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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第63章 多生の縁編

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第1252話 過去から蘇りし者達・2

 カイト達が久秀達道化師が呼び寄せた七人衆との戦いを開始するほんの少し前。同じく『榊原(さかきのはら)』にて、武蔵が到着していた。


「はい。つい10分程前に発たれました」

「ふむ……どうやら間に合わんかったか」


 つい先程カイト達が出発したと残留するクズハより聞いて、武蔵が若干顔を顰める。実のところ、彼もこの地へとやってきていた。やってきていたのであるが、少々理由があり少し離れた所に居たのである。

 その理由と言っても特に何か特別な理由というわけではなく、街から少し離れた所にある古びたお墓へ詣でに行っていたというだけだ。古い知り合い――レガド関連の人物らしい――がここの近辺で亡くなっており、『榊原・花凛』の墓所とはまた別の徒歩で一時間程度の所に墓があったらしい。


「ぬぅ……しゃーない。そういうことであれば、ティナもおるな?」

「はい。お姉様は立場上、冒険部の野営地に」

「わかった。であれば密かに伝令を送り、ミトラらも頼むと言うておいてくれ。おそらく、儂も向こうへ行くべきなんじゃろう」

「行くべき?」

「うむ……」


 武蔵はなにか妙な気配を感じていた。そしてその感じる気配故、彼はじっと北の空を眺めていた。そこに残留する気配はまるで誰かが自分を呼んでいるかの様だったのだ。


「この、気配……相当なツワモノの気配じゃ……こりゃぁ、久しぶりに気を引き締めんと拙そうじゃのう……」


 血が滾る。が、同時に恐ろしくもあった。ここまでの嫌な予感は300年前以来初だ。それを、感じていた。


「……いや、ならぬな」


 武蔵は昂ぶる己の中の武士の血をなだめすかす。この血の滾りに突き動かされて良い時代はすでに去った。そして妻を得て子を為した時から、捨て去っている。故に、突き動かされない。ただ冷静に、前だけを見据える。


「……行くか」


 武蔵は真剣な目で、歩き出す。そうして、彼も彼で彼自身も知らぬ因縁に導かれて、古き偉人の眠る地へと向かう事になるのだった。




 それから、少し。カイト達が地下神殿へと突入していた頃だ。無数の魔弾が行き交う中で、ヤマトは新次郎との交戦を得ていた。


「はぁ!」


 ヤマトが振るうのは、蒼天一流一つのみ。そしてその中でも彼が使えるのは一刀流限定だ。確かに一度は父や兄と慕うカイトと同じ二刀流を志した事はある。

 父やカイトに頼み込んで教えてもらった事も一度ではない。が、結局として彼はこれに落ち着いた。それは二刀流が言うまでもなく、異端の武芸だからだ。使いこなすには真っ当な武芸とはまた別の才能が必要だった。

 彼にはその異端を使いこなす、ある意味では異常な才能は存在していなかった。が、そのかわり正常な才能であれば、父をも何時かは凌駕出来るだけの才能があった。その才能はカイトより一回りも二回りも上と断言して良い。


「はぁあああ!」


 大上段からの振り下ろしに対して、新次郎はただ半身をずらすだけで対処する。それは必要最低限、もし何か少しでも間違えばそれで終わる様な動作だ。先程からずっと、そんなギリギリの回避を新次郎は行っていた。とはいえ、それは仕方がなくはあった。


「……これは……途轍もないな……」


 振るわれた大上段からの一撃を見て、新次郎はただただ呆れる様に眉をひそめる。音速なぞ遥か彼方の斬撃だ。だというのに威力は完璧にコントロールされていて、地面には一切のひび割れを生んでいない。確かに、宮本武蔵の子に恥じない剣技だった。


「っ」


 だが、そんな新次郎に対してヤマトは非常に苦々しげだ。確かに、隙だらけになる一撃を振るえる様に見様によっては彼が押している様にも思える。押しているからこんな大胆な技が使えるのだ。

 確かに押している様に思えるが、決して押しているわけではない。先程から確かに彼は一方的に攻撃を叩き込んでいる。だが、最後の一歩、命中がさせられないのだ。


(なんだ、この男は……!)


 ヤマトの内心は驚きで支配されていた。すでに彼は全力を出している。そして身体的なスペックでは此方が上だと確信し、事実としてそうだ。だというのに、攻撃が当てられない。まるで柳に風、暖簾に腕押しの様に全てが回避される。


(速くはない! いや、遅い! だが、全部の攻撃が見切られている!?)


 これだ。これが、原因だ。まるで動きが見切られているのだ。動きの全ては目で終えている。この程度なら自分でも出来る動作と言い切れる事しかしていない。だというのに、まるで新次郎が未来予知でもしているかの様に動くのだ。それはどう頑張っても当てられない。


「はぁ!」


 横薙ぎに一撃を放つ。それに対して、新次郎はまるで鉄砲水を受け流す様に器用に刀に力を込める。それだけで、強烈なヤマトの一撃はするりと抜けていった。が、これは想定内だ。故に彼は即座に次の一手を打った。


「っ! ここだ!」


 受け切られるのは想定内。であれば、ヤマトは新次郎の背後に分身を生み出した。蒼天一流の<<陽炎(かげろう)>>だ。本当ならばこの様な奇策は使いたくないのだが、勝てないのだから仕方がない。


「む……」


 ここで、新次郎は初めて僅かに眉を驚きで動かした。が、これは僅かな間だけだった。


「そうか。そういう事も出来るのか。それで……」


 ヤマトの生んだ分身が背後に生まれるのを感じながら、新次郎は感心した様な様子を見せる。と、そうして感心していた新次郎は驚きも一瞬、即座に平常心を取り戻すと背後からの斬撃を見る事もなく回避する。


「!?」


 見る事さえなかった。故にヤマトの顔に驚きが浮かぶ。確かに気配を読めば不可能ではないかもしれないが、それをヤマト程の猛者を相手に意図も簡単にやってのけるのだ。間違いなく、身体能力が本来はこの程度であろうはずがない領域の剣豪だった。


「ふむ……なるほど。妙な力が多いものだ」


 新次郎が何に驚いているのか。それはヤマトにはわからない。が、それを問い詰める事は必要ない。そして意味もない。故にヤマトは無駄に体力を使う不利を悟り、即座に分身をかき消した。そうしてわずかに生まれた停滞に、新次郎が少しのあっけなさと共に口を開いた。


「もう終わりか」

「……失礼ですが、名を問いかけたい。新次郎、というのは偽名でしょう?」

「ふむ……」


 ヤマトの問いかけに対して、新次郎は少し困った様な顔をする。とはいえ、認めるべくは認めていた。


「確かに、教えても良い。名を隠す必要はない……無いのだが……うむ。少し父がいたずらをしようとしていてな」

「いたずら?」

「ああ……まぁ、私も大概な傾奇者だとは思うのだが……父のやんちゃはまた道理の違うやんちゃだ」


 新次郎は困った様子で父・新介についてをそう語る。そしてこの様子であれば、彼の名というのはその悪戯に関わりがある事なのだろう。


「傾奇者には見えませんが」

「何分、お役目がお役目だったのでな。平素はこの様な型が板についてしまっただけだ。こういうのを、型にはまる、というのだろう」


 ヤマトの称賛に対して、新次郎は少し嘆かわしげにそう語る。が、この言葉にヤマトは首を傾げた。


「お役目? どこかの国の役人……だったのですか?」

「むぅ? ああ、役人……だった。うむ」


 新次郎はどこか懐かしげに頷いた。別にお役所仕事が嫌いだったわけではないのだろう。性格云々が変貌した事等は兎も角として、仕事そのものについて悪感情は無さそうだった。


「まぁ、それも過去のこと。今の私はその過去を捨て、単なる一人の剣士としてここに立つ……それ以外には一切不要」


 ずん、と新次郎の気配が変わる。こういう打ち合いの最中での会話はある意味、彼らにとっては戦いの花だ。が、それは単にお互いに攻め込めないという妙な流れがあったというだけに過ぎない。その流れが断ち切られるタイミングだった、というわけだ。

 そうして気配が変わった新次郎に、ヤマトは今まで守るばかりで一切の攻めを見せなかった彼が攻めてくる事を理解する。流れが変わったのだ。


「っ」


 一挙手一投足を見逃してはならない。ヤマトは新次郎の動きに注視する。相手は未知の剣士。そして自分の動きを必要最低限の動きだけで回避する事が可能な程だ。油断出来るはずがない。


「……え?」

「……」

「ぐふっ……」


 何が起きたか、わからなかった。気付けば、目の前に新次郎が立っていた。そしてヤマトの土手っ腹には新次郎の拳がめり込んでいて、ゆっくりとヤマトが前のめりに倒れていく。


「ふむ……やはりまだ全力は出せんか。力がずれている様な感じがするな……」


 前のめりに倒れ込んだヤマトを一瞥する事もなく、新次郎はそのヤマトを沈ませた右手を何度か握りしめて確認していた。が、その顔は少し不満げだった。と、そうして一瞬の静寂の後、倒れ伏したヤマトを見て彼と同じ様な客将の立場の者達が慌てて声を上げる。


「ヤマト!」

「大丈夫か!?」

「何が起きた!? いや、何をされた!?」

「囲め! ヤマトがやられた程の剣豪だ! 一対一で勝てる相手ではない!」

「どういうことだ! 今の速さはなんだ!」


 侃々諤々。やはり熟練の戦士達と言えど、今の不可思議な一撃には狼狽えるしかなかったようだ。そしてそうであるが故に、うかつに攻め込めない。今の一撃は誰にも見えなかった。下手に攻め込んで打ち込まれればヤマトの二の舞だ。と、そこに。十分遅れて出発していた武蔵が丁度、やってきた。


「おぉおぉ! やっとるやっとる! っ、ヤマト!?」


 流石に来て早々に自分の息子が倒れているのには武蔵も泡を食った。と、そんな武蔵の来訪を見て、今まで己を取り囲む戦士達に一瞥もしなかった新次郎がそちらを見た。


「……あれが宮本武蔵か……くっ」


 新次郎は本当に思わず、こらえきれず、というような感じで笑みを零す。と、その次の瞬間。武蔵がヤマトを抱き起こして脈を取っていた。これに新次郎は笑いながら明言する。


「安心しろ、新免武蔵。貴殿の子であれば、ただ腹に一撃を食らって昏倒しているだけだ」

「そうか……ふむ。確かに脈はある……誰か、儂の息子を頼む!」

「こっちだ! けが人を外に運び出す!」

「すまぬ!」


 ヤマトはこのままここに寝かせておくのも危険だし、何より邪魔だ。というわけで、客将の一人にヤマトを預ける。幸い外傷は無いし、内部に浸透する様な一撃を食らって昏倒したというだけだ。遠からず目を覚ますだろう。


「お主が敵で間違いなかろうな?」


 武蔵は客将の一人にヤマトを預けると、改めて新次郎へと視線を向ける。が、その目は真剣そのものだった。


「油断……しておる様子は無さそうか。これでも、儂の道場の師範代なんじゃがのう」

「師範代、道場、か……くくっ……」

「何が可怪しい」


 楽しげに笑う新次郎に対して、武蔵が問いかける。どちらもすでに尋常ならざる闘気を放っている。もうあと一歩でも進めば、どちらも戦闘開始と言って過言ではない。


「楽しいものだ。いや、何より楽しいのは、私がこの様に笑っている事だ」

「わけのわからん奴じゃのう」


 楽しげに笑いながらも意味不明な事を口走る新次郎に対して、武蔵は非常に気味悪がった。何を言いたいか全くわからない。わからないが、楽しげではあった。


「さて……では、新免武蔵。一試合所望する」

「なんじゃ。もう、やるか」


 武蔵は刀を構えてこちらに一試合望んだ新次郎に対して、楽しげに笑いながら頷いた。相当な猛者だ。油断なぞ出来ようはずがない。が、それ故に楽しかった。そしてそれ故にこそ、彼は相手が己の名を、本来は知り得ない筈の名で呼んだ事に気が付かなかった。


「では、この宮本武蔵が一太刀馳走しよう」

「来い!」


 新次郎は武蔵が構えたのを見て、気迫を漲らせる。そうして、両者はほぼ同時に地面を蹴って、刀を構える。


(!?)


 それと、同時。武蔵は本能がこの太刀筋を知っている事を把握する。そして、違和感を得た次の瞬間。眼前に迫ってくる男の瞳を見て、今自分が戦おうとしている相手が誰かを理解した。

 そしてそれ故、だ。彼はその場で強引に立ち止まって、交戦を避けた。ある人物の命が、もう一刻の猶予もないのだ。戦い云々よりも前に、それをなんとかしなければならなかった。


「やめよ、兼続ぅううううう! その御仁に決して刃を向けるなぁああああ!」


 武蔵が声を荒らげさせる。その視線の先には藤堂が新介に向けて、刃を振りかぶる所だった。幾度にも渡る戦闘の末、新介が藤堂の所へとたどり着いていたのである。が、それ故に武蔵の忠告は一歩、遅かった。


「……え?」


 何が起きたか分かるのに、何が起きたかわからない。そんな奇妙な声が、藤堂の口からこぼれ落ちる。そして同時に、彼の口からごぽっ、と血がこぼれ落ちた。その胸には、彼が持っていたはずの刀が深々と突き刺さっていた。


「……そうか。貴様も変わったか、新免武蔵」


 武蔵が交戦を避けた一方。戦闘を既の所で避けられた新次郎がそう呟いた。そうして、戦いはまた別の局面を向かえる事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1253話『過去から蘇りし者達・3』

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