第1230話 のんびりとした日々を
温泉にて様々な出会いと宴会を楽しんだカイト達は、その後は流石に与四郎達と別れて各々の旅館に戻っていく事になっていた。
なっていたが、実はカイト達はそのまま屋台の飲み屋街へと繰り出す事にしていたりする。それ故、少し宿の支配人と話をしていたのである。夕食は必要ない、という事を告げていたのであった。そこに別の旅館に泊まった者たちがやってきたりして、若干遅れたのであった。
「というわけで、全員で食べ歩きの旅です!」
ユリィが全員を集めて号令を掛ける。クズハら――アウラは背中に翼が無い状態でクズハは300年前の姿――も一緒だ。偶然旅館が一緒だったので仲良くなった、とアリスとルーファウスには言っておいた。そしてこんな場だ。特に気にする事も無かったらしい。
「基本的に、ここらは飲み屋街。それも立ち飲み屋とかが沢山ある一帯……だそうです。というわけで、まずはお財布を確認!」
「いや、オレかよ。いや、財布持ってるのオレだからオレが払うんだけども」
笑いながらユリィから指さされたカイトがツッコミを入れる。まぁ、アル組・瞬組・ソラ組・教国の兄妹を除けばこの場の半分以上が自分達の資産の多くを共有財産としている者である。というわけで、彼女らは基本は管理人でもありある意味では最大の共有財産であるカイトがお金を支払う事になっていた。
「というわけで、私達はただ好き勝手に食えば良し! 目ぼしい物は食い尽くすつもりで、さー行こー!」
ユリィは上機嫌に夕食を食べる為に飲み屋街を向いて号令を掛ける。久しぶりの休暇とあって羽目をはずしている様子だった。と、まぁ彼女がそんな事を言っているのにもわけがある。目の前に屋台があったからだ。
「というわけで、カイト……あれ買ってー。お醤油の良い匂いがしてるー」
「はいはい……食いたきゃはじめからそう言えよ……おーい、他、欲しいやつはー。あ、各々のカップルは自分トコで買えよー」
カイトは肩の上のユリィに呆れながら、桜らに向けて声を掛ける。先にも言ったが桜らの買い物で荷物持ちをするのも、そして支払いを行うのも彼の仕事である。まぁ、今回はデートと言っても良いだろう。
「あ、私食べるー」
「あ、余も食べる! やはりまずは焼きトウモロコシを貪らねばのう!」
魅衣とティナが揃って申し出る。と、そんな二人の横で、桜がおずおずとカイトに申し出た。
「あの……カイトくん」
「ほい、桜もなー」
「あ、いえ! 違う、んじゃないんですけど、違うんです!」
「うん?」
慌てた様子の桜の微妙な物言いにカイトが彼女の方を見る。その彼女の視線の先には、真っ赤なりんご飴が置かれていた。
「あっちを……」
真っ赤になりながら、桜がボソボソとカイトへと申し出る。やはりお嬢様だからだろう。こういうお祭りの屋台で売っている様な物は滅多に買ってもらえなかったらしい。
というわけで、実はりんご飴は見るのも食べるのも――テレビで見て知ってはいたらしい――初めてだそうである。それどころか、瑞樹と揃って綿菓子さえ食べたことがないとの事であった。というわけで、こうなるのは自然だったのだろう。
「あはは。りんご飴もな……他には?」
「……あの」
瑞樹がカイトの裾を小さく引っ張る。珍しく、彼女も押せ押せという感じではなく真っ赤だった。
「私はあの綿菓子を……」
「あいよ」
やはりお嬢様達ということでこういう食べ歩きの様なはしたないとさえ言い得る食べ物を自らねだるのは恥ずかしいものがあったのだろう。そんなお嬢様達にカイトは笑いながら、店の店主に頼んで人数分の注文を行う。と、それを待つ間、弥生がカイトへと問いかけた。
「そう言えば……飲み屋なのに屋台もあるのね」
「まー……飲み屋っていうよりここらの場合はお祭りの屋台にも近いのかもな」
カイトは300年前から比べて遥かに賑やかになっている飲み屋街を見ながら、笑って同意する。元々ここらの原案を考えたのは彼だ。そしてカイトがりんご飴等の幾つもの情報は残している。
カイトに縁のある土地として、そういう彼が残した料理を幾つも提供しているのだろう。飲み屋街としては違和感だが、勇者カイト縁の地として見れば不思議ではなかった。
「懐かしいわねー……昔は、地元のお祭りで皆で並んで食べたかしら」
「あー……そう言えば型抜きとかやったわねー」
「そうそう。カイトが妙に器用なのよねー」
皐月と弥生が懐かしげに夏の思い出を語り合う。と、そんなわけなのだから、当然灯里が口を挟んだ。
「あっははは! 当然でしょ! こいつにとことん型抜きの極意仕込んだの私だもの! ということで、カイト。あっちのお酒買ってきてー」
「オレは使いっぱか! てか、教え子の前で酒飲もうとしてんじゃねぇよ!」
「良いじゃん良いじゃん、もうここでは教師はお休み。ここからしばらく私はカイトの家族の灯里として振る舞うのです!」
灯里が胸を張って教師はお休みと明言する。一応、ここには休暇で来ているものの、天桜学園側の多くは学校として動いている。なので飲み屋街に行くというカイトらからしてみれば、本来灯里はお目付け役と言う所だ。が、完全に職務放棄だった。と、そんな灯里に、同じく教師であるユリィが口を挟んだ。
「良いじゃん良いじゃん、それでさー。教師だってお休みは必要だよー」
「「ねー!」」
「というわけで。カイトー、私サイダーねー」
「何が、ねー、だ! てか、結局てめぇが飲みたいだけか!」
ユリィの言葉にカイトが怒鳴る。まぁ、そういうわけなのだろう。が、残念ながら相手は灯里である。そもそも逆らえない。ユリィは逆らえないが、カイトが一番甘い相手と言える。基本甘い彼であるが、この二人には殊更甘かった。というわけで、仕方がないのでカイトは全員から今度は飲み物の注文を取る事にする。
「はぁ……えっと、サイダー3本、お酒二合と……えー……お茶が……」
「ご主人様。私が把握しております」
「そうか、すまん。同行、頼めるか?」
「はい」
カイトは椿を伴って飲み物の確保に動く。別に魔糸やら色々な事が出来る彼なので一人でも人数分を確保可能であるが、人手が居た方が楽は楽だ。と、そちらに行ってカイトは椿に問いかけた。
「っと、椿。そう言えばお前、何飲む?」
「いえ、別に私は」
「別に気にするな……あ、そう言えばお前よく冷酒飲んでたか。お前も大吟醸で良いか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
カイトの申し出に椿が感謝を示した。彼女も酒はいける口だ。そしてカイトに付き従っている関係で、時折彼女も飲んでいる。なので彼女の好みもしっかりカイトは把握していたのであった。
「良し。灯里さんには注意しろよ……というわけで、店主。彼女の分も頼む」
「あいよぅ!」
カイトの依頼を受けて、屋台の店主が持ち運べる様にした飲み物の容器を用意していく。別にこんな世界だ。一人で十数個持ち運ぶ様な者も少なくない。故に二人で十数人分買いに来ても普通に売ってくれた。
「あいよー」
「「わーい」」
やってきたカイトにユリィが手塩皿に入れられた焼きトウモロコシ――妖精用――を摘みながら飛来する。どうやら、こちらの注文は既に出来上がっていたようだ。と、そんな似ているとしか言い得ない二人に、カイトがため息を吐いた。
「お前らそっくりな態度で来るんじゃねぇよ……ほら、サイダーと酒」
「やた」
「わーい、ありがとー」
持ち運べる用のコップ片手に灯里が焼きトウモロコシにかぶりつく。その一方、その更に横の弥生がカイトに彼の分の焼きトウモロコシを差し出した。
「はい、カイト。貴方の分」
「おっと、サンキュ」
カイトは魔糸を器用に操って弥生の差し出した焼きトウモロコシを確保して、代わりとばかりに彼女の分の飲み物を手渡した。そうして更に人数分を行き渡らせた所で、カイトは思わず笑みを零した。
「桜、舌すごい事になってるな」
「え?」
「あら」
桜が目を瞬かせ、その横の瑞樹も思わず笑う。どうやらお上品な彼女はかじりつくという事はしていなかったようだ。ペロペロと舐めていたわけだ。
となると、どうなるか。当然、りんご飴なのだから舌は真っ赤であった。まぁ、とは言え。言ってみれば彼女はまだマシだ。弥生の横、蒼いりんご飴を食べていた皐月が楽しげに自分の現状を桜に見せた。
「べー」
「きゃ! え? どうしたんですか?」
「桜さんも真っ赤になってますわよ」
「え? え? え?」
どうやら、桜はりんご飴で舌の色が変わる事を知らなかったようだ。まぁ、彼女程のお嬢様だ。りんご飴を知っていてもその後を知らないという不思議はどこにも無かった。
と、そんな二人の騒動を見て、同じく可愛らしい飴を見付けた事に喜んでりんご飴を食べていたアリスが慌てて密かに鏡を取り出した。バレる前に確認するつもりだったのだろう。が、そんな行動を見過ごす皐月ではなかった。
「アリスも勿論、そうなってるわよ?」
「っ!」
後ろから小悪魔の声が掛かり、アリスが思わずびくんっ、と震え上がる。というわけで、一応鏡で自分の舌を確認したアリスが皐月へ問いかけた。
「……避ける方法とか、無かったんですか?」
「醍醐味よ、醍醐味。りんご飴はこうでなくちゃ」
アリスの問いかけに皐月は楽しげに飴にかじりつく。ある程度舐めてから齧るのが、彼女の食べ方だった。と、そんなアリスに向けて、カイトが告げる。
「ま、縁日の定番だな。諦めて楽しめ。桜はもう楽しんでるぞ」
カイトは桜の方を僅かに指差した。あちらではどうやら桜は童心に帰ったらしく、カナンや暦――彼女らもりんご飴を買ってもらった――と一緒に舌を見せあって楽しんでいた。
「……頑張ります」
「あっははは。そこら、真面目なのはお兄さんそっくりだな……っと、そう言えばルーファウスは?」
「兄なら、あちらで何かを」
カイトの問いかけにアリスが少し離れた所の屋台を指差した。そちらには確かにルーファウスの背中があり、その横にはアルの背中と凛の背中があった。他にも幾人かの生徒達の姿があった。どうやら、ここらで夕食を食べる事にしていた者たちと合流したのだろう。
「何をやってるんだ?」
「わかりません」
「んー……まぁ、いっか」
とりあえず何かの勝負中である事は理解出来た。とは言え、喧嘩というわけではない。なので放置を決める事にして、カイトは次にどうするかを考える事にする。どちらも良い年だ。子供というわけではないし、ここらは治安が良い。迷子になっても宿の場所はわかっている。置いていっても良いだろうし、どうせここらに居るのだから合流は容易だ。一声掛けるだけで良いだろう。
「おーい! ふたりとも! こっち先行ってるぞー!」
「「あ!」」
カイトの声に驚いたのか、手元が狂ったらしい。二人の悲鳴が上がる。
「カイトー!」
「カイト殿」
「……な、なんかすまん。えっと……とりあえず先に行くが」
二人から抗議の視線を受けたカイトはとりあえず謝罪しておいて、一応告げるべき事を告げる。なお、何をしていたかというと型抜きである。
偶然ルーファウスが懇意にしている者たちがやっている所、彼を見付けて声を掛けたらしい。そこから、先程の会話を覚えていたアルが興味を持って折角なので競争していたそうだ。
「店主。もう一枚頼む」
「僕も」
「あいよ! もう一枚ねー」
「……楽しんでくれたのなら何よりだ」
もう放置で良いだろう。カイトはそう決めると、三人とは別行動する事にする。この様子ならルーファウスにも十分な休息になってくれるだろう。
「よーし。全員移動するかー……って、ユリィは?」
「カイト、カイトー! 焼き鳥屋見っけたよー! しかも皮まで売ってる!」
「マジかよ! パリパリ!?」
「パリパリ! すっごい美味しそう! 塩振りたい!」
「うおっしゃ!」
ユリィの言葉にカイトがいの一番に移動する。焼き鳥は好きな彼であるが、その中でもパリパリとした皮が特に好きらしい。そしてそうなった原因は、と問われると灯里である。というわけで勿論、彼女も好物であった。
「あ、待って! 私の分も確保して!」
「するかバカ! 鶏皮で何度奪い合いしたと思ってやがる! 味を教えた自らの不明を呪え!」
「あ! 弟が可愛くないー! てんちょー! 私の分も確保ー!」
カイトもどうやら、童心に戻ったようだ。そうして、この後は一同各々好きなように食べたい物を食べて、たらふく飲んで休日一日目の夜を心行くまで楽しむ事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1131話『古き者たち』




