第1250話 一度は眠り、目覚し者達
少しだけ、時は遡る。カイト達が『榊原』を出発していた頃。盗賊とそれに協力する者達はというと、墓所のとある所へとやってきていた。
「あった! ここだ!」
盗賊は先程まで得ていた疑問を全て投げ捨てて、目の前に見える何らかの石碑を見つけて興奮を露わにする。それはかなり古ぼけていて、少なくともこの数百年は手入れがされていないのか苔むしていた。
「あぁあぁ、こんな苔が生えちまって……すいませんねぇ、偉大なお方の石碑なのに」
盗賊は楽しげに石碑を覆っていた苔をナイフでこそぎ落とす。言葉こそ敬っている様子があれど、そこには一切敬っている様子というものは存在していなかった。が、必要だからかなんなのか、ナイフで苔をこそぎ落とす手は慎重で石碑に傷を付けないという丁寧さはあった。
「良し!」
粗方の苔を取り除いて、石碑を露わにした盗賊は改めて石碑を見る。とは言え、やはり手入れがされていなかった様子があり、大きく欠けが見受けられた。が、別に問題はない。この世界は魔術も魔法もある世界だ。こういった経時変化による劣化等に対応出来る魔術は普通にあった。
「<<時制御・逆転>>。で、お次は<<固定>>」
盗賊は手慣れた手つきで二つの魔術を同時に起動させて、石碑を数百年前に設置されただろう当時の姿を取り戻させる。この二つの魔術はかなり高度な魔術ではあるのだが、メモ帳と同じ様にこの目標を定めてから毎日ひたすらに修練した結果、彼程度でも普通に使える程度にはなっていた。全ては、この先にある目的の為だ。この程度毛ほどの苦労にもならなかった。
「良し。これで当分は保つ」
盗賊は当時の姿を取り戻した石碑を見て、盗賊は会心の出来にほくそ笑む。先に使った魔術はいうなれば、経時変化を無かった事に――勿論擬似的だが――してしまう魔術と考えれば良い。前者で元通りにして、後者である程度の時間はそれで固定される様にしているのである。
本来は考古学等でこの石碑程度の小さな物を修繕する為に使われる魔術だ。前にカイト達がラエリアで語っていた時を巻き戻して云々、という魔術の一種だと思えば良い。その難易度は察するに余りあるだろう。ほくそ笑むのも無理はない。
「後はー……おい」
盗賊は『裏八花』を持たせた八体の死人達へと命令する。保存状態が良かったからか、それとも行使されている魔術のおかげか、死体は血色こそ悪いものの腐敗している様子は一切無かった。
とは言え、動きはやはり生前よりも幾分と落ちており、更には自意識も無いらしく自発的な行動というものは見受けられなかった。敢えて言えばゴーレムにも近かった。
「来い」
盗賊は死人達にそう命ずると、石碑を見ながら何らかの指示を与えていく。その一連の流れを、与四郎達は後ろで見ていた。
「あぁあぁ、やだねぇ。ああはなりたくないねぇ」
与四郎は楽しげながらも、どこか哀れみを持って操られるだけの死人達を見ていた。まぁ、これはもし彼が常人でなくてもそう思っただろう。やはり死んでからも操られるのはあまり良い事とは思えなかった。
「とは言え、こうせねばならぬのも事実でしょう」
「あっはははは! そうなんだよなぁ。これが俺達の痛い所だ」
新介の言葉に与四郎は大いに笑って同意する。良い事とは思えないが、こうしないと駄目なのだから仕方がない。
「貧すれば鈍す。溺れる者は藁をも掴む。切羽詰まっちゃ閻魔様とも取引したいもんさ」
「おや……我々は閻魔大王でしょうか」
与四郎の揶揄に対して、道化師が笑いながら問いかける。確かにカイトが知り得ている情報によれば、与四郎達は何らかの事情で道化師、ひいては『死魔将』達に協力せざるを得ない事情があるらしい。そしてその彼らの来歴を考えれば、確かに言い得て妙ではあっただろう。閻魔大王は時に死神とも言い表されるのだ。
「ま……地獄で仏。地獄で生きてきた俺達だが」
「あら、私は生きておりませんよ。別の戦場は生きてきましたが」
「おっと、そういやそうだった……って、それでいやぁ小倅もか。お前さん、戦何度だっけ?」
「……私は地獄を生み出した側でしたので。そう言う意味では、御身らとさほど変わりません。島原だの大阪だの……御身らと違うは口が裂けても申せません」
与四郎の言葉に新次郎はただ少し頭を下げる。と、そんな発言に与四郎も少し新次郎の来歴を思い出して、そう言えばそうか、と特に気にする事はしないことにした。
「ああ、そういやそうか。にしてもあの時の小倅がこれたぁねぇ……ずいぶんとまぁ、面白い事になったじゃねぇの。さすがの俺もそこまで生きてはしねぇだろうが、ちょいと見てみたくはあったなぁ」
「かかかか! いやぁ、まことに。後儂に10年の余命があれば、と少し面白くもありますな。儂もかの御仁の旧縁を頼りに来た紹介させて頂いただけに過ぎませぬが……そしてこの倅も本来は不出来だったはずなのですが……いやはや、どうしてか一番大成した模様」
「……」
新次郎は父の言葉に何処かむず痒そうな顔でなんともその場に居にくそうだった。と、そんな和やかな彼らに対して、死人を操る盗賊は何かの儀式を行いながら、しばらくの時を過ごす事になるのだった。
さて、その一方のカイト達はというと、榊原・花凛の墓所へとやってきていた。が、そうしてまず驚いたのは、誰も居なかった事だ。
「謀られたか!?」
たどり着いて見えない敵の影に、剛拳が思わず肝を冷やして口走る。とは言え、これも想定されていた事ではある。所詮は敵の言葉だ。真に受けるわけにもいかない。とは言え、言われた以上は従わねば拙い可能性もあるのが、彼らだ。これは敵が敵故に仕方がない判断ではあった。
「っ! 急いで取って返すぞ! 全員、隊列を」
「待った、親父! 墓の下、何か封印が解かれた感じがある!」
「墓の下!? 封印!?」
カリンの報告に剛拳が目を見開いた。榊原・花凛の墓の下に何があるか知らないのは剛拳も一緒だ。故に封印がある事は知らなかったのだ。勿論、カリンとて知らなかった。魔眼で見て墓に何か違和感があると気付いて、封印がこじ開けられている事に気付いたのだ。
「どこだ!?」
「まだわからん! が、墓がこじ開けられた形跡だけはある!」
剛拳の問いかけにカリンは魔眼で周囲を見回しながら、剛拳へと報告する。それを受けて、剛拳は即座に指示を飛ばした。
「総員、急ぎ何か痕跡がないか探せ! しかし、警戒は怠るな!」
剛拳はそう言うと、己も即座に捜索を開始する。しかし、それにカイトが口を開いた。来いと言ったのは奴らだ。であれば、自分にならわかる何かを残していると思っていたのだ。
「ご当主」
「どうされた?」
「あれだ」
カイトが指差した先には、石碑の影になる場所に割り箸が突き刺さった茄子が一つあった。それは所謂、茄子牛であった。とは言え、日本と似た風習である中津国には無い文化で、剛拳には分からなかった。
「それは?」
「茄子牛だ。日本のお盆特有の飾りだ。きゅうり馬に乗って来て、茄子牛に乗って帰るって具合のな。カリン、この周辺を頼む」
「あいよ」
カリンはカイトの求めを受けると、その近辺を重点的に観察する。そして、何かを見つけたらしい。唐突に目を補足して、何かをしっかりと注視する。が、それもしばらくで彼女はカイトの肩に座るユリィを見て口を開いた。
「ユリィ、ちょっと手伝って」
「うん、何?」
「そことそこ、凹みあんだろ。そこの端にちっさな隙間あるから、魔糸突っ込んで引っこ抜いてくれ」
「わかったけど、何で私?」
「私こういう細かいの苦手なんだよ。その点、あんた意外と得意だろ」
「意外とってどういう意味か気になるけど……」
ユリィは不承不承ながらもカリンの指示に従って、魔糸を編んで石碑の一部に突っ込んだ。すると、まるで軽い様子で石碑の一部が変形した。それに、ユリィが目を瞬かせる。
「あ、変形した。これで良いの?」
「多分ね。あー……こうなってた訳か。成る程ね。敢えてこいつで流れを堰き止めてた訳か。こりゃ、わかんないわ」
カリンは落下した破片を見ながら笑う。ユリィが引っこ抜いたのは所謂『吸魔石』にも似た何かだ。詳しい事は調べていないので定かではないし、今考える事ではない。
だが、これが何か特殊な力場の基点となり、カリンの魔眼さえ騙していたのである。彼女の魔眼とて限度がある。こう言った何か隠された物を見抜く類の魔眼なればこそ、対処してくる所は無いではないのだ。
「流石はご先祖様って所かい。まさか私の魔眼さえ騙してくるたぁね」
「笑ってる場合か。さっさと解除しろ」
「っと、そうだったそうだった」
剛拳の言葉にカリンは慌てて作業に戻る。そうして、彼女が破片が抜け落ちて出来た穴にてをつっこんで少し何かを弄ると、一同の見守る前で墓所の一部が音を立てて動き出した。それは地下へと続く階段の入り口だった。
「こんなものが……」
剛拳は自分の知らない何かが隠されていた祖先の墓を見て、思わず目を丸くする。が、すぐに首を振った。敵がここに目印を残した、という事はつまり、ここに敵が先んじたという事だ。のんびりはしていられない。
「総員、突入!」
剛拳が簡素に号令を掛ける。それに、今まで固唾を飲んで見守っていた戦士たちが一気に墓所の地下へとなだれ込んで行く。
「これは……」
「墓所の地下って言うより……神殿?」
カイトの言葉の先をユリィが引き継いだ。大凡はそれで良い。敢えて言えば和風の地下神殿。ご丁寧に朱塗りの鳥居まである。どうやらここも魔術的になんらかの処置がされているらしく、風化はさほど見受けられなかった。
が、その代わりに見受けられた者達が居た。与四郎達である。彼らは更に奥に続くらしい大きな扉の前に7人揃って立っていた。と言ってももちろん、まだフードはかぶっているが。
「観念しろ!」
剛拳が声を荒げる。単なる盗人一派であれば、別に殺すつもりはない。幸い犠牲者は剛拳らの行動が早かったおかげと中津国特有の魔物が非常に強いという事情があり出ていない。あの程度で死ぬ程の住人達ではないのだ。
そして犠牲者がけが人だけなので問答無用で討伐を、と言うつもりは彼にはなかった。それに榊原家当主としても聞いておかねばならない事がある。それ故、彼はその問うべき事を問いかける。
「何故ここのことを知っている。ここは我ら榊原さえ知らなかったのだぞ?」
「さぁねぇ。俺たちゃ雇い主にこの奥の盗賊さんの手伝いしろって言われてるだけさ」
「……ん?」
「あれ?」
カイトとユリィの二人は何処かで聞いた声がした事に僅かに眉をひそめる。そんな二人に、与四郎がフードの下の顔に笑みを浮かべた。
「よぅ、御大将。数日ぶりってとこかい?」
「何……? いや、その声……与四郎殿か!?」
「おう、御大将。あんたの酒、美味かったなぁ」
楽しげな与四郎に対して、カイトは即座にその左右へと視線を向ける。そうして、三人並んだ剣士達を見つけた。
「まさか、そっちは……」
「ご無沙汰じゃのう、カイト殿」
「……」
カイトの視線を受けて、新介と新次郎がフードを降ろす。これで後は、まだ顔も形もわからないのは二人だけだ。
「やはり、あんた達も……」
「カイト、あっちの女の子」
「!? 君もか!」
カイトはユリィの指摘に目を見開いた。当然、そこには巴が居たのである。
「お鶴ちゃん……だったか」
「申し訳ありません。あれは彼が勝手に付けたあだ名。今はただ、巴と名乗っております」
巴はカイトに謝罪する。と、そんな顔見知りの様子を見せるカイトに剛拳が問いかけた。
「お知り合いか?」
「一昨日ぐらいに風呂で、という所です。どうやら、向こうからいたずらを仕掛けてたってわけなんでしょうよ」
カイトが若干頬を引き攣らせる。ここまで来て彼らが単なるちょっかいを出しに来た事ぐらいわかりきった話だろう。そしてそんな彼は与四郎達に問いかける。
「で? その巴ちゃんやら多分名前違うんだろうが与四郎殿やらが何故あんな事を?」
「あっはははは。そりゃ、当然だろうよぉ。せっかく日本人が居るってぇ話だ。お話しておきたいってのは普通じゃねぇか」
カイトの問いかけに与四郎はそう嘯いた。が、これが嘘と分かるのはカイトの正体を知る者達ぐらいだったろう。
「んー……にしても、よぅ。何時までも与四郎呼びはひでぇじゃねぇの。まさか俺の兄弟弟子の名前だからって気付かないかねぇ?」
「あぁ?」
与四郎は楽しげに笑いながらカイトをしっかりと見て、そう告げる。が、告げられたカイトの側は顔を顰めるだけだ。当たり前だが彼とて与四郎の事は知らない。
そして知っていればスーパー銭湯の時点で気付いている。気付けていないのが何よりもの証拠だ。いくら彼でもこんな男の顔を忘れるとは、思えなかった。
「おいおい……ひでぇなぁ、御大将。あんた、あんだけ俺の事絶賛してくれたじゃねぇの」
「……カイト、絶賛した事あった?」
「てか、知らねぇよ。一応、記憶魔術で補佐してるから見覚え無いの確定だぞ?」
ユリィの問いかけにカイトも訝しむ。それに、与四郎は楽しげだ。そして、彼はカイトならわかるだろう情報を告げてやる。
「おいおい……せっかく茄子……あ、もしかして御大将が貰ってくれなかったりしたか? そりゃ、残念だがよぉ。俺との再会なら茄子って相場が決まってんだろ? ああ、それともやっぱ蜘蛛じゃなけりゃまずかったか? 悪いなぁ、蜘蛛の方は生き物だからどっか行くか、って用意出来なくてよぉ」
「蜘蛛……? あ……」
楽しげな与四郎に対して、カイトの顔色が一気に青くなる。何かに気付いたらしい。そして、彼は震えながらつぶやいた。
「まさ……か……いや、あり得ん……」
「いいや、そうだぜ。よぉ、御大将。今度から俺を紹介する時には、常人に出来ぬ事三つじゃなくて四つにしておいてくれや。四つ、地獄から帰ってきた、てのをな」
与四郎は楽しげに、そう告げる。そうして、彼は楽しげにその己の謳い文句を諳んじる。
「一つ、主君殺し。一つ、天下の大殿殺し。一つ、東大寺の大仏を焼き払った……どうだい? もう、思い出してくれただろう?」
与四郎の謳い上げた三つの謳い文句を聞いて、冒険部にざわめきが生まれる。これを知る者はやはり居たのだろう。そうして、それを聞きながら与四郎は己の名を名乗った。
「松永弾正久秀。ざっと日本で400年ぶりに、罷り越した。見知らぬ奴らは以後、お見知りおきを。そして求めにゃ応じてないが、大殿の前に参上致す」
松永久秀。そう名乗った彼は与四郎は笑いながら、戦国大名の堂々たる様で顔を真っ青にしたカイトへと頭を下げる。
茄子。それは久秀が織田信長に降伏の証として差し出したとされる『九十九髪茄子』という優れた茶器の事だろう。そして蜘蛛は、彼が自死する際に爆発させた『平蜘蛛』の事だろう。
カイト、つまり織田信長の転生体との再会であれば、そう言うのも無理はない。もし彼が久秀当人であれば、必ずそう言っただろう。こうして、カイト達は過去から蘇ったという松永久秀と遭遇する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。久秀は敢えて語る必要も無いですが、今週の活動報告では一応そこらの偽名の由来を語る予定です。
次回予告:1251話『過去から蘇りし者達』




