第1199話 長い夜が明ける前に
襲われた村の救援を終えて、その夜をそこで明かす事になったカイト達囮組。そんな彼らの中でもカイトとソラはこの夜にもう一度の襲撃がある事を予想して、全員が――と言っても囮組の大半は起きていたが――寝静まった頃に密かに行動を開始する。
「カナン……万が一は全力を出して構わん。魅衣と桜は頼んだ」
「はい、マスター」
カイトからの指示にカナンが頷く。彼女が『月の子』として本気を出せば、軽くここら一帯の敵を殲滅出来る。遊ばせておく道理はない。そして彼女の鼻も非常に有用だ。
常識的に考えてカイト達の野営地があるので一番襲撃が有り得ないと思われるものの、同時にあり得た場合は一番熾烈な事になると想定出来る正門を彼女に預けたのは当然だった。
「桜、魅衣。お前らはとりあえずこの村全域に薄く警戒用の結界を二人で展開。万が一にも漏れの無いように頼む」
「はい」
「桜。じゃあ、私はちょっと動くわね」
「はい」
桜は魅衣が何枚かの札をひらひらと動かしたのを見て頷いた。魅衣の背には彼女の魔糸が引っ付けてあるので、もし万が一敵に遭遇した場合はそれで分かる。その場合には更に彼女の魔糸が即座に魅衣の周囲を覆い防御壁の役割も果たしてくれる事になっていた。そうして、そちらの動きを見ながらソラへとカイトは頷きを送る。
「さて……ソラ、お前は北を頼む」
「おう……由利」
「ん」
ソラの求めを受けて、由利が静かにその場を後にする。見晴らしの良い所を確保すべく動いたのだ。狙撃手である彼女は敵に先んじて動いておく必要があった。そうしてそれを見送って、ソラも動き出す。
「じゃあ、行ってくる」
「ああ……ユリィ」
「うん、わかってる」
カイトの求めにユリィが応じて、大型化する。ここでは一度も大型化していないし、更には神使としてのローブも身に纏った。これで顔はバレないだろう。
「さて……オレも行きますかね」
全員が動き出したのを見て、カイト自身も動き出す。敵が来るか来ないかは賭けだし、更には戦闘になるかならないかも賭けだ。が、戦闘になれば碌な事にはならないだろう。確実に血は流される。そしてその音で村人達にも襲撃が気づかれるだろう。
そうなれば、パニックに陥りさえしかねない。パニックになって逃げ惑われるのが一番困る。カイト達は寡兵。散り散りになった村人達全員を守り抜ける事は物理的に不可能だ。
「故に、一手打たないと駄目なんだよな……」
カイトはそこらに思い馳せながら、その一手を打つべく地面に手を当てる。地の利はこちらにあるのだ。利用しない手はない。
「……こんな所か。後は、敵がバカじゃない事を願うのみだな……」
守るべきがどちらかというのは、把握している。であれば、殺すべき時には容赦なく殺すだけだ。が、それも敵がバカで無ければ、というだけの話だ。
「脅し、威し、嚇し……領主の戦い方を見せてやろうか」
カイトは手と首を鳴らして、神使としての漆黒の黒衣を身に纏って闇の中に潜む。後は、敵を待つだけだ。そうして待つこと、数時間。存外、その時は遅かった。
草木も眠る丑三つ時を越えて一時間。朝もまだ遠く、しかし真夜中も随分遠くなった頃だ。村の誰もが寝静まり、警戒も随分緩んだ時に村に近づく黒衣の集団の姿があった。
どうやら黒衣は特殊な魔術を織り込まれた特殊な素材らしく、存在感はかなり希薄だった。顔も目の部分を除けば漆黒の布で覆われており、黒衣の効果なのか足音やらの物音も殆ど消せる優れものだった。が、その程度で気付かないカイトではなかった。
「……」
「「「!?」」」
ぬっ、と唐突に闇の中から現れたカイトの姿に、黒衣の集団が思わず足を止める。そんな敵に、カイトが問いかけた。
「……まさか、そんな姿で正規軍なんて言わないよな? しかも西側だ。ラフネック領から正規軍が来るとは、聞いていないな」
「……」
どうやら、敵は待ち構えられていた事は想定していなかったらしい。年若い冒険者と見て甘く見ていたのだろう。故にどうすれば良いか咄嗟にはわからず、僅かに逡巡が見えた。
が、事ここに至っては相手もすべき事はわかっている。ラフネック家からの命令は村を皆殺しにしろ、だ。故に集団の隊長らしき者が僅かに浮足立つ部下達に顎で命じて、即座に暗殺に取り掛からせる。が、そうして動いた一人の鼻先を掠めるように、地面から武具が顕現した。
「……この程度の兵力では足りんな。オレを相手に殲滅戦なら、この100倍は連れてこい。それでオレ以外は殺せるだろうよ」
「っ」
顔を覆っていた布が裂けて、暗殺者の顔が露わになる。それに咄嗟に暗殺者の一人が顔を隠すが、別にカイトは敵の顔に興味はない。
「……」
安易には踏み込めない。それを見た隊長格が再び顎で、今度は全員で一斉に取り掛かるように命ずる。が、それにカイトは再度、その人数分の武具を顕現させる。勿論、軌道は鼻先を掠めるようにして、だ。
「……で? 罠に掛けられてるってそろそろ気付けよ」
流石に全部が鼻先をかすめられては暗殺者達も足を止めるしかない。故に全員が再び一斉に足を止めたのを受けて、カイトは再度告げてやる。
あの時、カイトが手を当てたのはこれを作る為の魔法陣を地中に埋め込む為だったのだ。それこそ、やろうとすれば彼は次の一瞬で敵を皆殺しにする事だって出来たのである。
「ああ、それと……一応言っておくが。この近辺全域に顕現可能だぞ。反対側も一歩でも近づけば……わかるな?」
カイトは敢えて、村の反対側で武具を一つ顕現させる。流石に魔法陣をそこまで大規模に埋め込んではいない――バレかねない為――のでこれは単なるブラフだが、それでも敵にはわかりっこなかった。
故に敵の隊長格は今度こそ、どうすべきか悩むしかなくなった。ここで一度引いて別の所から、というわけにもいかない。敵にはこのカイトの言葉がブラフか真実かなぞわからない。であれば、カイトを討ち倒す以外にはどこからも攻められないのだ。
そうして僅かに起きた停滞を受けて、カイトはさらなる脅しを掛けるべきか否かを見る為に一度敵の全体を観察する事にする。
「……ん?」
カイトは敵の顔を見ていて、その中の一人の若い暗殺者の顔にどこかで見たような既視感がある事に気付いた。それを受けて、若い暗殺者が咄嗟に顔を隠す。が、僅かに遅かった。
「っ」
「……」
なるほど、とカイトは確信する。若い暗殺者の顔を何処かで見たと思ったのは、当たり前だった。ライアードの所で見せられた映像の中で自爆した筈の兵士だった。
大方、あれはフェイクという事なのだろう。爆発する事がわかっていれば、そして予め決められた手はずであったのなら、爆弾に対応した障壁や何らかの魔術を展開して離脱する事は兵士達の腕前でも十分に可能だ。
(ふむ……であれば、エルリック一派がタバコ密造の尻尾を掴んだ、という可能性もあるか……)
敢えて英雄と呼ばれる者に対して暗殺者を潜り込ませて貶めたのだ。タバコの密造に関する何らかの証拠を彼らに掴まれて、逆に貶めたという可能性は十分にある。
英雄を貶めるというのは国としてデメリットが大きい。英雄というのは国の看板。それに泥を塗るというのは国からすれば絶対に避けたい事だ。普通なら国が率先してタバコ密造を隠す――勿論、外に露呈する前に密かにやめさせはするだろうが――のがこのように露呈させた事を考えれば、エルリック一派は本来は不関与で逆にラフネック家の不正の証拠を掴んでいた可能性があった。
「っ」
その一方でどうやら、若い暗殺者も自分の素性というか裏でやっていた事がバレた事を把握したらしい。何かを隊長格へと耳打ちする。
「……」
耳打ちされた隊長格は思わず黒衣の上からでも分かるほどに顔を顰め、ぎりっ、と音がなる程に歯噛みする。正体がバレた以上、もうカイト達も消すしかない。逃がすわけにはいかなくなった。
もしカイトを逃がせば、そして万が一この若い兵士が捕らえられれば、その時は逆に自分の主達が苦境に立つ事になる。そしてカイトがそれを狙うぐらいわかっている。が、この状況だ。普通にカイトに戦いを挑んだ所で犬死だ。
「……」
行けば、確実に死ぬ。既に自分達が完全にカイトの手のひらの上だと理解した。が、戻れば主達が苦境に陥る。完全に進退窮まる状況に隊長格はどうする事も出来なかった。そんな停滞を受けて、カイトは敵の顔も見飽きたので他の状況を念のために問いかけておく事にする。
「ソラ、そっちはどうだ?」
『にらみ合いって所だ……そっちが動けないのを見て、動いてないっぽい。多分、連絡が入ってるっぽい』
どうやら、ソラの所は話し合いも無く睨み合っているらしい。曲がりなりにも彼は仲間をあの飛空艇からの魔弾の雨の中で無傷で突破させられたのだ。敵も引いている間にこちらの情報を入手しているだろうし、それ故にそれも承知している事だろう。であれば、こちらも迂闊には攻め込めない事がわかっているはずだ。
「ユリィは……問うまでもないな」
カイトは気配だけで、既にユリィが敵の兵士達を全員密かに捕縛している事を理解してほくそ笑む。幾ら戦闘向きでなかろうと、彼女の手に掛かればたかだか数十人の兵士達を密かに捕らえる事なぞ造作もない事だった。
なお、勿論敵にそれを気付かせてはいない。そして戦闘にならない限り、捕まえるつもりもない。カイトの目的はこの時点で彼らの討伐ではなくなっている。彼らを利用してやる事だ。そうして、カイトはついでに野営地側の気配も探っておく。
(野営地は……やはり避けたか)
敵の予想ではカイトはこちらに居るはずだったのだろう。故に避けるのは当然だろう。そうして僅かに状況を探っていたカイトであるが、探りが終わった事とティナが密かにドローンで全員の顔をしっかりと撮影したのを受けて敵の動きを促す事にした。
「で? どうするんだ? このまま待った所で、状況は変わらんぞ」
「……撤退だ」
もうどうしようもない。このまま進んだ所で犬死なのだ。故に隊長格は全員に向けて任務の放棄を宣言する。彼らとて死ぬつもりはないし、任務が達成出来ない事がわかっているのに死ににいくようなバカでも無かったようだ。
「……」
暗殺者達は不承不承という感じではあったものの、流石に隊長格の言葉に従うしかないと判断したようだ。音もなくその場から離脱していく。それを見て、カイトもまた野営地へと戻っていく。
それから、少し。一時間か二時間が経過して夜明けが近づいた頃だ。カイトは闇の中で右手の人差し指と中指をくんっ、と上に持ち上げた。
「……だろうよ」
おそらく消し飛んだ敵の数名を見る事もなく、カイトは結果だけを知覚する。時間をずらしてみたらしい。が、その程度が気付けぬカイトではなかった。
「……バカな奴らだ」
おそらく、この行動は敵の隊長格も見ていただろう。そして部下がやられた以上、もうどれだけ待っても一緒だと敵も理解した。これ以上の襲撃はいたずらに兵力を消費するだけにしかなりえない。今度こそ、完全に引いただろう。
「全員、もう引いていいぞ。テントに少々細工しておいた。それで十分に眠れるはずだ。休んでおけ」
カイトはヘッドセットを通して全員に撤退と休息を命ずる。後は桜と魅衣が張り巡らせた結界で十分だろう。そうして、カイト達は野営地へと全員で帰還する事になるのだった。
と、今度はソラ達さえも寝静まった頃だ。カイトは一人、野営地の外に出ていた。というのも、来訪者の気配があったからだ。とは言え、今度は外からではなく内側、つまりは村からだ。
「……あんたは確か……ヤハさん……だったか?」
「ああ……こんな時間なのに起きていたのか?」
「寝ずの番、という所だ。こんな事があったからな。万が一だと思ってくれ」
ヤハの問いかけにカイトは笑いながらそう嘯いた。どうやらヤハも戦闘に気付いた様子はなかった。故に普通に頷いた。
「そうか……悪いな、こんな時間に」
「いいさ……それで? わざわざこんな時間に来たんだ。何か用があるんだろう?」
「……ああ。一つ、依頼を受けて欲しい」
「依頼、ね」
カイトは内心で僅かにほくそ笑む。こう来るだろうな、とは思っていたのだ。だから、暗殺者達は捕らえず帰した。そしてであればこそ、そこに突破口があった。
「それは話次第、という事にさせてもらおう。こんな時間に来たんだ。誰かにバレちゃ拙い依頼なんだろう?」
「ああ……」
カイトの問いかけに答えるヤハの顔には迷いは無かった。おそらく今までの間ずっと悩み続けて、そしてその結論が出たのがついさっきという所なのだろう。そうして、彼の口からカイトの望み通りの依頼が語られる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
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