第1200話 長い夜が明けて
ラフネック家率いるタバコ密売人達の手勢による領土境の村への襲撃から明けて、一夜。カイト達はひとまず敵の夜襲を恫喝という名の説得により敵側に数名の犠牲者を出すものの乗り切る事に成功する。と、それが終わり夜が明けかけた頃に、村長の息子であるヤハという青年がカイトの所へとやって来ていた。
「一つ、依頼を受けて欲しい」
ヤハがカイトへと密かに告げる。こんな時間に話を持って来るぐらいなのだ。どういう類であれ、話は公には出来ないものだと誰でもわかった。
「依頼、ね。それは話次第、という事にさせてもらおう。こんな時間に来たんだ。誰かにバレちゃ拙い依頼なんだろう?」
「ああ……」
ヤハは一度だけ、深呼吸をして気分を落ち着ける。そうして、彼は意を決して口を開いた。
「俺たちをこの村から逃して欲しい」
「逃して欲しい? 誰からだ」
「……もう気づいているんだろう?」
ヤハは詳細を告げる事なく、カイトへと自分の村が裏で行っている事を問いかける。その目には疑いが無かった。が、ここでカイトは敢えて、とぼける事を選択する。
「何のことだ?」
「タバコだよ……食料庫にお宅の仲間が入ってる。わからないはずはない」
「なるほどね……」
どうやら、ヤハは食料庫へソラが入った事を聞き及んでいたらしい。これは彼の勘違い――勿論、入った事は事実――であるが、それでも彼が明言した以上は村の中にも何らかの証拠があるのだろう。
「オーライ。食料庫には入ったが……残念ながらソラからはそんな報告は上がってない。が、気づいていた事は明言しておこう」
「っ……」
ヤハが思わず顔を顰めた。カイトが敢えて彼に言わせたのは、誤解を避ける為だ。これは公にしてはならない事だ。であれば、相手から言わせた方が良いのだ。とはいえ、わかっているのならそれで良い。だから、ヤハは話を続ける事にする。
「……と、とは言え。気づいていた、という事で良いんだよな?」
「ああ。ルミオの村は知っているな?」
「……そこも、関わっている」
「知っている。その前に一番南端の村にも行っていて、そこまでが境界線だろうと読んでいた」
「っ……」
ヤハはカイトの手練を僅かに垣間見て、自分とは格が違う事を心底理解した。こちらが言いたい事を全て相手は知っていたのだ。
「まぁ、その上で申し訳ないとすれば……襲撃があるとわかっていながら間に合わなかった所か。いや……おそらくガラハド司令が遅らせたな」
「……どういうことだ?」
「昨日の出発間際に珍しく指揮所に呼ばれてな。伝令で済む内容だ。おそらく、万が一にも間に合わないようにする為だったんだろうが……こちらの手札を読み誤ったな」
僅かに訝しむヤハの問いかけにカイトは正直に己の見立てを告げる。そして、これは正解だった。ガラハドがこの案件を知るか知らないかはカイトも知らないが、少なくともその上のミリックス家、更にその上のラフネック家は確実にその意図で告げていた。
その言い分も、予想出来ている。カイト達は討伐軍でも有数の実力者だ。もし万が一にも情報に漏れが生じない様に直々に命じておくように、と言う所だろう。表向きとしても道理としか言えない理由だ。
が、残念ながら今回は相手が天に見放されたという所だろう。村の風下にカイト達が居た所為で伊勢が火の匂いに気付き、彼らが想定するよりはるかに前に行動に移ったのだ。まぁ、伊勢が居なかろうとカナンが居た。どちらにせよ、数分の違いだ。結果は一緒だろう。
「……そうか……」
やっぱり、そんな所なのか。どうやら、ヤハもそこらは想像が出来ていたらしい。ルミオ達が昨日こちらに来た理由は既に村長達に語っている。息子である彼が知っていて不思議はないだろう。そしてそれだからこそ、と彼は意を決して再度カイトに頼み込んだ。
「……なら、もう敢えて言う必要は無いんだろうが……頼む。俺達をエルリック将軍の所に護送してくれ」
「エルリック将軍の所、ね……」
どうやら、エルリック一派は本当に嵌められただけのようだ。カイトはおそらく全てを把握しているだろうヤハの態度から、それを把握する。とは言え、それを確信する為にも彼の知り得る限りの情報を得ておく必要があった。
「話してくれ。オレは今のところ、ミリックス伯の依頼で語られた内容しか知らない。が、それはいわゆる正式発表。嘘を含んでいる事ぐらいわかっている」
「……わかった。長くなるし、誰に見られても拙い。少しだけ、場を移そう」
ヤハはカイトの僅かに嘘の混じった言葉を素直に信じて、近くの誰かの家へと入り込む。住人が避難しているのかそれとも死んだのかはわからないが、鍵は開いており中に人気は無かった。
そうしてそこのリビングに二人は腰を下ろし、カイトが秋の夜明けと身体を温める為の紅茶を入れた所でヤハが語り始めた。
「……今回の一件。タバコの密造で実際に生産していたのは、俺達近隣の村の住人達だ」
まずヤハは密造の実行犯達を明言する。これを明言しない事には始まらないだろう。そして彼は白状してしまったからか、少しだけ楽な様子で語り始めた。
「元々、ここら鉱山の近隣の村は……そうだな。かなり過疎化が進んでいた」
「ルミオ達からも聞いている。鉱山の閉鎖から人は減る一方だってな」
「ああ……そこで、親父やミドのおじさんが集まって、どうするか、って会合がまぁ、年に何度か行われてたんだ。そこに、伯爵の遣いを名乗る男が現れたらしい」
ヤハの言う事は、日本でも不思議のある事ではないだろう。彼らの住まう村は地方の村で、今は目ぼしい産業は無いという。であれば若者達は都市部へ出たり、エネフィアであれば冒険者となって活動の場を広げる事もあるだろう。と言うより、働く場が農業しか無いのだからそれが自然だ。
とは言え、そうして出て行った子供達が村に戻ってきてくれる見込みがあるかというと、あまり無いと言うしかないだろう。それを放置すれば村は滅びるだけだ。であれば、なんとかする必要があった。それを話し合っていたとしても、不思議はない。そして領主の遣いがそこに来ても不思議はないだろう。
「で、そいつが言ったんだ。補助金を増やしてやりたいのだが、その為に村の若者達に一つの仕事を引き受けて欲しいって」
「廃棄された鉱山である作物を育てて欲しい、か?」
「……そうだと思う」
ヤハはカイトの問いかけに僅かに沈黙するも、口調に反してはっきりと頷いた。この事は彼も父から聞かされた程度で、現場に居たわけではないらしい。
「親父達も話に怪しい所は感じてたそうだけど……そいつは領主の正式な書類を持っていてな。今としちゃ、当たり前っちゃあ当たり前なんだろうけど……」
ヤハは自嘲気味に当時の自分達を嘲笑う。領主様なのだからまさか不正な事を依頼する事は無いだろう。大方、何か村の特産品となる物を試験的に作りたいのでは、と思ったらしい。
「それで村で集まって話し合って、領主様の申し出を受けさせてもらおう、って話になったんだ。で、使者の言葉に従って村の男手を駆り出して言われるがままに馬車に乗ったんだ」
はぁ、とヤハがため息を吐いた。そうして、紅茶で口を湿らせて再び語り始めた。
「鉱山の山と山の合間。そこに畑があるんだけど……そこを開梱してくれって事で、村の男手が泊りがけで耕して肥料を持ち込んで、ってして……で、開梱出来た所で今度は種を渡された。何の種か、って聞いたらナスの一種の種だってわけさ」
「なるほど。嘘じゃあないな」
「ああ。俺も育った葉っぱを見ただけじゃ、大きな葉だな、としか思わなかったよ」
カイトの言葉にヤハが笑う。タバコは植物としてみれば、ナス科タバコ属に属する植物だ。使者も嘘は言っていない。タバコの知識が無ければ、地球人でさえタバコの葉っぱとは気付かないほどに特徴はそれぐらいだった。
「とは言え、そこらでやっぱり農家だからか茄子育ててる奴は育ち方が少し違う、って疑問に思う奴も居たけど……実際に茄子に似た花が咲いたから、その頃には殆ど疑問に思う奴も居なかった。葉っぱが大きいからこれは特大サイズの茄子が出来るんじゃないか、って喜んでたよ。けどまぁ、おかしな事に実がなる前に葉を回収するように言われててな。そこで疑問に思う奴は多かった」
「伯爵の遣いはなんて言ったんだ?」
「薬の原料だ、ってな」
「それもまた、嘘じゃあないな」
カイトは思わず笑う。かつて――と言っても百年以上昔という話だが――地球でもタバコは薬として広く流通されていた。エネフィアでも、エルフ達の健康被害が報告されるまではそうであった。単に昔は、という言葉が入っていないだけだ。そうして、一頻り笑ったカイトは先を促す。
「ふむ……それで、何時気付いたんだ?」
「そうだなぁ……確か開墾が始まったのがまだルミオ達が居た四年前の事だから……大体二年前ぐらいか。ようやく、タバコの安定的な生育が可能になった頃だ」
どうやら、この話はルミオ達が居た頃から始まっていたようだ。とは言え、その頃のルミオ達は大凡年齢としては10代前半。馬車に乗っての泊りがけの仕事――しかも開梱なので尚更力が要る――において、男手としては数えられていなかった事は想像に難くない。
おそらくもしルミオの実家が関わっていても主体となっていたのは彼の兄の方だろう。そうしている内にルミオはミドと共に村を出て、今回の一件というわけだろう。
「どうやって気付いた?」
「タバコが安定して生育出来たという報告が出来た頃か。その頃に一度ラフネック侯とミリックス伯が来たんだ。それから少しして、妙な機材と妙な一団が坑道の奥に陣取って、何かをやり始めたんだ。遣いは原料をいちいち運び出しては劣化の原因になるからここで加工まで一気にしたい、外の空気に影響される可能性があるから作業はきちんとやり方を習得させた専門の者達がやる、って」
「なるほどね……情報の露呈を避ける為に関係者を一箇所に集めたか」
「そうだと思う」
ヤハはカイトの推測に同意する。おそらくこの専門の者達というのはラフネック家が集めた何らかの訳ありの者達だと思わえる。もしかすると事情は彼らと同じ者達かもしれない。とは言え、ラフネック家の動きを見ればそちらはおそらく、もう始末された後だろう。
「で……その頃にちょっとその奥の奴らと揉めてな。坑道の奥の暗い所で作業してたからか、奴ら気が立ってたみたいでさ……俺達がそいつらの仕事場に乗り込んだ事があったんだ。で、そこで俺達が何を作らされていたかを知る事になった、ってわけさ」
「なるほどね……で、今度は知ったら知ったでそれをネタに、か」
「……ああ」
カイトの言葉にヤハは沈痛な面持ちではっきりと頷いた。もう知った頃には後の祭り。彼らの作ったタバコは既に流通していて、彼らは図らずもタバコの密造に手を貸してしまっていた後だ。事情が事情なので情状酌量の余地はあるが、何らかの罰則は免れないだろう。そうして、彼は話を最近へと移行する。
「……最近の事だ。いつもは週一回戻る泊まり込みの作業だったのが、全員戻るように指示が出たんだ。こんなこと一度も無かった。で、警戒しながら戻ったら、新聞にいきなりエルリック将軍がこの案件を主導してた、って新聞に報道されて……気づけば、こんな事に……」
ヤハは語るべき事を語ると、肩を震わせる。悔しくもあり、悲しくもあるのだろう。そうして彼は一度目をキツく閉じて、絞り出すような越えで縋るようにカイトへと申し出た。
「……だから、俺達をエルリック将軍の所に送ってほしい……この村はもう駄目だ……」
今回の襲撃は何より、ミリックス家やその上であるラフネック家がどう考えているかを如実に表していただろう。故にヤハも自分達を消すつもりなのだと理解出来たようだ。
「ふむ……」
ヤハの話を聞きながら、カイトは僅かに訝しむ。殺すのなら、山中で殺せば良かった。それをわざわざ戻したのはなぜか。そこが気になった。
(誰も帰らずこの一件が起きれば怪しまれるから……? それにこの様子だと、村中が知っていると考えて良い。なら、一度帰して安心させておいて、か? だとすると、今回の一件はかなり突発で起きた事か? いや、それはそうか……)
カイトは推測に推測を重ねて、なんとか少しでも答えにたどり着けるように想像を巡らせる。そうして気付いたのは、一つまだ分かっていない謎があることだ。
「そう言えば……タバコの畑はあそこにあるんだったな?」
「……ああ」
「次にはどこでやる、とか聞いていなかったのか?」
「次?」
「ああ……おそらくタバコ畑は焼き払うと言っていた。そして焼き払う準備もしていた。であれば、次は何を考えているのか、ってな。奴らがただで終わらせるとは、どう考えても思えん」
ヤハが首を傾げたのを受けて、カイトが詳細を説明する。このタバコ密造はかなり上手く行っていたと言って良いだろう。であれば、次に何かを考えている可能性はあった。
「そう言えば……なんだったかな。タバコの事を知るより少し前ぐらいにミリックス伯から麻の栽培をやっている農家は知らないか、って聞かれた事はあるな……」
「麻……? なぜいまさら麻なんか……」
ヤハの情報にカイトは首を傾げる。が、そうしてふと、数年前に地球で少し話題になった事を思い出した。
「いや……待て……麻……っ!」
カイトはその答えに気付いて、目を見開いた。確かにそれなら、タバコ畑を焼き払うのにも彼らを帰らしたのにも躊躇いが無い事にも理解が出来たのだ。それどころか居られては邪魔なのだ。
そして殺すわけにもいかない。この案件を隠れ蓑に、おそらく機材の運び込みを行っているはずだ。死体を運び出す余力なぞないだろう。
勿論、死体をそのまま坑道に放置なぞ魔物を生み出す原因になりかねないので厳禁だ。最悪は誰かが堕族になれば、それこそ隠蔽も何もあったものではない。堕族の能力は非常に高い。そして原因も限られる。
幾ら周辺の貴族が集まろうと、そんな事になれば流石に王国も直接調査に動かさざるを得ないだろう。隠蔽は難しくなるし、勿論堕族との戦闘で坑道も崩れるだろう。
「そうか! 坑道の更に奥を使いたいのか! ラフネック侯が出て来たのは、表向き管理権限を譲渡する為の方便! であれば……」
狙いは大麻。カイトはラフネック家の思惑を理解する。大麻の栽培は日本でもよく話題になっているが、室内でも出来るのだ。魔道具があり専用の設備を整えさせる事が比較的容易なエネフィアでは、それこそ廃棄された坑道でだって出来る。それどころか坑道だ。優れた換気設備は備わっているし、それがあった所で誰も不思議には思わないだろう。
そしてこの事件があって厳重に封鎖されている、と言えば誰も疑わない。勿論、冒険者達だってそういう事情ならば、と立ち入る事はない。その後のことも考えた対処だった。
「エルリック将軍はその証拠を握ったか」
それなら、ここまでするのも納得が出来る。地球でもそうであるが、タバコと大麻であれば大麻の方が遥かに厳罰に処される。大麻、ひいては麻薬になると最悪は死刑となる国だってエネフィアにも珍しくない。皇国もその一つだ。が、その分当然、値段は桁違いだ。
おそらく、エルリック一派がその証拠を偶然にも掴んでしまったのだろう。そうでもなければここまで貴族達とて無茶な行動はしない。であれば、と筋が通ったのだ。
「……どうしたんだ、急に……」
「少し待ってくれ。考えを纏めている」
驚いた様子のヤハに対して、カイトは左手を前に突き出して制止を掛ける。そうして、急速にどうすべきかのアイデアを纏めていく。そして出た答えは受けるべき、だ。
「……受けても良い。が、それはお父上の意思か?」
「……親父は駄目だって。この村を捨てられない、って……だから、希望者だけで良いんだ」
「……いや、それは出来ない。やはりもう一度、お父上に掛け合ってみるべきだろう。もし了承が取れたのなら、その時はこちらも冒険者として空き時間を使う形にして、そちらを送り届けよう」
「本当か!」
ヤハがカイトの条件付きの応諾に目を見開いた。勿論、これにも幾つもの理由や他の条件があっての事だ。とは言え、それは今は語るつもりはない。
「とは言え、それも貴方がお父上を説得出来たらの話だ。詳細な条件やその他の幾つもの作戦は話し合う必要がある」
「わかった。それは任せてくれ」
「……なら、良い。それと、わかっていると思うが話し合いができないからと父君を傷付けるような事があれば、オレ達はこの話から降りる。それはわかっておいてくれ」
「ああ」
ヤハはカイトの言葉にはっきりと頷いた。彼としても父親を殺してまでしようとは思わない。そうして、ヤハは早速と自宅へ戻り、カイトはそのまま残ってティナへと連絡を入れて少し策を打つ事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1201話『逃走』




