第1209話 問答 ――格の違い――
カイトの申し出により行われる事になった、討伐軍とエルリック一派の戦闘前のコルネリウスとカイトとの酒盛り。それは先と同じく両陣営の中心で行われる事になっていた。
「ふぅ……良き酒だ。君が持ってきたのか?」
カイトに注いでもらった一献を飲み干して、コルネリウスがカイトへと問いかける。猶予は、この酒が無くなるまで。それに、カイトはふと少しだけ興が乗ったので一つの提案を行う事にする。
「ふむ……単に答えても良いが。どうせなら一問一答形式というのはどうだろうか? 下手に話すとシャルマン殿が何か要らぬ事を言うのでは、と無粋な事をされても堪ったものではない」
「なるほど……良いだろう。では、問おう」
カイトの求めとその理由に、コルネリウスはなるほど、と頷いた。彼としてはここでいたずらに暴露しても良いが、それはカイトの顔に泥を塗る行為だ。この場を設けてくれたのがカイトである以上、彼も曲がりなりにも英傑の子として相手を立てる義務があった。
「良いだろう」
「君が持ってきたのか?」
「持ってきたのかというのであれば、然り。提供したのか、であれば否。ラフネック家が提供してくれた酒だ。聞けばそちらはラフネックの出身という。一番身体に沁みると思ったのでな」
「ははは……かたじけない」
カイトの気遣いにコルネリウスは故郷の酒の味をしっかりと記憶しておく。これが、最後になるかもしれないのだ。素直に今だけは、カイトと共に飲める事を感謝していた。
「では、次は君だ」
「ああ……と言っても、今はまだ特には無いが。持ちかけたのがこちら故、問いかけておこう。飛空艇の修理はどうだ?」
「これは……痛いな。ああ、十分に終わっている」
コルネリウスは半分笑いながら頭を掻いて、仕方がないとカイトの問いかけに正直に答えた。痛い、というのはこれがカイトを介した陣営の状態の露呈に他ならないからだ。適当に問いかけているように見えて、きちんと戦いに向けての事を問いかけていた。
「さて、では次はこちらだ」
コルネリウスは両者の一度目の問いかけが終わったのを受けて、更にカイトに酒を注いでもらい、自分もカイトへと酒を注ぎ問いかけを再開する。
「君は何故、ここに居る? 俺の見立てでは君は全てを理解した上で、その上でもここに居る。そしてこの様な気遣いが出来る男だ。何かの思惑があっての事だと見た」
「ふむ……目的がある。それはシャルマン殿ともライアード殿とも違う目的だ」
「ふむ……?」
やはりか、と思いながらもコルネリウスはカイトの思惑が理解出来ずに僅かに片眉を上げて訝しむ。
「それは、どういう?」
「一問一答だっただろう?」
「おっと……それはそうか。良いだろう。問いたまえ」
カイトの忠告にも似た問いかけにコルネリウスがカイトの質問を促す。何故、と問われてカイトは答えた。目的は、と言う質問はまた別の問いかけだ。であれば、手順を踏む必要があった。
「では、次の問いだ。お父上と会えなかった事が悔やまれるが……お元気か?」
「っ!」
カイトの問いかけにコルネリウスが目を見開いた。それに、思わず彼は問いかける。
「君はどこまで知っている?」
「大凡だ。と言っても、推測しただけだが」
「そうか……なるほど。君程の知性があれば、納得だ」
コルネリウスは一瞬カイトが下手人に繋がっているのかと思うも、肌で感じる風格等からそれは有り得ないと己で否定する。そしてそれ故、彼も答えた。
「……それで、問いかけだったな。父は……まぁ、悪くはないとだけ言っておこう」
「そうか」
嘘だな。カイトはコルネリウスの言葉が嘘である事を理解していた。先の驚きはそれを如実に表わしていた。が、別に一問一答だからと正直に答える必要はない。答えれば良いのだ。嘘でも良い。それに、こちらも分かっていて問いかけた。別に興味もない。
そうして、二人は再びお互いの盃に酒を注ぎ合う。そう大きくない酒瓶だったので、これで大凡半分が二人の胃袋に消えた。が、どちらもこの程度で酔うような事は無く、素面の如くだった。
「さて……では、次はこちらだ」
「ふむ……一度そちらが多いような気もするが、まぁ、良いか」
「む……確かに。が、この様な場だ。流してくれ」
カイトの言葉にコルネリウスも確かに、と笑みを見せるもそれは酒の席という事で流すように頼んでおく。これは先にコルネリウスはカイトへとどこまで知っているのか、と質問に質問を重ねて問いかけたからだ。
これも一つの質問だし、カイトはしっかりと答えている。であれば、本来はカイトが質問すべきだった。が、両者納得したのならそれで良いのだろう。
「さて……では、改めての問いかけだ。君は村の人達を一人でも多く救う気はあるか?」
酒瓶も半ばまで消えた事で、コルネリウスは本題に入る事にしたようだ。一気に彼から戦士としての風格が漂い始める。所詮、今までの会話はここまでの前座のようなもの。敢えて言えば社交辞令や余興だ。ここからが、お互いに本当に問いたい事を言う所だった。
「……」
カイトは背後から見られないのを良い事に、コルネリウスにのみ見えるように笑みを浮かべる。それが、答えだ。無言で答えてはならない、とは言っていない。答えが分かるのなら、それで良かった。
「そうか。なら、構わん」
「満足していただけたのなら、何よりだ……では、次は此方だ」
カイトはコルネリウスの納得を得て、カイトはこちらも問うべき事、いや、現実を問いかける事にする。
「良いだろう」
「この後、どうするつもりだ?」
「どうする、とは?」
「戦いがもしそちらの勝利で終わった後だ」
コルネリウスの確認にカイトははっきりと明言する。彼はまだ、良くも悪くも兵士止まり。父のような大局的な視点が無い。故の問いかけだった。そしてそれは先の問いかけと合わせて、何故この場でされたのかをコルネリウスにも知らしめていた。
「っ……それで、先の問いかけか」
「そうだ」
コルネリウスの言葉をカイトははっきりと認めて先を促す。先に父の事を問いかけたのは、この質問に対する逃げを潰す為だ。カイトとコルネリウスは圧倒的に経験値が違う。口で勝てる道理はなかった。
「……わからん。王都の陛下の判断を仰ぐしか……」
「……阿呆か、貴様は」
コルネリウスの曖昧な見通しに、カイトは呆れと怒りを滲ませながら非難の言葉を述べる。これがまだ、戦いが始まる前であればこの答えでもカイトは良しとした。
だが、もう駄目なのだ。父に頼れないのであれば、彼はそれを決断せねばならない時だった。が、その意味が理解出来ぬコルネリウスは、カイトの非難に顔を顰めた。
「何?」
「阿呆と言った」
「貴様……」
まだ酒の席故に多少の戯言であればコルネリウスも笑って流す等しただろう。が、これが正真正銘の侮辱にも近かったが故に、そして彼も内心のどこかでカイトの言葉の正しさを理解していたが故に、思わず柳眉を逆立てる。が、それにカイトは一方的に叩きつけた。
「はっ……今更、戻る? どこに? よしんばラフネック侯らが捕らえられた所で、てめぇらの戻れる場所はもうどこにもねぇよ」
「っ……」
コルネリウスは、カイトのあまりに圧倒的な覇気を纏った言葉に思わず気圧される。そうして、己に気圧されたコルネリウスへ向けて、カイトは更に言葉の刃を叩き込む。
「てめぇ、今日で何日目だ? オレの知る限り、一ヶ月近くは籠城を続けているな。その間、何度戦いが起きた。何人、てめぇはその手で同胞を斬った」
カイトはコルネリウス達が敢えて見ないようにしていた事実を、冷酷に突きつける。これだけは、事実なのだ。彼らは喩え嵌められたとて、生き残る為に同胞と戦って刃を向けて、その血を流させた。何人も殺しただろう。それだけは、変えられない事実なのである。
「ああ、ここ以外の場所では貴様らに同情して、快く受け入れてくれるだろうさ。だが、ここの兵士達は? 友を、仲間を斬ったお前らを快く受け入れられるとでも?」
「……」
カイトの言葉にコルネリウスはただただ項垂れるしかない。彼とて、分かってはいた。見たくない現実故に、見ないようにしていただけだ。
「てめぇは……いや、てめぇらはもう、帰れねぇんだよ。仲間を斬った。軍でどれほどのご法度かは、てめぇもよく理解してるはずだ」
「……」
カイトの指摘にコルネリウスはただただ沈痛な顔で項垂れる。が、そうしてしばらくの後に、彼はゆっくりと問いかけた。
「では、どうしろと言うのだ。父は毒に倒れ、周囲は完全に封鎖されて中央へ危急を報せる術もない……これ以外にどうやって無実の部下達を守れというのだ! この首一つで済むのなら、喜んで捧げよう! 教えてみせろ! どうやって、この戦いを治めれば良い! どうやって、村人を、兵士達を守れば良い!?」
コルネリウスが声を荒げる。それはどこか縋る様でさえあった。それに、カイトは笑みを浮かべた。それは獰猛で、その言葉を待っていたかのようでさえあった。
「良いだろう、答えよう」
「何?」
「忘れたか? これは、一問一答。オレの問いかけにそちらはわからない、ときちんと答えた。それで、どうやって守れば良いかという問いかけをそちらが行った。であれば、答えるのはこちらの義務だ」
コルネリウスの疑問にカイトは笑いながら、道理を述べる。何も伊達や酔狂で一問一答を申し出たわけではない。全てを己の手の上で転がす為に、一問一答を行っていたのだ。
それを受けて、立っていたコルネリウスは再び腰掛ける。これがカイトの策略だと理解したのだ。そうして、真剣な目でカイトに先を促した。
「……聞こう」
「良いだろう……が、受け入れられるか受け入れられないかは、そちら次第だ。それは承知してもらおう」
「この期に及んで否やは言わん。守れるのなら、この首とて捧げよう」
「その言葉、二言はないな」
「ああ」
コルネリウスが覚悟を決めたのを見て、カイトは一つ頷いて呼吸を整え真剣な目をする。
「国を捨てろ。今のこの国にはエルリック将軍の軍を受け入れる場所が無い。どうしても、どこかに軋轢が生ずる。そして村人達もこの場から逃れるしかない。侯爵達が捕らえられたとて、即座に処罰とはならん。事態の隠蔽に奔走するだろう。どちらも、一時的であっても国を捨てるしか道はない。勿論、村人達の方が遥かに早く帰れるだろうがな」
「なっ……」
コルネリウスはカイトの言葉に思わず息を呑み、目を大きく見開いた。とは言え、それが答えだ。コルネリウス達は同じ軍の兵士達に刃を向けて、実際に何人も殺してしまっている。
どうしても大きなわだかまりは出来てしまう。村人達は言わずもがなだ。証拠を隠滅されない為にも、どこか遠くへ避難する必要があった。
「何故、オレがそちらに村人達を送らせたと思っている」
「な……に……? だが、彼は……」
「はっ……本当に、あれがソラの独断だとでも? 察しの悪い。あんなでかい事を一団員が出来るわけがない」
己でソラを出迎えたが故に困惑するコルネリウスに対して、カイトは鼻で笑ってバンダナを解いた。そうしてバンダナを簡易のヘアバンドにして、更に髪を伸ばす。それに、コルネリウスは再び目を見開く。
「あ……お、お前はあの時の!」
「あの時はどーも。これで、分かっただろう? オレも避難民の中に混じっていたのさ」
「だが、どうやって!? 君の事は報告には無かったはずだ!」
「子供がどうしても離れてくれなくてな……あるご婦人の看病を行ってくれていたシャールという女性兵士に聞いてみろ。子供をあやす蒼い髪の少年は居なかったか、とな。ああ、一応言うと演技でもなんでもない。全部、事実だ。偶然と言うか嫌な話というか、何故か懐かれてな。馬車の中で子供をあやしながら、ソラに指示を出していた。それに気付けなかったのは、そちらのミスだ」
コルネリウスの疑問にカイトは少し困ったような顔で笑いながら種を明かす。ここばかりは、彼も想定外だった。とは言え、使えないわけではない。
あの少年のお陰でカイトは殆ど疑われる事も確認される事もなく、エルリック一派の野営地で比較的自由に行動出来た。子供を少し気分転換させてやりたい、母親の所へ向かうのに道に迷った、と言えばそれだけで兵士達は仕方がない、とお目こぼしをくれた。冷酷に見れば、十分に彼はカイトの役に立ってくれたと言える。
「村人達を利用したわけか」
「文句は言ってくれるな。その代わり、こちらは彼らを無事に送り届けた。これが、彼らとの取引だ。当たり前だが善意だけで動いているわけではないぞ」
僅かな非難を滲ませるコルネリウスに対して、カイトはそれを軽く鼻で笑って受け流す。この程度の利用なぞ、カイトとて平然と使いこなす。彼とて公爵だ。シャルマンらと同格だと思ってもらっては困ると言わんばかりだ。
「っ……」
子供や村人達を平然と利用し、悪びれる事のないカイトを見て、コルネリウスは彼が自分とは格が違う事をはっきりと認識した。そうしてその認識を見て、カイトが笑う。
そして同時に、後ろの慌ただしい動きを見て頃合いと判断した。どうやら、カイトとコルネリウスの会話が尋常ならざる様子である事を見て、貴族達も何かが可怪しい事に気付き始めたようだ。というわけで、カイトは予め懐から用意しておいた一枚の封筒を取り出した。
「わかったようだな。オレとおっさんだと格が違う……今だってこれを盗まれた事に気付いていない」
「何?……それは!」
カイトの言葉にコルネリウスは己の左胸の上を押さえて目を見開いた。カイトが懐から取り出したのは、ラフネック家の蜜蝋で封がされていたらしい一通の封筒。コルネリウスが大事に保管していたあの封筒だった。
「まさか、いつの間に!」
コルネリウスはカイトなら出来かねない、と思って慌てて胸襟を開いて胸ポケットを確認する。だが、これこそがカイトの狙いだったことに、彼は気付かなかった。
「ある!? 何!?」
「フィーッシュ! 手紙の一本釣りぃいいいい!」
封筒がしっかりと自分の胸ポケットにある事に驚いたコルネリウスの目の前で、手紙に魔糸が巻きついて引っ張り出される。そしてそれと同時に響いたのは、ユリィの陽気な声だった。
当たり前だが、カイトは元々一騎打ちのつもりなぞ無かった。なのでずっとユリィがカイトのロングコートのフードの部分に潜んでいたのである。それに、カイトが笑顔で称賛を浮かべる。
「いよ、お見事!」
「いぇい。カイト!」
「おうさ!」
唖然となるコルネリウスの前で、カイトは即座に通信機を起動する。これで、全ての手札は整った。後は、決めに行くだけだ。
「爺。手紙ゲット。帰還次第必ず送り届けると陛下にお伝えしてくれ」
『うむ、しっかりお伝えしよう』
カイトの手短な報告を受けて、ハイゼンベルグ公ジェイクが笑みを浮かべて了承を示した。後は、カイトがこれをしっかりと確保しておけば良いだけだ。そうして、唖然となるコルネリウスではなく背後のシャルマン達に見える様にカイトは手紙にキスをしてみせる。
「サンキュー。これだけが、どうしても手に入らなくてな。これがあれば、目的が達せられる」
「な、え、あ……お前は、一体……」
事態のあまりの急変にもう何がなんだかわからないコルネリウスが問いかける。が、今はまだ、それを告げるべき時ではない。故に、問いかけたのは別のことだ。
「今は、そんな場合じゃないな。で、どうするんだ? 二言は無いんだろう?」
「だが、どこへ……」
「もし受け入れるのであれば、陣に戻れ。それで全てが分かる」
コルネリウスの問いかけにカイトは急いで陣に戻るように促す。と、その前に一応言っておくべき事があった。
「ああ、そうだ。そう言えば一つ教えていなかったな。何故、オレが村人をそちらの陣営に送ったか。確かに証拠隠滅の恐れがあるから、というのもあるがだ……お前らに彼らを守ってもらう為だ。彼らはお前ら以上にこの地には居られない。難民になる。おそらく最低でも半数は向こうで暮らすだろう。その基盤を作るまでの手伝いをして欲しくてな」
カイトは改めて、コルネリウスへと村人達を送った理由を告げる。彼らはやむにやまれぬ事情があるとはいえ、村を上げてタバコを栽培していたのだ。事が明るみに出ないという事はない。この村の出身というだけで言われない中傷は受ける事になるだろう。彼らの居場所はやはり、この国にはなかった。
「まさか……お前が国を捨てろというのは」
「そうだ。彼らの為でもある。だから、飛翔機も修理させた。どれだけの人数が居るかは把握していないからな」
ここから先、村人達を逃がすには兵力が必要だ。その為の護衛として、彼らを見繕ったのである。どちらも当分はこの国には居られない者達だ。一緒に避難させた方がよほど良かった。それを、コルネリウスもはっきりと理解した。
「……君は?」
「オレか? オレは勿論、ここで敵を足止めするに決まってんだろ」
「……わかった。君の申し出を受けよう」
コルネリウスは一度目を閉じた後に、カイトの申し出を受け入れる事を決める。これなら、部下達を無駄死にさせないで済むのだ。そしてここまで啖呵を切った奴が、陣に戻れというのだ。コルネリウスにも何か秘策が用意されてあるのだ、と受け入れられた。
「感謝しよう。この恩は何時か、エルリック家の名と共に返そう」
「それなら、村人達を死ぬ気で守ってくれれば良い。しばらくは、追手との壮絶な戦いだ」
「かたじけない。死ぬなよ」
「死ぬ? まさか……さぁ、ここからが、オレのいや……」
「「オレ達の戦いだ」」
カイトの肩にユリィが腰掛ける。手札は全て揃った。コルネリウスも思惑通り、動いてくれた。これで後は敵を食い止めるだけだ。そうして、カイトとユリィはコルネリウスに背を向けて、ようやく事態が飲み込めつつある討伐軍へと相対するのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1210話『お遊び』




