表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第63章 多生の縁編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1256/3930

第1238話 今に伝わりし者達

 少しだけ、時は遡る。瞬達が『夢幻洞(むげんどう)』へと潜入していた頃の話だ。カイトはと言うと、灯里と共に一応の礼儀として榊原家の当主との会合に臨んでいた。そんな二人であるが、ヤマトに案内された後は更に榊原家の家人に案内が代わり、宴会場程の広さもある一つの畳張りの部屋に通されていた。


「はー……広いのねー」

「ま、当主の謁見の間だからな。時には数百人が一堂に会する事もある」


 灯里の驚いた様子に対して、ここで謁見をした事があるカイトはその当時の事を思い出す。榊原家はオリジナルメンバーの一人の実家として世界的に有名であると共に、中津国では武の名門としても有名だ。

 それ故時には数十人の客人を抱える事もあり、そういった者達が集まると必然この程度の広さの部屋が必要になってくるそうだ。


「で、当主ってどんな人?」

「どんな、ねぇ……まぁ、デカイ人としか言いようがないんだが」


 カイトは300年前の記憶を頼りに、榊原家の当主を思い出す。ここでもしカリンの義父である轟鉄を知っていれば話はしやすかったのであるが、残念ながらその当人は300年前の後少しで死んでいる。なので当然、知らない。


「うーん……豪快な人?」

「ってわけでもない。そりゃ、弟さんの方だな。カリンの親父さん……いや、この場合はこっちも親父さんになるから義理の親父さんの方か。轟鉄って人が物凄い豪快な性格だったんだが……」


 カイトは少し困った様子でどう言い表すべきか考える。この榊原家の当主であるが、彼はカリンの実の父にして、彼女の義父である轟鉄の兄であった。カリンは言えば叔父に養子入りしたわけだ。

 『八花(はちはな)』の紛失を受けて当主である彼が残る『八花(はちはな)』を管理する事にして、残りの『八花(はちはな)』を探し求める旅に弟が出ていたのである。と、そんな話をしている所に榊原家の家人がやってきた。


「失礼いたします。もうしばらく、お待ち下さい。どうやら先程、50階踏破者が久しぶりに出たご様子。当主の義務として、と」

「そうですか。それはめでたい。私としてもこのご時世に腕の良い武芸者の出現は喜ばしい事です。遅れても問題はありませんよ」


 カイトは家人の言葉にそれは仕方がない事だ、と許諾を示した。別に急いでいるわけでもない。そして五十階踏破者は滅多に出るわけではない。当主が直々にお言葉を、というのは不思議な事ではなかった。とは言え、そのまま手持ち無沙汰にさせるのは家主の不明だ。故に、酒を持ってきてくれていた。


「こちらをお飲みになり、お待ち下さい。後ほど、肴も持ってこさせますので……」

「いやぁ、かたじけない。では、有難く頂戴する」


 カイトは家人の申し出を有難く受け入れる事にして、徳利を受け取る。そうして、灯里へとおちょこを回してそれに注いだ。


「良いの?」

「いーのいーの。これを飲んで待ってくれ、と言ったんだからな。別に飲んで怒りはしないさ……それに灯里さんがこの程度で酔うとも思えねー」

「まぁ、酔わないんだけどさ……うわっ。これ物凄い上等なお酒」


 灯里はせっかくなので注がれた酒を口にして、思わず目を丸くする。どうやら相当な上物だったらしい。部屋まで通しておきながら当主が急用で遅れるというのだ。この程度は普通だったのだろう。

 とはいえ、それに飲んでいる彼女も彼女で豪胆な物であった。と、そうしてしばらく待っていると、すぐに酒の肴――魚の味噌焼き――が持ってこられて、更にしばらくの時間が経過する。


「お客人。もうすぐ、ご当主が来られます」

「ああ、わかりました。お待ち致します」


 カイトは榊原家の家人の言葉に頷くと、少しだけ身だしなみを整える。それに灯里も揃って身だしなみを整えた所で、部屋の襖が開いて着物姿の男が入ってきた。


「おぉ、これはカイト殿。お久しぶりです。いやぁ、申し訳ない。まさかこのタイミングで踏破者が出て来るとは……」

「いえ、こちらこそ急な来訪で申し訳ない。それに良いことではないですか。っと、そうだ。剛拳殿。長らく姿を見せず申し訳ない。が、どうやらそちらも壮健なご様子で安心しました」


 カイトの前に来て腰掛けたのは、巌の様な体躯の持ち主だ。実年齢は既に600歳近いが、見た目の年齢としては40代という所だ。彼こそが現在の榊原家当主、榊原 剛拳(さかきばら ごうけん)だった。


「いやぁ、流石にそろそろ寄る年波には勝てぬという頃合い。門弟達も良い程に育ってきましたし、息子も中々良い腕でしてな。そろそろ跡目を譲ろうかと」

「あっはははは。その体躯で寄る年波には勝てぬと言っては、他の老人達なぞ見るに耐えない有様になりますよ。まだまだ、現役でしょう」


 とりあえずは何はなくとも社交辞令からだ。というわけで、少しの社交辞令を交わし合う。巌の様な体躯をしているこの剛拳であるが、性格としてはかたっ苦しい性格ではない。

 この通り普通に気兼ねない冗談を言ってくれるので触りやすい人物ではあった。というわけで、彼は笑いながら挨拶前という事で口を閉ざしていた灯里へと話を振った。


「とと……いや、ご婦人を放置して申し訳ない。私は榊原家現当主で剛拳と言う者。お見知りおきを」

「ありがとうございます。天桜学園の教師、三柴灯里です。出来れば校長先生か教頭先生のどちらかが来るべきだったのでしょうが……」

「いや、いや。流石にお二方のご年齢は伺っている。人間でそのお年であれば移動さえ堪える物。湯治に来てそれでは何の意味もない。このように代表として貴女がご挨拶に来ていただけただけで結構です」

「ありがとうございます」


 灯里は剛拳の許諾に謝意を示す。今回、彼女がここに来ていた様に桜田校長と教頭のどちらもこちらには来ていない。これはカイトがきちんと許可を取っての事でもあったし、剛拳もきちんと認めている。それでも、と桜田校長が言ったのでなら一緒に来る灯里で、とカイトが妥協案を提示したのであった。

 幸い灯里はカイトにとって義理の姉に近い。立場としては擬似的には近いがマクダウェル家の家人と同等に扱われる。それもカイトに近しい立場の存在だ。内々であれば、これでも可能だった。というわけで灯里の謝意を受け入れた所で、剛拳は再び雑談に戻る事にした。


「にしても……随分とまぁ、身のこなしが変わられた。私も腕は上げたつもりだったが……」

「良き師に恵まれました。方や、武蔵先生をして剣聖と言われる方。方や、私の土手っ腹に風穴を空けられる様な女傑。どちらも凄まじい武芸者でした」

「おぉ、それはなんとも」


 カイトからの言葉に剛拳が目を見開いた。彼は300年前当時のカイトを知っている。それ故、その力量もわかっている。それに風穴を空けるのがどれほどの難儀かは目に見えた話だった。勿論、武蔵の技量も知るのでそれをして剣聖と言う剣士の腕前なぞ考える必要さえ無かった。


「どれ、一仕合してはくれませんか」

「あっははは。ご当主。先の話とは全く違いますよ。どの口で寄る年波には勝てぬと仰られた事やら」

「いやいや、おそらく本当に寄る年波には勝てなくなっても、この性分だけは変わりますまい」


 剛拳は笑いながら立ち上がる。やはり武の一門の当主だ。挨拶といえば、こうなるのはどうりだったのだろう。というわけで、カイトは灯里に一つ頷いて彼女を退避させる事にする。


「灯里さん。少しだけ、離れていてくれ」

「はいはい」


 どうやらこういう人物なのだろう、と灯里も理解した様だ。というわけで灯里は榊原家の家人に案内されて、安全な所にまで移動させられる。そうして彼女の安全の確保が為された後、カイトが首を鳴らして手を振って、少しだけ準備運動を行う。とは言え、その間は暇だ。なのでカイトは同時に口を開いた。


「そちらも、随分と身のこなしが洗練されていらっしゃる」

「あっははは。伊達に榊原家の当主なぞやっとりませんのでな。日に三度は客人達のお相手をしていれば、自然とこの様な事に」

「榊原家は相変わらずですか」

「あはは。お恥ずかしい。当家は常識から外れておりますからな」


 カイトの呆れも滲んだ様な言葉に剛拳が僅かに口だけで照れを見せる。ここまで武張っていれば確かに常識からは外れているとも言える。事実は事実故、少しの照れがあったのは嘘ではなかった。と、そんな短い雑談の後、剛拳が頭を下げる。


「さて……では、失礼します」

「お相手仕る」


 頭を下げた剛拳に対して、カイトも礼で応ずる。これは殺し合いではなく、以前の武闘大会と同じ仕合だ。礼に始まり礼に終わるのである。そうして、両者同時に頭を下げたと思った次の瞬間、剛拳はその巨体に見合わぬ速度で床を蹴った。


「ふっ」


 音なぞ置き去りにした正拳突きに対して、カイトはそれをしっかりと肉眼で捉えていた。まだ剛拳も様子見だ。この程度の速度なぞ彼からしてみれば挨拶代わり、それこそ毎日の修練で型稽古の様に一手一手確認しながらやっているにも等しい。


「……おぉ、変わっていたのは理解しておりましたが……まさかこのような変化を遂げていますとは」


 剛拳がカイトの手腕を見て、僅かに目を見開いた。カイトがやったのは、非常に簡単だ。剛拳の正拳突きに対して、まるで柔らかな感じで手を添えるようにして軌道をずらしたのである。剛拳はおそらく、ズレる瞬間までカイトの手が添えられた事に気付けなかっただろう程に穏やかな一手だった。

 敢えて例えて言うのであれば、柔よく剛を制す。それを何よりもよく体現した一幕だった。それに対して、カイトは微笑みを浮かべて首を振った。


「まさか。剛拳殿が挨拶代わりというだけですので、この様な事が出来ただけの事です。今のは300年前の貴方の挨拶とほぼ同程度。全力には程遠いでしょうに」

「あはは。これは安心しました。疑ってはいませんでしたが……どの程度か目測が出来かねましてな。これなら、今の挨拶も可能そうです」


 カイトの言葉に剛拳が笑ってようやく本来の『挨拶』を行う事にする。そうして彼は僅かにカイトから距離を取って、精神を研ぎ澄ませる。


「ふっ」


 そこからの剛拳の一撃はまるで流れるようでさえあった。放たれたのは、やはりこちらも正拳突き。彼の挨拶の初手は正拳突きで固定されている。だから、そこについては何も変わらない。

 違うのは、その流麗さと速度だ。先程の一撃は例えるのなら剛拳の名に相応しい剛の拳。それに対してこちらは力強さの中にも柔らかさがあり、余分な力が完全に抜けきった柔の拳の要素も混じっていた。300年で更に極めていたのだろう。


「はっ」


 それに対するカイトも、することそのものは変わらない。とは言え、今度は柔も含まれている。今の剛拳の拳では単純にいなした所で軌道をそらす事は出来ないだろう。

 故に、彼は今度は若干力を込める。相手が柔を含めてきたのであれば、こちらは剛を含める。そのバランスを取ってやる事で合気道の様にして、剛拳の拳を防ぐつもりだった。


「ふっ、はっ、たっ」


 流れる様に、剛拳が拳を繰り出す。その拳は名の通り力強くあり、しかし同時に数百年に及ぶ修練の成果がそれに柔らかさを与えていた。それに、カイトはただ掌底で軌道をずらしていく。そうして、瞬く間に数百の拳が交わされて、およそ十数秒で剛拳が拳を止めた。


「……いやぁ、お見事。まるで風を読むかの様に流れる動きでした」

「いや、そちらこそ流れがまるで水の如くでした。まだ拳だけだからこそ出来た事。これに足まで加わればどうなっていた事やら」


 剛拳の賞賛にカイトが首を振って剛拳の動きを賞賛する。とりあえず、どちらも腕は鈍っていないどころかパワーアップしている事が理解出来た。そしてそれに納得出来れば、両者共に挨拶は終わりだ。そうして二人は再び腰掛けて、ようやく話の本題に入る事にするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1239話『狙われるのは』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ