第1212話 閑話 ――奥の奥で眠る者――
昨夜、活動報告を投稿しています。興味がある方はご一読を。
少しだけ、時は遡る。カイトが避難する村人に混じって馬車の中に潜んでいた頃。カイトは同乗した翔に、ティナが提起したとある事とやらを語っていた。
「将軍が?」
「ああ。彼は戦死したか、もしくは表に出れない状況にある事が推測される」
翔の問いかけにカイトははっきりと明言する。そうして、彼はその理由を翔へと教えてやる。
「実はな。討伐軍で交戦記録を見せてもらったんだが……陣頭指揮をコルネリウスが執っている事はわかっているんだが、エルリック将軍の姿は一度も確認されていないんだ。陣の設営から一度も、だ」
「それがどうして、彼が戦死した可能性に繋がるんだ?」
「簡単だよ。だって、可怪しいじゃん」
翔の再度の問いかけにユリィが可怪しい事を明言する。それは少し考えればわかる事だった。が、ここらはやはりどの程度の規模を率いるか、に応じた教育を受けているか居ないかの差だろう。
部隊の指揮者としては教育を受けている翔であるが、ソラや瞬のように指導者としての教育は受けていない。そこらはわからない様子だった。
「どういうことなんだ?」
「だって、考えてもみてよ。今までエルリック一派は苦境に陥っているわけ。そんな中で英雄と呼ばれる程の将軍が一度も戦いに出た兵士達の前に姿を見せない、って普通にあり得る?」
「あ……そういえば……変だよな……」
確かにハンニバルは戦士というより軍師に近いので彼が前線に出ないというのは筋は通る。が、例えば息子が戦功を挙げた時等にまで姿を見せないのは、些かおかしさを感じる。
自分達が勝った時にまで姿を見せないのは逆に兵士達の士気の低下に繋がるからだ。が、それでも士気が低下しているようには思えなかった。であれば、それは即ち姿を見せられないのだ、と考えた方が自然だった。
「そういうことだ。であれば出られない、と考えるのが妥当だ。そしてそれは……」
「おそらくこちらの表沙汰に出来ない事情により、姿を出せないのだと推測して間違いない、ってわけ」
カイトの言葉を引き継いで、ユリィが翔へと結論を告げる。ハンニバルが倒れたのはおそらく、旗艦が墜落するよりも前だというのが、ティナの推測だった。
「? どうして表沙汰に出来ないって言えるんだ?」
「だって表沙汰に出来る事……例えば戦いで倒れたりしても普通に言えるでしょ? それが出来ない、ということは明らかにすると拙い方法で倒れた、というわけ。そして明らかに出来ていないにも関わらず、こちら側は誰も訝しんでいない。ということは、討伐軍側もおそらくエルリック将軍は倒れているだろうけど、倒れていない場合もあり得ると考えている可能性があるわけ。つまり、討伐軍側は将軍の死を確認出来ていない。であればこの暗殺は反乱の発生後ではなく、それ以前に暗殺を狙った可能性がある、という事。これが露呈すると流石に拙いでしょ」
翔の問いかけにユリィが筋書きを語る。流石に英雄と呼ばれる程の者を、それも息子が腕利きな相手を敵にして陣形の構築後に暗殺を狙うのは難しい。一度警戒態勢に入った英雄を抜く事は余程の力量差がなければ無理なのだ。それでも暗殺出来たとなると、もうこの事件が起こるより前になる。
流石にそれは明かせない。なにせ明かせば説得を行った挙句に抵抗して逃げた、という公の発表と食い違うからだ。そして普通に考えてこの案件で暗殺は有り得ない対応と断ずるしかない。
法律に照らし合わせても、ハンニバルは功罪を見て死罪にはなり得ないからだ。せいぜい、お家取り潰しが良い所だ。それが暗殺されたとなれば何らかの策略に嵌められたと考える者は多くなるだろうし、中央もやはり何か公に出来ぬ事があるのでは、と勘ぐるだろう。
「なるほど……で、俺なわけか……」
「そういうことだ。オレが流石に連日連夜で陣を空けるわけにもいかん。そして対処を考えれば一日でなんとかなるとも思えん。お前に、そこの確認と対処を頼んでおきたい」
「なるほど……わかった」
カイトの指示に翔は素直に頷いた。今回、翔が呼ばれた理由はこちらの調査が長引く可能性があったからだ。死んでいる可能性はあるし、もしハンニバルが生きていたとしても、彼は厳重に守られた陣営の奥深くだと推測される。
しかし、その場所は誰も口を割らないだろう。そして兵士に扮して聞いてもやはりそれはおかしくなる。であれば、地道に盗み聞きしたりして調査をするしかなかった。時間は掛かる。カイト達が侯爵達を足止めをしている間に、翔にはなんとかその場所を探り当ててもらいたかったのだ。
「というわけで、お前にはこれを渡しておく。もし万が一、彼がまだ存命だった場合はこれを使って一時的に小康状態に持ち込め」
「これは?」
「大抵の毒を中和出来る物だ。が、同時に副作用で昏睡させる効果もある」
「昏睡? 治さないで良いのか?」
カイトから受け取った一口サイズの小瓶を見ながら、翔が首を傾げる。
「いや、最終的には完治してもらう。が、もし生きていた場合、即座に行動可能になってもらっても困るんだ」
「どうして」
「下手に筋書きと違う行動をされても困る。敵を騙すにはまず味方から……どっちが敵か味方かはオレ達以外にはわからんがな。が、知将と呼ばれる程の将軍だ。下手に動かれても面倒だ。そして彼が目覚めた事が討伐軍に伝わると、第三勢力の介在がバレる可能性が高い。勿論、将軍の復活に焦って一気に攻撃を、となる事もありえる。そうなると、流石にこっちも動きにくい。将軍には悪いがしばらく昏睡して貰った方が良いんだよ」
「ふーん……」
そんなもんか。翔はカイトから更に『霊薬』の入った小瓶を受け取る。昏睡状態に陥った後、頃合いを見計らってこれを飲ませて復活させろ、という事らしい。そうしてそれを保存用の小袋の中に入れた後、翔はその頃合いを問いかける。
「で、これは何時飲ませれば良いんだ?」
「これは決戦の直前、兵士達が軒並み戦闘に出るタイミングで彼に飲ませろ。その後の詳細は式神で指示を送る」
「ってことは、そのタイミングだと流石に簡単に忍び込めそうだな」
「だろうな。流石にそんなタイミングまでは将軍の警備を厳重にはしていられないはずだ」
カイトは翔の見込みに同意して頷いた。討伐軍が動く日にはおそらく、エルリック一派は総出で戦う事になるというのが察せられた。そのタイミングには流石にハンニバルの警備も解除せざるを得ないのだ。
そうなれば、翔ならば簡単に潜り込めるだろう。後はそのまま薬を飲ませて、カイトの式神と共に翔が事情を説明、というわけだ。
「わかった。じゃあ、とりあえずこっちは将軍の場所を探してみる」
「ああ、頼んだ」
翔の応諾にカイトは頷いて、更にユリィを交えて三人でどういう風にこれから動くべきか、というのをシミュレーションしていく事にするのだった。
そんな会話から、数時間。カイトとユリィがコルネリウスの偵察に出掛けた一方。翔はというと一人闇夜に紛れて行動していた。
『あるとすると、旗艦の医務室かな……』
まず翔が当たりを付けたのは、やはり医務室だ。生きているのなら、医務室で集中的に治療を受けている可能性が一番高い。そう推測したのである。というわけで、翔は医務室を目指す事にする。が、これは容易ではない。
『どうするかな……』
今の翔は全身黒ずくめだ。闇夜の中での偽装効果は高いが、同時に明るい飛空艇の中では些か落ちる。というわけで、翔は密かに飛空艇に再び潜り込むと、持ってきていた私服に着替えた。
「良し……」
とりあえず、策は考えている。というわけで、翔はカイトに教わった通りに医務室へと向かう事にする。とは言え、何もなく医務室に入るわけにはいかない。なので翔は少しだけ時間を潰すと、普通の人なら寝ていても可怪しくない時間に医務室へと向かう事にする。
「……と、いうわけなんですが……」
「はい、分かりました……えぇっと……」
翔からの相談を受けた当直の軍医は彼の望みに沿う薬を見繕う。翔が何と言って医務室に忍び込んだのか、というとそれは簡単だ。眠れないので睡眠薬をくれないか、と言ったのである。
幸いあんな事件の後だ。まだ眠れない村人達は多く、彼以外にも睡眠薬を処方して貰っていた者は多かった様だ。故に翔の申し出にも軍医はまたか、と思う程度で疑うことなく直ぐに処方を開始してくれた。
「……」
翔は処方を待つ間、手持ち無沙汰を利用して医務室の状況を確認する。これは更には落ち着かない様子を演じる事が出来る為、なおさら軍医には翔が眠れないのだろう、という事を印象付けていた。
そうして見た医務室の状況だが、やはり患者はかなり多かった。これは彼らにとってかなり厳しい戦いだ。予断を許さない状態の兵士達が多く寝かされており、軍医達の必死の看病を受けていた。
(……年老いてる人はそこそこ居る様子だけど……写真の人物は居ないな……)
翔は予め見せてもらっていた写真の記憶を頼りに、この場にはハンニバルが居ない事を把握する。と、そんな彼の前に、再び軍医が戻ってきた。
「こちらを。飲んで10分もすれば、すぐに眠くなりますよ。横になる前に、飲んで下さいね」
「あ、ありがとうございます」
「はい、お大事に」
翔の礼に軍医が僅かに疲れた様子を見せつつも笑顔で送り出す。そうして、翔は薬の入った小袋を片手に医務室を後にした。
(ここは、外れか……となると……)
既に予断を許さないを脱したか、それともどこかで厳重に警備されているか。翔は二つの可能性を頭に浮かべる。前者はつまり、死んだということだ。と、そうして再び着替える為に空き部屋へ向かう最中にカイトからの連絡が入った。
『翔。聞こえるか?』
『なんだ?』
『ユリィがカルテを見付けた。やはりエルリック将軍は毒を盛られた様だ』
カイトはユリィが偶然コルネリウスの指揮所で見付けたカルテの写真を見ながら、翔へと報告を入れる。あの時彼女が見付けたのは、このカルテだったのである。
『ということは、もう?』
『いや、どうやら遅効性の毒だったらしくてな。軍医の推測だとラフネック領を出る時、侯爵から振る舞われた酒に盛られたのでは、という推測だ。まぁ、物の道理として将軍が直々に事の詳細の確認に出向いて、そこで盛られたと見て良いだろう。で、効果が発揮する頃にスパイが飛空艇を落とす予定だった、という所なんだろう』
カイトは翔に向けて己の推測を語る。指揮官を行動不能にして、その上で飛空艇を撃墜してしまう。これなら、もし誰かが生き残っていても片付けるのは容易だ。戦術の常道と言えるだろう。
が、ここで彼らにとっても誤算だったのはティナのブラックボックスが彼らの想定以上に頑強で、墜落という狙った結果にはならなかったという所だ。
航行不能になりつつもなんとか不時着出来て、更にはそのおかげで軍医らも無事でハンニバルの処置が間一髪で間に合ったらしい。あの映像の中でコルネリウスが鬼の様な顔だったのは、父が毒に倒れたからでもあったらしい。とは言え、長く毒に冒された影響で彼は未だ昏睡状態らしく目覚めがいつ頃になるかは、不明だそうだ。
『と、いう感じだろう。おそらく船の奥深くで眠っているのだと思われる』
『じゃあ、そっちに移動すれば良いのか』
『ああ。おそらく旗艦の艦長室だと思われる。窓から覗いてみて、確認しておけ』
『わかった』
翔は着替えながら、カイトの指示に頷いた。艦長室がどこなのか、というのは大凡わかっている。エンテシア皇国に近い所の飛空艇は大凡エンテシア皇国から融通された飛空艇が基礎となっている。必然としてその内部構造も似通ってくるのだ。故に翔もその内部構造は大凡把握していた。
『よいっしょっと……』
翔は飛空艇の壁を伝い、旗艦の上層部を目指して移動する。バレないようにゆっくりとなので移動にもそこそこ時間は掛かるし、窓を一つ一つ確認していかねばならない。なので当たりを見つけるまで大凡1時間程の時間を要する事になった。
『あれは……』
翔は点滴を打たれベッドに横たわる老年の男性を見つける。呼吸は大分と楽になっている様子であるが、まだ苦しそうだ。その様子は熱病にうなされているようでもあった。
『……ビンゴ』
貰った写真と横たわる老年の男性の顔を見比べながら、翔は彼がハンニバルである事を確認する。
『カイト、見付けた』
『そうか。様子はどうだ?』
『多分……小康状態って所だと思う。風邪引いたって所っぽい。映像、送るか?』
『ああ、頼む』
医学的に見れば翔の目はまだ素人に近い。故に彼の判断に任せるではなく、カイトは己の目で確認しておく事にする。
『……数日ぐらいなら、大丈夫そうか……』
数日、保ってくれれば良いのだ。であればカイトは下手に迂闊な事をする事は避ける事にする。
『良し。翔、この様子なら何もしないで良い。お前も戻れ。こっちも丁度作業を終えた所だ。合流だ』
『おう』
どこに居るのか、というのはわかった。であれば、翔としても迷う必要はない。そうして、翔はこの後カイトと合流して、更に彼の式神とやり取りをしながら、数日を過ごす事にするのだった。
それから、数日。遂に討伐軍が動く日がやってきた。慌ただしく動くエルリック一派の陣営の中で、翔はカイトの指示を受けて再び行動を開始していた。
『やっぱ、もう人気は無いな……』
やはりどこもかしこも戦闘に備えているからだろう。巡回の兵士は殆ど居なかった。そこまで割ける人員が居ないのだ。勿論、村人達も大半が一箇所に避難させられていて見当たらない。というわけで、翔は殆ど誰にも出会う事なく、艦長室へとたどり着く。
やはりそこも警備は殆ど無く、艦長室も今は見張りは誰も居なかった。今日負ければ守る必要も意味もなにもないのだ。ここを守る為の人員も全て、前線に出したのだろう。
『良し……』
翔は懐から持ち込んだピッキングツールを取り出した。こういう鍵開けは何度も練習している。なので彼は手早く艦長室の鍵をこじ開ける事に成功する。と、扉が唐突に開いたのを受けて、中に居た男が振り向いた。
「誰だ?」
どうやら、中にはハンニバルの容態を安定させる軍医――白衣を来ていたので翔はそう判断した――が控えていた様だ。とは言え、それは想定していた。なので翔は予め用意しておいた昏睡用の魔弾を放って、軍医を昏倒させる。残された時間は大凡5分。それだけあれば十分に賦活させられる。
「良し」
翔はなるべく怪しまれないように、フードを外して顔を晒しておく。そうして、彼は即座にハンニバルに近づいて横たわる彼へと『霊薬』を口にさせる。
「う……うぅ……ここ、は……」
さすがは、最高級の回復薬という事だろう。ハンニバルは薬を飲むなりすぐに目を開いた。が、やはり長い昏睡から覚めたからか、状況は良く理解出来ていない様子だった。
「君……は……」
「あっと……自分はえっと……マクダウェル家に雇われた冒険者です」
ハンニバルの疑問を受けた翔は取り敢えず当たり障りの無い言い訳をしておく。そうして、彼はそこらの説明をする前に、彼の首を少しだけ持ち上げて先程彼に飲ませた小瓶を見せた。量がそこそこ多かったので、一口に飲ませられないかも、と思いまだ半分程度残っていたのだ。
「将軍、一応『霊薬』で賦活させましたけど……まだ少し残っています。飲めますか?」
「……かたじけない……」
翔の申し出にハンニバルが弱々しく頷いた。もしこれで彼がまともなら疑いがあったかもしれないが、まだ賦活してすぐという事でまともに頭が働いていなかったようだ。言われるがままに翔に差し出された『霊薬』を口にする。
「ぐっ……これは……凄いな」
「……本当に」
『霊薬』を全て飲み干したハンニバルはみるみるうちに体力が回復し、あっという間に全快してしまう。それに驚いたハンニバルに対して、翔もまた驚きに満ち溢れていた。まさかここまで効果的とは思ってもいなかったのだ。
「かたじけない……それで、君は?」
「あ……えっと、すいません、詳しい話は指揮官に聞いてもらえますか?」
「指揮官? と言うか、彼は一体……」
「あ、すいません。軍医さんには少し話している暇が無かったので……眠ってもらっているだけです。すぐに、目覚めると思います」
「そうか……信じよう」
ハンニバルは翔の言葉に納得する。彼にもどういう事情で自分を復活させたかはわからないが、少なくとも敵ではない事はわかっている。であれば、それを信じた方が得だと思ったのだ。そうして、翔はカイトから受け取った式神を展開してカイトを呼び出した。
『はじめまして、エルリック将軍。私はマクダウェル家のクズハ様より依頼を受けた冒険者です。彼の上官とお考えください』
「そうか……それで、今はどうなっている?」
『はい……もう時間が無いので手短になる事はご了承下さい』
ハンニバルの求めを受けて、カイトが説明を開始する。そうしてその説明と現状、カイトの提示した提案を納得して受け入れたハンニバルが野営地の統率を開始する事にして、翔はその補佐として動く事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1213話『南へ』




