第1225話 家族談義
カイトのちょっとした失敗から少し。お昼頃になり、カイト達は宿へと帰還していた。幸いな事に釣果はほどほどに上がったので、これを料理してもらおうという事だった。この街の大半の宿ではこういうふうに持ち込んだ川魚や山菜の類を料亭の料理人が料理してくれる為、昼食にしてもらおうと思ったのである。
「いっやー……やっちゃった」
「ほんとさー。一度は確認しておこうよ」
「あはは」
ユリィのツッコミにカイトは恥ずかしげに頭を掻く。幸いというかなんというか、今日は全体的に大漁旗を掲げても良い程に良い日だったらしい。
なので丁度カイトが失敗したおかげで人数分より少し多いぐらいの釣果となってくれていた。それ故に女性にもおすそ分けしたわけであるが、それでも人数分より多かった。というわけで、カイトはルーファウスとアリスにもおすそ分けしていた。
「ま、そういうわけで丁度釣りしてきてな。良い塩梅に釣れたから、おすそ分けだ」
「それはかたじけない。昨夜は山菜料理を頂いてな。今日の昼はどうするか、と考えていた所だった」
「それはちょうどよかった。ぜひ、呼ばれてくれ」
カイトはルーファウスの快諾に笑みを浮かべる。やはり取れすぎというのは困り物だ。別に夜に別途で頂いても良かったわけであるが、それはそれで人数分が無いので面倒だ。
故に呼びかけてみたわけであるが、丁度良かったらしい。なお、二人も丁度出掛けていたそうなのだが、昼食を食べる場所をどうするか考えて、こちらで食べる事にしたとの事であった。
「にしても……二人は一緒に行動していたのか?」
「ん? ああ。何分、あいつは昔から人見知りでな。基本的には出不精である事もあって、俺が連れ出さねば出る事もなかった」
ルーファウスは部屋の中でのんびりとお茶を飲むアリスを少しだけ見せながら、半分呆れる様な半分嘆く様な感じで告げる。出来れば彼としては他者ともう少し関わって欲しい所であるが、そもそもアリスは出不精と言うかインドア派らしい。なので好き好んで出歩く事もなく、というわけだ。で、流石にそれは駄目だろう、とルーファウスが世話を焼いたというわけなのだろう。
「ふむ……なら、少し荒療治してみるか?」
「荒療治?」
「いや、桜達なら、まだ関わりやすいだろう? 放り込んでみるのもな、とな」
「ああ、それは助かる。実は俺の方も午後は色々と誘われていてな。頼めるか?」
カイトの提案にルーファウスは少しだけ笑いながら申し出を受け入れる事にする。彼の方も彼の方で色々と誘われているらしい。と、そんな話にカイトが僅かに目を見開いた。
「そうなのか。いや、仲良くなれて良かった」
「うむ……少々店屋街を見たいという話なのでな」
「ん? 珍しいね、男の人があそこら辺みたい、って言うの」
ルーファウスの言葉にユリィが首を傾げる。店屋が並んでいる所は所謂観光客向けなのであるが、そこは大半が女性向けがかなり多い。男性が見て回る事を提案する、というのは中々に珍しかった。
それは今回の企画段階で全員に配布されたパンフレットの中にも乗っていたと思うが、それ故に男達が連れ立って向かうのは不思議に思ったのだ。一応男性向けが無いわけではないが、そういうものはもっと奥の方にあるのであった。
「ん? ああ、いや……女性達だ」
「達?」
「うむ。なんだったか……少々土産物を選びたいのだが美的センスで不確かな事が多いので、意見を聞きたいという事だそうだ。アリスも誘ったのだが……何故かため息を吐かれるばかりでな」
「「……あー……」」
カイトとユリィは二人して、何が起きていたのかを大凡把握する。さすが、リィル達並外れた朴念仁を見ているアルから朴念仁と言われるだけの事はある。デートのお誘いを完全に察せられていなかった。
それはアリスもため息を吐くだろう。そして、そんなカイト達の気配を感じ取ったからだろう。アリスがルーファウスからは見えないのを良い事に、肩を竦めていた。
「まぁ、それなら頑張ってくれ」
「ああ。世話になっているからな。恩を返させて貰う」
何も分かっていない様子のルーファウスに、ユリィが座るアリスと同じ高さまで移動して、揃って肩を竦める。そうして、カイト達は朴念仁が確定したルーファウスとアリスの部屋を出て、女子会の会場となっている自分の部屋に戻る事にするのだった。
というわけで、それから数分。カイトは自室に戻っていた。
「なんじゃ、釣れたのか」
「ったりめーよ。ちょいと太公望から借りた釣り竿でミスったけどな。オレの釣果は7匹って所だ」
カイトは密かにネタとしてボウズを期待していたティナの残念そうな問いかけに、己の釣果を告げる。結果であるがユリィが10匹、カイトが5匹という所だ。4時間程の成果としては、かなり良い方だろう。入れ食いだったと言える。
なお、ソラは4匹である。食べ盛りの彼が二匹食べるので、きっちり人数分を確保していた、と言って良いだろう。と、そんな釣果を聞いて魅衣がガッツポーズを上げる。
「おっしゃ、ドンピシャ!」
「あら……魅衣さんの一人勝ちですか」
「へっへへ。伊達に一緒に釣り行った事あるわけじゃないわね……と言ってもかなり多めに見た気しないでもないんだけど」
瑞樹の僅かに悔しそうな口調に対して、魅衣が楽しげに笑みを浮かべる。カイト達は高校入学以降、全員バイクの免許を取得している。そこで何度かツーリング目的で幾度か出掛けており、その中で釣りにも出掛けていたのであった。そこでの腕前を知る分、魅衣には少し有利だったというわけなのだろう。
「釣りかー……私も行けば良かったなー」
「あ、カナンは釣りした事あんの?」
「やっぱり旅してたからねー」
魅衣の問いかけにカナンが懐かしげに少しだけ釣り竿を振るうような動作を見せる。彼女は元々5年以上も冒険者をやっていたのだ。釣りの一つはしているだろう。
「釣り……そう言えば、私はした事ありませんわね。桜さんは……」
「私もありませんね……あ、でも楓ちゃんは」
「やった事はあるわね。大昔だけど」
桜の問いかけに同席していた楓が頷く。と、これには事情があった。
「おじいちゃんが釣りが好きだったから……それで何度か連れられてね」
「あら……校長先生、釣りがお好きなんですの?」
「ええ。だからなにげに今回の休暇、一番楽しみにしてるのおじいちゃんだと思うわね。しかも渓流釣りが好きだから……ここは絶好のポイントじゃないかしら」
楓は少し楽しげに、己の祖父の状態を語る。ここらはカイト達も意図した事では無かったものの、それで少しでも英気を養ってくれるのであれば幸いだ。
そして案の定、旅館で釣り場の事を聞いた桜田校長は旅館で釣り道具が借りられる事を聞くとそれを借りて、足繁く通っていたそうである。と、そんな桜田校長の趣味はおいておいても、そんな話を聞いていたカイトはその釣りについては太鼓判を押しておく。
「そうだなぁ……ここは良いポイントだと思うぞ。まぁ、ブルーギルだのブラックバスだのと釣り応えのある魚は釣れんがな」
「ああ、大丈夫。おじいちゃん、太公望だから」
「「……」」
楓の一言に、カイトとユリィが沈黙する。先程の一幕は、語っていない。故にわかったのはこの二人だけである。というわけで、恥ずかしげなカイトの一方、ユリィが楽しげにあそこでの事を語っていく。
「あっはははは! うっかりやっちゃう所はあんたらしいわ!」
灯里がカイトの失態を聞いて大爆笑する。その一方、カイトは恥ずかしげだった。
「うぅ……だってまさか釣り針潰してるとは思わねぇじゃんか」
「まー、そりゃそうだけどね」
灯里は楽しげにカイトの言葉に同意する。普通は釣り針を潰しているなぞとは誰も思わない。カイトとて思わなかった。と、そんなこんなを話していると、中居さんがやって来た。
「お食事の用意が整いました」
「あ、はーい……さーて、飯だ飯」
「あ、逃げた」
カイトがそそくさと立ち上がったのを見て、灯里が楽しげに指摘する。まぁ、カイトといえどあの失敗は恥ずかしい。というわけで、そんなカイトに笑いながら一同は彼らの釣果を昼ごはんとすべく、食堂へと食事を食べに向かう事にするのだった。
さて、それからおよそ2時間。同じ旅館に宿泊する面子の内、アル組瞬組ソラ組ルーファウス兄妹――前二つはダブル・デートで外出中、後ろは部屋で食べる――を除いた一同揃って食事をしたわけであるが、その後は再びの自由時間だ。いや、そもそも昼食を含めて自由時間しかないわけであるが、それはさておいても午後からは外出となった。
「と、言うわけです」
「「「あ、あはははは……」」」
桜達女子勢がアリスからの言葉に頬を引き攣らせる。アリスなのであるが、先の約束通りカイトは桜達に放り投げた。そこでアリスはルーファウスに対する愚痴を語っていたのであった。親の心子知らずとは言ったものであるが、兄の心も妹は知らないらしい。まぁ、これはどちらかと言えばルーファウスが若干過保護だ、というべきなのかもしれなかったが。
なお、桜らにアリスを預けた当の本人はというと、流石に女子達の中に一人男子が紛れ込んでも動きにくかろうと遠慮して、家族で湯治に来ていた武蔵の所に顔を出す事にしていた。ご機嫌伺いと言うやつだ。それにクズハ達は立場上あまり武蔵と会えない。なのでこういう機会を利用して、なるべく顔を合わせておこうという判断だった。
とは言え、アリスもそれ故に気兼ねなく話が出来た様だ。やはりカイトが居ては遠慮してしまう。女子だけだからこそ、出来る会話もあるのだ。彼の判断は正しかった。
「兄は些か過保護過ぎるのでは無いでしょうか」
「ま、まぁ……私も兄が居る身なのでわからないではないですが……不干渉よりも良いのでは?」
「過干渉より不干渉の方が私は良いです」
瑞樹の言葉にアリスが反論する。瑞樹にも兄が一人おり、彼は性格で言えば父に似て冷静な方らしい。それ故かは定かではないが、兄妹はいまいち不干渉な所が多いそうだ。とは言え、彼女はそれ故か僅かに年の離れた従兄弟との方が親しいらしい。
「うーん……そこの所、どうなんだろうねー。ウチなんかは基本は年が離れすぎてるからわかんないなー」
「そう言えば、もう成人なさってるんでしたっけ?」
「うん。学校教師やってた」
桜の問いかけに魅衣が頷いた。こちらはこちらで姉が一人居る。が、こちらはかなり年が離れており、教師という立場もあって不干渉とはいかなかったらしい。
とは言え、年が離れているからこそ不干渉である所は不干渉であるというある程度の距離があり、姉妹仲良くしているそうだ。更には魅衣の姉は姉で幼馴染にして恋人が居る。そちらも居たので基本魅衣が遠慮していた事もある。
「そっちは……あ、私の所と同じぐらい年が離れてたっけ?」
「ええ。私は後妻の子という事になりますから……兄二人とはある程度離れてます」
桜は魅衣の逆の問いかけに自分の身の上を語る。実の所、桜にも兄が二人居る。とは言え、これは実は彼女がすでに明かした通り、母親の違う異母兄だ。
兄二人の母となる女性は急な難病に倒れて早逝しており、流石に大企業かつ裏社会でも大規模な組織のトップがそれでは拙かろうと迎え入れた女性が、桜の母だった。
とは言え、流石にすぐに迎え入れる事は桜の父当人が難色を示していた為、桜と兄二人の間にはかなりの年の差――と言っても一回りまでは行かないが――が存在していたのである。と、そんな桜のある意味では複雑といえば複雑な家庭の事情を聞いて、灯里が教師らしい観点から疑問を呈した。
「あー……聞いた事はあるわね。桜ちゃん、そこら辺語っちゃって大丈夫なの?」
「あ、はい。別に隠している事でもありませんし、仲が悪いわけではありませんから」
灯里の問いかけに桜が笑って頷いた。そこには気負いは見えず、真実だと察せられた。確かに年が離れているからかそこらでの遠慮はあるが、そもそも兄二人も母を失ったのはかなりの幼少期らしい。
なので二人としても後妻となる女性の方が実感としては母と感じている――輿入れそのものは相当前から決まっていた――らしく、実の兄妹と変わらないそうだ。
「そう言えば……唯一の姉である灯里さん」
「なにー?」
魅衣の問いかけに灯里が笑顔で首を傾げる。こんな性格であるが、彼女はこの場で唯一の長子である。弥生も一応長子なのであるが、彼女はこの後に全員でとある所に出かけるのでその用意をしていた。皐月と睦月はそれに同行している。なので、この場には居なかった。
「光里さん……だっけ? 私よく知らないけど、仲良いの?」
「ウチ? 仲良いよー……と、言いたいんだけどどうなんだろうねー」
魅衣の問いかけに灯里は僅かに苦笑する。やはり、ここら恐ろしい所だろう。彼女は正確に自分の姉妹の事を理解していた。勿論、仲が良い事は仲が良い。が、妹がコンプレックスを抱えていた事を、彼女は見抜いていた。
「あの子、若干私にコンプレックス抱いてるみたいだからなー……はぁ。見た目とか、絶対私よりあの子の方が綺麗だと思うんだけど。あの黒髪、憧れるんだけどなー……」
灯里は若干苦笑混じりに、自分の妹について言及する。とは言え、これはある意味ないものねだりに近かった。灯里は灯里で勿論美女と言って過言ではないからだ。
が、彼女はどうしても性格等もあり、明るい類の美女だ。それ故か落ち着きのあり、日本古来からの正統派の美女である妹には僅かに憧れに近い物があったようだ。
「……珍し。灯里さんも悩む事、あるんだ」
「ちょっと、どういうことー。私だって悩むわよー」
魅衣の茶化す様な一言に灯里が抗議の声を上げる。これはカイトの親友であるルクスとその弟の関係に近い――こちらは弟の劣等感に気づかなかったが――ものがあった。女と女だからこその嫉妬があればこその関係性だった。
「なんかいいなー。私、兄妹とか居ないから」
「余もそうじゃのう……って、お主はおったではないか」
「そうだけども……」
その一方、そんな兄妹の居る面子を少し羨ましげに見ていたのは、表向きその存在を知らなかったカナンとティナ――ティナは今も知らないが――である。実は兄妹が沢山居る二人であるが、育った環境としてそれを知らなかった。故にそんな軋轢を含めて羨ましげだった。そうして、そんな家族談義を行いながら、少女らは気ままな女子会を楽しむ事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1126話『子育て』




