第1189話 鞘当て・2
タバコの密造者達の詳細を掴む為マリーシア王国に乗り込んでいたカイト達。彼らは一先ずマリーシア王国に乗り込むと、内情を掴む為にタバコ密造に関わっていたとされるエルリック将軍率いる脱走兵達と戦う討伐軍の一員として動く事になる。
と、そんな彼らであったが、その討伐軍を率いる司令官・ガラハドという男の指示により、エルリック一派との間で一騎打ちの形での鞘当てを行う事になっていた。
「さて……」
カイトは敵陣営から砲撃が止んだ事を見て取って、小さくソラに一つ頷いて<<操作盾>>を消失させる。敵が出て来るというのだ。であれば、こちらは一騎打ちを明言する為にもソラの支援も消すべきだった。
そうして、敵陣営の門からコルネリウスの側近の一人である女性士官・ミランダが姿を表した。彼女はピリッとしたスーツに似た軍服を身にまとい、細剣を腰に帯びていた。身長はおよそ160センチ半ば。スタイルは鍛えているからか悪くない。年齢はコルネリウスと同程度。髪型は軍の帽子を被っているので不明だ。
「我軍に兵無しと言ったのは貴様だな」
「そうだ……が、どうやらそれは見誤っただけのようだ。それについては謝罪しておこう。申し訳ない」
「……そ、そうか」
なんだ、この男は。ミランダはいきなりの謝罪に思わず毒気を抜かれる。普通こういう場合にはそのまま押し通すか挑発を重ねるのが筋だろう、と思ったのだ。と、そんな僅かに毒気を抜かれたミランダに対して、カイトは一応問いかけておく。
「一応、聞いておくが。まさか貴方がコルネリウスというわけがないよな?」
「当たり前だ。私はコルネリウス様麾下のミランダだ」
「そうか……であれば、用はない。帰ってコルネリウスに伝えろ。自分で出てこいとな」
「断る」
「ほう」
カイトの言葉に応じて気を取り直したミランダの闘気が膨れ上がる。が、これにカイトはここでようやく、挑発を行う。
「その程度で、勝てるとでも?」
「それはやってから、言ってもらおうか」
「良いだろう」
カイトはミランダの言葉に応ずると、旗を中心にして彼女と正反対の位置に立つ。これは正々堂々たる決闘だ。決闘には決闘の礼儀作法があった。そうして、二人は同時に魔力を旗へと送り込んだ。が、それと同時に、勝負は終わりを迎えた。
「っ!」
決着より一瞬遅れて、ミランダが目を見開いた。勝者は当然、カイトである。彼の刀が開始と同時にミランダの喉元に突きつけられていたのであった。そうして、完全に硬直状態に陥ったミランダに向けて、カイトは眼光鋭く命じた。
「……貴様では話にならん。もう一度、言う。戻ってコルネリウスに伝えろ……オレが相手になる、と」
「っ……」
カイトの言葉を聞きながら、ミランダは一瞬で自分では彼に勝てない事を悟る。そうして、そんなミランダに対してカイトは再び刀を納刀する。
「行け」
「っ……ちぃ!」
ミランダは盛大に舌打ちして、ゆっくりと後ずさりしてその場を後にする。誰がどう見ても、逃げ帰ったとしか言い得ない姿だった。それに、ミリックス伯爵軍は大いに沸き立った。
「「「おぉおおおお!」」」
あまりに圧倒的な速さで敵幹部の側近を追い返したカイトに対して、討伐軍から万雷の喝采と鬨の声が送られる。が、一方の敵はあまり気落ちはしていなかった。というのも、コルネリウスが居たからだ。
「見事な腕だな」
「申し訳ありません」
「いや、良い。あれほどとは、俺も予想していなかった。才能なら俺を超えているな」
ミランダの謝罪にコルネリウスが笑いながら首を振る。そうして考えるのは、この次にどうするか、だ。が、考えられる方策は二つしかない。このまま首を引っ込めて応じないか、次に誰かが出るか、である。そんな僅かな間に熟慮を行うコルネリウスに対して、二人の兵士が膝を付いた。
「コルネリウス様! 次は私が!」
「いえ、自分が!」
「ふむ……」
二人の兵士達の申し出に、コルネリウスは僅かに悩む。この二人は確かに、力量であればミランダよりも上だ。彼女は確かにコルネリウスの側近だが、趣としては戦闘での側近というより戦術や戦略での側近に近い。側近の中では一番弱いのだ。
その彼女が戦いに向かった理由は、偶然彼女がコルネリウスと会話していたから、というだけである。負けても彼らからすれば不思議はない。知恵者に武力まで求めるほど、彼らとてバカではないのだ。であれば、それ以上の彼らを次に出すのは上策と言える。が、それを分かっていながら、コルネリウスはかなりの熟慮を行っていた。
「……コルネリウス様?」
熟慮を見せるミランダが問いかける。あまり長く熟慮していても、逆に敵を調子づかせるだけだ。早く次の人選を行うか、不戦を決めねばならなかった。そうして、結論はミランダの問いかけから少しして出た。
「……俺が出る」
「は?」
「あの少年は貴様らでは勝てん。ここで下手に何人も出して士気を削がれるより、俺が最初から出た方が良い。まだ、俺が一番勝率が高い」
「え、あ、ちょっと!」
「コルネリウス様!?」
「中佐!?」
ミランダや側近達が慌てて止めるのも聞かず、コルネリウスは甲板から飛び降りる。そうして、しっかりとした足取りでカイトの所へと向かっていく。そのまさかの展開に驚いたのは、ミリックス伯爵軍側だった。
「あれは……」
「あれが……コルネリウス・エルリック」
「鷹の生んだ大鳳……」
先程までの割れんばかりの喝采はどこへやら、ミリックス伯爵軍の兵士や冒険者達が揃って声のトーンを落として話し合う。どうやら、マリーシア王国ではその武名はかなり鳴り響いているようだ。
「お招きに応じて来てやった……コルネリウス・エルリック。マリーシアの鷹、ハンニバル・エルリックの子だ。名を名乗れ」
「ギルド<<女狼の牙>>サブマスターのカイト・フロレンスだ」
兵士としては、かなり強いな。カイトは内心でそう感心しながらも気を引き締めつつ、今の己の名を告げる。フロレンスはかつての彼の名、フロイラインから似た物を探したらしい。と、そうして名乗られた名に、コルネリウスは僅かに眉を顰める。
「<<女狼の牙>>……聞かん名だな」
「もともとはエンテシア皇国に居た。ここでの内紛を聞いて、金稼ぎという所だ」
「そうか」
カイトの言葉にコルネリウスは一切の感情を生まなかった。嘲笑も非難も何も、である。冒険者がそういう生き物だと理解しているからだ。それに対して、カイトが笑いながら問いかける。
「それで? オレに討たれに来たのか? 報酬に華を添えてくれるとは、随分と殊勝な心がけじゃないか」
「まさか……俺の最側近を一瞬で打ち倒した男を見に来てやったついでに、その首を取ってやろうというだけだ」
カイトの挑発に応じながら、コルネリウスが段々と闘気を膨れ上がらせていく。それに呼応する様に、カイトもまた闘気を膨れ上がらせていく。
「おいおい……あんな一瞬で側近が負けといてよく言うぜ」
「ミランダは俺の側近の中では一番弱い。あれに勝てた程度の速さで俺に届くと思ってもらっては困る」
カイトが重ねた挑発に、コルネリウスは何らかの名剣と思しき剣を抜きながら笑みを浮かべる。どうやら、彼はまだ若いからか将としてよりも戦士として戦う方が好きなようだ。先程までの指揮官としてよりこちらの方が遥かに様になっていて、血気盛んな様子が節々に滲んでいた。そうして、彼は轟々と闘気を漲らせながら顎で旗を示した。
「さて……御託はこの程度で良いだろう。あまり長引いても面倒だ。始めよう」
「良いだろう。後悔はするなよ」
「抜かせ」
カイトの言葉にコルネリウスが牙を剥いて応ずる。そうして、先程と同じ様に旗を介して正反対の位置に両者が立って、旗へと魔力を送り込んだ。そしてそれと同時。コルネリウスがいきなり切り込んできた。
「はぁああああ!」
「っ」
僅かに、カイトが驚きを浮かべる。確かにこれなら自信を浮かべるのも無理はない速さだった。とはいえ、これでも全力ではないだろう。なにせその速度は、先程カイトがミランダに見せた速度とほぼ一緒だったからだ。この程度なら自分でも出来るぞ、という事を示しただけに過ぎないのである。それを見ながら、カイトはコルネリウスを戦士として判断していた。
(スペックとしては、出会った当時のアル程度か……アルは血筋故の性能。こちらはそれよりも劣るが、経験で補っているな。やはり性能を少し上方に修正しておくべきか)
よく仕込まれている。カイトはコルネリウスが英雄の子で、更にそれを上回るという噂が納得出来る事を理解する。
「ふんっ!」
コルネリウスが大上段から剣を叩きつける様に振り下ろす。それは確かに猛将と知られるに相応しい破壊力で、地面に大きくヒビが入った。
「はっ!」
それに対して、カイトはその隙を狙い打って居合い斬りを放つ。とは言え、殺すつもりではやらない。今はまだ状況がわからない。もしこの彼が突破口になった場合、殺しては拙い。故に殺さず追い返すだけだ。
と、言うわけでそんな斬撃は確かにミランダの時よりも遥かに速かったものの、コルネリウスには余裕で見切れる程度だった。
「っと!」
コルネリウスは振り下ろした反動を利用して、その場から跳ね上がる。その顔にはまだまだ余裕があり、彼の実力の底がまだ見えやらぬのを誰しもに伝えていた。
「なるほど……自信満々に言うだけはある」
初撃を交わし合って、コルネリウスがカイトの腕を賞賛する。どちらもまだ様子見だ。言葉を交わす余裕はどちらにもある。故に、カイトも軽口に応じた。
「確かに、そのようだ……が、オレの勝ちは変わらない」
「ほう」
「オレのが若いからな」
「あっははははは!」
僅かに片眉を上げたコルネリウスであったが、返答を聞いて大いに笑う。どうやら、気を良くしたらしい。その一方、軽口を叩いたカイトはその間に彼の様子を一瞬で観察する。
(身長……190センチ半ば。体重……それ相応。100キロはありそうか? 体躯は筋肉質……身だしなみは……整えているな。ふむ……顔立ちは豪快そうな見た目であるが、実際には冷静な判断も可能か)
カイトは会話を行いながらも一気にコルネリウスについてのプロファイルを行う。これが彼の本来の戦い方だ。敵の情報を集めて、対処方法を考えた上で戦うのが本来の彼のやり方なのである。
今は大半の場合でそれをしなくても良くなったとは言え、こういう互角の戦いを演ずる必要がある場合等では非常に有用だった。殺さず、どこ程度で応ずればよいか判断し易いからだ。
なお、コルネリウスだが顔立ちは美丈夫とは言い難いが、決してブ男というわけでもない。鍛えている分だけ勇ましさはあるが、取り立てて美丈夫と言うわけではない。
(……年齢……30代前半と言う所か? オレより年上かな……混血という事だから、あまり当てにはならんが……)
高速化した思考で、カイトはコルネリウスのプロファイルを続ける。年齢、性別、見た目。それらの要素は戦闘には直接の影響は無くとも、主義趣向が見えてくる。そしてそれが見えれば、戦い方も見えてくる。そして今後を考えるのにも重要だ。そしてそれ故、僅かな違和感を得た。
(この男……性根が腐っていないかもしれんな……ふむ……やはり、この案件は裏に色々とありそうだ)
エルリック一派は犯罪に手を貸してそれが露呈したので造反したというのが、ミリックス伯の言い分だ。現に映像では彼に向けてあの兵士が怒りを向けていた。
この両者を繋げて考えるのであればコルネリウスは知らなかったというのが考えられる事であるが、息子で腹心である彼が知らないというのは些か可怪しいだろう。とは言え、これは確たる証拠を得たわけでもなければ、確信しているわけでもない。
(……しばし、刃を交える事にするか)
カイトは次の対処を決める。やはり武芸者と武芸者。刃を交えてわかるものもある。故に、カイトはプロファイルを行う為に、戦いを続ける事にした。
そうして、今度はカイトが切り込んだ。が、これは元々避けられる速度で打ち込んでいる。故に笑っていたコルネリウスは一瞬で気を取り直して楽々と一歩下がる事で回避した。
「っととと。今のは、少しの雑談のタイミングではなかったか?」
「おいおい……戦闘中なのに勝手に笑ったのはそっちだろう」
「それはそうだ……では、続けよう」
横薙ぎのカイトの攻撃を回避したコルネリウスは返礼とばかりに、今度は若干振り下ろす様にして袈裟懸けに斬撃を繰り出した。それに対して、カイトは回避ではなくその場で打ち上げる様にしての迎撃を選択する。
「はぁあああ!」
「はっ!」
両者の剣戟が交差する。それは澄んだ金属音を鳴り響かせて、鍔迫り合いに持ち込ませる。が、これはカイトが一瞬で力を抜くことで受け流して、コルネリウスにたたらを踏ませた。
「っ!」
僅かに、コルネリウスが驚きを浮かべる。が、彼は魔力を放出して強引に姿勢を戻して、続けて放たれたカイトの剣戟を剣で防いだ。と、その瞬間。カイトは僅かな驚きを得る。刀がひっついたまま動かないのだ。
「む」
「軍隊仕込みだ……おら、よ!」
カイトの刀が動かなかった理由は簡単だ。コルネリウスが防御した瞬間に何らかの魔術か特殊能力を行使して、粘着質の魔力を生み出してカイトの刀を絡め取ったのである。コルネリウスの言葉からもしかしたらマリーシア軍でのやり方なのかもしれないが、それ故にカイトもあまり詳しくはなかった。
そうして、カイトの刀を絡め取ったコルネリウスはそのままカイトの刀を奪取して遠くへと投げ捨てようとしたが、己の剣に力を込めて、動かない事に驚いた。
(こいつ……なんてパワーだ!)
コルネリウスは内心に大きく驚きを浮かべる。全力でやろうとしたが、びくともしなかったのだ。その一方、期せずして鍔迫り合いに持ち込む形になったカイトはそのまま押し切らんと一気に力を込める。
「ぐっ……貴様……どこにそんな力を隠して……」
「どうした、おっさん……まさかこの程度で音を上げるってか?」
「抜かせ! おぉおおおお!」
どうやら、コルネリウスもカイトの刀を奪取するのは無理と理解したようだ。己の姿勢を崩されるのを厭い、僅かに粘着をゆるくしてきちんとした鍔迫り合いになる様にカイトの刀の角度を調整させる。
「ぐっぐぐぐぐ……」
「つっ……」
カイトとコルネリウスはしばし、鍔迫り合いを交わし合う。どちらも刃には魔力を通わせている。この程度では、刃こぼれ一つ起こさない。と、その鍔迫り合いが数秒続いた所で、カイトが笑みを見せた。
「っ!」
何かをしてくる。コルネリウスはカイトの笑みにそれを理解する。それに対して、カイトは左腕一本で鍔迫り合いを行うと、半身をずらして器用にハイキックを繰り出した。
「食らいやがれ!」
「っ!」
カイトのハイキックを見たコルネリウスは即座に鍔迫り合いに込めている力を抜いて僅かにえびぞりになり、ハイキックを回避する。そうして空を切ったハイキックだが、そうして見せたカイトの靴底に対して、コルネリウスは獰猛に牙を剥いて頭突きを繰り出した。
「ぶっ飛べ!」
「っ!」
流石にこれにはカイトも驚いた。唐突な一撃に彼はダメージこそ負わなかったものの吹き飛ばされる事になり、僅かに地面を滑ってしかしそこで器用に回転して停止する。そこへ、跳び上がったコルネリウスが一気に上空から強襲する。
「おまけだ!」
「なんの!」
上空から強襲してきたコルネリウスに対して、カイトは迷いなく刀で迎撃する。そうして、カイトの踏みしめた地面がその衝突の衝撃を受けて砕け散った。
「おぉおおおおりゃあああああ!」
僅かな拮抗の後、カイトが大きく吼えてコルネリウスを押し戻していく。それにコルネリウスも魔力を放出して耐えるが、やはり地に足の着いたカイトとでは如何ともし難い差があった。ゆっくりと押し戻されたのをきっかけとして、次の瞬間には一気に押し戻される事になる。
「うおぉおおっ!」
大きく吹き飛ばされて、コルネリウスが声を上げる。そうして着地したのは、どういうわけか先程まで自分の居た旗艦の甲板だった。
「……」
「……」
カイトとコルネリウスの視線が僅かに交差する。そして、その僅かな間で結論が出たようだ。コルネリウスは身を翻して、旗艦の中へと帰っていった。
これ以上戦ってもいたずらに力を消費するだけだ。彼は将。率いる者だ。兵士としてはもっと戦いたかったのかもしれないが、それが許される立場ではない。これを天佑と考えたようだ。
「「「おぉおおおお!」」」
引いたコルネリウスと、引かせたカイトに対して両軍が万雷の喝采を上げる。どちらが優勢だったのかは、オルガマリー達上級と言われる冒険者を除けば今の一幕では誰にもわからなかった。故にどちらの兵士達も自分の陣営の代表が優勢だったと思うことにして、お互いの勇士に喝采を送ったのだ。
「……」
去っていったコルネリウスを見届けて、カイトは旗を抜いた。一度引いた以上はコルネリウスも取り合う事は無いだろうし、この場でカイトがどう挑発してもそれは流石に道理を伴わないものになる。カイトが彼らを陣地から引っ張り出せる方法は無い。それにカイトの目的というかガラハドより与えられた使命は半ば――半ばなのは敵の士気を挫いてはいないため――達成されている。戦う意味もない。
今回の結果としては引き分け、で良いのだろう。目的の為になるべく殺したくないカイトとしては最良の結果と言える。そうして、カイトは己に与えられた使命を完璧にこなして見せて、ミリックス伯爵軍の陣地へと帰還するのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1190話『警戒任務』




