないなら使わない方が良い話だ。ま、こればっかりはお前の前世がねぼすけじゃない事を祈る程度にしておけ」


 カイトはソラに対してそう丸投げした意見を送る。そもそも信長が目覚めたのだって終戦後の話だ。それに対して瞬はすでに目覚めている。それを考えれば、単純に力量だけで目覚めるというわけでもない。こればかりは運というべきなのか、それとも自分自身を鑑みるしかない、と言うしかないだろう。


「なんとかなんねぇの?」

「なんとかなったら今頃この世にはランクSクラスの化物がうようよしてるだろ」

「……それもそうか」

「そーいうわけ」


 ソラが納得したのを受けて、カイトも頷いて身体の力をわずかに抜いて深く風呂の湯に浸かる。そうして、彼らはしばらくの間、この間の戦いの疲れを癒やす事にする。と、再び一時の停滞が起きるわけだが、今度もまたソラが口を開いた。


「そういや……藤堂先輩の傷、どうだったんだ?」

「ああ、それか……まぁ、恐ろしい話としか言えん」


 ソラの問いかけにカイトは藤堂の傷を思い出す。あれだけ見事に一撃を受けたのだ。そして場所は胸のど真ん中。本来は、命さえ危ぶまれる状態だった。そう、本来は、である。


「流石は石舟斎殿というべきか……完璧なまでに人体の構造を理解した上で、心臓のすぐ真横を貫いていた。一見すると傷は深いが……深刻なダメージは負っていない」

「嘘だろ……」

「マジだ。元々、石舟斎殿の腕は恐ろしい領域だというのはオレも知っている。知っているが、まさかこれほどとはな……技量なら確実に宗矩殿を超えている。もちろん、武蔵先生も超えてるだろう。才覚では旭姫様とは何方が上か、という領域だろう。下手すりゃ、クオンクラスかもなぁ……」


 カイトの顔に苦渋が浮かぶ。やはり柳生石舟斎だ。その技量は剣聖とさえ言われる柳生宗矩を遥かに上回っていたらしい。カイトに剣技では決して上回れないと明言させる程の腕前だった。


「勝てんのか、お前」

「勝ち負けだけなら、勝てる」

「お前……平然と言うよな」


 カイトの返答にソラはただただ呆れるばかりだ。が、それは事実だ。


「伊達に弟弟子やってねぇよ。剣術単独なら到底敵わない相手だが、今回ばかりはその必要も無い。一応の礼は尽くすが、敵に容赦はするまいよ」

「どうやるんだよ?」

「いや、別に。オレそもそも剣士ってわけでもないし」

「……そういや、そうだった」


 カイトの明言にソラは間抜け面でそう言えば、と思い出す。そもそもカイトは剣士ではない。多種多様な武器を使いこなす混色の戦士だ。単に元来刀を使っていたので今も刀をベースに戦うが、その気になれば槍でも弓でも戦える。相手の得意な土俵で戦ってやる必要なぞ皆無なのだ。


「お前さ……時々思うけどチートだよな」

「チートって……こんなオンリーワンでもないレアリティ高いだけの異能でチート扱いしないでくれよ」

「俺はお前以外は知らねぇよ」

「オレは知ってる限りでも二人居るわ」

「居んのかよ」


 そもそも歴史上でも数える程しか居ないという技術のはずなのに、平然と他にも知っている事を明言したカイトにソラが思わずツッコミを入れる。と、そんな話をしたからだろう。ふと、カイトが思い出した様に告げる。


「お前も、努力すりゃ出来たかもしれないんだろうけどな」

「どして?」

「空也、刀顕現出来たぞ。しかも結構な精度で」

「うそぉ!? マジで!?」


 空也とはソラの弟の事だ。それが刀を顕現出来る様になっていた、という事にソラは大いに驚きを露わにしていた。彼は瞬が槍で何千回も訓練していたように、刀――と言っても竹刀だが――で長年訓練を続けていた。故に身体が刀の存在そのものを記憶してくれたらしく、瞬と同じ様に刀限定ではあるが実体化させられるようになっていたらしい。

 まぁ、それでも瞬の様な戦いに向けたがむしゃらさというものが無いからか、メインとして戦う事は避けているそうだ。今は天下五剣の一振りを相棒として、地球での騒動に臨んでいるとの事であった。


「まじまじ」

「うっはぁ……マジかよ……俺も訓練さぼんなきゃよかった……」

「さぼってなかったらそもそもこっち来てなかった気もするけどな」

「そりゃ、そうなんだけどよー」


 ソラはわずかに悔しげにカイトの言葉に応ずる。やはり弟に自分に出来ない事をやられると悔しいそうだ。兄としての見栄という所なのだろう。そうして、その後は二人共のんびりと色々な雑談を行いながら、英気を養う事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1266話『狙われるのは』

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