第1220話 後日談とこれからと
少しだけ、時間は飛ぶ。カイト達がマリーシア王国へ出発してから、およそ一ヶ月。帰国から大凡半月が経過した頃の事だ。その頃には重傷者を除けば大半のけが人達が退院しており、難民キャンプというか新たな開拓地となる用地の設定も終わっていた。
「ふぁー……」
「暇そうだな」
「コ・パイが暇じゃなきゃ、その時はヤバイな」
瞬の言葉にカイトが笑う。というわけで、そうなると誰かがそこまで送り届ける必要がある。これに、カイト達が関わる事になっていた。とは言えこれは別にカイト達が関わったから、というわけではない。
ちょっとした理由で天桜学園に戻る必要があり、その際に一緒に彼らの積荷も運んでおこうとなっただけだ。なので大きな資材を運ぶ為に輸送艇を出す事になっていた。
ついでだし、折角貰った飛空艇を遊ばせておく必要はない。燃料費は殆ど必要が無いのだから、練習の為にも飛ばしておく事にしたのである。そして、そのパイロットは瞬が受け持つ事になっていた。コ・パイロットはカイトだ。
「よし……計器確認終了……」
「計器確認……よし。後部ハッチを開くぞ」
「わかった」
翔の宣言にカイトは後部ハッチの開閉をしっかりと確認する。そうして、それが出来た所でカイトが外部スピーカーを使って外で待機している面子へと資材の運び出しを指示した。
「後部ハッチが開いたら、資材を馬車に積み込んでくれ」
『おーう』
カイトの指示を受けて、後部ハッチから開拓用の資材を積み込んだ荷馬車が運ばれていく。後はこれを地竜達に引かせて、北に10キロ程度の所にある野営地に運び込むだけだ。そこから先は、基本的には避難してきた村の住人達に任せる事になる。
とは言え、当分人手不足は深刻だろうし、結界もまだまだ展開出来る土壌はない。勿論、自警団を組織するにも道具も何も無い。更に言うとしばらくはマクダウェル家から支援で生活する形となるため、それを返す必要もある。
故にその警護にはコルネリウスらマリーシア王国からの出向組が関わる事になっていた。マリーシア王国も一部費用を受け持つ――こちらは無償資金協力に近い――事になっていたが、それでも全てではない。天桜学園の時と同じ様に、早急に自分達で自立出来るシステムを作り上げる必要があった。
「よし……先輩。じゃあ、ここからは翔にコ・パイを任せる。オレは輸送隊を率いて村の方へ」
「ああ。こちらは次の積み込みが終わり次第、此方に戻る」
「そうしてくれ」
カイトは瞬に後を任せると、そのままコ・パイロット用の席から立ち上がる。輸送隊を率いる隊長はカイトが担う事になっていた。規模はそこまで大きくはないが、向こうでコルネリウスらとのやり取りも必要だ。そこらを考えた時、カイトが一番良いだろうと判断されたのであった。
一方の翔は先んじて天桜学園に来ている桜達の護衛としてこちらに来ており、その帰りも兼ねてコ・パイロットとなるのである。そうして格納庫に続く扉を通って、後部ハッチで作業をしている冒険部のメンバーに問いかけた。
「積み込み状況は?」
「もうちょい。後二台分って所」
「わかった。じゃあ、それが終わったらすぐに出発だ。次に一条先輩が来るのは三時間後。それまでに往復する必要がある」
「わかってる」
カイトは一応念のために時間的な余裕を伝えておく。ここまで飛空艇では10分足らずの距離であるが、積荷の搬入や空港での離陸許可、その他様々な作業を行っているとどうしてもそれぐらいは必要だった。というわけで、カイトは己も積荷の搬出を手伝いながら、出発の準備を整える。
「よし……じゃあ、出発だ!」
カイトは己は徒歩で歩きながら、地竜部隊に対して出発の合図を送る。何はともあれ、住む家が無い事には農作業も商売もあったものではない。なので早急に、家の建材を運ぶ必要があった。
と言っても、道のりはおよそ10キロだ。かなり大量の荷物もあるので地竜達で引かせると言っても30分程度の時間は掛かる。そこから更に荷物の搬出や設置、避難者達の中に居る大工達に渡したり帰ってきたり、と色々な事をしていれば三時間なぞあっという間だろう。
「さて……」
カイトはのんびりと歩きながら、これが最後の仕事になる、と考えていた。と言っても勿論、これは引退なぞという話ではない。単に休暇の時期が迫ってきた、というだけだ。と、そんな事を考えていたからだろう。カイトにメンバーの一人が問いかけた。
「そう言えばよ、マスター」
「なんだ?」
「中津国ってどんな所なんだ?」
「オレに聞くのか!?」
獣人の少年の問いかけに、カイトが大きく目を見開いた。いや、知っているので聞かれても答えられるわけであるが、普通に考えてエネフィア出身のメンバーが地球出身のカイトに問いかけるのは可怪しいだろう。
「いや……だって知ってそうだし」
「知ってるけどな!?」
「ほら」
やっぱり、という感じで獣人の少年が先を促す。それにカイトは何か釈然としないものを感じつつも、暇なので説明してやる事にした。
「はぁ……基本的な話としては、文化風習はこちらとは大きく異なる」
「どう」
「そうだな……一番はやはり政治体系か。古龍が一体、仁龍をトップとしているからか、やはり不正がかなり少ない。そして彼に逆らえる者が居ないからかなり政情も安定している」
カイトは中津国の事を思い出しながら、大凡冒険部に関係無さそうな事を語る。というわけで、問いかけた獣人の少年もその他のメンバー達も総じて興味なさげだった。と言うより、理解を放棄している者もかなり――勿論、天桜の生徒も含む――見受けられた。
「……ほん」
「わかってないな……まぁ、それは良いか。オレ達に関わりがある所だと魔物と戦士か」
「ん」
やはり自分達の仕事に直結するからだろう。気を取り直したカイトが再度解説を再開したのを受けて、先程まで間抜け面に近い顔だった周囲が僅かに気を引き締めた印象があった。
「魔物はぶっちゃけると、かなり強い。ランクCクラスが最低と考えて良い」
「……強いな」
「ああ。土地柄として、かなり険しい土地が多い。故に魔物も必然強くなる。魔物も所詮は生き物。厳しい環境に適応すると、その分強くなるのさ」
中津国は基本的な性質として、日本に似ていた。気候については四季がはっきりとしていたし、何より島国だ。更に山は多いし、狭い島国に山が多い故に河川も急な所が多い。しかもここが比較的日本との転移が起きやすい土地柄だからか、文化風習についてもどこか似ていた。
と言ってもそこらの話はカイト達色々と知っているから分かる事だし、日本の事を絡めてもこの獣人の少年のようにこちら出身には理解できない。なので、語る事はなかった。
「ま、そう言っても今回行くのはその中でも比較的安全な所だ」
「温泉だったっけ?」
「ああ、温泉だ」
「温泉か」
「温泉だ」
「……むふふ」
カイトの言葉に周囲の幾人かの少年達が鼻の下を伸ばす。ろくなことを考えていそうになかった。
「「「やれやれ」」」
そんな少年達に、カイトと少女らが肩を竦めて首を振る。こんなわかりやすい事が対処されていないはずはなかった。とは言え、言えばそれはそれで面白くない。というわけで、カイトはさっさと話を先に進める事にした。
「で、温泉だが」
「おっと……どんな所なんだ?」
「大昔に勇者カイトが湯治に使ったとされる薬湯で有名な所だ。あやかっておこう、というわけだ。と言っても、全員がそこ、というわけじゃないけどな」
鼻の下を伸ばしていた少年の一人がバレない様に――勿論、バレていたが――カイトへと問いかけたのを受けて、カイトは行き先を告げる。要はかつてカイトが向かった温泉だ。故に彼も伝手があり、その縁を頼りに旅館の一部を貸し切れるように手配してもらったのである。
まぁ、それ故に今まで時間が掛かったのであった。完全な貸し切りではないが、やはり多くのリソースをカイト達に取られる事になる。準備も一苦労になるのは明白だろう。周囲の幾つかの旅館にも泊まる面子を振り分けて、集中しないようにはしておいた。
「へー……」
周囲のギルドメンバー達がそんな凄い所なんだ、と感心したように頷く。とは言え、ここ数ヶ月はずっと忙しく動いていたのだ。以前の夏の時のように一ヶ月もの長期休みというわけではなかったが、それでもしっかりと休めるのはありがたかった。
「統治してるのは……っと」
カイトは更に詳しく話そうとして、魔物の気配が近い事を理解する。そしてそれと同時に、見張りをしていた魔術師部隊が報告を入れてきた。
『天音。進路上じゃあないけど、少し離れた所に地竜だ』
「一匹か?」
『ああ』
「そうか……さぁ、仕事の時間だ! 地竜達は一時停止! 何人かオレについてこい! 手早く仕留めるぞ!」
カイトは会話を切り上げると、即座に指示を下す。そうして、雑談を終えたカイト達は荷台に積まれた資材を守る為、戦いに赴く事になるのだった。
さて、それから少し。カイト達はコルネリウスらが設営した野営地へと到着していた。そうしてカイトは兵士達と共同で資材を下ろさせながら、自分はユリィと共にコルネリウスの所に挨拶に向かっていた。
あの時とは違い今の姿はいつも見せている高校生の物だ。やはりぱっと見てはわからない事もあり得る。ユリィと一緒ならわかりやすいだろう、という判断だった。
「ああ、来たか」
「コルネリウスさん。お久しぶりです」
「ああ……まさか君たちが来るとはな」
「学園の方で用事がありましたので……」
コルネリウスの言葉にカイトが笑って頷いた。そんなコルネリウスの表情は苦境を脱したからかかなり穏やかで、この間は見えた苦悩や険が取れていた。と、そんな彼にカイトが問いかける。
「それで、こちらは?」
「うむ。なんとか、野営の準備は終わらせた。風呂等の休憩用の設備も整えられている。住む家を建てる間はこれで問題ないだろう」
コルネリウスは兵士達を中心として整えさせた野営地をカイトへとその場から少しだけ観察させる。まだ村人達は来ていない。先に彼らが安全の確保を行い、その後に彼らを輸送するのである。そこは明日になる予定で、そこもまたカイト達が担う事になっていた。
「そうですか……では、資材はそちらに預けておきます」
「ああ、ご苦労だった。下ろされた資材はこちらで所定の場所においておこう」
「いえ」
カイトは忙しい状況だ。資材を下ろせばまたすぐに天桜学園近くの飛行場に戻り、瞬の操縦する飛空艇と合流して荷物を運ぶ必要があった。そして地竜達にもメンバーにも休息も必要だ。色々とやらねばならない事が多かった。そしてそれは勿論、コルネリウスも把握していた。それ故、会話は手短だった。
なお、カイトがコルネリウスに対して敬語なのは、ここが戦場で無い上に相手が目上だからだ。あそこでは敵として相対していたが故に、そしてその流れで言葉遣いを正している余裕が無かったが故にそのままだっただけだ。平時に戻った今はきちんと、敬っていた。そしてそれ故か、コルネリウスがふと笑みを浮かべる。
「にしても……君が敬語を使うと妙に違和感があるな」
「いえ……あの時は失礼しました。何分、元々敵でしたし……」
「いや、わかっているさ。貴族達にバレないように演技の必要もあったろうしな」
コルネリウスが笑ってあの場でのカイトの無礼を赦す。あそこでカイトが敬語を使っていなかった理由はまだ他にも色々とあったようだ。そこらはきちんと、彼も把握してくれていた。
「まぁ、まだ君の年齢だ。きちんと敬語が使える者はエネフィアでは珍しい。俺も君の時分にはよく親父に注意されたものだ」
「あはは……」
カイトはコルネリウスの少し懐かしげな言葉に笑うしかない。と、そうして、コルネリウスが更に教えてくれた。
「まぁ、何。まだ10年も経過していない。今でも間違えるのだから、君もそこまで」
「「え!?」」
「ど、どうした?」
唐突にびっくりしたカイトとユリィに、コルネリウスが目を瞬かせる。何か驚く様な事を言っただろうか、と思ったらしい。そして、それはそうだ。カイトもユリィもずっと彼が三十路を超えていると思っていたのである。
「い、いえ……失礼ですが、お幾つですか?」
「む? ああ、年齢か……26歳だ。何分、老け顔でな」
カイトの問いかけでコルネリウスが何を驚いたのか理解した様だ。が、それにカイトとユリィは思わず、念話を飛ばしあった。
『オレより年下だよ……』
『驚いたー……』
カイトは肉体と精神は魔力の強さから20代前半で固定されているが、実年齢としてはそれより年を取っている。故にコルネリウスより年上なのであった。驚いても無理はないだろう。そしてその問いかけで何に驚いたかを理解したコルネリウスが少しだけ笑った。
「よく驚かれる」
「いえ……その年齢で貫禄があるのは立場として良い事……なのでは無いでしょうか」
「ミランダも同じ事を言っていたな」
コルネリウスが肩をすくめる。なお、彼としても少し気にしていないわけでもないらしい。とは言え、こればかりはどうしようもない事だ。
「そ、そうですか……っと、では、自分達はこれにて。まだ作業もありますからね」
「っと、そうだな。では、頑張ってくれ」
気を取り直したカイトに言われて、コルネリウスも頷いた。そうして、カイト達は今日一番の驚きを得つつも、その場を後にして更に作業に加わる事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1221話『最後の一仕事』




