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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第62章 南の国の陰謀編

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第1205話 若き英雄の苦悩

 タバコ密造に端を発する事件の調査に、南国マリーシア王国へとやってきていたカイト達。そんな中でもカイトはシャルマン率いるタバコ密造を行う貴族達の襲撃を受けて半壊した村の避難民達に混じってタバコ密造の主犯とされてしまったエルリック一派の立て籠もる野営地への潜伏に成功していた。

 そんな彼は共に潜入した翔と別れ、相棒のユリィと共に巡回の兵士に扮して避難民として案内された飛空艇の中を巡回していた。


「さて……まずは外に出るか」

「だね。とりあえずコルネリウスがどこに居るのか探さないと」


 カイトの呟きにユリィも応ずる。翔の目的は父のハンニバル・エルリック。それに対してカイトの目的は息子であるコルネリウス・エルリックだ。まずはその居場所を探す必要があった。そしてその予想については、ティナが教えてくれていた。


「ドローンの調査によると、常には外のテントを拠点としているそうだが……」


 カイトは飛空艇の中を外へ向けて通路を歩いて行く。その道中、カイトは兵士達の様子を垣間見る。やはり兵士達も自分達の苦境がわかっているからか、決して口にはしないものの士気は低下している様子だった。当然の事だろう。だが、これは予想よりも遥かに良い状態ではあった。


「エルリック将軍は英雄と言って良い……かな」

「だろうな……兵士達に落伍者が出ていない。良い指揮官として信頼されている証拠だろう」


 ユリィの見立てにカイトも頷いた。士気は低下しているものの、兵士達の士気は致命的な領域ではない。それどころか、兵士によってはコルネリウスや父のエルリック将軍と共にここで討ち死にする覚悟を決めているような者まで見受けられた。そして決して、彼らは諦めてはいなかった。指揮官が良い証拠だった。


「ふむ……惜しいな。このような将兵は金銭では得られぬというのに」


 カイトは兵士達の様子を見ながら、この部隊が良い部隊であると嘆息する。ここまで良い部隊だ。これを育て上げるのにどれだけの月日が必要なのか、と考えるだけでも頭が痛い。間違いなく、彼らは護国の英雄として数多の苦難に立ち向かってくれるだろう。

 そしてこの兵士を不正が露呈したからと失わせる事の愚かしさに、カイトはただただ嘆きを浮かべるだけだ。と、そんな嘆きを浮かべていたからなのかもしれない。唐突に横の扉が開いた事に気付くのが、一瞬遅れてしまった。


「おい、そこの長髪」

「はっ、少尉! なんでしょうか!」


 カイトは振り向いてそこに立っていたミランダを見て、思わず目を見開いた。が、それを僅かにも見せずに振り払うと、即座にマリーシア王国での敬礼で応じた。ここらは今回の調査に際してマリーシア王国に入るとなった時からサリア率いる情報屋ギルドを通して教えてもらっており、完璧にマスターして来ていた。


「ん? 貴様、どこかで……いや、それはそうか」


 ミランダはカイトを見て何処かで見たような、と思ったらしいが、曲がりなりにも同じ部隊なのだ。既視感がないというのがおかしな話だと考えたようだ。更には敬礼にもおかしなところは何も無かった。故に一つ笑って首を振ると感じた違和感を霧消させる。そうして、彼女はカイトへと一つ頷いて許可を下ろした。


「ああ、すまない。楽にして良い」

「はっ」

「中佐に食事を持っていきたいのだが……何分私も中佐に頼まれた資料を抱えていてな。悪いが一緒に頼めるか。別に二度手間でも良いか、と考えていたが丁度貴様が見えたのでな」

「了解です」


 どうやら、カイト達は偶然にも資料室に似た所で立ち止まっていたようだ。迂闊ではあったが、幸運でもあったという所なのだろう。

 とは言え、事情がわからないわけではない。村人達が追い立てられてやってきたというのだ。戦略の一つも見直す必要はあるだろう。補佐官であるミランダがその為の資料を取りに来ていたという事だろう。


「中佐はああ見えて肉が好きではなくてな。魚の方が良いとおっしゃるんだが……」

「はぁ……」

「ああ……ふむ。どうだ、最近は」

「自分もまだ戦えます」

「そうか」


 ミランダはカイトと道すがら幾つかの事を話し合う。それは例えばコルネリウスの趣向だったり、カイトから現在の兵士達の様子を聞き出したりするような事まで様々だった。


(ふむ……彼女は戦略面での補佐官に近い立場という所か。戦闘向けではないな)


 カイトは会話の中でミランダがコルネリウスの補佐官の中でも事務的な事に優れた者だと理解する。と、そんな会話を幾つかしていると、飛空艇の食堂へとたどり着いた。と、そこにまた別のコルネリウスの側近が居たらしく、連れていたカイトに首を傾げていた。


「あ、少尉……ん? 少尉。そちらは?」

「ああ。道中で偶然ひっ捕まえてな。中佐への食事を運ばせようとな」

「ああ……また、お食事には来られていないですね……」


 ミランダの言葉に別の側近がため息を吐いた。ここら、詳しい事はカイト達末端には聞かせるべきではないと思ったのか、詳細は話される事はなかった。なお、彼もカイトはどこかで見た事があったような、と思ったらしいがミランダと同じ結論に至ったらしい。と、そんな彼が場を譲った。


「っと……それでしたら、お早めに。今日は幸い食料の提供があったお陰で、魚も幾ばくかは入っていますよ」

「そうか……少しでも、これで気が紛れてくれれば良いのだが……」

「そうですね……」


 どうやら、コルネリウスは現状が相当厳しい事を理解しているという事なのだろう。苦悩がここからでも見て取れた。


「っと……では、自分はこれにて」

「ああ……中佐には魚の定食、私には肉の定食を頼む」

「わかりました」

「一応、聞いておくが……お前は?」

「あ、いえ。自分は既に頂いております」

「そうか」


 ミランダはカイトの返答に一つ笑うとそれで良しとする。そうして、少し待っているとカイトの所にコルネリウスとミランダの分のお盆が運ばれてきた。料理人もコルネリウスの様子は把握しているらしく、彼女が居るというだけできちんと全てを理解してくれていたのであった。


「行くぞ」

「はっ」

「落とすなよ」

「わかっています」


 ミランダの忠告にカイトは器用にバランスを取りながら二人分のお盆を運んでいく。そうしてたどり着いたのは飛空艇に囲まれた臨時の野営地の中心、指揮所に当たる場所だった。ティナの報告にあった通りの場所だった。と、そこの入り口に立つと、ミランダが一度立ち止まった。


「良し……中佐。ミランダです」

『……あ、ああ。ミランダか。資料は持ってきてくれたか?』

「はい。入りますよ……お前も入れ」

「はっ」


 カイトはミランダに続いて、指揮所の中に潜り込む。想定していなかったが、これは幸運だった。そうしてそのタイミングで、カイトの腰に取り付けた小袋の中に潜んでいたユリィが密かに出た。


『後は任せる』

『おっけ』


 ここからは、ユリィに任せるだけだ。彼女はティナよりユスティーツィアが考案した撮影用の小型の魔道具を改良した物を貰っており、それで目ぼしい情報を撮影する事になっていたのである。カイトよりも遥かに彼女が見つかりにくい。それを活かすべきだろう。そうして、彼女がテントの屋根の部分に潜んだ一方で、カイトへとミランダが指示を出した。


「そこに置いておけ。後は私が」

「はっ」

「悪いな。また、やってしまったようだ」


 自分とミランダの分の食事を持ってきたカイトへとコルネリウスが少し罰が悪そうに感謝の言葉を述べる。それに、カイトは普通の兵士を装って首を振った。


「いえ……中佐が我々の為に頑張ってくださっているのは理解しています」

「すまん。出来る限りの万全は尽くしている。お前たちにも苦労を掛ける……では、もう下がって良いぞ」

「はっ! では、失礼します」


 コルネリウスはカイトへと感謝と謝罪を述べると、カイトを下がらせる。それに、カイトは一切の淀みを見せずにその場を立ち去っていった。立ち止まる意味も理由も無いからだ。その一方、ユリィはそんなカイトを隠れ蓑にコルネリウスの頭上付近に移動していた。


(ここら辺かなー)


 適度な位置に移動すると、ユリィはとりあえず食事という事でコルネリウスが横に移動させた今見ていた資料を撮影しておく。

 どうやら、コルネリウスは根は大雑把な性格らしい。机の上にはかなり資料は散らばっていた。と、そうしていくつかの書類を撮影していく彼女の前で、ミランダが呆れたようにコルネリウスを窘めた。実は一つだけ、コルネリウスが横に動かさなかった書類があったのだ。


「それは……また、そちらをお読みなのですか」

「ああ……これさえ、無ければな……」


 コルネリウスは非常に疲れた顔で先程まで机の上に置いていた一通の手紙を見る。横には封筒があり、蜜蝋にはラフネック家の紋様が描かれていた。


(うっわー……宛先ミリックス家。ってことは不正のガチの証拠って所かなー……花押押してある……この術式は割符系だから……最後のページにはラフネック家の花押もありそうかな……でも、なんでここに?)


 ユリィはしかめっ面でこれも撮影しておく。どうやら複数の頁に分かれていた様子で、撮影出来たのは一枚目だけだ。

 が、送り主がミリックス家である事だけは確定出来るしっかりとした証明――魔術的な花押の一種――が刻まれており、これを入手出来れば連鎖的にシャルマンを追い込めるだろう、というのが理解出来た。


(うーん……手に入れたい所だけど……難しそうかなぁ……)


 ユリィはなんとかこの手紙の入手が出来ないか考察する。が、それが無理だと判断するのには、さほど時間は必要無かった。


「見ても変わらん事はわかっている……が、これさえ無ければ。親父も巻き込まずに済んだ……」


 はぁ、と深い溜息を吐いて、コルネリウスは手紙を封筒に仕舞い込む。そうして、彼はしっかりと己の服の内ポケットへと仕舞い込んだ。


「ふむ……誰、なのでしょうね。それを送ってきたのは」

「わからん……が、意図的ではあったのだろう。わざわざウチの家紋に魔術で偽装したのだ。開ける事を見越して、な」


 コルネリウスはミランダの問いかけに首を振る。勿論、こんな物がここにあるのだから何らかの事情があっての事だ。が、それは彼らも知らなかったらしい。

 後に聞けばどうやら誰かがシャルマンが送った手紙を魔術で偽装して、コルネリウスの所へと送り届けたらしい。コルネリウスも宛先が自分宛になっていたので特に疑問も無く開いて、そこで中身に仰天したとの事だった。実はカイト達が聞いたエルリック将軍を説得したが逃げられた、というのは逆で事態を把握した彼の父がシャルマンの所に説得に赴いて、そこで逆に罪を擦り付けられて慌てて逃げたらしい。

 とはいえ、ここでシャルマンにとって誤算だったのは、コルネリウスが本物を持っていて父の方がコピーを持っていたという事だ。本物の回収は出来ていなかったのである。


(あー……これは駄目かな。多分、寝る時も離さないタイプだ)


 ユリィはコルネリウスがしっかりと懐に仕舞い込んだのを見て、そう判断する。この手紙は彼らにとって最も忌々しい物であると同時に、ラフネック家とミリックス家が繋がって大麻を栽培しているという確たる証拠になり得る物だ。

 故にもしこれを上手く王都へと提出出来れば、確かにコルネリウス達が一気に形勢を逆転させる事ができる手札にもなり得た。廃棄は出来ないし、厳重に管理するしかない。が、当然シャルマン達もこれを狙っている。動くに動けなかった。


「中佐。まずはお食事を食べてください。今日の昼も食べてませんよね」

「彼らが食べる暇が無かっただけだ」

「それまでは、有ったはずです」

「……すまん」


 ミランダの苦言に苦い顔でコルネリウスが謝罪する。それに、ユリィがニヤついていた。


(うーん……そこはかとなくあの女性から漂う甘酸っぱい香り……恋愛フラグ? 恋愛フラグ?)


 基本的にユリィは二人の会話を録音し、書類の撮影を行うだけだ。故に内心ではそんな益体もない事を考えていた。とは言え、きちんと仕事はしている。なので問題はないのだろう。


(さて、後は……何かあるかなー……)


 ユリィはそんな益体もない考えを中断すると、一度テントの内部を観察する。と、そうして一つの書類が目に入った。これまたコルネリウスが出しっぱなしにしていて簡単に見付けられた。まぁ、片付いていないので逆に資料が多すぎて、どれが重要かわからないのが難点だった。


(これは……)


 ユリィはカメラのズーム機能を使って、バインダーに留められた書類をしっかりと確認する。そうして、段々と顔が険しくなっていく。一枚目でも十分にこの資料の重大性が理解できたようだ。


(……やっぱり。ティナの思った通り)


 書類を確認したユリィは少々の危険を覚悟でバインダーに近づいて、数枚の資料をしっかりと撮影しておく。これはティナの推測を補完する重要な書類だった。そうして、一通り情報の入手に成功したのを見て、ユリィは再度二人の会話の盗聴に移る事にする。


「……中佐。王都からの調査官はどうなるでしょうか」

「おそらく、金を握らされていることだろう。ラフネック侯はそういう奴だ」

「やはり、そうなりますか……」


 若干の苛立ちを滲ませたコルネリウスの推測にミランダもため息混じりに同意する。やはり、ここらシャルマンやライアードの性格は彼らの方がよく理解していたらしい。

 大抵の事を金で解決出来る方法をシャルマンは知っていた。そしてシャルマンがそれを使いこなす者だということをコルネリウスらは、知っていた。

 おまけに中央へのコネはシャルマンの方が大きい。故に、コルネリウスらにはこの展開は疑いがなかった。と、悪い話ばかりもしていられないと思ったのだろう。コルネリウスが僅かに気を取り直した。


「……とは言え、悪い事ばかりではない。村の者達がまた来るだろう。もうしばらく、食料には困らないはずだ」

「それが、救いと言う所でしょうか」


 コルネリウスの言葉にミランダも同意する。やはり籠城戦で、支援の見込みの無い戦いだ。故にこういう形であるとは言え、食料の入手が出来る見込みが立てられたのは彼らとしては喜ばしい事だった。


「おそらく、ラフネック侯の事だ。他の村の者達も食料を手土産に送り込ませようとしている事だろう。一網打尽にするつもりだ」

「かと」

「なんとか、守るぞ」

「はっ」


 コルネリウスの決意に、ミランダも応ずる。それを聞きながら、ユリィはそろそろ潮時だと判断した。長く居てもバレる可能性が出て来るだけだ。幾ら彼女がカイトの相棒だからといって、いつまでも騙せるわけではない。早目に逃げるべきは逃げるべきだった。


(こんなもんかな……良し、撤退)


 ユリィはそう決めると、密かにテントの繊維に切れ込みを入れて潜り抜け、更にそこを己の魔糸で穴埋めして証拠を隠滅する。そうして、彼女は所定の通りにカイトと合流すべく動く事にするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1206話『カイト・介入』

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