第1260話 閑話 世界の裏でうごめく者達
カイト達が『榊原』へと帰還していた頃。久秀達もまた、彼らの拠点へと帰還していた。と、そうして早々に石舟斎が八個の宝玉を取り出した。
「これで、良いのか?」
「えぇえぇ、お見事です。流石は名にし負う新陰流の允可状を授けられし大剣豪。概念さえ切り裂いてしまわれますか」
「別にこの程度褒められてもどうということもない。あの弟弟子でもこの程度はしてくれよう」
石舟斎は特に何かを思うでもなく、<<道化の死魔将>>へと取り出した宝玉を全て差し出した。これを入手する様に、と言われていたのが今回の彼らの任務だった。とはいえ、そうしなければならない理由が彼らにはあった。というわけで、ようやく終わった任務に久秀が肩を竦める。
「やれやれ……面倒なもんだな、死人ってのも」
「あっはははは。いやはや、我慢して頂いて感謝しております。が、これで貴方達は世界を騙して、この世に生きている事になる。死者蘇生の別解。なかなかに難儀しましたが……これでご安心を」
石舟斎から八個の勾玉を受け取った道化師は笑いながらはっきりと明言する。久秀も明言していたが、彼らは正確には死んでいる。それを道化師達の力で一時的に誤魔化していただけだ。
故に彼らはどう頑張っても本気では戦えなかったらしい。肉体が死んでいるも同然故に、全力を出そうにも肉体側が付いてこないとの事だ。それを何とかするのが、今までの彼らの行動だった。
「敢えて死人を蘇らせた上で、俺達の代役として死んで貰う、ねぇ……面倒な事を考えたもんだ」
久秀は今回の作戦概要を口にする。つまりは、そう言うことだったのだ。彼らは先にも述べていたが、まだ厳密には生き返っていない。そしてかつての大将軍達の復活の際を見ても、死者蘇生がまともに行えるとは思えない。なので久秀達には敢えて、状況としては死んだままでになってもらったのだ。
実のところそれ故に肉体的には死んだままで、彼らの身体の体温は凡そ32度程度と生きているとは言えない状態だった。心臓も動いていない。
久秀達が風呂場をカイト達との出会う場所に選んだのには、そんな理由があったのである。もちろん、それでも腐ったりしない様にきちんと特殊な措置を施した上での話ではある。
「はい……そうすることで世界は貴方達が死んだと見做し、無視する。まぁ、大将軍級の戦闘力になるとそれでも騙せないので使えない手らしいのですが……あなた方程度なら、これで十分らしいですね」
「俺達程度、ねぇ……」
久秀は今の自分の身体をペタペタと触って感触を確かめる。カイトがひと目で気付かなかった様に、実はこの身体は生来の久秀の物とは厳密には違う。DNA検査で厳密に検査すれば、おそらく非常に近いものの限りなく近い別人と出るだろう。
それ故に顔立ちは似てはいるものの決して同じではなく、旧知の仲と言えるカイトや石舟斎なら分かるものの、という程度でしかない。そしてそれは、彼ら七人の全員がそうだった。とはいえ、それにも理由がある。
「えーっと……こいつぁ、なんだっけ?」
「獣人ですよ。貴方の梟雄という名に相応しく、神雕の血を受け継いだ一族の血を混ぜた獣人です」
「相変わらず思うんだけどよ。鳥と言われると、夜目が利かなそうだな」
「あっははは。鳥目では無いのでご安心を」
久秀の冗談に道化師は冗談めかして笑う。とまぁ、そう言う訳らしい。この七人は全員、本来は人間だ。が、僧兵を見ても分かる通り、鬼族になっている。
道化師達の蓄えた技術を使って、蘇らせる際にそれぞれに異族の因子を添加していたのである。故に顔立ちも変化しており、というわけだ。そしてその影響で僅かにDNAも変化している、というわけであった。と、そんな道化師へ向けて、源次が問いかけた。
「それは良い。それで、次はどうすれば良い?」
「おや……せっかちですね。まぁ、生真面目という事で良いですが……少しお待ち下さい。兎にも角にもこの宝玉はそのままでは使えない。即座に加工しますから、その間は何時も通り部屋でお待ち下さい」
源次の言葉に道化師は石舟斎から受け取った八個の宝玉を空中に浮かべて弄びながら、次の指示を与える。七人はそれぞれの思惑があるが、それとは別に道化師に復活させてもらった恩義を返そうというだけの義侠心はあった。故にしばらくは彼らの指示に従って、この世界の裏で暗躍していくつもりだった。
そうして、各々が各々の思うように休憩に入った七人に対して、道化師は八個の宝玉を基地に併設されている研究所へと持っていく。
「さて……では、これを早速加工してください」
「かしこまりました」
道化師の指示を受けて、研究者が八個の宝玉を台車に乗せて運んでいく。それを見送りながら、道化師は深い溜息を吐いた。
「まったく……地球の武芸も恐ろしいものですね。傷一つ負わせず切り裂いてしまいますか。斬られた事さえ知る事が出来ない、というのは伊達ではありませんね」
あの八個の宝玉は謂わば、死んだという事実そのものと言えば良い。石舟斎達が一時的に居なくなっていたのは、神殿の奥底へ向かってダオゼの死人と接触して特殊な魔道具を埋め込む為だったのである。
基本的にあの死人達はあの地下神殿の奥深くで調整されて、あの宝玉の持ち主の意思に応じて呼び出される形になっていたらしい。それ故、ダオゼは死人に何がされたのかも知らなかっただろう。
ここら、やはり彼が所詮はチンピラが力を得た程度だという所が多々見受けられた。彼が本当に油断ならないのであれば、まだ自分が力に慣れない内には護衛となる死人達を己の側から離さなかったはずだ。
「さて……これでとりあえずの時間稼ぎは出来ますかね……それで彼らが稼いだ時間で大将軍達を復活させて、更にそれを使って……」
道化師は今後の予定を一度確認するかの様に、ブツブツと呟いた。と、そこに紅一点となる<<鞭の死魔将>>が現れた。その顔には少しの楽しげな笑みが滲んでいた。
「あら……相変わらず悪巧み?」
「おや……これはこれは。わざわざ私の所にまで?」
「ええ、帰りに少し寄ってみただけね。あれはサービスだけど……不要だったかしら?」
妖女はくすくすと笑いながら道化師の言葉を認める。基本としてカイト達の相手が道化師というだけで、彼女らは彼女らでまた別の行動をしている。一人で大国一つにも匹敵すると言われた彼らだ。この間の大陸間会議の時の様な必要であると認められない限りは、揃って行動する事はほとんどなかった。必要が無いからだ。
「あはは。いえいえ。あのおかげで彼は追撃を取りやめた。最適な判断でしたよ」
「嘘ね。私が出なくても、彼が居たもの」
「あはは」
道化師は妖女の言葉に笑うだけだ。カイトが追撃を取りやめたのは、あの結界が彼女が張った物だと知っていたからだ。あの時点でカイトはこの案件に三人の『死魔将』が関わっていた事を悟ったのである。
であれば必然、彼でなくても最後の一人が関わっているかもしれないと危惧する。そしてもしそれが当たっていれば、と考えれば背筋が凍るどころの思いではなかっただろう。
それ故、彼は万が一にその可能性があった場合に備えて追撃しなかったのだ。と、そうして一頻り笑いあった二人であったが、道化師が笑みを収めて問いかけた。
「とはいえ……やはり気になられましたか?」
「当たり前よ。私達にとって、勇者カイトの復活は悲願。このために、異世界にまで行って幾つもの策略を凝らしてきたのだもの」
妖女は道化師の言葉に頷いて、真剣な眼差しで今回の一件の結果を道化師へと促した。が、それに道化師は苦々しげだった。
「……やはり、駄目ですね。まだ覚醒率が低い。このままでは、陛下のお望みを叶える事は出来ません」
「そう……やっぱり。わかりきった話だけど、まだ何度か危ない橋を渡る必要はありそうね」
どうやら、この結論は二人にとっては想像の範囲内であったらしい。それ故にわずかに残念そうではあったものの、同時に深い落胆は見受けられなかった。そうして、道化師が再度口を開いた。
「……二人の、勇者カイト。それが一体化して初めて、陛下のお望みは叶えられる」
「……そのためにはやはり?」
「ええ。やはり、地球が鍵となる。地球を上手く使い、強引にでも彼の覚醒率を上げる必要がある」
妖女の問いかけを道化師は認めた。彼ら四人の望みは最初から最後まで、一貫している。カイトも明言していたが、彼らは誰かの忠臣だ。その陛下とやらの為だけに、この世を敵に回している。何故、というのは誰にもわからない。が、それだけは事実だった。故に、その決意は相当な物だった。
いや、それはそうだろう。この世で最強と言われるカイトを敵に回す覚悟があるのだ。相当な決意が無いと出来ない事だった。そしてそれ故にこそ、カイトもどれだけ非道な敵だろうと彼らには敬意と信頼を持っていたのである。
「……そっちは?」
「……目処は立てている」
妖女の問いかけに<<剣の死魔将>>は静かに答えた。実のところ、彼もこの場には居たらしい。ただ単に今まで一度も声を出さなかったというだけだ。基本、彼は無口なのである。とはいえ、無口であるというのと、必要な時にも口を開かないのとは違う。それ故、彼が逆に問いかけた。
「そちらは?」
「上手くは、行っていないわ」
「貴様がそれでは困るのだが」
「わかっているわ。でも、しょうがないじゃない」
剣士の苦言に妖女はむすっとした様子で口を尖らせる。そうして、思わずといった具合で愚痴を述べた。
「陛下も本当に無茶な事を言ってくれるわ」
「どっちの下がより疲れるか、で争っても面白そうですね」
「「…………」」
道化師の冗談に剣士と妖女は思わず目を瞬かせる。そして、同様にふと思った。
「ふむ……微妙に興味深くはある」
「陛下に聞かれれば、俺は奴よりはマシだ、とでも言われそうね」
「逆に勇者カイト殿がもし全てをご存知なら、陛下よりはマシ、と言われるでしょうね」
「「あっはははは」」
「くっ……くくく……」
三人は肩を震わせて笑い合う。結局、世界の敵と言われても普通の人だ。いや、魔物でも無い限りは全て人なのだ。よほど壊れた人物でも無ければ、理解不能な事にはなり得ない。故に彼らも仲間内では普通に笑い合うのであった。とはいえ、それも少しだけだった。それで気分転換が出来たのか、妖女は軽い様子で立ち上がった。
「じゃあ、行くわね」
「また地球へ?」
「そうね。ひとまず、本題は置いておいて当分はあの二人を中心とした騒動を見守るつもりよ。あの弟……少々気になる事があるわ」
「弟? あの海瑠とか言う方ですか?」
妖女の報告に道化師が首を傾げる。彼は基本としてエネフィアを中心として活動している。故に地球の事は妖女らに任せていて、詳しい事は報告を受けてしか知らないのだ。
「ええ……もしかしたら、あの子……」
妖女は何かを掴んでいたらしい。眉をひそめて、眼光鋭く先を見据えていた。
「……いえ、まだ判断するには早すぎるわね。彼らは彼らの特性故、似た人物は非常に多い。あの程度で決め打てる程、簡単な話でもないもの。詳しくは追って報告するわ。そっちはそっちでよろしくね」
「わかりました。そちらも、お頑張りを」
「ええ、そっちもね」
道化師の激励を背に、妖女は消える。彼女の口ぶりを聞けば、おそらく地球へと向かったのだろう。カイト達の推測でも彼らは地球へ渡っていたはずだし、そして彼らの実力であれば単身での地球への転移も可能だ。不思議な事は一つもなかった。と、それに合わせるかの様に、剣士の方もどこかへと消えていった。
「さて……二人共行ってしまわれましたか。では、私も私でやるべき事をやる事にしますかね……全ては、我らが愚かで親愛なる陛下の為に」
道化師は一人になった自室の中で、小さくそう呟いた。その言葉には親愛と共に、僅かな寂しさがあった。それがどういうものかは余人には預かりしれず、そして彼も理解されようとは思っていない。そんな彼は一つ首を振って気を取り直して、己の職務に戻る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1261話『戦いを前にして』




