第1259話 目には目を歯には歯を
ひょんな事からカイト防衛戦を行う事になった冒険部一同。そんな彼らはひとまず、ソラの指示で行動を開始していた。
「ソラ!」
「うっす!」
瞬の求めを受けたソラは即座にその意図を理解すると、空中に魔力の盾を生み出した。それに、瞬が着地する。
「助かった!」
「後は、任せます!」
「ああ!」
瞬はソラの激励に声を返すと、一度深呼吸して逸る気を落ち着ける。豊久という男はやはり、戦働きを生き様とした男だ。故に瞬の求めにも軽く応じてくれる訳であるが、それ故にこそ、扱いが難しかった。下手をすると、乗っ取られてしまいかねないのだ。
「……よし」
念ずるは武の三要素。心技体。これを整えてこそ、瞬でもタイ捨流も使いこなせる。結局はタイ捨流も攻撃的な武芸だろうと、新陰流を祖とした武芸だ。
信綱の教えは守られていたし、タイ捨流の性能を100%発揮するのなら守らねばならなかった。精神を落ち着け己を確固たるものとするのが、この状態では最も効果的だった。
「おぉおおおおおお!」
豊久を宿した瞬が吼える。その力は絶大としか言い得ず、かつて死神の魔の手から逃れてみせた時よりも更に精度が増していた。故にその一振りで空中の魔物達をごっそりと消滅させる。が、代償がない訳ではなかった。
「っ」
瞬は攻め込んでダオゼを倒せと思いそうになる己を食い止める。過去世を目覚めさせるというのは、こういう事だ。過去の己の影響に常に怯えながら、そして常にその衝動を抱えながら戦わねばならないのだ。
ランクSに到達した猛者達ぐらいしか常用しないのも、無理はなかった。彼ら程の自我が無ければ早々使えないのだ。それ以下の者達が時間がかかるのも、全てはその強烈な意思を抑え込む為だった。
が、ここに来て、豊久の特異性があった。彼は戦士。そして瞬の心意気を良しと認めている。ランクBの瞬でも協力を得られたのだ。
「多いが……この程度なら」
問題無いな。瞬はそう思う。確かに中津国の魔物は総じて強い。それは彼も認められる。が、同時に今のバフ増し増しに豊久憑依状態なら、数で来られても勝てる相手だった。であれば、だ。
「アル、ルーファウス! 空中とデカブツは俺達で潰すぞ! ソラ、足場を頼む!」
「了解した!」
「うん!」
瞬の指示を受けて、アルとルーファウスが飛空術を行使する。冒険部の面々にとって一番怖いのは、空飛ぶ奴らだ。一方的になってしまう。それを、三人で潰す気だった。
「よっしゃ……じゃあ、俺も本気でやるか」
ソラが牙を剥く。別にあの数ヶ月、基礎訓練ばかりをしていたわけではない。技術も学んでいた。
「<<追尾盾>>」
ソラは左腕の盾に魔力を込める。すると、瞬の丁度足元に半透明の盾が生まれた。
「なるほど。考えたな」
瞬が僅かにほくそ笑む。<<追尾盾>>。それは本来、超高速で移動する仲間からある程度の距離を保って追尾する移動障壁の様なものだ。
が、それをソラはあえて敵味方の識別をなくして、その上で守る対象との距離をゼロに。更に発生場所を瞬の足を中心とする事で自由自在に動く移動の足場としたのである。しかもある程度の浮力にしているので、瞬の技量で上昇しも下降も可能だった。まぁ、飛空術程の高精度はないが、アルとルーファウスの様に飛空術も使えない彼らにしてみれば上出来だろう。そしてアルとルーファウスにしても飛空術という高度な技術を使わないでも戦えるという利点は、とてつもなく大きい。
確かにこれは取り立てて高度な技術と言うわけではないが、逆にこう言う簡単な技術を如何にして活用していくかこそが重要だった。
「行くか」
これなら、問題無い。多少足場は不安定だが、しっかりと踏みしめられる。瞬は一つ頷くとソラの生み出してくれる半透明の足場を蹴って敵陣へと突撃して行く。
「はっ……随分とパワーアップしてるもんだ」
そんなソラ達を見ながら、カイトは獰猛に牙を剥く。血が昂ぶっていたのだ。
「さて……それならそれで、オレも気合い入れる事にするか」
ソラ達をが折角頑張っているのだ。なら、自分も気合いを入れると言うだけだ。
「行くぜ、お前ら」
カイトは懐に仕舞った二冊の魔導書を叩いて、取り出した。
『補佐開始』
『始めるぞ』
二冊の魔導書が声を返す。分かりきった話であるが、今の彼は単なる人間の肉体だ。あの力はあくまでも神、即ち世界の末端が使うものだ。今のままでは使えない。
「擬似神格……インストール。龍化……改変。最上位種・魔神龍及び神龍へと偽装」
『因子、擬似分割』
『分割された因子に二種の神格の注入を開始……違和感は』
「無視だ、んなもん」
カイトは己の力ではない何か別種の、異世界の神の力が己の身体を侵食していくのを知覚する。本来は今の肉体に宿せない力故に違和感がとてつもないが、そんなものは無視した。
『何時もの事、か』
「そう言う事」
カイトは自らの身体を侵す異世界の神の力がもたらす壮絶な違和感に顔を顰めながらも、平然とそう嘯いた。というのも、これでもまだ良い方なのだ。
「お前らが居なけりゃ、痛いじゃ済まん。違和感ぐらいじゃ気にしてられん」
『承知した……では、一気に行くぞ』
「あいよ。死んだらよろしく」
『面倒』
「あっははは。ま、ナコトがそれなら、お前に頼んだ」
カイトは今まで事務的にしか話さなかったもう一冊の魔導書の言葉に笑う。この二冊だけは特別製、大昔も大昔のカイトが作った曰く付きだ。
故に、性能はある意味では異常だった。そうして、カイトは大昔の己の記した魔導書の力を借りて、かつての力を取り戻す。
『擬似神格……インストール。擬似双龍紋発露可能』
「おっしゃ! 双龍紋、解放!」
カイトの腕を起点として、その身体に複雑な紋様が浮かび上がる。それはまるで龍の顎門の様な感じの紋様だった。
そうしてその龍を模した紋様から稲光が迸り、何らかの力が発せられていく。本来ならこの時点でカイトの髪と眼は何時もの蒼になるが、今回はルーファウスらもいるので即座に黒に変えた。どうにせよ彼らも今のカイトに注意出来る程、余裕はない。この程度で十分だろう。
「擬似神格発動……問題なし。さぁ、目には目を歯には歯を……やるぜ」
カイトはかつての己が振るっていた力の一部を取り戻すと、一度目を閉じる。念ずるのは、かつての事だ。
『灰は灰に』
『塵は塵に』
「世は在るべき姿に戻るべし」
「『『我が意にて理は正されん』』」
カイト達の口訣を受けて、かつて『世界』の意思達がカイトに授けた力が顕現する。とは言え、そのままでは意味を持たない。これは敢えて言えば水に色を付けただけ。水を出す蛇口が必要だ。故に、カイトは村正が誇るふた振りの刀を取り出した。
「……さぁ、神罰の時間だ」
カイトはこの世ならざる力を刀へと宿す。それは本来、無敵さえ殺してしまう絶対の刃だった。
「ソラ! もう良いぞ!」
「え!? もうか!?」
カイトの言葉にソラが若干の拍子抜けを食らう。とはいえ、それはそうである。そもそもここしばらくは過去世の力を使いこなすべく訓練している。しかも今回は急場ということで二冊の魔導書まで使用しているのだ。時間がかかるはずもないし、そんな選択肢をカイトが選ぶわけがなかった。
「ああ。ま、後は任せとけ……それに、お前らにもしっかり出番はあるさ。多分、だけどな」
カイトは一切の気負いなく、絶賛無双中のダオゼを見る。敢えていえば、調子に乗っている。だからこそ、カイトは負ける事はあり得なかった。そんなカイトに、ソラが首を傾げた。
「出番?」
「そう。出番……ま、調子乗ってる雑魚が取りそうな手ぐらい手に取るように分かるのさ」
カイトはソラの問いかけにそう言って笑う。再度になるがダオゼは絶賛、無双中だ。その顔には余裕と本来は圧倒的な強者達を圧倒する事に対する快楽にも似た悦楽が浮かんでいた。誰がどう見ても、調子に乗っているとしか言い様がなかった。
「……ざっと、数百年ぶりかね。システム管理者になるのは」
カイトは軽い感じで歩いて行く。別に油断していても勝てる程度に過ぎない。無敵が厄介というだけだ。と、そんなカイトにダオゼが気付いた。
「ん? またお前かよ」
カイトの攻撃が通用しないのは、ダオゼにとって真実となっている。だからこそ、彼には余裕しかなかった。それどころか無駄とわかって尚、向かってくる姿に呆れさえあった。
「おらよ!」
ダオゼが周囲に群がる無数の武芸者達に向けて、強烈な魔力の圧力を放出する。あいも変わらず技も何も無い単なる力技だ。
だがだからこそ、剛拳とカリンが手傷を負った今は誰にも対処出来なかった。そうして、奇しくもダオゼによって場にはカイトと彼だけしか居なくなる。
「流石にそろそろ飽きてきたな。まず、テメェからやるか」
どうやら、ダオゼは意図的にカイトを残していたらしい。手始めに何度やられても向かってくるこの愚か者から殺そう、というつもりだったのだろう。そうして、ダオゼの影から八つの死人が現れた。
「やれ」
ダオゼは手短に死人達に命ずる。その手には、<<裏八花>>が握られていた。そうして、その命令を受けて死人達が地面を蹴った。
「はっ」
そんな死人達を見て、カイトは鼻で笑う。それを彼が予想していない筈がなかった。であれば、対処もすでに終わらせている。
「お前の行動は読めすぎるんだよ」
カイトが言うとほぼ同時。死人の半数が動きを止める。
「<<我は死を司る者なり>>」
どこからともなく、ユリィの声が響いた。最初の交戦で自分達異族の攻撃が無意味と悟ると、彼女は適時支援するだけでずっと隠れていたのである。
更には彼女は妖精で、相手は単に出力があがっただけの雑魚だ。しかも無敵と勘違いまでしている。ゆえに彼女に注意は払わず、余裕で何度でも隠れられた。
そんな彼女が月の女神の象徴たる大鎌の石突きで地面を叩いてとんっ、という音を響かせると、死人の半数が倒れ伏す。そうして、真紅のローブを纏ったユリィが現れた。
「あちゃー……半分まだ保つかー」
「十分だろ」
「えー、めんどい」
ユリィがしかめっ面で口を尖らせる。別にこの程度の雑魚を気にするつもりはないが、逐一相手にするのは面倒だ。が、向かってくるのだから仕方がない。
「面倒でも来るんだからしょうがないんです……じゃ、後任せた」
「えー……どっちか置いてってよ」
『『……』』
ユリィの言葉に二冊の魔導書は無反応だ。が、そうなると分かっていたからこそ、残しておいた面子が居た。
「あっははは。ま……それなら適任が居る。ソラ! お前の出番だ!」
「そ、そういうことか……」
確かに言われてみれば、ソラにも理解出来た。そもそもダオゼ達は死体を動かしていたという。であれば、その死体はどこに消えたのか。ダオゼが出て来た先に残されていた可能性もあるだろうが、同時にダオゼに操られたまま、という可能性は残っていたのである。
カイトはそれを見越して、敢えてソラ達にはダオゼの食い止めから離させて己の支援をさせていたのである。ユリィが隠れていたのも全部、ここまで見通した上での事だった。全員でなら半分の半分ぐらいは抑えきれる。後は、カイトが倒すまで保てば良いだけである。
「うっし! じゃあ、こっちで食い止める! 後は、良いんだよな!」
「すぐ終わる! とりあえず全力で食い止めりゃ良い!」
カイトはソラの問いかけに余裕のみを声に乗せて頷いた。負けは見えない。そして迷いもない。久秀達の思惑がどこにあるかはわからないが、兎にも角にもあまり時間が掛けても駄目なのだ。であれば、これしかないのは事実である。
「さて……」
ユリィと共にダオゼが繰り出した八体の死体の残る半数との交戦に入ったソラ達を横目に、カイトは再びダオゼへと向き直る。が、流石に自分の切り札にも等しい死人の半数が摩訶不思議な攻撃で倒れ伏せば、彼も警戒していた。
「……てめぇ、何やりやがった?」
「別に? あっちには無敵化なかったから普通に殺しただけだ……敢えて言えば、死を与えて殺した、って所だがな。古代文明が奉仕していた月の女神の力だ。お前程度の実力の死人なら、これで十分だろ」
ダオゼの問いかけにカイトは肩を竦める。別に油断していようといまいともはや変わらない。此処から先の戦いは、一発で終わる。過去数億年のこんな奴らと同じで、そして何度も何度も繰り返していた事だ。苦労は無い。感慨もない。
ただ、少し哀れには思う。ダオゼは敵の手に乗せられて、彼らの思う通りに動いているだけだ。それを知らないのは、少し哀れではあった。が、このまま放置も出来ない。なら、仕方がないだろう。
「最後に、一応聞いておく。降参する気は?」
「あ…………?」
ダオゼが目を丸くして、首を傾げる。それは言われた意味が理解出来ていないかのようであり、そして真実そうだった。そうして、たっぷり数秒カイトの言葉の意味を噛み砕いた後、唐突に堰を切ったように笑いだした。
「あ……っははははは! 何言ってんだ、お前! まさか頭でも打ったか! あっはははは!」
ダオゼはこんなにおもしろい事は無い、とばかりに笑い転げる。その様は油断しかなく、無敵化という力が無ければ確実に殺されているだろう程に隙だらけだった。
が、それにカイトは首を振って、即座に行動に移った。これはカイトの身体にも負担が掛かっている。長くは保たないのだ。慈悲を掛けられるのは、一度だけだった。
「そうか……残念だ」
「あっはははは……へ?」
ダオゼは自らの奥深くに取り込まれていた勾玉がはじき出されるのを、その身に走った激痛と共に理解する。そうして彼が今際の際に出したのは、素朴な疑問だった。
「なん……で……?」
「双龍紋解除。システム終了……理は正された。悪いな……その無敵は所詮、システムに則った無敵。魔術の範疇なんだよ」
カイトははじき出された勾玉を手に取ると、何一つ、それこそ自分が駒だった事さえ理解することもなく死したダオゼに僅かな哀れみと共に、教えてやる。この勾玉がどういう原理なのかはわからない。
が、少なくとも魔法と呼ばれる領域には到達していなかった。此方に魔法使いが居ないので対処が出来なかった、というだけで外に出てティナが出てくれば、それで終わる程度でしかなかった。
『井の中の蛙大海を知らず』
カイトの魔導書の一冊がそう呟いた。それは確かに、ダオゼの真実と言えた。これが絶対的な力であると彼は信じ込んでいた。が、そうではなかったというだけだ。魔法使い達は普通に対処してくるし、それでも出来なければ最後はカイトという元システム管理者が出て来るだけだ。
「言ってやるな……これで、良いのか?」
カイトは自分達の目論見通りに殺されただろうダオゼを見つつも相も変わらずの笑みを浮かべる久秀へと問いかける。カイトの動きはもちろん、彼らの手のひらの上だった。が、そうせねばならない理由は幾つもあったのだ。
「ああ、それで良いさ。御大将はそうするしかなかったんだからよ」
久秀は笑いながらカイトの言葉を認め、頷いた。そうして彼は懐で弄んでいた魔銃を取り出して、武蔵との激戦の最中に居た宗矩へと射撃した。
「「っ」」
唐突な横槍に、二人の剣士は咄嗟に距離を取る。この程度の横槍は横槍にもならないが、それでも一時的な中座を報せる術にはなった。
「ガキンチョ。今日はそこまでだ。お前だって全力で戦いたいからこそ、今日まで耐え忍んでたんだろ? 帰ろうぜ」
「……」
久秀の言葉を受けて、宗矩は若干名残惜しそうに納刀する。どちらも、傷一つ負っていなかった。まだまだ底の底にたどり着いていない様子だった。そうして、宗矩がようやく口を開く。
「新免武蔵……また、会おうぞ」
「よかろう。儂が儂である限り、お主とは決着を付けねばなるまいな」
剣士として打ち合う中で、二人には何かがわかった様だ。ここでの中座を武蔵も良しと認め、二振りの刀を背負って戦いをやめる。と、まるでそのタイミングを見計らったかの様に、いつの間にか居なくなっていた石舟斎らが現れた。
「殿。終わりましたぞ」
「そうかい。じゃあ、これで俺達も少ししたら完全だな」
石舟斎の報告に久秀は笑みを見せる。そして、その次の瞬間。カイト達と彼らの間に半透明の壁が立ちふさがった。
「っ! これは……」
カイトはこの半透明の壁が何かを即座に看破する。見たことがあった。そしてそれ故、ついに敵も動き出した事を彼は理解する。そうして、完全に安全地帯に入り込んだ久秀は七人で居並ぶと、カイトへ向けて告げる。
「よぉ、御大将。俺たちゃあんた……いや、前のあんたやその周辺に関わりがあったり、色々と思う所がある奴らだ。色々と所以あってこうやって蘇ったわけだが……ま、せっかく蘇ったんだ。ちょいと遊ぼうぜ」
「……」
久秀の言葉に対して、カイトはただ無言で彼を睨みつけるだけだ。このまま突撃すれば確かにこの半透明の壁は破れる。破れるが、『死魔将』の三人が居てこの場の全員を生きて返せるか、と言われると幾ら彼でも否と言わざるを得なかった。おそらく生きて帰れるのは、自分とカリン、武蔵ら数名だけだろう。ソラ達は確実に生きては帰れない。見逃すしか、手はなかった。
「じゃあなー」
久秀はまるでこれから遊びに行くかの様に片手を上げて、背後に生まれた影へと入ってその場を後にする。そうして、その後ろを残る六人が通り抜けた。
「……久秀……お主は……」
消えた久秀を見ながら、カイトが悲しげに呟いた。結局、彼は『もう一人のカイト』であろうと『織田信長』であろうと変わらない。見知った奴に裏切られて怒っても、内心では非常に悲しんでいた。
そうして、多くの謎や疑問を残しながらも、当初の目的である<<裏八花>>の回収には成功したカイトはほぼ無言で帰還する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1260話『閑話』
2018年8月4日 追記
・誤字修正
『瞬』とすべき所が『ソラ』となっていた所を修正しました。




