第1240話 榊原の秘宝
榊原家当主・剛拳との会話の最中。話が本題に入った事もありカリンと大婆様が呼ばれる事になり、カイト達の居た謁見の間に二人が呼び出された。
「ご当主、お呼びですか?」
「父上。カリン、罷り越しました」
大婆様とカリン――流石に実家なので着崩してはいない――がやってきて、剛拳の前で頭を下げる。
「大婆様。久しぶりにカイト殿が来られております」
「あら……これはカイト殿。お久しぶりです」
「大目付。随分とご無沙汰してしまいました。相変わらずご壮健な様子。喜ばしい限りです」
小さく頭を下げた大婆様に対して、カイトも頭を下げて挨拶を述べる。と、そうして挨拶が終わった所で大婆様が本題に入った。
「それで、ご当主。如何な御用でしょう」
「大婆様。カイト殿に八花の話をして差し上げてはくれませんか。此度の事件、まだ我が榊原に関わりがあるかはわかりませんが、少なくとも可能性が無いとは言い切れません。であれば、彼の助力を借りる為にも事情を説明せねばなりますまい」
「そういうことでしたか。良いでしょう」
剛拳の申し出に大婆様は笑顔で快諾する。そもそもこの流れは既定路線ではあったが、それでも言及は必要だろう。
「カイト殿。榊原家が御身に献上した無貌・<<零>>は覚えておいでですか?」
「はい。日本でも海棠殿の兄に頼み調整をして頂き、丁重に扱わさせて頂いております」
「ありがとうございます……さて、今一度のお話になりますが、我が榊原が誇る十七の秘法『八花』についてご説明させていただきます」
大婆様は一応と確認を取った上で『八花』の説明を行うと明言する。カイトも前に一度聞いているが、それも詳細を把握しているというわけではない。
そもそもあの当時はこうなる未来は想定出来ず、あくまでもカリンがそういう品を集めているので協力してほしい、という話の流れで出ただけだ。カイトも詳細は知らないのは当然だろう。
「『八花』……それは我が榊原家有数の女傑たる榊原 花凛が遺した十七の秘宝。これは前にご説明致しましたね?」
「ええ、伺っております。この十七の内、裏はすべて回収出来ているとも」
「はい。轟鉄がほうぼう探し求め、裏はすべて回収する事に成功しています」
改めて大婆様はカイトの言葉が正確である事を明言する。先にも話はしていたが、今何本この榊原家にあるか、というのは重要だろう。そこを確認しておくのは悪い話ではない。というわけで、大婆様はかつては話さなかった所を語り始める。
「その裏はこの榊原家の奥の蔵に収蔵し、封印を施しております。そう言えばカイト殿は一度……」
「ええ。裏の<<死の閃>>を一度だけ」
「そうでしたね。であれば、覚えておいででしょう。あれは確かに優れた武具。それこそ、力だけで言えば『表八花』を遥かに上回る代物」
大婆様は『八花』の内、裏と言われる物についてそう明言する。そしてこれはカイトも使った事がある以上は知っている。が、それ故にこそ二度と使いたいとは思えないらしい。
「ええ……あれは凄まじい威力でした。もう私が決して使いたくないと思う程には」
カイトは会話の最中にかつて月花が瀕死の重傷を負う事になった事件を思い出す。その時、カイトはやむにやまれず『死の閃』を使う事になったそうだ。とは言え、これは仕方がないといえば、仕方がない。当時のカイトはというと、ここに湯治に来ていたわけだ。
つまりあの時というのは後世に堕龍退治と呼ばれる事件の直後、コアを移植されて復活した直後で、まともに使える武器も技量も備わっていなかったのである。となると、もう仕方がないので何とかして強力な武器を手に入れるしかなかった。
そして選ばれたのが、榊原家に封印されていた『八花』の裏・<<死の閃>>なのであった。コア移植後のカイトなので幸か不幸か呪いは強引にねじ伏せる事が出来たし、優れたと評される『八花』の名に恥じない耐久力で当時の未熟なカイトの力にも耐えきった。あれがあってこそ得られた勝利と断ぜられる。
「でしょう……この一千年。おそらくまともに『八花』の裏を使い五体満足で居られたのは、カイト殿ぐらいなものです」
「でしょうね」
カイトは一切の驕りもなく、大婆様の言葉に同意する。おそらくこの『裏八花』をまともに使えるのは現在ではクオン達<<熾天の剣>>の『八天将』ぐらいなものだろう。
それだって適性の関係で使えてクオンとアイシャぐらいなものだ。それほどの危険性も孕んだ武器なのであった。まさに、過ぎたるは及ばざるが如し。そうとしか言い得ない武器だった。と、そんな話を聞いていた灯里がふと、疑問を呈した。
「あのー……一つ良いですか?」
「貴方は……」
「ああ、申し遅れました。彼女は三柴 灯里。オレのまぁ……義理の姉に近い存在です。随分と世話になった方です」
大婆様の疑問を受けて、カイトが灯里を手短に紹介する。単刀直入に本題に入ってしまった上にこの場で会話に加わる大半が顔見知りだった事もあり、唯一灯里だけ自己紹介し損ねていたのだ。
と、そんなカイトとの関係性を聞いて、大婆様が一つ頷いた。カイトの義理の姉に近いというのだ。であれば、配慮の一つもせねばなるまい、と思ったのだろう。故に、彼女の問いかけを促した。
「なんでしょうか」
「その『八花』? どうして作ったんですか?」
「そう言えば……」
灯里の疑問にカイトもふと、同じ疑問を得る。『八花』は榊原家伝説の女傑が作った事までは聞いている。そしてそれが優れた武器である事もカイトは把握している。
が、そんなものが何故あるのか、そして何故十七本も存在しているのか、というのはついぞ聞かないままだったのだ。と、そんなカイトの疑問を得たからだろう。大婆様がカイトへと問いかけた。
「カイト殿。<<零>>の由来は覚えておいででしょうか」
「ええ。『八花』の試作品、大本になった一振りだと」
「その通りです。元々、それがあったわけです」
大婆様はカイトに向けて改めて<<零>>の由来を語る。今ではこの試作品も『八花』に数えられて無貌・<<零>>なぞと言われているわけであるが、その実態は試作品だというのはかつてカリンもソラに向けて語っていた。それはカイトも聞いた事があるし、それ故に譲り受けてもいたのだ。そうして、大婆様が続けた。
「それはご存知の通り、自由自在に刃を変えられる無貌の刃。使用者の意図に沿って刃が構築される。故に無貌・<<零>>」
故に、柄だけなのだ。刃は使用者の魔力で編み出される。が、それだけではなく実はこの柄の部分に特殊な加工が施された緋々色金が仕込まれていて、それが変形して刃を構築するのである。ある意味液体金属にも似ているだろう。
自分の力を持て余していた当時のカイトには最適の一振りだろう。榊原家がこれを最適として譲ったのも筋が通る。余談になるがこれをきっかけとして、ティナもカイトの特異な才能を見出したわけであった。
「今までカイト殿には隠してまいりましたが……実は伯母上もまた、貴方と同じ才能を有しておりました」
「私と同じ才能……武具創造能力ですか?」
「はい」
驚いた様子のカイトの問いかけに大婆様ははっきりと頷いた。この武具創造能力というのは、たしかに珍しい。瞬がそうである様に単一の武器に限ってしまえば珍しいわけではない。
それでもここで出すという事は即ち、カイトと同じくほぼすべての武器種を創造可能だという事なのだろう。歴史上でも両手の指で足ると言われる技術の持ち主の一人が、この榊原花凛なのであった。
なお、大婆様が伯母上という様に、大婆様はこの榊原花凛の妹の子供らしい。現代まで生きていて当人に会った事のある数少ない人物だった。
「なるほど。それで、無貌<<零>>が……」
「ええ。伯母上曰く、これで武芸の練習をしていたと」
「確か……武芸百般を極めていらっしゃったのでしたか」
「ええ。まぁ、百層を突破されているカイト殿ですのでお明かし致しますが、その<<零>>だけはあの『夢幻洞』へ持ち込める様に特殊な設定をしているらしいです。伯母上はそれのみを持ち込んで、武芸の稽古をしていたそうです」
大婆様はカイトに向けて、榊原家のみで伝えられている話の一部を明かす。この<<零>>を持ち込めるという話はカイトをして初耳だった。が、わからないではなかった。
「なるほど。確かに元々『夢幻洞』というのは半人造の迷宮。誰がどうやって、というのは私にはわかりませんが……」
「もう榊原家の者達にもわかりませんよ」
「あはは……とは言え、その改良に花凛殿も関わっていた事は事実なのでしょう」
剛拳の言葉にカイトは一度笑いながらもそう明言する。元々『夢幻洞』とは彼女の為の修練場だ。それを後世の者達が勝手に使わせて貰っているだけだ。そしてそれ故、とカイトは続けた。
「であれば、彼女だけルール違反というわけではなく元々そう言うシステムなのでしょうね」
「そうなのでしょう……とは言え、そういうわけだからこそ、というわけです。今のカイト殿もそうでしょう?」
「……まぁ、そんな所でしょうか」
大婆様の問いかけにカイトも頷いた。何故榊原花凛がそんな大量の武器を作ったのか。それはカイトも同じ才能を持つ者だからこそ、理解出来た。が、それは彼だから分かることだ。故に灯里が問いかけた。
「どういうこと?」
「そうだなぁ……オレ、一時期榊原家から貰った<<零>>って武器を使って戦ってたんだよ。ちょっと色々とあってそれまで使ってた姉貴の武器とか使えなくなっちまったからな」
「ふむふむ……ちょっと色々は絶対ちょっと色々じゃない気がするし後で徹底的に問い詰めるけど、とりあえず続けて?」
「お、おう……んで、その時に貰ったのがその<<零>>って武器なわけ。で、これは今の会話聞いてたらわかるだろうけど」
「形が変えられる、と」
「うん。で、オレがそれ使って一時期戦ってたんだわ。具体的にはティナと会うまで」
カイトは灯里に対して、この<<零>>という武器がティナと出会うまでの半年程相棒であった事を明言する。と言うより、当時はこれ以外の武器は殆ど使えなかったのだ。これを使って二刀流だの何だのとしていたわけであった。が、ティナとの出会いの後に話は変わる。
「で、ティナと出会ってこれ使ってるの見て、あいつから武器創造能力の手ほどきを受けて自分で武器作れる様になったんだよ」
「それは聞いた事ある」
「語ったからな。でまぁ、それはそれとして。つってもやっぱオレ達って戦士であって鍛冶師じゃねぇんだわ」
「あー……創る者じゃないわけ。で、優れた武器は欲しい、と」
「そういうこと。だから海棠の爺やら竜胆やらが居るわけだからな」
灯里の言及にカイトは肩をすくめて頷いた。確かに、彼らは武器を作れる。作れるが、それはあくまでも使える武器という程度に過ぎない。例えばカイトが愛用する村正の刀よりは数段落ちる性能しかないのだ。やはり優れた戦士であれば、より優れた武器が欲しいと考えるだろう。現にカイトはそうだし、であれば榊原・花凛が同じように考えた事も想像に難くはない。
「で、当然オレがそう考えたようにこの榊原・花凛も同じ様に考えた」
「で、出来上がったのが、世に言う『八花』ってわけ」
「そういうことなんだろう……違いますか?」
「その通りです」
灯里との掛け合いを終わらせたカイトの確認に大婆様がはっきりと頷いた。そうして、彼女は更に話を進める。
「そうして<<零>>で生み出された数々の武器の中でも特に伯母上が好んだ八本をベースにして出来たのが、『裏八花』。それを更に改良して取り回しを良くしたのが、『表八花』というわけです」
「……あれ? もしかして『八花』って十七以外もあるんですか?」
「……」
灯里の問いかけに大婆様が目を瞬かせる。そうして、思わず驚きを浮かべた。それはまさかそこに気付くか、という驚きであった。
「ええ。ございます。いえ、正確にはございました、でしょうか」
「はぁ!?」
大婆様の明言に驚いたのは、他ならぬ回収班であるカリンである。彼女も知らなかったらしい。というわけで、彼女が灯里へと問いかけた。
「なんでわかったんだ、あんた」
「んー……なんていうか、普通に考えてみればそんな人だとデチューンとか改良とか色々とやってる内にやっぱりこっちの方が良いやー、ってなりそうじゃない? で、そんな中で作ってくと自然、もっと増えそうかな、って。多分元々八本とか十六とか決めて無くて、結果として出来上がったのがその十六本なんじゃないかなって」
「そう、らしいですね」
灯里の推測を大婆様も認めて頷いた。が、この『八花』に含まれない物については、実は問題ないらしい。
「とは言え、それももうこの世から消え去っています。なんと言いますか……伯母上のお知り合いの鍛冶師も伯母上のご友人だからか相当な曲者でして。『八花』から漏れた物についてはご自分で破壊しております。流石に製作者に破壊出来ぬ道理は無かった様で、一本たりとも残ってはいません」
「ほっ……」
カリンは大婆様の解説に安堵を滲ませる。ただでさえ終わらない作業にも近しいのだ。それをこの上その他の『八花』から漏れた物まで探せと言われては堪らなかった。そして存在していないから大婆様も語っていないのであった。と、そんなカリンを横目に大婆様が話を進める。
「とまぁ、そういうわけですので今残るはカイト殿がお持ちの無貌を含め、十七本というわけです」
「わかりました。ありがとうございます」
大婆様の言葉にカイトは感謝を示す。とりあえず、これで由来は理解出来た。であれば次だ。
「それで裏が呪いを有するに至った経緯ですが……これは私にもわかりません。過ぎたるは及ばざるが如し。やはり強大過ぎる力は良くないものを呼び寄せたのか、伯母上が亡くなられてしばらく経過した頃に八本が蔵の中で猛烈な邪気を放つ様になっておりました。何故、というのは誰にもわかりません。いつしか、勝手に、としか……」
「そこで扱いに困った私の父が高名な除霊師に解呪を依頼したのが、裏の紛失の原因なのです」
大婆様に続けて、剛拳が裏が一時期喪失していた理由を語る。どうやらこの最中に輸送隊が魔物に襲われたそうだ。もしかしたら呪いが引き寄せたのかもしれないが、そこは誰にもわからない。
そうしてそうこうしている間に失われた『裏八花』の噂が広く広まり自然と『表八花』の噂が広まり、となって燈火と月花が仁龍に拾われる事になったいざこざの際に榊原家の噂を聞いた腕の良い盗賊が『表八花』を盗み出した、というわけらしかった。今では裏が全て集まっているのは、逆に因果なものなのだろう。
とは言え、呪われているのだ。揉め事を追えばすぐに見つかる。こちらの方が捜索が容易かったのは呪われていたが故に、だろう。
「なるほど……いえ、失礼しました。話の腰を折ってしまいました」
「いえ。これも必要な事でしたでしょう」
今までの経緯の説明を受けて、カイトが感謝を示す。とは言え、そもそも大婆様とカリンがここに来たのはその話をするためだ。必要な事とという大婆様の言葉も正しくはある。そうして、事情の説明が出来たと見た大婆様が本題に入った。
「さて……それで、です。カイト殿。旧縁を頼りに、しばし頼まれては貰えないでしょうか」
「なんでしょう」
この話の流れだ。おそらく『八花』に関わる出来事だというのはカイトにも想像は出来ている。そうして、榊原家からの依頼が話される事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1241話『八花』




