第1191話 物見櫓
タバコの密造に関する証拠を掴む為、マリーシア王国南部のエルリック将軍率いる造反者達の討伐軍に参加していたカイト達。彼らは一先ず討伐軍司令部の信頼を獲得する事に成功すると、討伐軍を支援しているという各領主軍の動きを待つ間は周辺の村の警戒任務を頼まれる事になっていた。
それを受けて、カイト達はこれ幸いと部隊を三つに分けて行動する事にする。そうしてカイトはオルガマリーと翔の調査の陽動となるべく、討伐軍司令のガラハドの要請に応じた形にして哨戒任務に出る事となっていた。
「へー……鉱山の近くだ、って話だから結構ゴツゴツとしてんのかな、って思ったけど……ここらまで行くと草原なんだな」
「もっと北に行けば森とまだ無事な山があるそうだけどな」
ソラの言葉にミドが地元出身という事で更に詳しい地理を教えてくれる。流石に軍司令部もカイト達よそ者に地図を融通してくれるほど、甘くはなかった。なので彼らの案内は非常に有用だった。その一方、ルミオはカイトと会話していた。
「で、ここらには今も5個程農村が残っててさ。今はもう、ほそぼそと領主様の街に作物を届けてる、って程度かな」
「じゃあ、そこに先に行ってみるか?」
「いやぁ……それはやめてくれた方が良いかな」
カイトのどこか茶化す様な言葉にルミオが恥ずかしげに頬を掻いた。まぁ、この世界では良くある事なのであるが、親と喧嘩してそのまま冒険者になった様な少年少女は多いそうだ。
どうしても憧れの職業の一つだ。そして、誰でも成れる職業でもある。世界で一番成りやすい職業とも言えるだろう。来る者は拒まず、という方針な所為で若干家出少年少女達の行き場になっている感じはあるらしい。ユニオンとしてもどうにかしたい事はしたいのであるが、そういうわけにもいかないのが実情だそうだ。
「まぁ……そう言ってもいざって事が起きれば行く事になるんだ。とりあえず道だけは教えておいてくれ」
「……そう……だな。うん、わかった。ついてきてくれ」
いざ、という言葉を聞いてルミオは若干顔を顰めるが、彼とて冒険者だ。そういう事が起きる事は十分に承知している。やはりなんだかんだ言っても、気にはなったのだろう。そういうことなら、と不承不承な感は出しながらもカイト達の道案内を開始する事にする。
「えっと……どういう順番で向かうのが正解だろう」
ルミオが率いているギルドの面子に問いかける。今回、カイト達はよそ者なので道順等は彼らに任せてある。そして彼らは全員がここらの出身者だ。地理は把握している。であれば、どのような順番で回るべきか、という最短ルートは把握しているだろう。
「そうねぇ……ここは丁度あんたらの故郷の少し西って所でしょ?」
「だいだい……そんな所だな」
メイの言葉を聞いて、ルミオは少しだけ周囲を見回す。そうして彼が見たのは、一つの小高い丘だ。あの丘を越えた先に、彼の生まれ故郷があるらしい。
「ふむ……あの丘からなら、遠くが見えそうだな……」
カイトはルミオと同じく丘を見る。当たり前だが、カイトとてなるべく被害は減らしたい。であれば、と考える事があった。
「ルミオ。村長さんとは知り合いか?」
「え? まぁ、一応は。確かミドの親父さんの妹の旦那さんだったよな?」
「おう。爺さんが腰やって、年には勝てんつって引退したからな」
やはり地元民故なのだろう。村の実情等は詳しく知っていた様子だ。そうして、その少しの雑談の後、ルミオがカイトへと問いかけた。
「で、それが?」
「あの丘、村とどれぐらい離れてる?」
「いや……えっと、確か……殆ど歩いていける距離だと思う。まだ冒険者になる前の俺達が歩いて遊びに行けた距離だったから……多分、今もあの丘の麓で子供が遊んでると思う」
「近いか……」
ルミオの言葉を聞きながら、カイトはどうすべきかを考える。もし己が村を奇襲するのなら、この丘を使う。この丘の影に兵士を潜ませて、一気に奇襲するのだ。この丘は村を隠しても居るが、同時に村からもこちらを隠している。死角になっていた。それは現状ではなんとかしておくべきだろう。
「ソラ。お前、由利とミドと一緒に村へ行ってきてくれ」
「あいよ。物見櫓だな?」
「え、俺も!?」
「おう。簡易で良いから作って良いか聞いてくれ」
カイトの要請を聞いて、ミドが非常に嫌そうな顔をする。が、それにカイトは一切無視で、ソラの確認に頷いた。流石に死角を見付けてそのままにはしておけない。歩いてみてわかったが、ここらの魔物は確かに雑魚だ。自警団でも倒し得る。
が、訓練された正規の兵士相手だと、村の自警団では勝ち目はない。もし万が一攻め込まれれば、為す術もなく壊滅するだけだ。早急な改善が望まれた。とはいえ、その早急な改善なぞ不可能だ。であれば、考えるべきは戦うではなく逃げる事だ。というわけで、そんなカイトにミドは慌てて口を挟む。
「え、いや、俺一言も行くなんて……」
「良いから。行くぞ。流石に死角見付けちまったらそのままにはしておけねぇだろ」
「え、えぇ……あ、ちょっと、押すなよ! まだ一言も行くなんて言ってねぇぞ!」
「はいはい」
ソラに背を押されて、呆気にとられていたミドが強制的に丘の方へと移動していく。それにカイトが笑いながら、ルミオへと頭を下げる。
「すまん。勝手にミド借りた」
「え、いや……良いんだけど……なんでミド?」
ルミオは唐突に進んだ事態に思わず目を丸くしながら、カイトへと問いかける。これにはいくつかの理由があった。
「まず、お前さっきミドが村長と身内って言ってたろ? なら、オレ達が行くより説得は容易い。それに向こうも顔見知りが一人でも居れば話は出来るし、もし軍の連中に何か言われても故郷で気になった、と言えば向こうも何も言えない。なにせ故郷だからな。軍の言い分も通用しない」
「……」
ぽかん、とルミオはカイトの説明にただただ目を瞬かせてしばし惚ける。そうして、感心した様に口を開いた。
「……な、なるほど……そういう考え方もあるのか」
「そういうこと」
「……はぁ……凄いな、お前は」
「オルガマリーさんの受け売りだよ。年季が違う……っと、今のは聞かなかった事にしてくれ」
「「「あはははは!」」」
カイトの失言に近い失言に、一同が笑い声を上げる。と、そうして少し和やかなムードになったわけであるが、ソラ達が説得に向かった間にもこちらにはやることがある。
「カナン。風の匂いで森は見付けられるか?」
「あ、はい。案内出来ます」
「良し……カナン、魅衣。お前らは万が一森の中に敵が潜んでいた場合に備えて、警戒を頼む。カナンが索敵、魅衣は牽制だ」
「りょーかい」
「はい」
カイトの指示にカナンと魅衣の二人が了承を示す。彼女らももう何をするかは理解している。それ故、自分達に出来るのが警戒だと理解していたのだ。
「桜。悪いが魔糸を頼めるか?」
「はい。一時的、で良いんですよね?」
「ああ。長くとも一ヶ月保つ程度で十分だ。その間に村で麻ひもか釘かなにかの別の物で補強してもらうか、そのまま解体してもらう事にしよう。それで、お前らは……」
「「「こっちは?」」」
カイトの言葉にルミオ達が首を傾げる。
「オレと一緒に木こりのお仕事だ」
カイトはルミオ達にそう告げるなり、カナンの案内に従って歩き始める。幸いこちらは風下で、もし森の中に敵が居ても匂いで分かる。それに奥まで入るわけではない。安心は安心だ。そうして、カイト達は一路、物見櫓の材料を手に入れる為に近くの森へと足を運ぶ事にするのだった。
さて、カイト達が各々行動を開始してから、およそ4時間。夕方ごろになって、ルミオとミドの故郷近くの丘の上に物見櫓が一つ完成していた。
「良し……これで完成かな」
カイトは一度自分で物見櫓の床を踏みしめてみて、問題ない事を確認する。簡素な構造だが、一ヶ月程度なら問題なく使える出来栄えだ。そうして床を確認した彼は更に上で作業をするソラへと問いかけた。
「ソラ、屋根の方はどうだー!」
「おーう! こっち後ちょっとで完成だー!」
「おーし! まぁ、流石に無いだろうが怪我すんなよー!」
「おーう!」
カイトの言葉にソラが声を上げる。そうして、そちらを確認すれば、次は由利の出番だ。
「由利! こっち終わったから一度どの程度見通せるかやってみてくれ! 全力の半分……いや、それよりちょっと弱めで頼む! 大体それぐらいで村の狩人達が出せる全力だ!」
「うんー!」
カイトの言葉を受けて、由利がジャンプ一つで物見櫓の上まで跳び上がった。一応、遠くまで見通せるように作ってはいる。いるが、実際に確認は必要だろう。なので弓兵である由利に頼んだ、というわけだ。監視に目が良い者を使うのは普通だし、村でも今それを考えた人選が行われていた。
「んー……なんとか大丈夫かなー。私達弓兵なら遠くまで見えるけど……うん。自警団の人達なら多分数分の猶予ぐらいは出来ると思うよー」
「良し。なら、もうしばらくこっちで頼む。オレはその間に桜の方を確認してくる」
「いってらっしゃーい」
カイトはその場を由利に任せると、物見櫓を降りる事にする。というのも、この物見櫓には一つカイト達のアイデアである物を取り付けていたのだ。
「桜。そっちはどうだ?」
「もうちょっとです……はい、出来ました」
桜は少し笑いながら、己の編んだ魔糸をコップの様な物の底に通していた。まぁ、これは言ってしまえば糸電話である。今でこそ糸電話といえば紙コップという印象が強いが、実は糸電話の歴史は意外と古い。紙コップが無かった時代には金属の缶を使って電話を行っていたそうだ。なので紙コップでなくても出来るらしい。
カイトはそれを思い出して、もう要らない金属コップを貰い受けてカイトが錬金術を使い形状を変換。そこに桜の魔糸を使って糸を通して、というわけだ。万が一に敵襲があった場合、即座に物見櫓から村へと情報の伝達が出来るようにしたのである。
「良し……じゃあ、それを貸してくれ」
「はい」
桜は出来上がったばかりの糸電話の受話器の片方をカイトへと受け渡す。ここからは、流石に桜では出来ない事なのでカイトがやる事になったのだ。そうして、カイトが僅かに意識を集中する。
「……良し」
カイトは桜の作った魔糸に対して、ある魔術を付与する。それはもし万が一切れた場合に筒の両側から大音量での警報音を鳴らす為の魔術だった。この案件をティナへと相談した際、彼女からこの魔術を糸に潜ませておく事を提案されたのである。
ランクBの冒険者の魔糸だ。村の子供達ではどう頑張っても切れないし、大人達でも勿論無理である。可能なのは、兵士や冒険者ぐらいだ。そしてこれを不必要に切るということは、悪意ある存在と見て間違いないだろう。そうして魔術を付与した糸電話の片側を、カイトはソラへと投げる。
「ソラー! これ!」
「おーう! っと! サンキュー!」
「おーう! 終わったらいちゃつかずに戻れよー!」
「うるせー!」
カイトの茶化しにソラが作業をしながら声を返す。この様子なら問題はないだろう。と、そうして更にもう片方を持って、カイトは桜と共に村長宅へと向かう事にする。
「良し。このぐらいで良いな。桜」
「はい」
桜は大凡村長宅の屋根の上から少しの長さで魔糸を編むと、カイトは金属缶の底に穴を空けて魔糸を通す。そうして最後にガラスビーズで抜けないようにしておけば、完成である。
「後は……ここからと」
カイトは村長宅の屋根の窓から糸電話を通す。とは言え、今のカイトは土足だ。というわけで、いつもどおり相棒に頼む事にした。
「ユリィ」
「はいさ」
カイトの求めを受けて、ユリィが金属缶を持って中へと入る。彼女なら浮いて移動出来るわけで、そのまま所定の場所へと持っていく事にしていたのである。勿論、村長の許可は取っている。
「良し……桜。お前もとりあえず休んで良いぞ」
「はい。じゃあ、今の内に撤収の用意を整えておきますね」
「いや、だから休んでて良いんだが……」
カイトは真面目な桜の言葉に半分笑い半分呆れ、まぁ、それで良いなら良いか、とそこで彼女と別れる事にする。そうして桜と別れたカイトは、そのまま村長宅へと入る事にする。
「村長さん。作業、終わらせました。これで物見櫓が完成すれば、自警団の方々でもそこそこ遠くまでは見通せるはずです。万が一の場合には、すぐに糸電話で連絡が飛ぶでしょう」
「おぉ、そうですか。ありがとうございます。私の高祖父の頃までは、あの場に300年前の大戦で作られた物見櫓があったそうなのですが……戦争が遠くなった事と炭鉱が衰退した事で、倒壊したままにされてしまったのです。なんとかせねばな、と思っていた所なのですが……本当に有難うございました」
カイトの報告に村長が深々と頭を下げた。どうやら、彼の方もここ最近の事態を受けて物見櫓をなんとかせねば、と思っていた所だそうだ。
が、そうしようにも人手が足りないし、冒険者達は討伐軍に志願している所為で集まらない。どうするか、と考えていた所だったそうである。まさに渡りに船の申し出だったようだ。
「いえ……我々も偶然近くを通りかかった際、気になったのでご提案させて頂いただけです。費用についても請求したりはしません。この通り……」
カイトは僅かに肩を震わせる。彼の視線の先には、正座させられているルミオとミドの姿があった。どうやらミドは彼の言う通りなのだが、実はルミオの方もそこそこ良い所の次男坊だったらしい。こっぴどく怒られた様子だった。そうして、カイトは少し肩を震わせるもそこで一つ頷いた。
「く、くく……まぁ、偶然彼らの野営地が我々のお隣でして。それでご近所付き合いの形で、というだけです。私としても、見過ごすのは後味が悪いですからね」
「そうでしたか……とは言え、そう言われましてもそのまま施されたままでしたら、我々としても具合が悪い。どうか、何かおっしゃってください」
村長はカイトの申し出に感謝しながら、何か出来る事はないか、と問いかける。今回、カイト達の行動は完全な善意での事だ。なので何か対価は求めていないが、社交辞令としても言っておかねばならなかったのだろう。
「そう……ですね。でしたらこの問題が片付いた頃にでも、一杯と一食頂ければ。流石に我々も軍に活動を管理されている立場ですからね。よほどの案件も無い限り、外に泊まるという事は出来ないのです」
「そうですか……わかりました。ではこの戦いが終わった折りには是非、我が家へお尋ねください。村を総出で歓迎致します」
「ありがとうございます……あー……それで、二人を引き取っても?」
「はい。軍に出入りを管理されている、という事ですから……二人の父については、私からもきちんと言い含めておきます」
「そうなさってください」
カイトは村長の言葉に頷いた。この後の二人の身の振り方についてはこの後彼らに考えさせるが、残念ながら今回ばかりはこのまま村に戻るわけにはいかない。カイトとしても残留は許可出来ない。下手をするとスパイ容疑を掛けられるからだ。そうならない為にも、帰還時刻までには戻る必要があった。
「では、失礼します」
「はい……二人も今すぐ戻れとは言わん。が、一度ぐらいは顔を見せに来なさい。貴方達も、家族に顔を見せにくいのですよ」
「「「……はい」」」
村長の言葉にルミオ達が若干気まずい顔で頷いた。そうして、そんな村長に見送られて、カイト達はルミオ達の家族に見つからないように密かに村を後にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1192話『閑話』




