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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第62章 南の国の陰謀編

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第1208話 カイトの策謀

 ルミオ達が野営地を発ってから、数日。当初からの予定どおり、彼らはあの後戻ってくる事はなかった。そしてそれをきっかけとしたかのように、討伐軍にはこの不正が実はシャルマンが主導している物なのでは、という噂が流れ始めていた。


「流石に、そろそろか」


 カイトは噂の蔓延具合を見ながら、明日にでも動くだろうと予想する。敢えてとは言え一部には露呈させたのだ。完全な封鎖が無理な以上、いつまでもこのままにはしておけない。

 それにあまり長引かせても今度は付近の村がエルリック一派の野営地に避難した事も露呈する。そろそろ、動かねばならない時期だった。と、案の定その夜にカイトの所に軍の伝令がやって来た。


「ギルド・<<女狼の牙(ウルフズ・ファング)>>のカイト様とオルガマリー様はいらっしゃいますか!」

「ああ、申し訳ない。オルガマリーさんは今、手が離せないが……オレで大丈夫か?」

「手が離せない?」

「無粋だな……時間を考えてくれ」


 カイトは首を傾げた軍の伝令に向けて、半ば苦笑気味に飛空艇の上部にある窓を指し示す。そこには明かりが灯っており、誰かが居るのだろう話し声のような音が漏れ聞こえていた。そして同時に、僅かな水の音も聞こえる。


「あっと……失礼しました。ご入浴の最中でしたか。貴方でも問題はありません。ガラハド司令がお呼びです。同行願えますか?」

「わかった。同行させて頂く……が、少し待ってくれ。他のギルドメンバーに言伝は頼んでおく」

「わかりました。お早く」


 カイトの申し出に軍の伝令が頷いた。そうして、カイトは桜達に手早く司令部に呼び出された事を告げて、再び戻ってきた。


「かたじけない。では、行こう」

「はい」


 カイトの促しに軍の伝令が歩いて行く。そうして、少ししてカイトは軍の指揮所へと到着した。


「<<女狼の牙(ウルフズ・ファング)>>・サブマスターのカイト殿が来られました」

「ん? サブマスターだけか?」

「はい」

「ふむ……まぁ、良いか。入ってもらえ」


 ガラハドはカイトしか居ない事を訝しみながらも、カイトへ入るように命ずる。そうして、カイトはすぐにガラハドの前に通される事になった。


「ああ、来たか……オルガマリー殿は?」

「入浴中です。まぁ、あの見た目から分かるでしょう? お風呂の邪魔をするとぶん殴られるので……私一人で、と」

「な、なるほど……それは失礼をした」


 カイトの言い訳をガラハドは素直に信用する。あのオルガマリーの見た目と、女王様気質にも近い在り方だ。美容には人一倍気を遣っているだろうというのは彼にも察せられていた。であれば、お風呂に入っていても不思議はないと思ったのだ。


「あはは。飛空艇を買ったのだってお風呂を持ち運べるから、という理由ですからね。持ち運びの中にはお風呂は勿論、美容液だってありますよ」

「ははは……そうか。さて」


 カイトの愚痴にも近い軽口にガラハドは一頻り笑うと、雑談をそこそこに本題に入るべく気を引き締める。


「数日前に心労等から倒れられたラフネック侯であるが、回復の目処が立った。明日には全快するだろう、との事だ。明日の13時。こちらから大侵攻作戦を開始する」

「了解です。我々はどこに?」

「君達には主力としてコルネリウス中佐……いや、元中佐の相手を頼みたい。行けるな?」

「はい。既に一度矛を交え、彼の力量は把握しております。問題なく」


 ガラハドの問いかけにカイトは自信を前面に出して頷いた。これに嘘は無い。とは言え、その一方で少しだけ申し出を行う。


「ですが……やはり相手は強敵となるでしょう」

「そうだろうな。それはわかっている」

「はい……それで、一つお願いがあるのですが」

「ふむ……言ってみたまえ。君が戦う事になるだろう。私としても可能な限り、支援の申し出を叶えよう。それが司令部の役割なのだからな」


 カイトの申し出を受けて、ガラハドがそのお願いとやらを促す。それに、カイトが頭を下げた。


「ありがとうございます。どうせなら、先の続きを行いたいと思うのです。もし私が勝てれば兵士達の士気は大きく上がり、相手は総大将の息子にして英傑を失った事で士気は著しく低下する。よしんば私が負けてもコルネリウスとて手酷く傷を負っている事は間違いないでしょう」

「なるほど……確かに道理だ。良いだろう。君の申し出は流石にラフネック侯らと話し合わねばならないが、申し出てみるだけの価値はある」


 カイトの申し出はガラハドも戦士である以上、分からないではなかった。故に上との相談次第で、という事で了承を示す。ここはカイトとしても賭けだ。が、負けてもどうにかなるようには考えている――と言うより、勝手にやるだけ――ので問題はない。単に手間を省きたいというだけだ。


「ありがとうございます……それで、もう一つ。それに関してお願いが」

「言ってみたまえ」

「はい……どうせなら、最後にコルネリウスと一献傾けたいと。お互いにこれが最後の相手となる。最近野営地に居た所為でもう随分と飲めてませんので……」

「なんだ、君は実はいける口なのかね」


 カイトの申し出にガラハドが思わず楽しげな笑みを浮かべる。ここでのカイトは大半真面目で質実剛健な様子を見せていた。故にお酒は飲まないのだと勝手に考えていたらしく、そういうことなら、とガラハドが頷いた。


「良いだろう。もし戦いが許可されれば、閣下より一本上等な酒も頂けるかやってみよう。もし無理でも、私が秘蔵をくれてやる」

「ありがとうございます。では、我々も明日に備えて本日は早い内に就寝を」

「ああ、ぐっすり休め。下がって良いぞ」


 カイトはガラハドの許可を受けて、頭を下げてその場から立ち去る。


「良し……これで、状況は整った。後は……間に合うか否か、か」


 カイトは最後の一手が間に合うまでの時間を稼ぐ為の最後の一手を見据える。ここからは、時の運と彼の実力次第だ。そうして、彼は明日に備えてゆっくりと休む事にするのだった。




 夜が明けて、翌日の朝。カイトは全員を集めて居た。


「桜。悪いがお前にはティナの補佐で飛空艇を任せる。ソラ達の撤収の支援を手伝ってくれ」

「はい」

「ソラ。お前はオレと共に前線だ。が、わかっているな?」

「おう。敵は、だな。由利、援護は頼む」

「うん」


 カイトの言葉にソラが獰猛な笑みを浮かべる。既に事の裏は彼も理解している。討伐軍と戦う事になるというのは、はっきりと理解していた。


「そっちは由利に任せる。魅衣。お前は幻術でオルガマリーさんと翔の分身を」

「もうやってるわ」


 カイトの言葉に魅衣はひらひら、と二枚の札を揺らす。そこにはオルガマリーの血と翔の血が少しだけ付着していた。当たり前だが、今回の戦いは総力戦になる。二人も居なければおかしい。が、この場には居ない人物はどうやっても存在し得ない。

 だから、予め二人の血液をもらっておいて精巧な式神を生み出すつもりだった。操作は魅衣がするので魅衣も戦力としては期待出来ないが、この面子が揃っている。問題はない。


「良し……ティナ。大丈夫なんだな?」

「あったりまえよ。余の新技術。お披露目してやろう」


 カイトの言葉にティナが今回は薄っぺらい胸を張る。彼女はカイトに代わって飛空艇の操縦だ。どうやら新機能とやらを試す事にしているらしく、事が始まれば飛空艇を前線に持ってきて敵の足止めに使う事にしたらしい。

 その後は、頃合いを見計らって桜が魔糸でソラ達地上の面子を回収。一気に海側へと離脱して、密かに控えさせている公爵家の艦隊と合流して、皇国へと帰還する予定だった。


「大丈夫なんだろうなぁ……お前の新機能は当たりハズレでかいからなぁ……」

「だーいじょうぶじゃ。今回は原本もあったのでのう。単にコピっただけじゃ」

「ふーん……それで、新機能ねぇ……カナン。お前は切り札だ。万が一までは、潜んでおいてくれ。もし何事もなければ、そのまま飛空艇へ撤退しろ」

「はい」


 ティナの返答に首を傾げながら、カイトは次にカナンへの指示を言い含める。これで、とりあえず指示を与えるべき者達は全員だ。一葉達とホタルは当然、カイトと共に敵を食い止める役目だ。そしてこちらはすでに自分達が為すべき事を理解して、準備も整えていた。


「一葉。三葉の装備は?」

「手抜かりなく。後はご命令一つです」

「よろしい……お前はこちらから全体の指揮を取れ。二葉。お前はホタルと共にオレの直接的な援護を。三葉も、わかっているな?」

「「「ご命令のままに(イエス・マイロード)」」」

「良し」


 カイトは三姉妹の応諾を受けて、ホタルを引き連れて立ち上がる。これで、準備は万端だ。後は最後の一枚手札を手に入れれば、ある人物がラフネック家率いる不正貴族達の喉元にナイフを突き付けてくれる手はずになっている。


「じゃあ、全員出陣だ」

「「「了解」」」


 カイトの言葉に全員が頷いて、一斉に行動を開始する。そうして、カイトは今はまだ疑われない為に、ギルドメンバー達を引き連れてガラハドの命じた場所へと移動することにするのだった。




 さて、そんな密かなブリーフィングからおよそ1時間。カイトはオルガマリー――の分身――から離れてガラハドから呼び出しを受けていた。そうして行った先には、一つの酒瓶が置かれていた。どうやら、カイトの望みは聞き届けられたという事で良いのだろう。


「ああ、来たな。ラフネック侯より、許可が下りた。酒瓶一つも手土産に持っていくと良い」

「ありがとうございます」

「ああ……では、我々は君の勝利を信じて待つ事にしよう。では、行ってきたまえ」

「はい」


 カイトは笑顔でガラハドの見送りに応ずる。そう言ってくれるまでもなく、この戦いは彼らの望みどおり自分の勝利で終わらせるつもりだった。そうして、陣形が整った後。カイトは最前線に移動する。


「隊列を開け! 先日の戦いの続きだ!」


 ガラハドがカイトの出陣を告げる。そうして数日前と同じく旗を片手に、そして空いた手に酒瓶を手にしたカイトが隊列から進み出た。


「行って来い」

「はい」


 ガラハドの最後の許可を受けて、カイトは振り返る事なく歩き始める。それを、遂に最後の戦いが起きるか、と見ていたコルネリウスもその側近達も確認した。


「来るか」

「どうされますか?」


 カイトが単騎で進んできたのを見て、ミランダがコルネリウスへと問いかける。幸い村人達の手土産のお陰で英気はしっかりと養っている。最後の戦いを挑むには、ベストコンディションと言えた。それを、コルネリウスはしっかりと自覚しながら答えた。


「……行かねばなるまいよ。彼は手土産まで持ってきた。それで出ないようであれば、俺は俺の名と父の名に泥を塗る事になる。戦士であればこそ出ねばならない時がある事ぐらい、お前もわかっているだろう?」

「「「……ご武運を」」」



 コルネリウスのわかりきった話だと言わんばかりの口調での問いかけに、ミランダもその他の側近達も跪いて頭を下げる。先日の敵が出て、しかも酒まで持ってきたのだ。出るしかなかった。

 これで出なければ、コルネリウスは末代まで――と言ってもまだ子供は居ないが――腰抜け呼ばわりされることになる。武名を立てて名を轟かせた彼にとって、それは死ぬよりも酷い侮辱だった。

 そんな彼らの一方。カイトはこの間とほぼ同じ位置に立つと、そこに深々と旗を立ててそこに腰を下ろす。相手もわかっているだろう、と言わんばかりの態度だった。


「……」


 腰を下ろし片足を立てたあぐらに近い姿勢で座ったカイトは敵陣にも見えるように、酒瓶を前に置いてその前に更に盃を設置する。そうしてその上で、ただ無言を貫いて相手の行動を待つ。

 その覇気たるや、彼が一角の人物であると如実に示していた。そしてそれは同時に、逃げるな、という無言の意思表示でもあった。


「……」


 カイトは無言で、ただ敵の動きを待つ。そうして、すぐに敵の陣営の扉が開いた。出て来たのは勿論、コルネリウスだ。当たり前だが、彼も一人である。これは一騎打ちだ。側近を連れて行くなぞという臆病な真似は出来ない。


「対面、失礼する」

「ああ」


 コルネリウスの言葉を受けて、ようやくカイトも口を開く。これで、戦闘の開始は彼ら二人に預けられた。貴族達はまだしも、兵士や冒険者達はこの一時がどれほど重要な場なのかを肌身に染みて理解している。故に、誰も邪魔はしない。そうして、カイトはコルネリウスが胡座をかいたのを見て酒瓶を手に再び口を開いた。


「一献、差し上げたい」

「かたじけない……返杯を」

「かたじけない」


 コルネリウスが差し出した酒をカイトは盃に注いでもらう。そうして、戦闘の開始前。僅かな酒盛りが行われる事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1209話『問答』

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