第1217話 最後の切り札
シャルマンを中心としたマリーシア王国の貴族連合による猛追撃を受けながらもなんとか合流を果たしたカイト達とエルリック艦隊。彼らは更に偶然にも縁を得たリルの手助けを貰いながら、南へと進んでいた。
そうして、合流から更に10分。エルリック艦隊と追撃部隊は遂に、マリーシア王国の領土を抜けて海へと出ていた。それを、オペレーターの一人がハンニバルへと報告する。
「艦隊、領土上を通過! 海に出ます!」
「良し! レーダーに感あるか!」
「……感無し! 何も反応ありません!」
「何!?」
オペレーターの返答にハンニバルが大いに目を見開いた。予想では、ここから程遠くない公海上にてユニオンだかマクダウェル家だかの艦隊が待っているはずだったのだ。
「っ! 通信を外と繋げ! 翔くんが言っていたギルドマスターなら、何か知っているはずだ!」
このままでは出ても公海上で全滅するだけだ。マリーシア王国王都で起こっている動きを知らない彼はそれ故、慌ててカイトへと通信を繋ぐように命令を送る。そうして、即座にコルネリウスへと通信が飛んだ。
「無い!? どうなっている!?」
『わからんから、聞けと言っている!』
「わかった……カイトくん!」
「なんだ!」
戦いながらのコルネリウスの問いかけに、同じくカイトも戦いながら応ずる。
「公海上に艦隊があるのではなかったのか! レーダーに感が無いそうだ!」
「は?……そりゃ、そうだろ! あったら敵にバレるじゃねぇか!」
『「……」』
カイトの返答にエルリック親子はそれはそうだ、と目を瞬かせて納得する。彼らの操る艦隊と追撃する艦隊の性能の差は極わずか、殆ど無いと断言して良い。そしてそれはマリーシア王国国内を巡回している艦隊とも大差ない。それどころかレーダーであれば向こうの方が上と言える。
つまり、巡回している警備艦隊に見付けられなければ彼らに見付けられる道理はどこにも無かった。そもそも、今回は密かに動いていたのだ。そしてここはミリックス領の領海だ。敵に見付かって先行されても面倒だ。敵に見付かってはならない以上、こちらにも見つかるわけがなかった。
「……だ、そうだ」
『うむ』
コルネリウスの言葉にハンニバルも素直に頷くしかない。もうこの状況だ。カイト達が一蓮托生である事はわかりきった話だ。であれば、後は信じて領海も抜けて公海上へと抜けるだけである。
『か、艦隊そのまま前進! 公海上へと抜けろ! コルネリウス! もう少し耐えろ!』
「ああ!」
どうやって艦隊に隠形を施しているか、等色々と疑問が無いわけではない。が、相手はユニオンだ。信じる価値は十分にあった。
「さて……そろそろ見える頃なんだが……ティナ。後どれぐらいだ?」
覚悟を定めたエルリック親子に対して、カイトは交戦しながらそろそろ公海上に出る頃合いだ、と考える。公海上にさえ出れば、後はこちらが介入出来る。
『後10キロ、という所かのう。この速度なら20分という所で公海じゃ』
「おし……最後のひと押し、という所かね」
基本的に領海侵犯になるエリアは地球とエネフィアで差はない。あまり広すぎても守るのに邪魔になるだけだし、そもそもあまり広すぎても今度は魔物が現れた時に面倒になる。
さらに言えばエネフィアには排他的経済水域は存在していない。これは仕方がない。そもそも海底の資源を採掘出来る技術がまだ殆ど無いのだ。設けられる意味が無かった。故に存在しているのは領海と接続水域だけだ。その二つさえ抜ければ、公海である。
と、そうして公海を目指すカイトであったが、艦隊が更に進んで接続水域に出た所でカイトがくすり、と笑みを浮かべた。
「どうした!?」
「焦れたか」
「焦れた?」
コルネリウスが唐突に笑ったカイトに首を傾げる。何がなんだかさっぱりだったのだ。が、その一方でカイトは笑みを隠さず、声を張り上げた。
「全員、気合入れろ! デカイ一撃が来る!」
「何が来るというのだ!」
「切り札だ!」
コルネリウスの問いかけにカイトが笑いながら、甲板に刀を突き立ててユリィと伊勢をしっかりと抱き寄せる。
「ティナ! ソラ達は!」
『もう入れておるよ! 焦れるの早すぎじゃ、あれは! ホタル! お主も撤退じゃ! そこにおっては飲み込まれるぞ!』
カイトの問いかけにティナが僅かに怒った様子で返答を送る。どうやら、問題は無いらしい。
「ユリィ! ルミオ達を……問題無さそうっすね」
これから来る一撃に備えてルミオ達を確保しようとしたカイトであったが、その視線の先にはリルが普通に空間を遮断している様子があった。それと、時同じく。艦隊が一人の女性の姿をモニターに捉えた。
「……は?」
「どうした?」
「い、いえ……それが、その……女性が一人、海の上に……」
ハンニバルの問いかけにオペレーターがメインモニターに向けてその映像を展開する。そうして映し出された映像に、ハンニバルは目を見開いた。
「剣姫クオン!?」
ハンニバルの声とほぼ同時。海上に立っていたクオンが水面を蹴って走り出す。
「まずい! 甲板の者達に即座に耐えるように通達! 合わせて耐ショック用意! 総員、気をつけろ!」
「「「りょ、了解!」」」
ハンニバルの大慌ての指示に、オペレーター達も慌てて指示を送る。そしてそれを受けて、甲板で戦っていたコルネリウスも顔を一気に青ざめさせる。
「け、剣姫クオン!? そんな者まで連れてきたのか!?」
「というわけ! さぁ、来るぞ!」
カイトが告げると同時。エルリック艦隊と追撃部隊の間を切り裂くように、空間が裂ける。クオンの斬撃が空間を裂いたのだ。
「やりすぎだ!」
ごぅ、と吹きすさぶ暴風を受けながら、カイトは大慌てでその影響を軽減すべく盾を顕現させる。それを受けてエルリック艦隊はなんとか再び行動を開始する一方、その暴風をモロに浴びた追撃の艦隊は大きく姿勢を崩す事になり、そこかしこで飛空艇同士がぶつかっていた。しばらくはまともに動けないだろう。
と、そうして移動を開始したエルリック艦隊のカイトの所に、クオンが相変わらず呑気な笑顔を浮かべながら舞い降りた。
「やっほー」
「やっほー、じゃねぇ! やり過ぎだ!」
「そう? 一応、轟沈はしない程度に留めておいたんだけど……」
カイトの怒声に、クオンが頬に人差し指を当てて小首を傾げる。ちょっと手を抜きすぎたかな、と当人は思わないでもないらしい。そんな顔だった。と、そんなクオンが一転僅かに気合を入れた。
「さて……それで、誰倒せば良いの?」
「さぁ? お前が来て交戦したい、って奴でどうぞー。今なら即刻切り裂かれるおまけ付きだぜ?」
クオンの問いかけにカイトが伊勢を下ろして肩を竦めながら両手で敵の兵士達へと合図を送ってやる。まぁ、どう考えても今の一撃で相手が剣姫クオンである事は敵もよく理解出来た事だろう。揃ってただただ呆然となるだけだった。
「……」
「……」
「……」
そこかしこで兵士達は無言で顔を見合わせて、どうするかを無言で相談しあう。が、そもそも答えなぞ出ている。剣姫クオンを相手に戦え、という事は即ち、<<死魔将>>を相手に戦ってこいと言われている様なものである。答えなぞ出ている。というより、考える必要さえない。
「「「わぁあああああ!」」」
まさに、蜘蛛の子を散らすよう。兵士達は矢も盾もたまらず大慌てで飛空艇の甲板から逃げていく。幸い高度は100メートル程度。きちんと鍛えているのであれば、この程度の高さなら死にはしない。クオンと戦うよりも遥かに良かった。
「むぅ……何よ、人を化物みたいに」
「いやぁ……お前はオレも素足で逃げるわ……」
自分を見るなり一目散に逃げていった兵士達にクオンは不満げだが、一方のカイトはその気持ちに素直に同意したい。勿論、彼女には聞こえない程度に小声だが。
「やれやれ……とりあえず、これで一段落かね」
カイトはクオンの介入によってなんとか安全の確保が完了した甲板の上から、少しだけ胸を撫で下ろす。そして、それとほぼ同時にティナから連絡が入ってきた。
『カイト。たった今、公海上に出たぞ』
「そうか……では、艦隊を浮上させろ」
ティナの報告を受けて、カイトが即座にヘッドセットを使ってアル達へと連絡を入れる。そして、それと同時。海の中から数隻の飛空艇が現れた。
「海の中から艦隊だと!?」
「なんだと!?」
「そんな、有り得ない! どんな技術だ!」
「あら……見事ね」
エルリック艦隊のそこかしこで唐突に現れた艦隊に驚きの声が上がる。それを、ティナが心地よさげに聞いていた。
『ぬっははははは! ちょいとジャパニメーション見て宇宙戦艦は海の中でも行けると思い出してのう! やってみました! これで飛空艇一つで陸海空完全制覇じゃ!』
「やってみましたで出来るお前が恐ろしいよ、オレは……」
ご機嫌なティナに対して、カイトはため息を吐いた。このお陰で隠し通せたは良いが、また技術のブレイクスルーを起こしていた。なお、この時さらりと陸海空と三つ言っていたわけであるが、この時のカイトはまだ気付いていなかった。と、そんなティナは唐突に素面に戻る。
『あ、カイト。そういうわけなので後で新規開発中の空母にこの機能搭載する為のサインしとくれ』
「はいはい。好きになさってください」
どうせ馬鹿共もノリノリで関わっているんだろうな、と思うカイトは止めても無駄なのでこの場で許可を下ろしておく。こういう彼女がノリノリなタイミングで止めれば後で手練手管でどうせ落とされるのだ。逆らうだけ無駄である。
「はぁ……終わり終わり。日向ー、どこだー。帰るぞー」
『はーい』
カイトの言葉に大空を自由自在に飛び回っていた日向が小型化して戻ってくる。と、その一方の追撃の艦隊であるが、これが動く事は結局、無かった。国王が勅命を下して追撃停止を厳命したのである。
『ミリックス伯……どういう事か、はっきりと事情を聞かせて貰おうか。余はハンニバルを生かして捕らえよと命じた筈。カルテの写しは見させてもらった。これが偽りとは思えぬ。はっきりと、余に説明せよ』
「そ、それは、その……」
やはり中小国と言えども、王は王。貴族とは覇気が違った。故に完全に激怒した様子の国王の問いかけに対して、ライアードは大いに顔を青ざめていた。と、そこにシャルマンが努めていつもの表情を心がけながら、口を挟んだ。
「陛下。何か誤解がある様子」
『ラフネック侯。誤解、とな? 誤解があるのであれば、ぜひとも聞かせて貰おうか』
「ありがとうございます」
少なくとも、取り付く島もないというわけではないのか。であれば、まだなんとかなるかもしれない。故にシャルマンは内心で僅かに安堵する。そうして彼はなんとかとりなそうとしたが、これは彼の早とちりであった。
『ただしそれは余の前で、王都に来てにしてもらおう。それまでの間、討伐軍は一切の作戦行動の停止を命ずる。ハンニバルらについては、そのまま向かわせて構わぬ。取り囲んでいるのはユニオンの艦隊。逃げられるわけではない』
「陛下。それではわざわざ犯罪者を見過ごす事になりましょう。もし彼らが真に悪人であった場合、どうされるおつもりですか」
『その時は、余の名に暗愚という傷が付くだけの事であろう』
シャルマンの諫言にも似た言葉に対して、国王は一切の責任を自分が負う事を明言する。このまま任せてもろくなことにならないということだけは、わかっている。
既にこの時点で役人がシャルマンに説得の意思が無い事は白状していた。状況証拠ではあるが、既に彼らの側でも証拠は整いつつあった。であれば、彼に主導権を握らせる事だけは出来なかった。故に、彼はその後の反論を一切聞くつもりはない、と明言するように勅令を下す。
『そこにいる全ての貴族達には王都の屋敷での謹慎を命ずる。既に近衛が貴公らの屋敷にも向かっておる。そなたらと家族は一切の外部との接触を禁ずる。合わせて、以降飛空艇の通信設備の使用は厳禁。もし余が差し向けた艦隊の到着前に故なく使用した形跡があれば、討伐軍が差し向けられるのは貴公らだと考えよ。以上だ』
言うだけ言って国王は一方的に通信を切断する。更には近衛兵団の信号で飛空艇のログが取られ始め、一切の勝手な行動が出来ない様に飛空艇のコントロールが一部奪取される。これで、彼らに出来るのは飛空艇を王都に向ける事だけだ。
これでもし本当にエルリック一派が犯罪者なら取り逃がす事になるが、勿論シャルマン達にだってどちらが本当の犯人かはわかっている。故にこのまま進んだ所でなんら一切問題が無い事は明白だった。こうして、北へと引き返していく追撃部隊をエルリック艦隊は見ていた。
「引いた……か?」
ハンニバルが唐突に引き返した敵艦隊を見ながら、思わず脱力して椅子に腰掛ける。
「終わったか……」
完全に引いていく敵艦隊を今更ながら、彼は自覚する。おそらくエンテシア皇国が動いて、敵を引かせたのだと理解したのである。とは言え、それで彼らの役目が終わりではなかった。
「浮上した艦隊に連絡を入れる。通信を開け」
「はっ! どうぞ」
「良し……私は」
ハンニバルが海中から浮上した艦隊へと己の名を告げる。そうして、それに艦隊を率いるエルロードが応じて、エルリック艦隊は彼らに警護されながら一路マクダウェル領を目指して移動していく事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1218話『とりあえずの生還』




