第1198話 長い夜の始まり
ラフネック侯率いるエルリック一派討伐軍の秘密部隊により襲われた村の救助活動を行っていたカイト達は、討伐軍司令ガラハドの許可を得てその日はその村で野営をする事になっていた。
そうして手早く野営の準備を整えたカイト達であるが、やはり誰もが沈痛な面持ちで何かを語る雰囲気ではなかった。とは言え、村を救ってくれた相手だ。村長が僅かばかりでも、と酒の差し入れを持ってきてくれた。こんな場面で酒。そう思うかもしれないが、これにはきちんと理由があった。
「ありがとうございます。ほんの心ばかりですが……」
「いえ、別にこの様な物を頂くわけには……」
村長の申し出にカイトは大慌てで首を振る。確かに彼も酒は好きであるが、こういう場で頂ける程、豪胆でも礼儀知らずでもない。が、それに村長が首を振った。
「いえ……本来なら、食事でも振る舞えれば良かったのですが……こちらはもう、飲む者は殆ど居ないでしょう」
「……わかりました。そういうことでしたら」
村長の悲しげな顔に、カイトは言わんとする所を理解した。男達の大半は村を守ろうとして武器を取り、死んだそうだ。そして男が死ねば、必然として酒の減りも少なくなる。有った所で無駄だったし、食料庫に入って減らない酒を見る度に惨劇を思い出したくもないのだろう。
「ありがとうございます」
「いえ……ああ、そうでした。ガラハド司令より、軍は明朝出発する、と。昼には到着するでしょう」
「……そうですか。ありがとうございます」
村長はカイトからの言葉に安堵とも違う複雑な面持ちで礼を述べる。と、そんな彼の横、一人の青年――彼が酒を運んでいた――がルミオ達に礼を述べた。
「ルミオ。お前達もありがとう」
「あ、ヤハさん」
青年に気付いたルミオが慌てて立ち上がる。彼が、ルミオの顔なじみという青年だった。彼も戦いはしたらしい。腹を槍で貫かれて危うい所だったのだが、幸い内蔵は傷ついていなかった事と間一髪でメイが見付けて炎魔術で強引に止血したお陰でなんとか助かったとの事だ。とは言え、まだ傷口は閉じているわけでもない。無理は禁物だ。
「駄目ですよ。寝てないと……俺も冒険者ですから、どれぐらい酷い傷がわかります」
「あはは……だから、だよ。今は少しでも……」
ルミオの制止に対して、ヤハは泣きそうな顔でそう告げる。その後に続いただろう言葉はおそらく、気を紛らわせたい、という所だろう。その言葉に、ルミオも思わず顔を歪ませた。何人も見知った者が死んだのだ。そう思いたくなるのも、無理はなかった。
「っ……」
「ルミオ……ソラと一緒に送っていってやってくれ。安全だとは思うが……物見も居ない。魔物が入り込んでくる可能性もあるからな」
ルミオの顔を見たカイトがソラに村長とヤハを送っていくように頼む。それに、ソラがルミオを促しながら立ち上がった。
「おう……ルミオ、行くぞ」
「あ、うん……」
「ありがとうございます。お手数おかけします」
ルミオとヤハのやり取りを見ていた村長はルミオも少し動いた方が気が紛れると思ったようだ。有難くカイト達の言葉に甘えさせてもらう事にする。そうして、二人は幸い比較的無事だった事で一時避難場所の一つになっている村長宅へと村長とヤハを送り届けた。
「ありがとうございます」
「いえ……こちらこそ、飲み物をありがとうございました。それと……もう夜も更けてきますから、あまり出歩かないように」
村長の言葉に応ずると、ソラは一応の所言い含めておく。避難所となっているのは村の中心部だ。外周部には人は居ない。
襲撃が周囲を包囲して行われた所為で、村の中心部程被害が小さかったのだ。そしてその外周部の外れにカイト達は拠点を構えている。中央にもし敵が忍び込めば、カイト達が気づけ無い可能性はあった。
「ええ、ありがとうございます」
「では」
「はい」
ソラは村長に断りを入れて、ルミオと共に村長宅を後にする。そうして、外に出た所でルミオが悲しげに上を見上げた。
「物見櫓……ボロボロだなー……」
「ん?」
「ほら、ウチ商家だからさ。よく近隣の村には行ったんだ……で、小さい頃にはここに来る度にヤハさんにあそこに登らせてもらってさ……」
ルミオは懐かしげに、そして悲しげに焼け落ちた村外れの物見櫓を見る。ここが一番被害が大きかった。
「……ちょっとだけ、寄ってくか?」
「……良いか?」
「ああ」
ルミオの申し出に、ソラが少しだけ微笑んで頷いた。それで少しでも気が紛れるのなら、それで良い。そうして、二人はしばらくそちらで時間を潰す事になる。
「……直せるかな?」
「……さっすがにここまで行くと駄目だろ」
ルミオの言葉にソラが少しだけ笑う。それにルミオもそうだよな、と悲しげに笑った。とは言え、まだなんとか原型は留めているし、体重さえ制御しておけば登っても大丈夫そうだった。故にルミオは思わず、その上に飛び乗った。
「……おーい、こっち」
「おいおい。流石にこの鎧だと崩れるって」
「あ……そうだな」
最後になるかもしれない眺めを見せてやろうと思ったらしいルミオであるが、ソラの返答に確かに、と思い直した。彼は軽装備。それに対してソラはまだ武装を解いていなかった。そうして、ルミオは変わり果てた馴染みの村を一瞥する。
「……ん?」
そうして一瞥していたからだろう。ルミオはふと、先程会った二人が村長宅の横の物陰で話しているのを発見する。
「……話してる……にしちゃ物々しけど……」
なんなんだろう、とルミオは首を傾げる。僅かにヤハが怒っているような感じがあったらしい。と、それに疑問を抱いた所で、ソラが声を上げる。
「おーい、そろそろ帰るぞー」
「あ、ごめん」
こんなことがあった後だ。色々とヤハも気が立っているのだろう。ルミオはそう思う事にして、物見櫓から降りる。そうして、二人は連れ立って臨時の野営地へと戻る事にするのだった。
と、そうして戻った後。ソラはルミオ達にバレないように確認したある事から確信を得て、カイトに確認を取るべく彼の所へ向かっていた。そこではどうやら焚き火を全員で囲っているようだった。
カイトは桜と魅衣と肩を寄せ合っていた。勿論、肩の上にはユリィも一緒だ。その魅衣の横にはカナンが座っており、とある意味ではいつも通りの光景だった。と、そんな様子の彼らには悪いと思いながらも、ソラは少し小声で申し出る。
「……カイト。ちょっと良いか?」
「ん?」
「ちょっと気になる事があるんだ」
「わかった……三人共、少しすまん」
ソラがカイトへと手招きをする。どうやら、聞かれたくない類の話らしい。そうして、二人は野営地の外れへと移動する。
「なんだ?」
「いや……ちょっと気になってさ。これ……あそこの倉庫にあった」
「魔石か……」
カイトはソラから差し出された魔石を手にとって確認する。あそこの倉庫というのは、ソラが少年と共に移動する間に見つけた倉庫の事だ。実は彼は一度密かにそこに向かっていたらしい。そうして、彼はカイトへとその魔導具の推測を述べた。
「……軍用、だと思うんだけど」
「……ああ、軍用だな。エンテシア皇国の軍需産業が出している製品だ。ヴィクトル商会も取り扱っている。多くの国が制式採用している物だ。いわゆる、手榴弾なんかと見て良いな。だが、これは……多分、独自の改良がされているな。詳しくはわからんが、おそらく爆発より爆炎に特化させているんだと思う」
「そうか……」
ソラはカイトからの返答に一気に顔を顰める。それに、カイトはソラへと問いかけた。
「どうした?」
「なぁ……この襲撃ってもしかして、さ……討伐軍の兵士なんじゃねぇの?」
ソラは真剣な目で若干の嫌悪感を滲ませながらカイトへと問いかける。それは疑っている様子ではあったものの、確信もしている様子だった。それにカイトは僅かに悩むも、理由を問いかける事にする。
「どうして、そう思った?」
「エルリック一派ってさ……食料に事欠いてるんだよな?」
「ああ、そうらしいな」
「……なら、食料庫を焼き払うのは有り得ないだろ」
ソラは己が確信を得た理由を隠すこと無く述べる。彼が少年を預けた倉庫は、村の食料庫だった。それ故、疑問を得たのである。そこを襲うのは、まぁ良いだろう。不思議はない。
が、それを完璧にかつ完全なまでに焼き払おうとしたことが、どうしても腑に落ちなかったのだ。しかも食料は一切奪った形跡がない。扉が外からも内からも開けられない様に壊されていた所を見れば、奪おうとした痕跡も無かった。それに、カイトはソラがもう勘付いている、と白状する事にした。
「……おそらく、そうだろう。村長とさっき話していた時、討伐軍に報告を入れると言った時に焦っていた。そしてさっきの村長の顔……あれは安堵じゃなくて諦観だな」
「っ……なんでだよ!」
事情が理解出来ず、ソラが思わず声を荒げる。それは仕方がなかっただろう。それに、カイトは小さくこの村の秘密を語る事にした。
「おそらく、この村もタバコを作っていた。いや、この村の人達が、か」
「え?」
カイトから来た返答にソラが思わず呆然となる。まさかそんな事が起きているとは思いもよらなかったのだ。
「鉱山付近の村の住人達を動員して、タバコを作っていたんだろう。大方、出稼ぎって所でな」
「……じゃあ、口封じって事か?」
「確実に、な」
ソラの問いかけにカイトははっきりと頷いた。そうして、彼はユリィが見つけた肥料をソラに見せる。
「中を見てみろ。ルミオの故郷にあった物だ」
「?……なんだ、これ?」
「タバコ屑という肥料だ。地球じゃ普通に肥料として使われている。エネフィアでも肥料は合法だが、タバコが違法だから滅多に出回らない物だ。しかもそれはティナの解析によれば、精錬の出来が悪い違法品だそうだ。翔の調査でもタバコの工場にタバコ屑が山ほどあったらしい。タバコを密造する際に出た一部を肥料として使っていたんだろうな。まぁ、地球とは違ってタバコが一般的で無いこの世界だから彼らがタバコ屑を知っていたかは知らんが……タダだ。使わない手は無いんだろう」
「っ……」
確たる証拠をカイトより提示されて、この一件が疑いない事をソラも把握する。そうして出たのは、一つの疑問だった。
「……だからってここまでする必要があるのか?」
「……タバコがこの世界でどれだけ排斥されているかを知れば、わかるもんだ。マクダウェル領だと厳罰だ。その生産国ともなればエンテシア皇国は敵に回すだろうな」
「そう……なのか? 身体に悪いってのは聞いたことがるけど……」
カイトの言葉にソラはどこか憮然とした様子で問いかける。憮然としていたのはやはり、ここまで非道な事が見えてしまったからだろう。そこまでする事なのか、と思わざるを得なかったのだ。
「クズハ達にとっちゃタバコの煙は毒ガスも一緒だ。タバコを作るってのはエルフ達にしてみりゃ自分達は毒ガスを開発してます、って言っているようなもんだ。ハイ・エルフの女王にして勇者の義妹クズハを神輿として担ぎ上げている皇国が許すと思うか? エルフ達への示しも含めて、経済制裁は元より、最悪は武力制圧もやらざるを得ん」
「……」
カイトの言葉は道理だ。エルフ達にとってタバコの煙が毒ガスにも等しい。であれば、カイトの言う通り副流煙は毒ガスで、その発生源となり得るタバコは毒ガス発生装置としか言い得ない。
地球でも大量破壊兵器を開発しているかもしれない、というだけで戦争を起こせるのだ。それが確たる証拠が揃えば、動かざるを得ないだろう。
しかもそれが幾つもの保護国を抱える大国であればなおさらだ。他国に示しがつかないからだ。貴族も居る関係で、この世界は地球以上に大国の面子が重要視される。動かねばならないのである。
「そしてそれなら、わかろうもんだ。毒ガスを開発しているのを知られているのなら、消すさ。エンテシア皇国に喧嘩を売る、なんぞマリーシア王国の国力から言えば自殺行為も良い所だ。だから国にバレないように目撃者は敵に殺された事にして消そうとしたわけだ」
「……自業自得、って事か……」
ソラはカイトの言葉から、これがこの村の自業自得なのだと理解した。そう、結局はそうとしか言い得ない。カイトでさえ、それは否定しない。否定出来る事ではないからだ。タバコの密造に関わった彼らが、先見の明が無かったというだけである。
勿論、それでも彼らにも言い分はあるだろう。大方ライアードが上手く言い含めての事なのだろう。見る限り、そして聞き及ぶ限りでは彼らは善良と言える村人だ。だが結果が全て。犯罪に関わった末路なぞ、こんなものなのだ。
「……なぁ、この人達はどうなるんだ?」
「……一応、幾つか考えてはいる。居るが……」
カイトはどうすべきか、と悩みそれから先を口にしない。そのかわりに、わかりきった事を口にした。
「難しい話だ。ここは、エンテシア皇国ではない」
カイトは夜空を見上げ、ため息を吐いた。エンテシア皇国での彼は本来は公爵だ。大抵の無茶は通せるだけの土壌は作り上げたつもりだし、無茶はしていくつもりだ。が、他国で出来るはずもない。
「……相当厳しい決断を迫られるだろう……オレ達も、彼らも」
「彼ら?」
「村の住人達も、だ」
ソラの問いかけにカイトは村を見る。そこかしこで誰かのすすり泣く声が響いていた。が、襲撃は終わったわけではない。
「……オレ達がここを動けば、確実にまた兵士達が来るだろうな」
「っ……」
カイトの言いたいことをソラは理解していた。故に、彼の顔は辛そうに歪んでいた。
「助けらんない、のか」
「……賭けになる。そして賭けに負ければ、最低でもこの村の住人は皆殺しの憂き目に遭うだろうな。最悪は五つとも、だ」
カイトは暗く陰鬱とした村を見回して、結論だけを述べる。現状、彼に出来る手は一つだけ。しかもかなり分の悪い賭けだ。が、明日にはおそらくガラハドの送る増援が来るだろう。
となると、カイト達は即座に村から退去するしかない。相手はなにせ正規軍。正規軍が来た以上は冒険者が留まる理由が無い。後は、カイト達が居ない事を良いことに証拠隠滅だろう。
「賭け?」
「ああ……賭けだ。伸るか反るかはわからん。本当に大博打だ。そして、賭けの一発目は……」
「近い、か」
「ああ……ソラ、由利と共に北口を。野営地は村の正門付近。桜にも言い含めている。こちらは問題はないだろう」
「お前は?」
「東を。ユリィが西だ」
「わかった」
カイトの言外の言葉に、ソラが頷いた。既に仕損じているのだ。下手をすると情報の露呈があり得る。確実に夜襲を狙ってくるだろう。そうして、二人は闇に乗じて密かに動き出すのだった。
お読み頂きありがとうございました。
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