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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第63章 多生の縁編

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第1256話 チーター

 ダオゼという盗賊が地下神殿の奥より現れた事により、数々の思惑や想いを交えた場は一気に本来の戦闘の場へと移り変わる事になる。とはいえ、カイトとしては所詮雑魚と完全に失念していた。


「……あ、そう言えば完全に忘れてたわ」

「カイトー……流石にそれはどうなのさ」

「いやぁ、でもお前、覚えてた?」

「あっははは……そう言えば居たかなー」


 カイトの問いかけにユリィが笑いながら視線を外す。彼女も忘れていたらしい。まぁ、ここまで様々な因縁が入り乱れていたのだ。その上でこの程度の雑魚の事を覚えていろ、という方が酷な話ではあろう。


「にしても……ずいぶんとまぁ、見違えた様子じゃねぇか」


 カイトはダオゼを見ながら、その風格が異なっている事を肌で感じて理解する。いや、風格といえば少々の語弊がある。風格は相変わらずチンピラ程度だ。異なっていたのはその身に宿る力の質というべきだろう。

 今までがランクC程度だとするのなら、現状はランクSも下位程度はあった。例えれば剛拳よりワンランク下から同程度だろう。平時で戦闘状態の剛拳とほぼ同格。全力であれば、確実に彼を上回る事は請け合いだろう。


「全員、油断するな。何があったかは知らん。知らんが、あの男。並大抵の力量ではなくなっているぞ」


 剛拳が全員に注意を促す。何がどうしてここまでの変容と力の変質を遂げたのかは、彼にもわからない。わからないが、本能的に油断して良い状況ではない事は分かっている。と、そんな剛拳に向けて、ダオゼが問いかけた。


「……あんたが、剛拳で間違いないか?」

「そうだが……なんだ?」

「まぁ、ここらで本当なら一つ腕試し頼みたいって所なんだが……その前に感謝と預かってるもん返さねぇとな。ほらよ」


 ダオゼはそう言うと、この数年肌身離さず懐に仕舞い込んでいた古文書を剛拳へと投げ渡す。それはもうこんな物は不要だとでも言わんばかりだった。


「……これは?」

「古文書。榊原・花凛の残したな」

「何? 何故そんなものを貴様が?」


 剛拳は慌てて中身を検めながら、ダオゼへと問いかける。そして彼が何より驚いたのは、この手記が限りなく本物に近いか、間違いなく本物だった事だ。そうして目を白黒させる剛拳に対して、ダオゼは笑いながら、事のあらましを語ってやった。


「なぁに。特に不思議なこたぁねぇよ。単に俺の実家が、ここの建築をやったってだけだ。で、ウチの実家にどういうわけか<<七の花弁(ななのかべん)>>があってな。その中に、そいつが仕込まれてたってだけの話だ」

「……この墓を建築した……っ! 貴様、数年前に行方不明になったというダオゼか!?」


 どうやら、剛拳の所にまでダオゼが居なくなったという噂は届いていたらしい。まぁ、相当古い大工の一族だというのだ。そしてこの墓を建てた者達でもある。繋がりはそこそこあったのだろう。

 これはカイト達は知る由もないのであるが、今でもその繋がりから墓の修繕――と言っても彼らももう地下神殿は知らなかったが――等をしてくれているそうだ。そこで、ダオゼの事を剛拳も聞いていたらしい。


「なんだ、俺の事知ってんのか。親父達は元気か?」

「貴様……どれだけお父上がご心配なさっていると思っている!」

「あっはははは! いやぁ、そりゃ悪いとは思ってるけどよ! でもまぁ、んなのが転がり込んで来たんだからしかたがないだろ!」


 ダオゼは剛拳の叱責に対して、ハイテンションで大笑いする。どうやら気分が高揚していて、かなり強気になっているらしい。

 そんな様子から、ダオゼがまともな精神状態ではないのは剛拳にも理解したらしい。そもそも数時間前とは比べ物にならない様子だ。何かがあった、と察するには十分だ。


「貴様、中で何をした!?」

「何を、か……さて、なんでしょうか!?」


 まるで挑発するようなダオゼは、ハイテンションに問いかける。そんな人を食ったとも舐めきったとも言い得る態度に、ついに穏健な剛拳もトサカにきたらしい。とりあえずふんじばって後で聞けば良い、と唐突に踏み込んだ。


「ふんっ!」


 その踏み込みは武の一門、榊原家の当主に相応しい速度と練度だった。そしてその一撃は剛拳という名に相応しい強烈な一撃だった。ダオゼ程度の練度では決して受けきれる事は無い一撃だ。が、そんな一撃を放った筈の剛拳はしかしその直後、目を見開いて驚きを露わにするしかなかった。


「……何?」

「にっひひひひ」


 完璧と言える一撃の筈だ。並の魔物なら確実に消し飛ばせるはずの一撃だった。そしてスペックアップされていても素体がダオゼというランクCに相当の男だ。案の定、受け身も防御も取れた様子はなかった。にも関わらず、ダオゼは一切の傷を負っていない。それどころか、一歩も動かす事が出来ていない。


「おらよ!」


 そんな剛拳に対して、ダオゼがおもむろに拳打を放つ。こちらはやはり修練の形跡は見て取れず、敢えて言えば荒くれ者が喧嘩で放つ力任せの一撃と言っても良かった。

 もちろん、通常なら剛拳とて食らうはずもない程度でしか無い。確かにスペック相当で速い事は速い一撃だ。が、それだけだ。にもかかわらず、剛拳は驚きのあまり思い切りその一撃を腹に受けてしまった。


「ぐぅうううう!」


 猛烈な勢いで剛拳が吹き飛ばされていく。そうして、地下神殿の壁に激突して地面に落下した。


「ぐふっ!」


 流石の剛拳も驚いている所に直撃を受けて受け身も取れなかったのでは、ひとたまりもない。口から血を吐いて、膝を屈する。


「親父! てめぇ!」

「おぉ! 次は確か……ああ、カリン・アルカナムか! 良いぜ、来いよ! 今なら誰だって勝てる気分だ!」


 実父を討たれて怒り心頭のカリンに対して、ダオゼは挑発を重ねる。今のスペックでもカリンには遠く及ばない。故に、勝敗は見えているはずだった。

 そうして、怒りに任せて全力で切り込んだカリンの一撃だが、やはりスペックでも上回っている彼女の一撃だ。ダオゼには見切れてさえいなかった様子で、まともに直撃を受けていた。が。目を見開いたのは彼女の方だった。


「……あ?」

「おらよ!」

「ぐっ!」


 直撃を受けたはずのダオゼが、カウンターでカリンに向けて蹴りを放つ。攻撃直後のカウンターだ。しかも直撃した状態からのカウンターである。流石にこれにはカリンも為す術もなかった。思い切り横っ腹に蹴りを受けて、回転をしながら吹き飛ばされていく。


「カリン!」


 そんなカリンを見て、カイトが即座に助けに入る。ダオゼが追撃しようとした様子は無いが、完全にモロに入っていた。幾ら彼女でもダメージは免れなかっただろう。


「ぐっ……ごほっ!」


 カイトの魔糸で減速させられて、カリンが痛みを堪えながら苦い顔で血を吐いて着地する。決して小さくないダメージを負った様子だった。少なくともしばらくは全力で戦える事は無いだろう。戦闘力は半減程度と考えて良い。


「大丈夫か?」

「ちぃ……どういうことだ?」

「どうした?」


 苦々しい顔のカリンに対して、カイトが問いかける。何が起こったのかは、彼にもわからない。が、そんなカイトに対して、カリンも訝しげだった。


「攻撃しても無効化された様な……手応えはあったんだ。でもなんてか……薄かった」

「無効化……? 薄かった……?」


 カリンからの返答にカイトが首を傾げる。基本的に今の斬撃は無属性攻撃と断言して良い。そして残念ながら無属性攻撃を無効化する、という技術はこの世に存在していない。

 もちろん、斬撃を無効化するという技術ならば存在しているが、ダオゼ程度の技量でそれが可能になるとは決して思えない。彼の技量そのものに変化は無いのだ。そしてそんな訝しみは、他の戦士達にも広がっていた。


「なんだ!? 何が起きた!?」

「直撃しただろう!?」


 腕利きが二人も不可思議な現象によりやられて、流石に腕利きの榊原家の客将達も困惑する。が、その疑問は最もだ。完全に直撃した。障壁も展開されている様子は見受けられなかった。なのに、無傷だ。そんな困惑を見て、ダオゼが大笑いする。


「あっははははは! どうした!? もう終わりかよ!」

「っ! 全員で一斉に取り囲め! あの不可思議な力とて、限度があるはずだ!」


 何かはわからないが、何かが彼を無敵状態にしているらしい。故に客将の一人が音頭を取って、武芸者達が一斉にダオゼを取り囲む。が、それにダオゼは余裕の笑みを崩さない。そんな様子を見ながら、瞬が問いかける。


「……カイト、どうする?」

「様子を見る。何が起きているかわからん。安易に行動するのは危険だ」

「わかった! 全員、一度距離を取れ! 奴は危険だ! 様子を見る!」


 現状、カリン程の実力者の攻撃を無効化して、その挙げ句にカウンターを叩き込めているのだ。状況を掴むべきというのは確かだろう。更にはこの上に久秀達まで居るのだ。と、そんな久秀が口を開いた。


「教えてやろうか?」

「あ?」

「そうしかめっ面しなさんなって。御大将だって後ろに守るもんあるんだから、人の話は聞いておいた方が良いぜ? まぁ、人の話を聞かないってのがあんたの特徴っちゃあ、特徴なんだがよ」

「御託は良いからさっさと言え」


 久秀の茶化すような言葉に、カイトがため息混じりに先を促す。それに、久秀は笑って教えてくれた。


「あいつの無敵ってのはマジで無敵だ。やっこさん、<<裏八花(うらはちはな)>>の本当の伝説ってやらを解き明かしててなぁ」

「裏の本当の伝説?」

「伝説ってか真実か。あの古文書にゃ、それが記されてあったのよ」


 久秀は武芸者達の交戦音をBGMに、カリンの問いかけに答えた。彼らはスポンサーだったというのだ。であれば、その話については一部聞いているという事なのだろう。と、そんな所にほうほうの体で剛拳が脇腹を抑えながらやってきた。


「真実……? ぐっ!」

「ご当主! ユリィ! ひとまず治癒を!」

「わかった!」


 なんとかここまでやってきて膝を屈した剛拳を見て、カイトとユリィが即座に治療の用意を整える。応急処置であるが、やらないよりマシだろう。そうして手早く止血や鎮痛剤等を投与すると、少し落ち着いた様子の剛拳が頭を下げた。


「かたじけない……それで、真実とは一体……」


 剛拳が久秀へと改めて問いかける。それに、久秀がため息を吐いた。


「そりゃぁ、あんた。自分で持ってんだから自分で調べなよ。俺達は敵。敵に教え乞おうってわけにゃいくめぇよ」

「の割にゃ、ヒントくれてる様子だが?」

「あっはははは。これは俺達のスポンサー様のお願いってやつだ。蘇らせてもらった恩があるからよ……スポンサー様にどうしても、って言われちゃ、従わざるを得ないってわけよ」


 どうやら、ここでカイト達の情報を与えているのは『道化の死魔将(どうけのしましょう)』の指示らしい。久秀が楽しげにそう言外に述べていた。

 相変わらず何を考えているかはわからないものの、そうであれば聞いておく必要は見受けられた。彼らがこういう行動に出る場合、カイト達に利になると共に彼ら自身にも利になるからだ。それに、カイトは敵の思惑に乗るしかないと理解して呆れ返った。


「ほーん……ご当主。古文書を借りられるか?」

「ああ……これを」


 カイトの要請を受けて、剛拳は懐から古文書を取り出した。分厚さはそこそこという所だ。カイトはそれを受け取ると、時間が無い場合の非常手段を行う事にする。


「あんま、こういう事はやりたくないんだが……ぐっ!」


 カイトはそう言うと、魔力を古文書に通して全ての文字を一度魔力で転写。その上で脳内に直接データとして焼き付けるという荒業を行う事にする。そうして焼き付けられた情報に彼は少ししかめっ面をしたが、それで終わりだ。


「……なるほど。そう言うことか……」

「どうしたの?」

「元々、榊原・花凛はこれを危惧していたらしい。密かに墓所の地下に神殿を作ったのも、その為だそうだ。壊すに壊せないから、誰も知らない様に封印を施す、ってわけだな」


 ユリィの問いかけにカイトは左目を閉じて情報を読み込みながら答えた。ここに地下神殿があった事からも分かるように、どうやら元々<<裏八花(うらはちはな)>>の変質等に『榊原・花凛』は気付いていたらしい。地下神殿をダオゼの一家が知らないのも無理はない。あの力の真実を聞いた当時の棟梁が死ぬまで秘密にしたからである。


「元来、<<裏八花(うらはちはな)>>ってのは敵の因子を無効化する力を持つ武器だったそうだ。所謂、『殺し(スレイヤー)』だな。それが長年の交戦の果て、性質が変質して武器そのものが変容。持ち主の因子さえ食い殺す因子食いの性質を持ってしまったらしい」

「それで……」


 カイトの言葉を聞いていた剛拳が得心がいった様に目を見開いた。とはいえ、それでもまだ解き明かせない謎があった。それをカリンが指摘する。


「だが、それでも奴の無敵の性質は解き明かせないぞ?」

「それはな。まぁ、榊原・花凛もそれは想定外だった……答えから言えば、あの男。どうやら八花の隠された一本を手に入れていたらしい」

「隠された一本? まだあるってのか?」


 カイトの明言にカリンが驚きを露わにする。現在までに伝わっている『八花』の数は全部で17本。それで全部の筈だ。が、違うという。


「ああ……<<裏八花(うらはちはな)>>を束ねる一本。その変質に気付いた榊原・花凛が<<裏八花(うらはちはな)>>を制御する為に作った正真正銘、最後の<<八花(はちはな)>>とでも言うべき物がな」

「最後の八花……そんなもんが」


 カリンが驚きながら、武芸者達と交戦するダオゼを見る。そうして、カイトは更に情報を開陳した。


「名はわからん。彼女も名を付けるつもりはなかったそうだ。が、その性質だけは、記されていた」

「なんだったんだ?」

「<<裏八花(うらはちはな)>>の食らった因子を全て無効化する。単にそれだけだ。武器でも無い。単なる勾玉だ。無効化の無効化と、因子の『殺し(キラー)』。『殺し(キラー)』が極まればちょっと気合入れるだけで擬似的に無効化出来ちまうのは道理だ。今のあいつは謂わば存在そのものがなんとかスレイヤーってわけだな」


 カイトは半分笑いながら、そう明言する。そしてそうであれば、謎も解けた。


「攻撃を無効化する、んじゃない。あれは攻撃に対して常に最適な『殺し(スレイヤー)』の性能を持ってきているわけだ。それで攻撃を殺してるってわけだな。斬撃やら打撃やらを殺せてるのは、その副作用みたいなもんなのかもな」

「相殺って……」


 確かに、不可能ではない。勾玉がどういう力なのかはわからないが、『殺し(スレイヤー)』とはその因子を殺す為の物だ。その力を持ち合わせているのであれば、当然攻撃もある程度は無力化してしまうだろう。

 それが強力になれば、当然無効化にも等しいと見做せる。一千年以上もの間多種多様な種族の因子を食らってきた<<裏八花(うらはちはな)>>であれば、無効化と断じても良い程だろう。それに、カリンが愕然となった。


「じゃあ、どうやって倒せば良いんだ?」

「それは今から考える」


 この世に因子を持たない者は誰一人として存在していない。龍族の末裔であるカイトやソラはもちろん、鬼族の末裔の瞬、混血のアルは通じないと断言してよい。

 それ以外にもルーファウスとて無理だろう。生き物である以上、何らかの因子は持っている。単に薄いか濃いか、というだけだ。ということはつまり、どんな攻撃でも現状通用しないというわけだ。というわけでカイトは半分笑いながら、敵の攻略方法を考え始めるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1257話『チーター攻略戦』

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