第1214話 空中での戦い
エルリック一派と村の避難民達を乗せた飛空艇艦隊を追って南へと移動を開始したカイト達であるが、その彼らの更に後ろを猛スピードでマリーシア王国の貴族達の連合艦隊が猛追していた。
とは言え、今回カイト達が母艦にした飛空艇は防御性能こそピカイチであるが、攻撃性能は任務の特質上どうしても皆無に等しい状態だった。というわけで、その攻撃を買って出たのは言うまでもなくカイト達であった。
「日向。少しだけ加速してくれ。で、後で回収よろしく」
『ん』
カイトの指示を受けて、日向がティナの操る飛空艇をも追い抜いて一気に前に躍り出る。とは言え、そこで即座に急停止して、慣性に従うカイトを放り投げた。そのまま彼女は小型化して、後方から来る飛空艇の甲板に転移した。カイトの位置が大凡甲板の上になった頃で彼を回収して、再び飛翔するのである。
「良し」
空中に放り投げられたカイトはそのまま、くるりと半回転。追撃部隊を真正面に捉える。やはり軍用機と民間機ではどうしてもその最大速度の差は歴然だ。追いつかれて包囲される、というのが一番面倒だ。適度に敵を牽制してやる必要があった。
「行け!」
カイトはいつも通り、無数の武器を生み出した。別に敵を轟沈させる事はない。と言うより、下手に轟沈させ過ぎるとただでさえ外交問題の現状が更に拗れかねないので厳禁である。なのでやるのは、牽制だ。
「「「っ!」」」
敵艦隊の最前線はカイトの生み出した無数の武具類を見て、思い切り目を見開いた。この攻撃は既に何度も見ている。故にその威力がどれほどかは彼らも十分に承知済みで、最大速度に加速する事は出来なかった。
「減速しろ!」
「後方の艦に攻撃が来ると伝えろ! 軌道はこちらで読む!」
「ちぃ! やはり加速はさせんか!」
各艦の艦長達はカイトの攻撃を見て、思わず顔を顰める。このまま突っ込めば、待つのは轟沈という未来だけだ。流石にそれは許容出来るものではない。故に速度を落としてでも、回避する必要があった。
そして、その直後。あのまま加速していたのなら居ただろう位置に向けて、カイトの創り出した無数の武具が降り注いだ。
「撃て!」
「手動だが、これだけあれば撃てば当たる!」
「遠慮はするな! 一斉砲撃だ!」
そんな雨の如く降り注ぐ武具へ向けて、各艦の艦長達は即座に砲撃を命ずる。このまま加速が出来ないのは有難くない。故に少しでも加速する為、なるべくカイトの攻撃を破壊するように指示を出す。
とは言え、これは彼らも言っているように、手動でやるしかなかった。というのも、甲板の上に位置した三葉が相変わらずジャミングを展開してロックオンシステムを妨害していたからだ。
「まさか、あの小娘が一人でジャミングしていたとは……」
それはわからないわけだ。艦長の一人が苦々しげに呟いた。流石にこの状況になると三葉が単独でジャミングをしていた事は彼らにも分かっていた。
が、分かっていたからとてこれではどうしようもない。その側には専用の防御用装備を装備している二葉が守っていて、更に逆側では一葉がなんとかカイトの攻撃を抜きそうになっている飛空艇へと攻撃を仕掛けている。これにおまけに、由利とソラも甲板に出て援護している。追いつく事も攻撃を与える事も出来ないのである。
まぁ、よしんば彼らの防衛網を抜いて追いついても、数少ない魔導砲を魅衣が操っているのでそれで迎撃される。まだ幾つもの関門が彼らを待ち受けていたのであった。
「ロックオンシステムさえ、使えれば……」
呟いた艦長の口調は苦々しげだ。何が一番厄介かというと、これだった。ロックオンシステムは地球のミサイル等とは違い、熱源を感知しているわけではない。
これは魔術的なロックオンシステムだ。故に照準やロックオンという物も概念的で、存在そのものに照準を合わせる事が可能なのである。なので地球では難しい標的を追尾したり、という事が可能になる。
勿論、地球に追尾型のミサイルに対抗する為の熱源を誤魔化すフレアがあるように、魔術的な力でジャミング、謂わばEMPの様な物が存在している。それで回避は可能だ。
とは言え、それでも地球の照準や追尾機能に比べて非常に高性能である事には変わりはない。カイトの攻撃の様な超高速かつ数の多い攻撃の中を突破するのなら、それは必要不可欠な物なのである。
「良し……日向!」
『はーい』
カイトの掛け声を受けて、日向が彼を回収して即座に速度を上げて飛空艇に並走する。そうしてとりあえず再びこちらと敵艦隊の距離を離した所で、カイトはティナへと通信を入れた。
「ティナ。現在の速度は?」
『時速150キロという所かのう。艦隊はおよそ100キロで南へ移動中』
「やっぱ、全速力は出せんよな……」
ティナからの指摘にカイトは僅かに苦味を浮かべる。やはり危惧していた通り、艦隊は本来出せる最高速度を出せていない。マリーシア王国で使われている飛空艇の最高時速はおよそ時速200キロという所だ。
皇国等の大国やティナ作の飛空艇を見ていれば遅いように思うが、実際には飛空艇の自力開発が難しい中小国の飛空艇の性能なぞこんなものである。が、エルリック艦隊の旗艦は更に飛翔機にダメージを受けていた事でこれの半分程度しか出せていないわけだ。
「今、どのぐらいだと思う?」
『そろそろ、事の次第がわかっておる頃じゃと思うが……』
カイトの問いかけにティナが大凡を答える。どのぐらい、というのはハイゼンベルグ公ジェイクの動きの事だ。当たり前だが、どこかで停止させなければ追撃部隊はどこまでも追いかけてくるだろう。その制止をハイゼンベルグ公ジェイクには頼んだわけであるが、それだってすぐに可能というわけではない。
「オルガマリーさんもなんとか、なっていると思うんだがな……」
カイトは後ろを振り返り、艦隊の更に先、自分達が去った北側を見る。実はあちらに、オルガマリーは残っていた。カイトの要請を受けて、とある人物を捉えるべく密かに行動してくれていたのである。
「後はまぁ、賭けるしかないか」
『分の悪い掛けの連続じゃのう……』
「嫌いじゃないな、オレとしては」
『お主は分の悪い賭けをしまくっておるからのう……』
カイトの返答にティナがため息を吐いた。どちらも間に合うかどうかは非常に微妙なラインだ。間に合わなくても最悪はなんとかなるようにはしているが、間に合ってくれるのが一番揉めなくて済む。出来れば、間に合って欲しい所だった。
『マスター。敵艦隊、再度加速を開始しました』
「わかった。時速170キロ程度に到達した頃にまた報告を」
『了解。その間、こちらで牽制をして隊列を整えさせます』
「頼む」
カイトは一葉の報告に頷くと、再び幾つもの武器を魔力で編んでストックしておく。ここから先もおそらく何度も同じ事を繰り返す事はわかっている。わかっているのなら、準備をしておくだけである。
「……まだ、見えないか」
カイトは準備をしながら、先行しているエルリック艦隊の方角を見る。相対速度は一応は、およそ時速50キロ。あちらに妨害があるのは目に見えた話だ。なので実際にはもう少し遅いだろう。
「なんとか、無事でいてくれよ……」
とりあえず、海岸沿いまで出てくれれば。そこまで到達してくれれば、後は切り札が使える。そこまでにカイト達が間に合うかどうかは、賭けだ。
『マスター。進路上、10キロの所に敵艦隊です。合わせて、敵、僅かに減速。おそらく、合わせるかと』
「やはり、か……ホタル! 先行して敵を退けろ! あまり落としすぎるなよ!」
『了解』
カイトの指示を受けて、ホタルが先行を始める。このために、彼女はまだ使わなかったのだ。そうして、カイト達も前後からの挟撃を受ける事になるのだった。
一方、その頃。エルリック艦隊はというと、完全に包囲されながらもまだ無事だった。
「おぉおおおお!」
コルネリウスは何度目かになる跳躍を行い、敵集団を打ち据える。
「ぐっ!」
巨大な一撃で敵集団を吹き飛ばした後、コルネリウスは思わず咳き込みそうになる。やはり、敵の攻撃は激化する一方だった。故に休む間なぞ殆ど無く、空中に躍り出ては敵と戦い、甲板に下りては抜かれた敵を吹き飛ばし、と連戦につぐ連戦だった。体力的にも精神的にも魔力的にも限界が近づきつつあった。
「崩れた! 今だ、一気に仕留めろ!」
「「「おぉおおおお!」」」
そんなコルネリウスを見て、敵の指揮官が一気に攻勢を仕掛けさせる。魔力は殆ど残っていない。体力もかなり拙い。攻めるのなら、このタイミングしかあり得なかった。
「中佐!」
敵に取り囲まれて一斉に攻撃を受けたコルネリウスを見て、ミランダが思わず悲鳴にも似た声を上げる。が、その次の瞬間。コルネリウスの姿が掻き消えた。実は空中で翔がコルネリウスをキャッチして幻影で隠し、代わりに幻を敵に見せていたのだ。
「……すまない」
「いえ……大丈夫ですか?」
「はぁ……はぁ……なんとかな……」
翔の問いかけにコルネリウスは彼から差し出された回復薬を口にする。翔らが持っているのは軍用品よりも更に高級な回復薬だ。すぐに失った魔力を幾ばくか回復してくれるだろう。
「おぉおおおお!」
「あぁ、ちょっと!」
回復薬を全て飲み干すと、そのまま彼は翔の制止も聞かず自分の幻影を取り囲んでいた敵集団に向けて巨大な拳を放ち、一気に飛空艇の外へと弾き飛ばす。翔が止めたのは回復薬を飲んだからと即座に回復してくれるわけではないからだ。
「はぁ……はぁ……今は休んでいる時間も惜しい」
コルネリウスは息を切らせながら、そう翔へと告げる。敵を殺しているわけではないのだ。故に叩き落された敵兵は揚陸艇がまた回収し、無事な兵士は再び襲撃してくる。
勿論、彼とて殺せば良いとはわかっている。が、英雄という彼の性根の部分が、それをさせないのだ。こればかりは、ある意味では英雄の弱点と言えた。英雄故に、相手の事情がわかっていては殺せないのだ。圧倒的強者なればこそ、操られているだけの弱者に対してはどうしてもその全力を振るえないのである。
「はぁ……はぁ……」
コルネリウスは呼吸を整えながら、次の敵を見定める。彼は正真正銘、ここで死ぬつもりで戦っていた。これで死んでも本望。そのつもりで、その全身全霊をここで使っていた。が、それはあまりに絶望的な状況でもあった。後10分保てば、良い方だった。
「親父……後どれぐらいで海が見える」
『……後100キロ。半時もすれば、海が見えるだろう』
息子の苦しそうな声にハンニバルはただ、事務的に現状を伝える。彼の方も相当厳しい状況だった。確かに艦内には敵は入り込んでいないが、敵からの攻撃はひっきりなしだ。おまけに増援までひっきりなしである。どうやら、近隣諸侯からの増援も引き入れて是が非でも叩き潰すつもりらしい。常に艦隊に細かな指示を与えながら、なんとか耐えるのが精一杯だった。
「……」
拙いな。コルネリウスは心の何処かの冷静な部分で、自分がそこまで耐えきれないだろうと理解していた。が、単に自分が自分で限界と定めているだけだと彼は自分で叱咤して、再び足に力を入れる。そして、目視出来てはいたが同時に通信が入ってきた。
『敵増援、来ます! 新手です!』
「ふぅ……来い!」
僅かに回復した魔力を総身に漲らせ、コルネリウスは迫り来る次の揚陸艇の集団を睨みつける。と、その揚陸艇の集団に向けて、横から魔力の光条が飛来する。
「何!?」
光条はどこからともなく、というのが相応しい。それにコルネリウスが思わず目を見開いた。そうして、続けざまに連続して魔力の光条が揚陸艇の飛翔機を撃ち貫いていく。
しかもそれだけではなく、彼らを半包囲している飛空艇の艦隊へも攻撃を降らせていく。それらは確かに撃墜する程ではないが、それでも混乱に貶めるには十分な威力と数だった。
『今の内に、少しだけ休みなさいな』
「誰だ!?」
脳裏に響いた女の声に、コルネリウスが誰何する。誰かはわからない。聞いたこともない声だ。そしてどうやら、敵も何が起きているかわからないらしい。唐突な攻撃に困惑している様子が見て取れた。
『リルよ。ただ、それだけで良いわ。貴方達の所に協力している冒険者のお師匠様、という所よ』
「え、いや、自分じゃ無いです! 知らないですよ!?」
コルネリウスの視線を受けた翔は大慌てで知らない事を明言する。確かに、翔とリルは出会っていない。というわけで、知らないのも無理はない。
『ふふ……そうね。貴方はこちらは知っているけど、貴方は私を知らないわ。どちらかというとルミオくん達の方』
「え、あいつらの?」
「ルミオ……知り合いか?」
「あ、はい。村の一つを護送してたのが、そいつらです」
コルネリウスの問いかけに翔がはっきりと頷いた。そうしてそんな言葉を聞いて、リルが続けた。
『とは言え……そうね。私はマクダウェル家の子の依頼で貴方達に助力する者。そのリーダーの横の女の子のお師匠様のお師匠様、と言う所かしら』
「はぁ……ん? え?」
翔が更に困惑する。と、そんな所にカイトの式神が勝手に起動した。
『っと、悪い。言い忘れていた。彼女の助力があるかもしれない……というより、もうあった後か』
「マクダウェル家からの増援か?」
『いや……そうじゃあない。今は、という所だが……丁度こちらでスカウトした方だ。<<大海の如き者>>だ』
「誰だ?」
『お父上なら、ご存知の筈だ。だが、今はそんな場合じゃない。彼女の助力で敵が混乱している間に、立て直せ』
コルネリウスの問いかけにカイトは今は先に陣形を整えさせる事にする。このタイミングまでリルが攻撃を仕掛けなかったのは、意図的と見て良い。ここから先が一番激しく攻撃が来ると見て良いのだ。そのタイミングまで隠れておくことで、敵を混乱させつつこちらには休息を取れるようにしたのだろう。
「……そうだな。各員! 今の内に休息を取れ! これは味方の支援だ!」
コルネリウスはとりあえず今の内に体勢を立て直す事にする。そうして、その一方のリルはハンニバルの方にも連絡を入れていた。
『これで、飛翔機の出力は後20%上げられるわ。上げておきなさい』
「どなたかは存じませんが……かたじけない」
リルの助言にハンニバルが礼を言う。実は彼女は外でコルネリウス達の支援を行いながら、駆動している飛翔機の修繕を行うという凄技を披露していたのであった。
そして唐突に出力を上げられる様になった飛翔機に驚いていたハンニバルに向けて、その事情を説明していたわけである。大賢人の面目躍如であった。
「賢人よ。よろしければ、お名前をお聞かせ願えないでしょうか」
『リルよ。単に、そう名乗っているわ』
「……は……?」
こんな事が出来て、リルと名乗る。その時点でハンニバルは彼女が誰かを理解して絶句する。そうして、慌てて問いかけた。
「な、何故そのような方が!?」
『ふふ……弟子二人がこの話に巻き込まれていたのよ。それで、その縁で貴方達に支援している子達と知り合ったの。それで、少しだけよ』
「ま、まさかこの近辺にいらっしゃったとは……」
ハンニバルは思いもよらない出来事にただただ呆然となる。カイトも言っていたが、リルと出会える可能性はツチノコレベルだ。下手をすればそれより低い。それが出会えればこうなるのが普通なのであった。
『いいから、早目に体勢を立て直しなさい。後ろのマクダウェルの子達が来るまで、後30分は必要よ』
「っ! かたじけない。この御恩は、決して忘れません……艦隊の修復を急がせろ! 合わせて、甲板の戦士達に薬を届けろ! 最後の大波が近いぞ!」
リルの叱責にハンニバルは即座に艦隊に補給と修繕を命ずる。そうして、リルの支援を受けた艦隊はほんの僅かな休憩時間を得る事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1215話『閑話』




