第1251話 過去から蘇りし者達
榊原家の蔵より『裏八花』を盗み出した盗賊とその協力者達を追撃し、『榊原・花凛』の墓所へとやってきていたカイト達。
そこで隠された地下構造体への入り口を発見し突入した彼らであったが、そんな彼らを待ち受けていたのは『死魔将』達ではなく、謎の七人組だった。そして、その一人にして知恵袋であった与四郎は、自分の事をこう名乗った。
「松永弾正久秀。ざっと日本で400年ぶりに、罷り越した」
「久秀……? それって、あれか?」
「確か戦国時代の武将……だよな?」
当たり前だが、日本人であれば松永久秀の名はそこそこ知られているだろう。少なくとも瞬の過去世である島津豊久より知られている事は間違いない。故に彼らを中心として、若干のざわめきが広がっていく。そして、そのざわめきを聞いた剛拳が青ざめるカイトへと問いかける。これに特段の意図はなかった。が、それにカイトは一つ、息を吐いた。
「カイト殿。ご存知か?」
「……ああ。知っている。松永久秀。日本の武将だ」
「日本の?」
剛拳はニヤついた笑みを見せる久秀を見る。とはいえ、これで終わりではなかった。
「400年前の事か……日本の戦国時代と呼ばれた時代に自死した武将だ」
「死んだ?」
「ああ、死んだ。それは確実の筈だ。いや、確実でなくとも現代に生きているのは可怪しい」
カイトは己の過去世の記憶を頼りに、松永久秀は死んだ事を明言する。
「いいやぁ? 俺は確かにあの時、死んだぜ。けどまぁ、どういうわけか道化師さんに蘇らせられてよぉ……まぁ、御大将にゃ合わせる顔もねぇかと思ってたわけなんだが、せっかく叩き起こされたんだ。御大将と遊びたくて、こうやって来たてぇ話」
「はっ……一緒にしてくれんな。オレはオレだ」
久秀の言葉にカイトは己が己である事を明言する。と、そんなカイトに対して、ソラが問いかけた。
「お前、知り合いなのか?」
「知り合い、か……いや、オレはガチで初めて会う。けどまぁ……初めてってわけでもない」
カイトは良くわからない言い方を答えとする。そしてそれに久秀も同意する。
「そうだなぁ。確かに、オレは御大将と会ったのはこの間が初だ。だから、間違いじゃあねぇなぁ……が、正解ってわけでもない。ま、そう言う意味で言えばそっちの島津の生まれ変わりたぁ、初か。因果なもんだ」
久秀は笑いながら瞬を見る。道化師は当然、この間のラエリアの内紛での事を見ていただろう。であれば、瞬が島津豊久の転生である事は理解したのだろう。
「因果、と言われても……申し訳ないが俺は貴方と会った記憶はない」
「あっはははは! そりゃ、そうだろう! なにせ御大将の権勢も畿内まで! 西国まで届いたのはあのお猿さんの頃なんだからよぉ! いやぁ、後数年、あの猿が裏切らなけりゃ、会ってたかも知れねぇけどなぁ!」
「その前にあんた死んでただろ。てか、その前に裏切ってた」
「あっはははは! いやぁ、そうだったそうだった! 裏切りまくってた所為で、御大将裏切った印象薄くてなぁ!」
呆れた様子を見せるカイトのツッコミに久秀が大いに笑いながら同意する。織田信長が中国攻めこと毛利への侵攻を開始したのは丁度彼が死んだ年の事だ。つまり、その前に彼は裏切っていた。そうして、目端を伝う涙を拭いながら、久秀が懐かしげに目を細めた。
「あぁ、懐かしいねぇ。なぁ、御大将。前のあんた……信長の大将は元気かい?」
「元気っていやぁ、元気だな。激怒はしてるが」
「あっははは。だろうよぉ。あの時、相当カンカンだったんだろうからよぉ……」
久秀はカイトの内側より迸る途轍もない怒りを感じ取っていた。それに安堵してさえいた。変わっていない事を理解して、安心さえした。そうして、その怒りに呼応するように、勝手に影法師達が現れる。カイトと一体化が始まった所為で、半自動的に顕現したようだ。
「これぁ、これぁ……裏切り者の金柑頭に禿鼠まで一緒か。三河の旦那に……お、こりゃ米五郎左にかかれ柴田。滝川のまで珍しく一緒かい。おぉおぉ、どいつもこいつも怒り狂っちまって。いやいや、嬉しいねぇ」
今にも斬りかかりそうになる影法師達を見て、久秀は懐かしげに目を細める。怒っているということは、すなわち彼らも自分を仲間と認めていた証だ。裏切りづくしの彼とて、嬉しくないわけがなかった。と、そんな言葉に、ソラが頬を引き攣らせた。ここまでくれば幾ら何でもカイトの前世はわかろうものだ。
「……まさか、お前の前世って……」
「ああ、織田前右府信長。その転生だ」
「うわぁ……」
流石にソラもこれにはドン引きらしい。織田信長を知らない者は日本人には居ないだろう。そして思い返せば、似たような所は非常に多い。性根は似通っていたのだ。そしてそれ故、久秀にもカイトが信長の生まれ変わりだというのはわかりやすかったのだろう。
「あっははは。まぁ、そこはそれって事でな。兎にも角にも……」
ソラの様子にカイトは笑いながらも、久秀に向き直る。ここからは、己が出るべき番ではなかった。これは過去世の付けるべきけじめだ。そうして、カイトの身を炎が覆い尽くす。
「……のう、久秀」
炎の中に消えたカイトの声音が変貌する。そうして、彼の姿が南蛮鎧に真紅のマントへと変貌した。それはかの有名な織田信長が愛用したとされる姿そのものだった。
「よぅ、御大将。すまねぇなぁ」
久秀の謝罪を聞くか聞かないかの頃合いで、銃声が響き渡る。
「儂は二度、お主の裏切りを赦した。が、三度は赦さぬぞ」
「……」
信長の言葉に、久秀はただ目を細める。しかし、そんな事が出来たのは彼やその周囲、剛拳ら一部の猛者だけだ。豊久がそうであった様に、信長は今、カイトというこの世最強クラスの肉体に宿っている。
それ故、その圧力たるや正真正銘の第六天の魔王さながらだった。いや、彼が神以上の戦闘力である事を考えれば、それ以上でさえあった。
「そうさ。それで、良い。あんたは甘い。甘すぎる」
烈火の如く。信長の怒り狂う姿を見て、久秀は心地よさげにうなずいた。信長が甘いというのは、実は事実だ。数々の苛烈な偉業が伝わるが故に後世では恐ろしい人物とされるが、実際にはおそらくこの時代の戦国武将で彼ほど甘い人物は居ないのだ。が、同時のその甘さが消えた瞬間の苛烈さは、他に類を見ない程でもある。
「おい、お二人さん。次は譲るから、この場は俺に譲ってくれや。流石に御大将も俺しか見ちゃいねぇだろ」
信長が魔銃を構えるのを見て、久秀もまた魔銃を手に取った。どう考えてももうこの状況では自分が相手になるしかないだろう。それに、新介がため息を吐いた。
「はぁ……仕方がありますまい。ま、それに儂もちょいと面白い子を見付けたしのう」
「む……」
「かかか。親孝行一度ぐらいはせぬか」
「……かなりしたと思うのですが」
「かかか」
新次郎の無言の圧力に対して、新介は暖簾に腕押しの様に笑うだけだ。それに、新次郎は少し不満げながらも仕方がない、と譲る事にする。
「はぁ……まぁ、私も別に戦いたい相手は居るのでそうしましょう」
「うむ、孝行息子を持って儂は恵まれておるなぁ……む? お主戦いたいのが他におったのか」
「ええ、まぁ。親が来るまでの鍛錬にはなるでしょう」
新次郎はそう言うと、ヤマトを見据える。それに、ヤマトも向こうがこちらを見ている事を理解した様だ。
「ほぅ……あれが。儂はついぞ仕合う事なかったが……一度は譲れよ」
「仕留めてしまわねば、ですが」
「かかか。そこは冗談でも仕留めぬと言わぬか」
新介は笑いながらそう言うと、己が見定めた興味深い相手とやらに目を向ける。それはどういうわけか、藤堂だった。
「っ」
何故自分に興味を抱いているのかは、藤堂にもわからない。わからないが、少なくとも自分が標的とされた事だけは理解した。
「さて……そっちも決まった所で。そろそろ、やろうや。なぁに、他も退屈はさせねぇよ。そこらにちょいと仕掛けはさせてもらったからよぉ」
久秀が笑う。そうして、信長と同時に壮絶な打ち合いを始める事になるのだった。
さて、壮絶な打ち合いを始めた信長と久秀の横。どこからか現れた無数の魔物達に混じって剛拳達に切り込んでいった源次や僧兵もどきの後ろ。そこにはまだ巴と並んで一人の女が立っていた。そんな女に巴が問いかける。
「果心殿。貴台はどうされますか?」
「そうですね……大殿がああなるのは予想出来た事。であれば……私も当初の目的通り、向こうの裏で戦う方と同じく、皆様のフォローに回らせて頂こうかと」
果心と呼ばれた女は少し困った様な、それでいて楽しげな様子で壮絶な打ち合いを行う信長と久秀を見る。それは呆れた様で居て、嬉しそうであさえあった。
「それに、まぁ。私が目的としている方はあの後ろ。まともに進めは出来ませんし」
「そうですか。私はここで弓を鳴らし敵を迎え撃つつもりですが、そちらもお気をつけて」
「はい、では」
巴の言葉に果心はおしとやかにうなずいて、幻術を展開する。それは数百にも及ぶ鎧武者の幻影だ。が、実際に攻撃力を持った幻影だった。
「来るぞ! 総員、応戦開始!」
単騎僧兵もどきを食い止めていた剛拳が幻影の鎧武者を見て全員に指示を送る。この程度で終わるとは、思っていなかった。そしてそれが案の定というだけだ。迷う必要なぞどこにもなかった。そうして、その影に隠れて果心は剛拳達の陣営の背後へと回り込むべく動き始める。
「やーちゃん、行けるわね」
そんな陣営の最後尾。冒険部の更に後ろ。そこでは弥生が<<布都御魂剣>>を手にしていた。
『うむ。日の本で生まれ育った者が邪道に堕ちたのであれば、それは我らが正さねばなるまい』
「じゃあ、やるわよ」
八咫烏の応諾を受けて、弥生は最初の手はず通り<<布都御魂剣>>を掲げ、光を放つ。それは八咫烏の掲げた鏡を照らし出すと、その反射がこの地下神殿の各所を照らし出した。それを受けて、ソラが指揮を開始する。
「良し! 冒険部各員はとりあえず神楽坂を中心として陣形を組め! 一条先輩! 藤堂先輩と敵の食い止め、頼んます!」
「ああ! 藤堂、本当に知らないんだな!」
「ああ、知らない!」
瞬の問いかけに藤堂ははっきりと断言する。その視線の先には、ゆっくりと歩いている新介の姿があった。自分達が相手になったのが新次郎か新介かはわからないが、少なくともこの男が自分では到底立ち打ちできない相手とは分かっている。
故に、正々堂々と戦うつもりは一切なかった。悔しいが、それが現実なのだ。が、やはり彼らはまだまだ、一歩足りない。いや、一歩どころか二歩も三歩も足りていない。
「<<蠱惑の幻>>」
どこからともなく、果心の声が響き渡る。彼女は新介を隠れ蓑にしながらも冒険部の側面に忍び寄り、そこで魔術を展開したのである。
とはいえ、特に何かをする為の魔術ではない。単に邪魔をされたくないので外から増援が来ない様に霧を立ち込めさせたというだけだ。冒険部の間だけでなら、普通の支援はしあえる。
「っ! 霧!? そちらは無事か!」
「うっす! 弥生さん!」
ソラはこの場合弥生に助力を求めるのが最も良いと理解していた。そして彼女もこの状況が敵の術中である事を理解すると、即座に動いていた。
「わかってるわ! やーちゃん!」
『うむ! この程度の霧なぞ、我の前には無意味よ!』
弥生からの更なるバックアップを受けて、八咫烏が一気に成人男性程にまで巨大化する。この霧は魔術の霧だ。翔の幻術と一緒だ。が、相手の力量から冒険部の面子が単独で破るのは難しい。であれば、八咫烏に頼むのが一番良いだろう。そうして、巨大化した八咫烏が更に強力な光で周囲を照らし出す。
『おぉおおおお!』
八咫烏の咆哮と共に、霧が晴れていく。そうして、幻術の中に隠れていた果心の姿が一同の前に晒しだされた。が、どうやら彼女にとっては想定されていた事だったようだ。特に驚きも焦りもなく、優雅に微笑んでいた。
「真横!? 拙い!」
自分達の陣形の真横に現れた果心に、ソラが瞬達を見る。が、あちらも後数歩で前線と交戦という段階で、ゆっくりとではあったが新介も速度を上げ始めている。もう幾ばくの猶予も無いだろう。陣形の組み直しはできそうになかった。であれば、と仕方がないのでソラは他に頼める面子をすぐに探し出す。
「綾崎先輩! 俺と一緒にあっち頼んます!」
「ああ、わかった! 山岸! 全体の指揮はお前がやれ! 夕陽、付いてこい!」
「はい!」
「うっす!」
流石にこの状況だ。指揮が出来る冒険部の腕利き達も揃って前に出なければならない事は翔も理解していた。本来こういう場合ならば桜や瑞樹達、指揮に優れた者達が控えていてくれているわけであるが、今回はカイトの望みを聞いて女性陣は大半が残留だ。故に翔も己がやらねばならないと理解していた。
「あら、あら……怖い怖い」
果心は自分の前に立ちふさがったソラ達を見て、言葉に反して妖艶に微笑んだ。彼女もやはり、並ではない。そして、彼女の目的は彼らではない。その更に奥に居る。とはいえ、立ちふさがられては止まるしかない。彼女は敢えて言えば支援型。近接戦闘は得意ではない。
「……あんま、女の人に手は上げたくないんっすけど……なんか用事っすか?」
ソラは果心に対して、そう問いかける。やはり彼としても女を相手に殺し合いはやり難い。故に時間稼ぎや足止め、もしくは捕縛でなんとかしようという算段だった。
「用事……と、言われても貴方達には無いですね」
「……には?」
「あら……」
自分の僅かな言葉尻を捉えて違和感を得たソラに、果心が僅かな驚きを得た。意外と賢いのかも、と思ったらしい。が、それを解き明かす時間は無かった。そんな所に八咫烏が飛来したからだ。
『女。日本人という事であるが、何故この様な事を致す』
「あら……八咫烏とはなんとも目出度い……何故、と言われましてもとある理由で、としか言いようがございません。その理由も口が裂けても言えません」
『……』
果心の返答に八咫烏がにらみつけるが、それだけだ。果心の方は一切ひるむ様子はなかった。そうして、先に行動を開始したのは果心の方だ。
「では、少々私の幻術をお楽しみくださいませ」
果心はそう言うと、再びどこからともなく呪符を取り出した。と言ってもどうやら使い捨てというわけではなく、魔術の補佐の為の物らしい。投げつけたりすることはなかった。そうして、冒険部は新介と果心の二人との戦いを始める事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1252話『過去から蘇りし者達・2』




