第1207話 カイト・暗躍中
カイトが機関士達に協力して、飛翔機の修繕への道筋を立てた直後。その報告が大慌てで機関士長であるドワーフの男性の所へと持っていかれる事になった。
「何!? もうか!? どうやった!?」
ドワーフの男性はあまりに早い発見の報告に目を見開いて驚きを露わにする。確かに見付かったのは喜ばしいが、あまりに早かった。驚くのも無理はない。
「いえ、それが……」
報告に来た外で作業をしていた機関士が、カイトがやったある意味ではぶっ飛んだやり方をドワーフの男性へと報告する。それを聞いて、ドワーフの男性が大爆笑した。
「あっはははははは! そういう事をしやがるか! でけぇ肝っ玉してんじゃねぇか! これがお前らならはっ倒すが、まぁ、今回は見つかったし技術屋じゃねぇから大目に見るか!」
「うっす……それで、そのまま戻っちまったんっすけど……」
「ああ、良い良い。もう戻らせてやれ。んな無茶だ。コルネリウス様ならまだしも、普通の兵士からすりゃどんだけ疲れる事かわかっちゃもんじゃねぇ。普通なら一分耐えられりゃ良い方だ。それを、十分。休み休みとはいえ、明日は一日寝てても不思議はねぇはずだろう」
一頻り笑って目端を伝う涙を拭い、ドワーフの男性はカイトが既に去った事に対して笑って良しとする。聞いた限りでは考えついても誰もやろうとしないようなバカな行動だ。
それをやったというのだから、疲れているのは当然だと思ったのだ。そしてそんなバカをした兵士が仲間に居るのだ。彼は一層、気合を入れた。
「おーし! てめぇら、あんなバカが協力してくれたんだ! 大急ぎで調整やっちまうぞ! 見付かったんだ! 後は、こっちの仕事だ! 外の奴らには大急ぎで刻印刻む用意させて、エルフの奴ら叩き起こして作業させろ! 寝てる時間はねぇぞ!」
「「「おう!」」」
ドワーフの男性は機関士達に指示を与える。そうして、彼らは大急ぎで飛翔機の応急処置を開始する事にするのだった。
さてその一方のカイトはというと、少年と母親の部屋に戻っていた。合流ポイントはここだった。外に脱出しようにも、まだ翔の動きもある。ここが最適と判断したのであった。
「ふぅ……」
寝ている少年と母親を起こさないように、カイトは密かに着替えを終わらせる。そうして、密かにユリィとお互いの情報を交換する事にした。
「こっちは、なんとかなった。おそらく飛翔機は数日で飛び立てるだろうな」
「そっか……こっちも撮影出来たよ」
ユリィはネックレス型の魔道具を取り出して、カイトへと情報を提示する。そうして幾つかの書類を写したものを見て、カイトはほくそ笑んだ。
「これで、動けるか」
カイトが見たのはやはりコルネリウスが保管していた手紙だ。この宛先と一枚目が撮影出来ただけでも十分に成果が上がったと見て良いだろう。
「これで、後は……」
カイトはユリィの撮影したデータにきちんと封をしておく。と、そうして更に続けてユリィがまた別の数枚の写真をカイトへと提示した。
「カイト、それでこれ。ティナが言ってたの」
「これは……やっぱり、そういうことか……ずっと怪しいと思ってたんだよな」
カイトはユリィからの報告になるほど、と深く頷いた。そしてそうであれば、次の一手が決まった。
「翔。居るな?」
『おう、なんだ?』
「やっぱり、例によって例の如くだったようだ」
『マジ? こっちまだ見付けられてないけど』
カイトの言葉に翔が僅かな驚きを露わにする。それに、カイトが手短に事情を教えてやった。
「というわけでな。指揮所に偶然、書類があったようだ。コルネリウスの意外な性格に感謝だな」
『あはは……わかった。じゃあ、こっちはそれを頼りに行動する』
「頼む。後、オレ達は式神を残して戻るが……そっちは所定の手はず通りに頼む」
『わかった』
カイトの依頼に翔は応諾する。ここからは、カイトは次の一手を行う為に野営地を離脱して、ティナ達と合流だ。それに対して翔は最後の決め札となる一手を打つ為に、ここで活動してもらう必要があった。少年の母親は行動までの間にすでにカイトが説得している。口裏合わせはしてくれる。
「良し……これで後は、時を見計らって行動に移るだけか」
カイトはようやく自分達の流れを掴んだ事を自覚する。これで、この茶番劇はカイトの支配下だ。今この時を以って、シャルマンさえ彼の書いた筋書きに沿って行動してもらうだけだ。
「さぁ……魔王ユスティーナと賢帝ウィスタリアス仕込みの策略を見てもらおうじゃねぇか」
カイトは笑いながら、式神をそっと隣の部屋に忍ばせておく。これでしばらくはバレずに済むだろう。そしてけが人の部屋だ。兵士達も見回りには滅多に訪れない。
ある種の安全地帯がそこにはあった。隠れるにはうってつけだ。そうして、彼はユリィと共にエルリック一派の野営地を後にして、飛空艇へと帰還する事にするのだった。
さて、それから数時間後。カイトは討伐軍にもエルリック一派にも隠れて帰還する為、両方の野営地を大きく迂回して飛空艇へと帰還していた。というわけで、彼が到着したのはほぼほぼ朝方と言って良い時間だった。
「ふぅ……なんとかか」
「なんとか、バレなかったねー」
安堵の吐息を漏らしたカイトにユリィも同意する。かなりタイトな時間になってしまったが、一分一秒を争う状況なのだ。故に、夜を徹して移動するしかなかった。と、そうして彼が飛空艇に帰還すると、丁度一人の兵士が飛空艇の前に立っていた。
「どうされました?」
「ん? ああ、鍛錬でしたか? ガラハド司令よりの伝令です」
カイトの問いかけに軍の伝令が敬礼で応ずる。どうやら応対等から見て、裏方に従事している者では無さそうだった。
「あ、はい。わかりました。オルガマリーさんを呼んできましょうか」
「お願いします」
カイトは伝令の求めに応じて、一度中へと帰還する。こちらも昨夜の内に帰還していたオルガマリーが待機しており、カイトの帰りを待っていてくれていた。
「あら……今、帰ったの?」
「ええ……外に軍の伝令です。話はその後で」
「わかったわ」
オルガマリーは昨夜の事なのだろう、と予想が出来ていた為、カイトの求めに応じて軍の伝令の所へと向かう事にする。
「ええ……ええ……わかりました。では、そのように団員にも」
「ありがとうございます。では、これで」
要件は手短に終わったようだ。幾つかの会話の後、オルガマリーの了承に軍の伝令も頷いて飛空艇の前を後にする。それを見送って、オルガマリーが帰ってきた。
「案の定、ラフネック侯が急病により、しばらく作戦行動を停止とのことよ。心労と移動の疲れが重なってしまったのだろう、とのことね」
「やはりか」
カイトはオルガマリーの言葉に笑みを浮かべる。曲がりなりにも相手は英雄だ。喩えその名を貶めていたとて、功があった事は事実なのだ。であれば、様々な面から考えて拠点があったラフネック家はエルリック一派を体面として説得しなければならなくなる。
その主体となるはずのシャルマンが急病となれば、流石に軍を停止させねばならなかった。ネゴシエーターが体調不良ではネゴシエートも何もあったものではないだろうから、当然ではある。
「さて……それで?」
オルガマリーはどうでも良い話を終わらせると、カイトへと早速先を促した。そもそもその話をシャルマン達に持ち込んだのはカイト達の方だ。わかりきった事を敢えて話し合う必要なぞどこにもない。そして時間は惜しい。これが終わればまたオルガマリーは密かにここを発たねばならないのだ。
「ああ、とりあえず証拠となり得る分は掴んだ」
カイトはユリィの撮影したデータのコピーした物をオルガマリーへと投げ渡す。それを早速、とオルガマリーも確認した。
「あら……あらあら……随分とまぁ、儲かっているのね。まさか、これを使うなんて……あら、こっちもすごい」
オルガマリーは舌舐めずりしそうな顔で内部に保存されていた情報を閲覧する。大半は国王にバレれば拙い内容の物だった。タバコ密造と大麻製造に関しても、確たる証拠とは言えないまでも少なくとも討伐軍の動きを止めさせるだけの力がありそうだった。
「これだけあれば、任務は達成できそうね」
「ああ。後はこの手紙の現物を手に入れれば、依頼は完了だろう」
「そちらは?」
「おまかせあれ」
オルガマリーの問いかけにカイトは何らかの策を考えている事を明言して笑う。既に、この茶番劇の登場人物の大半は彼の演劇の舞台役者に成り下がっている。盗む方法も必然、思いついていた。
「良いわ。じゃあ、こちらは手はず通りに」
「頼んだ。オレはこの数日の間に一度ラフネック家の飛空艇に乗り込んで、王都から派遣されてきた役人への賄賂の証拠を掴んでみる」
「頑張りなさい。こっちは、もう居場所は掴んだわ。数日、頼むわね」
オルガマリーはカイトの今後の方針に頷くと、その場から立ち上がる。ここからは、彼女には彼女にしか出来ない事をしてもらわねばならなくなる。というより、ここからは全員が各個人にしか出来ない事をするだけだ。
「さて……」
オルガマリーが去った後。カイトは一人ほくそ笑む。今のところ、順調だ。とは言え、その次を考えてもう動く必要があった。
「桜! ちょっと後を頼む! ルミオの所に行ってくる!」
「はい、わかりました!」
カイトの求めに桜が応じる。ルミオの所に行く理由は言うまでもない。村人達を避難させる為だ。そうしてカイトは敢えて彼に付けられているシャルマンからの監視に見えるようにしながら、ルミオを一人呼び出した。勿論、会話の中身を聞かせるつもりはない。密偵を更に監視する形でティナが監視して、隠蔽の為の魔術を展開してくれている。
「と、言うわけだ。兵士の知り合いはいるな?」
「ああ、居る。ここに来て一ヶ月ぐらいで、何人か見付けてる」
カイトの問いかけにルミオははっきりと頷いた。やはり今回の一件は地元に近いということで、地元出身の兵士は多く含まれていた。それ故、ルミオ達と同じ村の出身者や該当の村の出身者は早々に見付かっており、ルミオ達とも何度かやり取りをしていたらしい。
「良し……なら、彼らと共に急いで村に避難を促せ。おそらく、もう村には戻れないだろうが……」
「……ああ。わかってるよ。後で兄貴と親父の横っ面ぶん殴るから」
「そうか……おそらく向こうの兵士達もどうするか、と悩んでいるはずだ。こちらがラフネック侯達には言っておく。追手が掛かる事はない」
「……ありがとう。後は任せて良いんだよな?」
「安心してろ……もう、脚本家はオレに変わってる」
カイトはルミオの問いかけに小声で告げて、獰猛に牙を剥いた。そうして、その言葉を信じる事にしたルミオは少し急ぎ足で自分達の野営地へと戻っていく。そこに、監視の一人が降り立った。
「上手く行ったか?」
「ああ、勿論だ。これで彼らが動いて村の自警団と共に全ての村を纏めて避難させてくれるだろう。わかっていると思うが、そこで襲撃は仕掛けるなよ。冒険者達には此方側の手による襲撃だとバレる。まぁ、シャルマン殿はご承知だとは思うが……」
「伝えておこう」
カイトの言葉に密偵も応ずると、そのままシャルマンが乗っている飛空艇へと移動していく。集まった所を一網打尽にするのは良いが、村人の避難への襲撃は流石に大々的な動員が出来るわけではない。
となると、人数から考えてどう頑張っても逃げられるだろう。それを完全に殺し尽くす事はカイト達のような超級の冒険者が動かない限りは不可能と断じて良い。
それで逃してもしまかり間違って討伐軍の野営地にでも来られてしまえば、その時こそ最悪だ。一気に冒険者達が反旗を翻す事になる。襲撃はせずに、エルリック一派の野営地へ向かわせる事だろう。
「さて……後は……」
カイトは去っていった監視を見ながら、密かに笑みを浮かべる。今度は軍の兵士達に紛れて、王都からの役人がどこに居るかを探るだけだ。とは言え、こちらについては問題がない。なにせカイトも表向きは討伐軍に所属しているのだ。自由に出歩ける。更にはティナの支援もある今、密偵を撒くなぞ造作もない事だ。
「良し……じゃあ、また動くかね」
おそらく、賄賂を貰った役人は簡単に尻尾を出すと思われる。来ていなければその居場所を掴んでそれを王都に伝えれば良いだけだし、逆に居れば証拠を掴んでやるだけだ。
そうして、カイトは全ての準備が整うまでの数日間、桜達に表向きの対処を任せて己はユリィ、ティナと共に王都から来ている役人の不正の証拠を掴むべく動く事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1208話『カイトの策謀』




