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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第63章 多生の縁編

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第1261話 戦いを前にして

 地球の西暦1500年代後半。その日、ある報告が織田信長という男の所へともたらされた。


「殿! 久秀殿……松永久秀殿が謀反です! 」

「……で、あるか」


 信長の反応は、短かった。それはわかっていたからだ。が、その背中が悲しそうだった事を、後世にて森蘭丸と呼ばれた少年は明言した。


「……」

「お主は本当に気が利くのう……」


 ただ黙して次の指示を乞う蘭丸に対して、信長はただ弱々しく微笑んだ。今、何かを問われれば様々な感情が零れ落ちかねなかった。それを彼は理解していた。


「……のう、蘭丸。儂は馬鹿じゃろうか」

「……では?」

「うむ……わかっておるよ。儂は馬鹿じゃろう」


 蘭丸の言外の問いかけに、信長は月を見ながら頷いた。そうして、結局彼は彼故に、彼だからこその決断を下す。


「使者を出せ」

「使者には何と?」

平蜘蛛(ひらぐも)を差し出せば、許す。そう申す様に伝えよ」


 平蜘蛛。それは天下の名器と名高き茶器だ。この当時の織田家家臣団では、一国一城の地位と優れた茶器が同等の価値があるほどだ。かの滝川一益はある戦いでの戦功の報奨として茶器を所望し、領地を貰ってがっかりしたという話がある。

 そんな織田家の家臣団として考えてみれば、天下の名器は降伏の証としては十分だ。この当時の彼らからしてみれば、一国を明け渡せと言っているに等しい。いや、それ以上だったのかもしれない。二度目の裏切りの対価としては十分だろう。特に茶人でもある久秀にとって茶器の価値は計り知れない。十分すぎる程だと言えた。


「はっ」


 信長の指示を受けて、蘭丸が即座に伝令に走る。それを見ながら、信長と閨を共にしていた一人の女が口を開いた。


「良かったのですか?」

「これしか……あるまい」

「彼の方は、それを良しと認めませぬよ。いえ、だからこそ、と散るお方です」

「……」


 信長は女の言葉にただ、目を閉じた。女の言葉は彼の奥底を正確に言い当てていた。結果なぞわかっている。だが、これしかないのも事実だ。だから、悲しかった。


「人間五十年……下天の内を比ぶれば……夢幻の如くなり……」


 信長が呟いたのは、彼が好き好んだとされる敦盛(あつもり)の一節だった。


「人間、半ばも過ぎれば別れの方が多くなりおるわ……」


 老いたな。上を向いた信長は他ならぬ自分自身でそう思う。また、一人。これで自分の下から去っていった。段々と時代が自分から遠のいて行くのを感じていた。


「……」


 ずっと、ずっと感じている事がある。それは胸の内側から発せられていて、逃れる術はなかった。とそんな信長が唐突に微笑んだ。


「愛い奴よ、お主も」

「今日は寒う御座いますから」


 寒いわけがない。それどころか、今日は蒸し暑くさえある。当然だ。久秀が裏切ったのは、1577年の夏。それも真夏の日の事だ。寒くあるはずがなかった。が、心が寒かった。誰か人肌が恋しい気分ではあった。


「のぅ、親父殿、政秀……儂のやり方は、正しいのであろうか」


 信長は遥かに過去に消えた二人の男を思い出す。親父殿、というのはまぁ、敢えて言う必要もないだろう。そのまま、信長の父の事だ。それに対して政秀というのは、彼のお目付け役の様な存在だった。

 一般的にはうつけと名高い信長の行動に対する責任を取る為、諫死――諌める為に自らの命を捧げる事――したと言われる人物だった。が、それはすでに去った者達だ。故に、答えなぞ返ってくるはずがなかった。


「あの時から、儂は変わっとらん……それは言える。が、この身はずいぶんと老いたのう……」


 少しだけ、信長は淋しげだ。やはり鍛えていても体力的な衰えは見えているし、最近どうにも涙腺が緩くなってきた様な気もしている。

 昔は、それでも突っ走れた。が、今はもう、立ち止まる事が多くなってしまった。


「大殿? わかっていますね」

「ははは。うむ……わかっておるとも。わかっておるとも……」


 信長は女の言葉に寂しそうに頷いた。多くの者達が自分の為に戦い、散っていった。彼らを思い出す事が多くなった。


「儂が、正しいか正しくないかは決めねばならぬ。この世に神はおらん……誰かが、その神になってやらねばならぬ」


 信長はこの世に存在する神族としてのアマテラス達ではなく、正真正銘の神、即ち『世界』達の事を知らなかった。そして知っていたとしても、それは彼の望んだ神とは別だ。故に、彼はそう己に課していた。と、そんな所に蘭丸が帰還する。


「……殿」

「終わったか?」

「はい……懐かしい言葉をお聞き致しましたが……どうされました?」

「ははは。なんでもない……ほれ、お主も近う寄れ」


 蘭丸の言葉に信長は一つ笑うと、蘭丸を抱き寄せる。とはいえ、これは性愛等の意味ではない。単に、久秀という男を喪った穴を埋める為の代償行為だ。そうして、この年の冬。松永久秀という男は炎の中に消え去ったのだった。




 それから、地球で400年。エネフィアでは不明なだけの時間が経過していた。その日の事を久秀は思い出していた。


「甘いお方だねぇ、相変わらず」


 久秀は苦笑する。想うのは、今も昔も変わらない一人の男だ。甘い、というのは織田信長をよく知る者達が必ず言う言葉だ。そしてそれは彼も分かる。あの当時に織田信長程甘い戦国武将は見ない程だ。


「蘭丸の奴は怒るかねぇ、今度も裏切ったと知ったら……」


 盃を傾けて、久秀は月を仰ぎ見る。自分の事を理解出来るのは信長だけだと彼は思っているが、同時に蘭丸であれば、自分の思惑や願いは悟れると思っていた。あの信長の心情を汲み取れる唯一の存在だ。自分の行動の全てを理解出来ても不思議は無いと思っていた。


「ま、会えないわけなんだがね……お前さん、まだ御大将を待ってんのかい?」


 久秀は遠くの世界に居るだろう、自分の本当の意味での最後の知り合いに向けて笑いながら盃を掲げる。森蘭丸。その彼だけは、ある特殊な来歴から今もまだ生きていると彼は思っていた。そしてそれなら何をしているか、というのも分かっていた。


「まぁ、安心しなよ。御大将は今も昔も、甘いままだ」


 久秀はただ笑う様にして酒を呷る。カイトが甘い事なぞ彼には手に取る様に分かっていた。本来、戦略的に見ればカイトはあの場では見境なしに戦うのが正解だ。それはわかりきっている話だ。

 が、それが出来ればカイトはカイトではない。彼は良くも悪くも強い。強すぎるのだ。彼が本気で戦うだけで天変地異だ。魔族領にあるカイトとティステニアの最終決戦の跡地を見ればそれは誰でも分かる。それに巻き込まれれば、誰も命はない。カリンでさえ危ういだろう。他は何をか言わんやである。


「甘いねぇ……甘い甘い。甘ったるい程に甘い。だから、操りやすい」


 久秀はわずかに見下した様な目でカイトをそう評する。それは、まごうこと無く事実だ。彼はどれだけあがいても全力では戦えない。特に今はそうだ。今の彼は受け身にならざるを得ないのだ。

 であれば、己がこう出ればカイトはこう出てくるということを見抜けた。それほど、信長とカイトの間に差は少なかった。


「御大将……ま、ちょいと遊ぼうや」


 久秀はそう言うと、盃の中の酒を飲み干して立ち上がる。


「さて……まずは地図とお伺いか。とりあえず何をして欲しいか、ってのを聞いておかねぇとな」


 久秀は言う必要もない事であるが、地球時間で400年以上も昔の日本人だ。異世界エネフィアの地理も事情もほとんど知らない。一応この世界の現状は教えてもらっているが、それだけだ。全部ではない。そして必要な事を全て知っているわけでもない。そうして、彼はカイトとの戦いに備えて、準備に奔走する事にするのだった。



 一方、その頃。カイトからの追求をはぐらかし、久秀という思わぬ存在の三度の裏切りを受けてショックを隠せないカイトを良いことに弥生は桜を呼び出していた。


「ああ、来てくれたのね」

「はい……それで、弥生さん。あらたまって話とは?」


 弥生の呼び出しに応じた桜は少しだけ真剣な目で問いかける。弥生は基本、全体から少し離れた所に立っている――もちろん、物理的な意味ではない――事が多い。その彼女が桜だけを呼び出す、というのは非常に珍しい事だった。


「ええ……私の前世の話は前にしたわね?」

「はい……斉藤帰蝶。織田信長の妻だった、と」

「そう……」


 弥生は遠くを見つめる様にして、何度か己の魂の内側で話した事のある帰蝶の事を思い出す。


「まだ、言ってない?」

「はい」


 弥生の問いかけに桜は頷いた。これは弥生その人が明かすべき事で、自分が介入すべき事ではない。そう判断してカイトにも黙っていた。それに、弥生は微笑んで感謝を示した。


「ありがとう」

「いえ……でも、唐突にどうしたんですか?」

「……黙っていてくれる?」


 弥生がこの事は他言無用である事を願い出る。その姿は桜が見たこともないほどに追い詰められていた。


「何が……あったんですか?」


 明らかに、弥生は何かを隠していた。そうして、彼女の口から少し前の事が語られ始めるのだった。




 少し前。弥生が全体のフォローに入っていた時の事だ。ソラは果心の前に立ちふさがっていた。


「どうやら、貴方はそこそこの腕をお持ちのご様子……少しだけ、強めに参りましょう」


 果心はそう微笑むと、胸元から一つの筆を取り出した。


「幽玄に染まれ……<<墨染の桜(すみぞめのさくら)>>」


 まるで手慣れた動きで果心が筆を動かす。すると、筆に墨も染み込んでいないのに黒々とした液体が空中へと零れ落ち、立体的な墨染の桜の絵が生まれた。


「っ」


 来る。ソラは盾を構えて、来るべき攻撃に備える。今の彼はランクAの冒険者と同等の実力だ。守りに専念してしまえば並大抵の攻撃なら、ビクともしない。が、それこそが敵の狙いだった。


「桜の花は散るからこそに美しいのです」

『っ! 拙い! 小僧、その花びらを避けよ!』


 まるで手品のように筆が扇子へと変わった果心に対して、原理を理解した八咫烏がソラへと警戒を促す。そうして、扇子で風を操るかの様にして、果心が墨染の桜の花びらを操って、冒険部の集団へと投じた。


「っ!」


 八咫烏の警告があったから。ソラは一切の攻撃力は皆無に見えた墨染の桜の花弁を回避する。そして真実、攻撃力は皆無だった。が、ある特殊な力が宿っていた。


『ちぃ! やはりか! 我の力が届かぬ!』


 八咫烏が忌々しげに舌打ちする。


『墨染の桜……隠り世の桜を模したか! 厄介な! しかし、見事な腕よ!』


 八咫烏はこの墨染の桜の意図を正確に読み解いていた。それ故の苦渋であり、それ故の称賛でもあった。そして、それと同時。冒険部の各所で困惑の声が上がる。


「あれ……?」

「おい、神楽坂!」

「やーちゃん!」


 問いかけられた弥生が八咫烏へと問い掛ける。冒険部全体を覆っていたバフが全部消去されたのだ。が、そう言う事ではなかった。そしてそれ故、余計に拙い状態だった。


『消されてはおらん! 隠り世の力で太陽が隠された!』

「どう言う事だよ!」


 魔物の襲撃をいなしながらもソラが八咫烏へと問い掛ける。やはり焦りがあるからかタメ口だが、八咫烏の側にもそれを叱責する余裕はなかった。


『アマテラス様のお力は太陽そのもの! 隠り世、黄泉には届かぬ! あの墨染の桜は隠り世の桜! 黄泉……お主ら風の言い方をすればあの世の力を宿しておる! 我の力がかき消されるのだ! 』


 徹底的な自分(八咫烏)特攻。いや、冒険部特攻。相手も日本人だからこそ、それに対応する事が出来たのだ。たとえ弱小で泡沫組織だろうと、カイトが関わる以上は油断していない証だった。


「ってことは……バフ全消去かよ!」


 厄介な敵。ソラは一瞬でそう理解する。というより、この敵は裏で<<死魔将(しましょう)>>と繋がっているのだ。厄介でないはずがなかった。そうして、ソラ達は対冒険部向けの性能をしているとしか言い様のない果心との戦いを行う事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。今日から弥生が何を見たのか、です。

 次回予告:第1262話『墨染の女』

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