第108話 弟子入り
西町の酒場『英雄の留り木』にて一同で食事をしている最中、ふと魅衣が家庭科部の依頼を思い出した。
「ねえ、ミニスちゃん。レシピ本とかって無いの?」
「レシピ本ですか?ごめんなさい。うちの勇者メニューは秘蔵レシピなので……一応何年か修行して認められた人には伝授しているらしいんですが……」
魅衣が勇者メニューのハヤシライスを食べていたので、勘違いされたらしい。ミニスが苦笑して、やんわりと無理だと告げた。それに、魅衣が笑って言い直す。
「ああ、ゴメン。そっちじゃなくて、普通のメニュー……家庭料理とか郷土料理とかのレシピ本の事。」
「ああ、それでしたらウチも出してますよ。」
そう言って立ち上がり、雑誌が置いてある棚の方へ行くミニス。が、探しても目的の書籍が無かったらしいので、顔を上げると厨房の方へと声を上げる。
「あれ?てんちょー、ウチのレシピ本ってどこですー?」
「あれ?並んでないかー?」
「ありませんよー。」
ミニスが再び探し始めた為、ヒョコ、と顔だけ厨房から出した店長。声がかなり渋かったのでそれなりに年がいっているのかと思っていたが、見た目30前後のダンディな男だった。料理人風衣装をバーテンダーの衣装に変えれば、バーのマスターでも通用しそうな顔であった。と言うより、どちらかと言えばそちらの方が似合いそうなダンディズムを感じる男である。
「ん?おい、誰か持ってってないか?」
そう言って再び厨房に戻っていった店長。どうやら厨房に居る他の従業員に確認してくれるらしい。
「あ、店長ってあんな顔なんだ。」
店長を知っているリィルを除く全員が、もっと年上のごついおっさんを想像していたのだが、渋いのは声だけであった。そうして、見えた顔にカイトが大昔を思い出して思わず笑う。
「初代店長にそっくりだな。まあ、初代は髭とか無かったけどな。」
「あれ、似合わないよねー。無理して年食って見せてるの。」
ユリィは彼がまだおしめをしていた頃から知っており、その成長をずっと見守ってきていた。なので、彼が何故髭を生やしたのか、なども熟知していたのである。ちなみに、その理由は跡目を継ぐにあたって、どうにかして貫禄を出そうとしたらしいのだが、無理して老けて見える為、誰が見ても似合わないと言っている。どうやら、失敗しているらしかった。と、そこでふとカイトが現店長がかなり若かったのを思い出して、1つ疑問が生まれた。
「というか、当代があの年なら先代はまだ現役じゃないのか?」
婚期自体が地球よりも早いエネフィアなので、当然だが先代の店長も理由が無い限りはかなり若い時分に結婚しているはずである。なので、30前後の現店長の年齢から換算しても、先代の店長はまだ50前後の筈なのである。十分に、まだ現役として通用する年頃であった。と、これにはやはり実情を知るユリィが答えた。
「先代は隠居して弟子の育成や、レシピ本出版やらの商業展開してるよ。まあ、それでも時々店には顔を出してるみたい。主にクズハや私が来店するときには必ず挨拶に来るし。」
実は料理の腕で言えばすでに息子の現店長の方が上で、先代の方は商業展開などの裏方仕事の方に適正があったらしい。なので息子が自分の腕を超えたと判断した時点で、店長の跡目を譲ったのだった。それ故、クズハやユリィ、その他公爵家の面々が来店する事がわかれば、即座に挨拶に出てくるのである。
「そのうち会って礼を言えるか。」
「この店は情報管理面でA判定だしてるから、そのうち情報通達するかなぁ……。」
カイトの呟きに、ユリィが少しだけ考えこむ。実は公爵家では情報管理や、秘匿情報の取り扱いなどを店ごとにランク付けしている。この店はマクスウェルが出来た当初から有り、その事を誇りとしているらしく、公爵家の人員が利用した場合に防音性に特化した特別な個室を使わせるなどの配慮をしてくれていた。その他の調査結果を合わせて、かなり重要な情報を入手しても漏洩の心配が殆ど無い、もしくは無いという最上級のA判定が下されていた。
「まあ、今まで忠実に当時の味を守ってくれてるしなぁ……さすがに一言礼を言いたい。」
カイトがしみじみと告げる。これはこの店の創設からずっと関わっていたカイトだからのセリフであった。所々改善しているものの、劣化すること無くカイトが愛した味を守り続けてくれたマクスウェルの裏の顔である。カイトとしても感謝の念しかなかった。
「はい、有りました。これがウチのレシピ本です。」
と、そんな雑談を繰り広げていると、ミニスが厨房からレシピ本を持って来た。どうやらコック志望の弟子の一人が練習のために持って行っていたらしかった。そうして持ってきた本を見て、ミレイが納得した表情を浮かべる。
「あ、これ私も持ってます。ここらへんの郷土料理から家庭料理まで結構幅広く載っているし、簡単なレシピも多くて一人暮らしに助かるんですよねー。」
「ふーん、ちょっと見てもいい?」
「どうぞ。」
そう言って渡されたレシピ本をペラペラとめくっていく魅衣。見れるページにひと通り目を通し、本をカイトに渡した。
「……ねえ、カイト。依頼ってこれでいいんじゃない?」
「依頼?」
魅衣が依頼、と言った為、そんな依頼を受けていなかった筈だとミレイが首を傾げる。
「ああ、実は知り合いから新しく来たこっちの料理が知りたいって相談を受けてな。レシピ本を入手してくれないか、って頼まれたんだよ。」
「あ、そうだったんですか。お求め安い価格設定になってますんで、是非書店で手にとってください。」
事情の説明を受けたミニスが商魂たくましく、購入を薦める。尚、それを聞いていた店長は厨房でよくやったと密かにミニスを褒めていた。
「……これでいいだろう。これどこで買える?」
カイトも同じく何ページか閲覧し、マクスウェル近郊の郷土料理や公爵領内の各種族自治区の料理なども紹介されていた事を確認する。依頼の品としては問題なさそうだった。
「はい、毎度ありがとうございます!えーと、近くだと……中央区のユニオン支部近くにある大型書店で確実に手に入ると思います。」
「わかった。後で行くか。」
「その前にリザード退治だろう。」
リザードの攻撃で本が破けては困るし、そもそも戦闘の荷物になるだろうと瞬が先にリザード退治を提案する。
「いや、先に買ってから向かえばいいだろう。本屋は確か19時ぐらいで閉店のはずだ。買う本も決まっているから、そこまで時間もかからないだろう。」
が、カイトが瞬の言葉に対して営業時間という根本的な問題を上げる。さすがにエネフィアでも有数に治安が良いとはいえ、夜遅くまで営業している店は殆ど存在していないのであった。依頼を達成するという事を考えれば、これは致し方がない。
「荷物にならないか?」
「オレが異空間に収納しておくから、大丈夫だ。」
カイトのその発言で、まずは書店に行ってからリザード退治に向う事にした。
そうしてひと通り全員が食べ終わり、直ぐにミニスが再び仕事に戻っていき、一方まだ手空きなカイト達は食後のデザートを食べていた。そうして、全員が一息ついた所で、魅衣がカイトに提案する。
「そういえばカイト。あんた、色々便利な技知ってるわよね。私達にも幾つか教えなさいよ。」
カイトが異空間の中に平然と道具を仕舞っていくのを見た魅衣が、ちょっとだけ羨ましそうに言う。
ちなみに、カイトはこの魔術をかなり早期の段階で習得していた。カイトとユリィは支援のない二人旅の期間が長く、必要となる、もしくは趣味で様々な旅の便利魔術を開発していた。当然その中には今でも実用的な魔術がいくつも存在していたため、現代では広く流通している便利魔術や魔道具の中には、カイトが開発した物も数多く残っている。
「ん?いいぞ。技も教えてるしな。魅衣が出来るかは知らんが。」
カイトは平然と、魅衣の願いを了承する。これは当たり前で、カイトとティナは現在ソラ達旧カイトのパーティメンバーと、公爵家の面々に幾つか技を伝授している。それが一つ増えるだけで、覚えられるなら冒険者としても有用な魔術なので、断る理由がなかったのである。
「あ、じゃあ、私にもお願いします。物を収納できる魔術があれば、これからの活動にも楽ですし。」
ちょっとだけ期待した桜が、カイトに願い出た。桜の場合、学園関連の書類を持ち運ぶのが手間という考えもあった。桜がそう言うのに合わせて、ちょっと前からずっと考え、先日の二人の正体発覚である事を心に決めた事を瑞樹が願い出る。
「でしたら、カイトさん、私に戦闘訓練をしてくださいません?」
「あ、それでしたら瞬にもお願いします。瞬の場合は技で構いません。」
瑞樹の申し出に合わせて、リィルが瞬にも、と願い出た。二人の申し出にカイトは難色を示したいのだが、瞬に関してはカイトよりも明らかにリィルの方が槍の扱いは上手い。なので、難色を示す前にカイトは首を傾げた。
「戦闘訓練?別に必要ないだろ。先輩にはリィルでいいんじゃないのか?」
「聞いたら以前の襲撃犯はお前らしいじゃないか。<<燕>>ならばお前に教えて貰ったほうがいいだろう。」
瞬の言に照らし合わせれば、確かにそうだ。<<燕>>を改良するなら、カイトの方が良かった。それに、カイトも頷く。
「まあ、それはそうか。だが、戦闘訓練はな……」
「あ、戦闘訓練については私もお願いしたい。今技は教えてもらってるけど、それ以外もお願い。」
「あ、じゃあ、私もお願いします。蛇腹剣って使ってる人全然居なくて困ってたんですよね。」
そう言って魅衣と凛もカイトからの訓練を願い出る。ちなみに、凛の蛇腹剣の使い手が少ないのは理由があり、彼女はまだこの時、これに気付いていなかった。
「あ、蛇腹剣ならアルが使えますよ。あの子、ああ見えて意外と器用ですから。」
「あ、そうなんですか?」
凛が意外そうに目を見開く。そういうことで、本人の居ない所で凛はアルが教えることになった。
「今のままだと、そのうち皆の足を引っ張るから……そんなのは嫌よ。」
一方、魅衣の方は切実な顔でカイトを見つめる。現状、カイトのパーティメンバーでランクDへと昇格していないのは、魅衣だけとなってしまっていた。魅衣も本来ならば昇格可能な実力を有しているのだが、どうしても最後の一歩が踏み出せないのである。
「……別にいいんじゃない?」
「だがなぁ……」
ユリィがそう言うが、カイトは眉間に皺を作って難色を示す。下手に教われば下手が伝染る、教えるなら教えることのプロが教えるべき、というのがカイトの考えである。そしてカイトは戦闘技術のプロであっても戦闘教練のプロでは無かった。
「オレに出来ることなんて技の伝授を除けば戦闘の訓練相手になるぐらいだぞ?」
腕組みしたカイトが、魅衣と瑞樹に問い掛ける。魅衣達に伝授している技はアル達でさえ四苦八苦しており、魅衣達では今だ発動する気配さえなかった。
ちなみに、カイトが行う戦闘訓練となると、具体的には相手の隙を見つけて、容赦なく叩き潰すぐらいである。これもアル達を相手に行っているが、彼らでもものの数分も耐えることがない。
「ええ、それで構いませんわ。」
「うん。基本は私達個人で練習するから、カイトには総合的な実戦訓練をお願い。」
「……わかった。ただし、そのうちネックレス使うから結構厳しいぞ?」
二人が基本は自分で、と同意したので、カイトがそれなら、と応じる。尚、カイトが教えるならば、当然基礎力のアップの為、ティナの特訓用のネックレスを使用して訓練する事となる。ちなみに、すでにカイトから教えを受けている面子にも言ってなかったので、全員が愕然とする。
「げっ……アレはいいんじゃない?」
「良かった。私天音先輩に教えてもらわないで。」
寸前でアルからの教授に変更された凛がほっと一息つく。が、そうは問屋が卸さない。
「ん?アルに教えてもらうんだろ?なら当然使わせるぞ。というか、オレの正体を知った時から、逃げ道は用意していない。」
「先輩、卑怯です!ドSです!勝手に暴露したの先輩じゃないですか!」
昨日の模擬戦後、試しに全員で使ってみて、そのまま仲良く倒れこんだので、魅衣だけでなく全員が顔をしかめる。自分が使うわけでもないのに、トラウマを刺激されたリィルまで顔を顰めていた。
「アホか。今後を考えるなら、まずは出力とスタミナを上げろ。今のままじゃ全員使い物にならん。」
が、凛の抗議をカイトは一顧だにせず即座に却下。今の10倍の戦闘能力がなければ、それなりに危険性の少ない古代遺跡でさえ、行けはしないのであった。今の数倍程度で、なんとか最低レベルの危険性を持つ古代遺跡へと行けるぐらいだろう。
「諦めたほうがいいですよ……私はすでに諦めました。」
リィルが遠い目で一同に告げる。カイトが公爵である時点で彼女には逃げ道はないので、諦めたのである。で、カイトをトップに据えているのが、冒険部である。そのトップが戦闘力を上げろと言い、具体的な道筋まで示されたのでは、冒険部所属となった彼女らも従うしか道はなかった。
「……ちなみに、カイトくん。そのネックレスで、どの程度を考えているんですか?」
恐る恐るといった感じで桜がカイトに問いかける。他の面子もカイトからの答えを真剣に待っている。
「約5倍。」
食後に飲んでいたミルクティーをソーサーに置いて、カイトが少しだけ反応を面白がる様に今のところの目標を述べる。その言葉を聞いた瞬間、その場にいた全員が愕然とした。アル達が2倍でさえ四苦八苦しているのに、その倍を超えるとなると想像も出来なかった。
「当たり前だ。今後どこまで行くかわからないんだぞ?この大陸で済んだとしても、最悪<<冥界の森>>にまでは行くかも知れん。あそこは各種の族長クラスでも状況によっては無事に帰ってこれんような大陸最悪の魔境だ。そうなれば今の100倍の力でも足りん。リィル達だって即死する様な領域だからな。」
ちなみに、カイトが言った<<冥界の森>>は入り口を想定していて、何も最奥まで行けとは言っていない。
「無事に行って帰ろうとすればどの程度だ?」
興味本位で聞いてみた瞬だが、カイトの答えを聞いて、聞かなければよかったと後悔する。
「……まあ、約200倍の力量は平然と要求されるな。それも万全の態勢を整えて、だ。もし緊急事態で仕方なくであれば、150倍は欲しい。それでも、逃げ帰るだけだ。」
「なっ……」
自身の経験を交えて少しだけ考えたカイトの言葉に、全員が驚く。
とは言うものの、他大陸まで足を伸ばせば、<<冥界の森>>の入り口付近と同程度かそれ以上の危険性の魔境は幾つか存在し、その中に古代遺跡や神秘的な秘境、精霊たちの住処が存在する場合もあった。さすがにそこへはカイトとティナ、ユリィ達300年前の面子で行くつもりだが、最悪を考えれば、<<冥界の森の入り口>>から逃げ帰られる力量は欲しい所である。
ちなみに、とある薬剤の元となる材料が唯一取れる<<冥界の森>>の奥はエネフィア最悪の魔境なので、これだけやっても生きて帰れる可能性は半分を切る。
「まあ、緊急的に避難して、危機が去ったら即座に逃げ帰るだけ考えて200倍だ。強いて行く必要はないさ。冥界の森には遺跡が無いからな。というか、<<冥界の森>>の森に入る時点でどっちが最悪か、という所だがな。」
「そうなんですか?私も初耳です……ああ、そういえばカイトさんの堕龍退治は<<冥界の森>>でしたっけ?」
<<冥界の森>>には遺跡が無いとの話を聞いたミリアが、意外そうに尋ねる。以前ユリィに怒られた後、自分なりに様々な資料を読んでいたのだが、そんな記述は一切なかったのである。
「ああ、それでそれなりにあそこには詳しくてな。無いことは確認している。」
「まあ、実際は違うけどねー。」
小声で密かに、ユリィが何処か嬉しそうに呟く。実際に堕龍退治が起きたのは<<冥界の森>>でも入り口であって、<<冥界の森>>の奥までは行っていないのだが、無いことは事実であった。
「さて、店も混んできたことだし、そろそろ行くぞ。」
ずいぶんと話し込んでいたが、周囲を見るとかなり人が来始め、店も忙しくなり始めていた。<<冥界の森>>の話であっけにとられていた一同だが、それに気づいて大急ぎで用意を始め、会計を済ませたのである。
「じゃ、まず書店へ行こっか。」
「あ、ここから支部への帰り道にあるんで、案内しますね。」
そう言ってミリアの案内で一同は一旦書店へ寄り、そのままリザード退治へと向かっていった。
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