第1263話 もう一人の女
ダオゼという盗賊の追撃戦の最中で起きた、一つの戦い。それはソラの読み違いによる冒険部の半数程度がバフを失うという最悪に近い事態に陥っていた。というわけで、それを受けて弥生はソラ達を補佐するべく、己の切り札の一つである<<原初の魂>>の発動を決める。
「<<大火・覇王の墓>>!」
弥生は過去の己、即ち斉藤帰蝶と呼ばれた斎藤道三の娘へと呼びかける。彼女の望みを叶えた弥生だ。それ故、帰蝶はほぼほぼ無条件に弥生へと力を貸し与えていた。そしてそれ故にこそ、帰蝶が侵食するという事は無い。弥生の望みと帰蝶の望みは合致している。同じ望みを抱く女だからこそ、帰蝶が自発的に引っ込んでくれるからだ。そうして、彼女を中心として地獄の業火にも似た炎が顕現する。
「あぁ……それは駄目です」
それに対して、果心は懐かしさを滲ませる。それはまるで、数十年連れ添った友人に久方ぶりに出会えたかの様な親しみが篭っていた。
「焼き尽くしなさい」
僅かな冷酷さが滲んだ弥生が、己を中心として顕現した地獄の業火へと命ずる。そうして、地獄の業火が果心へと一直線に迸った。
「……」
それを真正面に見据えながらも、果心は避けようとも防ごうともしなかった。そうして、彼女は本能寺を焼いた地獄の業火をその身に受ける。が、その身がかつての盗賊達の様に燃えつくされるということは一切無かった。
「……」
「っ……どういうこと!?」
ただ泰然と佇む果心を見て、弥生が目を見開いた。これは彼女の<<原初の魂>>を使った必殺技、必ず殺す為の技だ。だというのに無傷というのはどう考えてもあり得なかった。
「どういう事、とは異な事を」
そんな弥生に対して、ここで初めて果心が敵意を見せる。が、それは明確な敵意でありながら、害意という物が皆無という非常に奇妙な物だった。そして同時に、先の親しさは残ったままでもある。非常に不思議な感情が滲んでいた。
「貴方の願いがあそこで散る事だった事は存じ上げておりますとも……この熱さは貴方の願い。貴方の祈り……であればこそ、私には通じませぬ」
「……?」
何を言っているのだろう。弥生は唐突に語られた果心の語りに困惑する。それはまるで、自分の事を、帰蝶の事を知っているかの様だった。だが、疑問を得ている時間はない。彼女が何を知っていようと、敵は敵。何よりも彼女から発せられるこの明白な敵意がそれを物語っている。
「っ……鉄砲隊!」
気を取り直した弥生は即座に影法師達を呼び寄せる。炎が効かないのは、別に不思議はない。この領域の魔術師なら、属性攻撃を吸収してきてもおかしくない。なら、純粋な無属性攻撃だ。が、そこで弥生は更なる驚きを得ることがになる。
「撃て」
「撃てませんよ」
弥生の命令に被せる様に、果心が断言する。そして果たして、鉄砲隊の影法師達が動く事はなかった。それに、八咫烏が声を荒げた。
『何をしているのだ!』
「わからないわよ!」
『どういう事だ!?』
流石にこの状況だ。珍しく声を荒げた弥生に対して、八咫烏が困惑を露わにする。<<原初の魂>>とは己の過去世を使って放つ必殺技に等しい。故に誰にも真似出来ず、そして同時に一度発動してしまえば介入は不可能だ。
出来るのは術者をコントロールするという間接的な行動だが、今度はそうなると<<原初の魂>>は使えない。他人の心意気には滅多に応じてくれないのだ。特に敵のコントロール下であれば、それは顕著だ。
『あの女……何者だ?』
そしてそれを知るこそ、八咫烏は警戒を隠せない。<<布都御魂剣>>の暫定的な保有者である弥生は現在、八咫烏の庇護下にある。並の洗脳は通用しない。そしてどう見ても、洗脳された様には思えない。
そうして、そんな八咫烏が呟きを聞いたからだろう。果心は忘れていたかの様に、柔和な笑みを浮かべた。
「これは失礼致しました。アマテラス様の聖獣をお相手に名乗らぬご無礼、お許し下さい」
『む?』
唐突な様相の変貌に八咫烏が思わず呆気にとられる。
「我が名は果心居士。今は、そう名乗っております」
『果心居士?』
「っ……」
縄文期に日本から消えたが故に分からない八咫烏に対して、弥生の顔色は一気に青ざめる。そしてそれは仕方がない事でもあった。
「嘘……」
弥生はまるで幽霊でも見たかの様な顔だ。いや、久秀の事を考えれば、真実幽霊に等しい。
「思い出して……頂けましたか?」
焦燥にも近い様相を見せる弥生に対して、果心改め果心居士が微笑んだ。果心居士。それは戦国時代に居たとされる幻術師の類の名だ。確かに彼と言うべきか、この様相であれば彼女なのだろうが、信長への仕官を希望して実際に謁見を果たしているという記録がある。
帰蝶であった弥生が知っていても不思議はない。そして同時に、久秀が勧誘してもおかしくはない。彼とも出会っている。が、そう言う道理とは、弥生の焦燥は違った。
「……」
ただ絶句して何と言うべきか言葉が見つからない弥生は、しばらく間動けなくなる。と、その間にソラが復帰した。
「なんか分かんないけど!」
とりあえず敵である事だけは事実だ。故にソラは今のバフの消えた現状でも出せる全力を出して果心居士へとタックルを仕掛けた。
「あら……バフ無しでも来ますか」
流石にソラがバフ無しでも向かって来る事は想定外だったらしい。果心居士は僅かに虚を突かれた様な驚きを見せる。やはり幻術師・果心居士。戦士ではない様だ。戦闘向きの訓練も思考もしていない様子だった。
「とは言え……その場から離れなさい!」
「っ!?」
ソラは果心居士から命ぜられるがまま、その場からバックステップで飛び退いた。勿論、これは彼の意思ではない。かなり強引な動きで、ソラ自身にも負担の大きい動作だった。が、声に乗った何らかの力が強引に彼を従わせたのだ。
「……え?」
が、従わされたソラはその直後に彼に向けて放たれた魔弾に困惑する。それはまるで、弥生の生み出した影法師達から放たれたかの様な軌道だったのだ。そして、真実そうだった。
「ちょ、いきなりなんすか!?」
流石にこの事態にはソラもぎょっとして大慌てで理由を問いかける。この現状だ。おふざけをしていられる状況ではない。が、一方の弥生は逆にそれで得心を得ていた。
「っ、自動防御というわけね……やっぱり、貴方は……」
まるで果心居士を守るかの様な動きを見せる影法師達を見て、弥生の顔に一気に悲しみや様々な感情が滲み出す。そして何より、焦りと怒りがあった。が、そんな弥生に対して、果心居士が非難を露わにした。
「さっさと消したらどうなのですか? このままでは、彼は兎も角お仲間が蜂の巣になりますよ」
「っ……」
事実だ。この影法師達は確かに弥生のコントロール下にあるが、実は完全なコントロール下にはない。それはそうだ。元来この影法師達は弥生ではなく帰蝶、ひいては信長に従っている。
弥生は間接的に帰蝶を介して命じているだけで、影法師達にはAIにも似た自意識が仕込まれている。と言うより、そうしないとここまで多くの影法師を操る事なぞ出来ないのだ。それこそ、ティナや玉藻達魔術に特化した者達の領域となる。弥生にはどう頑張っても無理と言う話だ。
「……」
もう、理解してしまった。いや、本能は最初から分かっていたのだろう。だから、影法師達は勝手に防御した。そしてそれ故、弥生もまた敵意を滲ませた。が、それは果心居士と同じで害意は滲んでいなかった。
「貴方は、そちらに居てはいけないわ」
「ふふ……」
弥生の明言に果心居士は笑う。何かが、弥生には理解出来ているらしい。その言葉には明白な訝しみが乗っていながらも、同時に信頼というものがあった。そしてそれ故、今は刃を交えるべきではない、と彼女は判断する。
「どういうつもり? 貴方は果心居士、なのでしょう? そして私も明言しましょう。貴方は、果心居士で間違いないわ。果心居士の本物。だからこそ、どういうつもり?」
「そうですね……どういうつもりか、についてはお答えを避けましょう。私は私。貴方の知るままの私ですから。素直に貴方のお言葉に従うのは、らしくない」
「だったら、何故そちらに居るわけ?」
弥生は僅かな怒りを滲ませながら果心居士を名乗る女へと問いかける。彼女が明白な怒りを露わにするのも珍しい。が、それ故にこそ、果心居士は親をより深めた。
「私はあの頃から変わっておりませぬよ。貴方は外から。私は内から」
「だったら、どうして!?」
果心居士の意図が掴めず、弥生が声を荒げる。何が目的かがわからない。変わらないのであれば、尚更に彼女はあちらに立っていてはいけなかった。そのはずだ。だのに事実は事実として、彼女は敵として立っている。それは認められる事ではなかった。
「ふふ……語らぬ、と申し上げたではないですか」
「……そう。一応、義理として聞いておくわ……降参するつもりは?」
「あら……する必要はございません。特に、貴方には」
敵意を戦意へと変えて問い掛けた弥生に対し、同じく果心居士も戦意を見せる。ここに来て初めて、果心居士も戦う気になったらしい。お互いにどんな関係かは余人にはわからない。分からないが、今この場で敵である事だけは事実だ。
「結局、お互い死んでも根っこは変わらないわけね」
「その、ご様子。馬鹿は死ななきゃ治らない……死んでも、お互い変わらぬ様ですか」
「良いことね。馬鹿でない証よ」
戦いの直前。二人が最後の言葉を交わす。それは親しげで、これから戦おうとは決して思えない。
「最後に、聞かせなさい。今の私はどう思う?」
「可愛らしい方、としか。昔も今も」
「あら……嫉妬してくれるか馬鹿にされるかと思ったんだけど」
弥生は果心居士に対して笑いかける。これに、果心居士もコロコロと笑った。
「昔から、可愛らしいお方でしょう。言えば否定なさるだけで」
「皮肉以外で言われた事はないわね……じゃあ、始めましょう。貴方をカイトの所へは行かせられない。特に今は駄目よ」
この果心居士を名乗る女の正体を弥生は理解している。故にこそ、カイトの前に出すわけにはいかなかった。
「存じ上げていますとも……だから、こちらに来たのですから。今なら貴方とお話出来ると踏んだのですから。貴方とはぜひともお話したかった……そして間違いではなかった。私はまた、恋を出来る」
「何を今更。そんな事をしなくても良いでしょう。ここに来た事そのものが間違いでしょうに。いえ、それ以前にそこに居る事が間違い」
「……」
果心居士は弥生の言葉にただ、微笑んだ。そしてだからこそ、とばかりにそれ以上の問答はしなかった。
「さぁ、見せてくださいませ。貴方の覚悟の程を。私は、貴方の覚悟は知らない」
「良いわ。来なさい」
弥生は目を僅かに真紅に染める。ここでの吸血姫としての力の発露はカイトの正体の露呈に繋がりかねない。それは駄目だ。だから、本気ではやれない。が、覚悟は見せる必要があった。
「……」
とん、と弥生が軽く地面を蹴る。が、その速度はソラの全力を遥かに上回っていた。
「<<胡蝶の夢>>」
そんな弥生に対して、果心居士は妙な力を展開して回避する。その力のおかげか、弥生が細剣を薙ぎ払うと果心居士の姿が無数の半透明の蒼い蝶になって消えた。が、そんな無数の蝶の中から、弥生は一匹の蝶に狙いを付ける。
「私に蝶を使うのは、私への当てつけ?」
『あらあら……そんなつもりはございませんでしたが。確かにこれは些か当て付けでしたか」
始め脳に直接響く様な声だった果心居士の声は弥生が蝶を切り裂いて果心居士が実体を取り戻すと同時に耳に響いてきた。そんな彼女は弥生とは先程彼女が居た位置を中心として正反対の位置に立っていた。
気配そのものは彼女が今立っている場所にあった。そのまま斬りつければカウンターを食らう様になっていたのであるが、弥生はそれを見抜いて果心居士がその存在をずらしている基点となる術式を斬ったのである。故に、この通り実空間に強制的に排出されたというわけだ。
「さて……背後を」
「取らせてると思う?」
「っ」
背後からした弥生の声に果心居士が少しだけ慌てて筆を振るって蝶を生み出す。どうやら、単純な速度であれば弥生が一枚上らしい。が、それでも果心居士は道化師の率いる研究者達による身体能力の向上が加わっている。更には弥生も全力は出せない。故に対応は可能だった。そうして再び消えた果心居士に対して、弥生は魔銃を抜き放つ。
「そこっ!」
『っ!』
果心居士に驚きが浮かぶ。正確に彼女の魔術の基点を狙い撃っていた。しかし、その驚きは一瞬だ。これぐらいはしてくれねば困る、とでも言わんばかりに彼女の顔には今までとは違う、楽しげで嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
「まさか、この程度だとは言わないわね? 同じ出し物ばかりでは楽しめもしないわよ?」
「ふふ……ああ、本当に貴方と言う方は。いえ、そうでなければ駄目でしょう。そうあってくれて嬉しくさえある。では……<<水龍の渦>>」
惜しげに、そして楽しげに。果心居士はここに来て更に筆を動かす速度を一気に加速させる。それに、弥生も僅かな笑みを浮かべ細剣と魔銃を片手に果心居士との戦いを続けていく。
「「「……」」」
そんな弥生に対して、ソラを筆頭にした冒険部一同は全員唖然となっていた。弥生が強いというのは、誰もが知っていた。が、ここまでとは思いもよらない事だった。と、それ故だからだろう。全員、藤堂達の方からは意識が外れていた。
「やめよ、兼続ぅううううう! その御仁に決して刃を向けるなぁああああ!」
武蔵の言葉で、ソラ達は一気に戦いがまだ別の場でも起きていた事を思い出す。
「っ! まずった! 全員、あっちの支援をするぞ! けど、こっちにも数人残って援護出来る態勢は整えておけ!」
ソラは胸に一撃を受けた藤堂を見て、慌てて指示を再開する。そうして、弥生と果心居士の戦いはしばらく続き、カイトの意識が此方に向く直前、果心居士はその場を離脱する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1264話『支える者・支えられる者』




