第1248話 次の舞台へ
盗賊が『転移門』へ消える直前。カイト達はというと、まだ各々の敵との交戦を続けていた。が、それも盗賊が『転移門』へ消えたとほぼ同時。カリンの所へ道化師が現れたと同時に終わる事になった。というのも、そこにもまた介入があったからだ。
「っ!」
僧兵もどきごと叩き切らんと振るわれた剣戟に気付いて、カイトはとっさに盾を創り出して構えた。
「つぅ! うぅうううう!」
僧兵もどきの一撃とは比べ物にならない程の衝撃がカイトの身体を襲う。そうして数秒ほどの拮抗状態が続いて、ついにカイトが吹き飛ばされた。
「ぐっ!」
音速をも遥かに超えた速度でカイトが吹き飛ばされていく。が、それに彼は盾を消滅させて、即座に両手足に鉤爪を創り出して虚空に突き立てて強引に減速した。そうしてまるでスポーツ選手のクラウチングスタイルの様にして停止したカイトは、今の一撃に目を見開いていた。
「この威力、この技量……おいおいおいおい! バカだろ!? お前まで出てくるのかよ!?」
思わず、カイトは声を荒げた。今の防御はかなり本気だった。確かに不意を打たれたという事はある。が、それでも彼が防御したのだ。にも関わらず、あれほどの勢いで吹き飛ばされたのである。答えなぞ見えていた。
「……久方ぶり、というべきだろうか」
他の面子と同じくフードを目深に被った男がカイトへと頭を下げる。自分の明確な敵でありながら、ここまで礼儀正しい男は一人しかカイトは知らなかった。
「どういう、つもりだ? お前が来るとは……これはそんな大事か?」
カイトはあまりの事態に警戒を隠す事はなかった。道化師が動くのはまぁ、わからなくもない。彼は裏で動いてこその存在だ。故に今回もこそこそ――当然だがカイトはまだ知らない為――動いていても不思議はないと思っていた。
が、そこに他の面子まで絡んでくると、もう話は別だ。今までは道化師単独でのまた何か厄介な策略だとばかり思っていたが、これは下手をするとそんな領域ではなく国の命運さえ左右しかねない事態だと思ったのだ。
「……お答えしかねる」
「さよか」
どうせまともな答えなぞ期待はしていなかった。故にカイトも特に興味はなく、ただ僧兵もどきと『剣の死魔将』の二人を観察する。どうやら狂戦士じみた僧兵もどきもこの剣士の命令は聞くらしい。彼が動かないのに合わせて、動きを止めていた。
「……」
どうするべきか。流石にカイトも『死魔将』の中でも武闘派である彼の襲撃だけは想定していなかった。まだこれであの豪快な方で無いだけマシ――被害が尋常ではなくなる為――と見るべきか、それとも技量で言えばおそらく『死魔将』最優と言える彼が来た事を嘆けば良いかは、判断が分かれる所だ。
「……」
「……」
カイトとにらみ合いを続ける剣士であるが、その背後に『転移門』が現れる。それに、カイトは新たな敵の襲来を危惧し、僅かに身を固くする。が、それが剣士の狙いだった。
「墓所にて待つ」
剣士はそう言うと、そのまま僧兵もどきを率いて去っていく。そしてそれと同時に各々と交戦していた者達の所にも『転移門』が現れていて、一斉に引いていった。
「……ふぅ……」
カイトは安堵でため息を零した。もしあの剣士と戦いが始まった場合、間違いなくこの『榊原』は壊滅していたと断言して良いだろう。それが避けられたのであれば、これほど幸運な事は無かった。敵に逃げられた事を悔やむのではなく、去ってくれた事を喜ぶべき相手なのだ。
「……他も全員去ったか……」
カイトは気配の流れから、敵の全員が逃げ去った事を理解する。とは言え、それに何時までも安堵はしていられない。即座に状況を把握して、体制を整える必要があった。
「ティナ。そっち、仕留め損なったのか?」
「うむ……あの剣士。相当な使い手じゃぞ。余の魔術の大半を見切り、回避しおったわ。大体九割回避、九分斬撃で叩き切られ、という所かのう。残る一分は命中出来たが……うむ。有効打までにはいたらなんだな。後もう数分あれば、有効打にもなろうが……」
「お前の……?」
ティナからの報告にカイトは思わず目を見開いた。ティナの魔術の乱打を殆ど動かず回避する、というのはカイトでも難しい。切り裂いて良いのなら彼でも容易いが、回避を重視しての事なら難しい。
それをやったというのだから、その腕前は相当な物だと断じて良いだろう。そしてであれば、その実力は比較対象としてどの程度かわかってくる。
「ちっ……軍団長級か」
「と、見てよかろう。本気になれば大将軍級にも匹敵するやもしれん。まぁ、平常時でそれらの中間領域と言えるかのう」
カイトとティナは唐突に降ってわいた新たなる敵に僅かな警戒心を滲ませる。何故あのような猛者が協力し、そして今までどこに居たのかは甚だ疑問であるが、少なくとも生半可な戦力で戦えるわけではなかった。しっかりと準備は必要だろう。だろうが、そうも言っていられない。ゆえに、カイトは即座に次の行動に入る事にする。
「ご当主!」
「うむ! 戦える者の半数は街を守る為にこのままここに待機! 残る半数は私に続け!」
剛拳とて先程の言葉は聞いていた。であれば、墓所へ行かねばならない事ぐらいわかっていた。そしてそれは今すぐと言う話だ。故に、しっかりとした準備なぞ出来ようはずもなかった。
「……行くしか無いか」
「じゃのう……ご当主!」
大急ぎで追撃の用意を整える剛拳に向けて、ティナが声を掛ける。それに、剛拳がこちらを向いた。
『アウラとクズハをこちらに残す。家人達の指揮はあれらに預けよ。後は、事と次第では余も残ろう。安心めされよ』
『かたじけない。有難くお借り致す』
ティナからの念話での申し出に、剛拳が感謝を示す。少なくともクズハらであれば多少なりとも時間稼ぎは出来るのだ。もし万が一あちらに呼び出したのが陽動作戦であったとしても、カイト達が帰るまでの時間程度は保たせられる可能性は高い。
「……行くしかねぇだろうな」
カイトは首を鳴らす。剛拳も理解していたが、行くしかないのだ。彼らが墓所まで来い、と言ったのだ。であれば逆に行かねばより悲惨な事態が待ち受けているという事に他ならない。奴らは、そう言う奴らなのだ。
「どうするんじゃ?」
「わっかんね。奴らがそのまま来るのなら、オレがやる。が、そのまま隠れるつもりなら、オレもまた隠れる。それだけだ」
ティナの問いかけにカイトは本気になる可能性を少しだけ選択肢に入れておく。が、どうなるかはもうわからない。何故一度は手放したはずの『裏八花』をわざわざ『死魔将』達が狙ったのか。あれが使い物にならない事は彼らも知っているはずなのだ。が、狙ったのならそこには意味があるはずだ。
「……何が目的なんだ……?」
見えないのはそこだ。確かにカイト達も『裏八花』が狙いなのでは、と考えはした。が、実際に狙ってくる可能性は殆ど無いと思っていた。カイト達も大婆様も殆どそんな事は有り得ないだろう、と判断していた程だ。
あれは確かに強力な武器であるが、それだけなのだ。特殊な効果がある魔具が欲しいのなら、もっと他にあるのである。他にも強力なだけならもっとデメリットの無い武器がいくつもあるし、榊原家の様な武の名門が警護していない物だって山ほどある。
しかもタイミングがタイミングだ。ここを狙うのならカイト達が居ないタイミングは幾らでもあった筈だ。なのに、居るタイミングをわざわざ狙った。意味がわからなかった。と、そんな見えない敵の意図を考えるカイトの所に、ソラ達がやってきた。
「カイト。俺達はどうするんだ?」
「ん?」
カイトはソラの問いかけに現状の厄介さが更に増えた事を理解する。ここでソラ達だけならば、敵に『死魔将』が居た事を伝えて残る様に頼む事も出来る。
しかしここにはソラ達以外にもルーファウスやその他カイトの正体を知らない冒険部の面子まで沢山居るのだ。教えてやる事も出来ない。が、彼が行かねばならない。それだけは確定だ。
もし万が一『死魔将』が控えていれば、追撃部隊は全滅必須だ。更にはあの言葉だ。カイトが来なければ対処出来ない事態が起きる事を暗喩していた。
「……」
難しい決断としか言い得ない。が、そうするしかないのだろう。カイトはそう結論付ける。
「……オレは行く。が、各自の判断は各自に任せる。今回は休暇だ。故に冒険部としての動きは決めない」
部隊としての命令は、しない。カイトの結論はこれしかなかった。何をどうしても本来のカイトではどうしても知り得ない情報を知っていないと下せない指示が多くなる。自分一人で行くとなれば可怪しいし、逆に冒険部全員で行くとなれば危険が大きすぎる。そこを加味するのであれば、という判断だった。
「が……敢えてオレの望みを言うのであれば……」
カイトはそう言って、一度区切る。このカイトの様子で桜らにも凡そこの案件が尋常ではない事態となっている事は伝わっているだろう。だから、言うのはこれだけだ。
「残って欲しい。それだけだ」
『死魔将』が動いている。その時点で冒険部ではどうすることも出来ない事態だ。本来は、国家が動いてなんとかすべきレベルだ。
「……それでも行くという奴は、しっかりと準備して追撃部隊に加われ。ただし、敵は尋常ではない。あくまでも主敵は周囲の雑魚に限定しろ。生半可な覚悟で行けば、死ぬ」
カイトはそう明言する。今回ばかりはカイトも援護出来ない可能性が高い状況だ。そうして、カイトは一瞬動きを止めて、ティナを見る。
『……ティナ。桜らにはこれで伝わっているだろう。だから、後は頼む』
『お主のう……はぁ、やれやれ……』
ティナは呆れたような、それでいてどこか心地よさげな様子でため息を零した。カイトが一番信頼しているのは誰か、と言われるとそれはもうティナしか居ない。こちらにカイトは沢山の大切な物を残していく。そして今回は、途方もない強敵が相手だ。
昔から彼らに油断して勝てない事は誰よりもカイトがこの場で一番良く理解している。それで後の事を頼めるのは誰か、と言われるとそれはティナだけだ。それはティナもわかっていた。
『……あれがおらぬのがこの今ばかりは、惜しいのう』
『……あいつにはあいつで守ってもらってる』
『守るものが多いと大変じゃのう』
ティナはカイトの言葉に僅かに微笑みを見せる。その守りたい物の中にティナ自身も入っているが、彼女自身はカイトが守る必要も無い程に強いのだ。
この世で二番目に強い女だ。頼むのなら、彼女しか居ないだろう。そして二人が述べたあいつというのは、そのティナが唯一己と同格であり同等と認める女だ。カイトがルイスと呼び、ティナが、そして彼女の父であるイクスフォスがルルと呼ぶ人物だった。その彼女には地球でカイトの家族を守ってもらっていたのである。
『……すまん』
『ぷっ……良い。万が一の時には、お主が守ってくれるんじゃろう?』
『……まぁな』
ティナの問いかけに、カイトは僅かな安堵と共に歩き出す。迷いも何もない。聞かれた事も当たり前の事だけだ。であれば、今回もまた当たり前として出ていって、当たり前として帰ってくる。それだけの話である。
「……さて……」
久しぶりに、カイトの瞳に真剣さが宿る。まだ、襲撃してきた奴程度ならこれほど気にする必要もなかっただろう。が、いきなり影から飛び出してきた者達だけは話が異なる。
「切り札は……良し。今回はなるべく、バレない方向で行くぞ……」
カイトは自分に言い聞かせる様に、手札を確認していく。地球でも幾つもの戦いを超えたのだ。あの頃よりパワーアップしているのは彼らだけではない。そして正体がバレない為にはエネフィアで知られていない力を中心に戦う必要があるだろう。そしてだからこそ、カイトはある二冊の魔導書を確認しておく。
「……使いたくは、無いんだが……」
これは正真正銘、切り札中の切り札だ。が、守る為ならそれも切る。そこに迷いなぞありはしない。
「行けるな、お前ら」
『……承知』
『……行ける』
二冊の魔導書がカイトの問いかけに声を返す。これを手に入れられたのは、おそらく因果な物だろうとカイトは思っている。本来は手に入れられる事なぞ有りはしない。が、まるで導かれる様にこれをカイトは手に入れた。
「『銀の鍵』……良し。『輝く闇』も良し……これを、使わせてくれるなよ」
カイトはガンホルダーを改造した物を取り出すと、いつもの白のロングコートの内側に装着して両側に魔導書を二冊を吊り下げる。平常時としては扱いにくいが、戦闘時には自動的に浮かんで追従してくれるようになっている。なので問題はない。と、そんな所にユリィが飛来した。
「カイト、行ける?」
「ああ……今回は、本気のガチモードだ」
カイトは両脇を叩いて、魔導書二冊をしっかりと確認する。それに、ユリィが興味を持った。
「なにそれ?」
「魔導書」
「そりゃわかるけど。使うの?」
「まぁな……そういや、お前にも一度も語った事はなかったか?」
「何が?」
カイトの問いかけにユリィが首を傾げる。どうやら、記憶にないらしい。とは言え、それはわからないでもない。というわけで、カイトも今は時間が無いとして語らない事にする。
「ま、今は良いさ。敢えて言えば、オレの娘みたいなもんだ」
「カイトー。その発言は非常に拙いよ。とってもどころかとんでもなく」
「……だな。でもま、魔導書に対してそう言う場合、どういう意味かわかんだろ?」
「あ……って、え? カイト魔導書記せたっけ? と言うか、300年前に記してるの見てないよ?」
「やろうとすりゃ出来るわい。まぁ、オレがやったんじゃないけどな」
ユリィの素面での問いかけにカイトが口を尖らせるも、それに同意する。魔術を使う者達が魔導書に対して息子や娘という場合、それは得てして著者が自分の作品を言う場合の事を言う。
そして特にそれは力を溜め込んで付喪神化していた物の様な物を特に指す事が多い。であれば、これはカイトが著者と言っても過言ではない物だったのだろう。そうして、カイトは二冊の魔導書を懐に忍び込ませて、戦いに赴く事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1249話『墓所』




