第1188話 鞘当て
カイト達が飛空艇を着陸させたエリアのすぐ横に居を構えるというルミオという少年の率いるギルドとの出会い。それはソラの要請により、とりあえずはお互いの武運を祈る意味を込めてのささやかな宴会になった。と、その最中、オルガマリーがふと疑問に思った事を問いかける。
「そう言えば、あなた達……よくこんな依頼を引き受けたのね。貴方達ではまだ厳しいと思うのだけど……」
オルガマリーはこの僅かな時間で、ルミオ達の力量を見抜いていた。彼らは全員大凡、ランクC~Dという所だ。勿論、戦い方の大半は我流だろう。まだまだ原石も良い所でしかなかった。
それに対して、ここの軍は大半がエリートに近い。敵がエルリック将軍という元英雄が相手になる事で、どこの貴族もエリートを差し向けていたのである。ルミオ達より強い兵士もちらほら見受けられた。
そしてそれはつまり、敵がそれだけ強力であるという事だ。ルミオ達には少々厳しい依頼ではあった。それに、ルミオが自分の対面で翔と共に飯を食べていた少年の一人を指し示した。
「……俺達、ここら出身なんです。ミドと俺は所謂幼馴染って奴で……」
「んぐっ……俺達はもともとあの炭鉱で働く人達の食料を供給する為の農村の出身なんだ」
ミドというらしい少年が少し遠くの方を見る。おそらく、そこに彼らの生まれ育った村があるのだろう。それに、ルミオも頷いた。
「まぁ……俺達も出来る事は殆ど無い、とは思うんですけど……こいつらが行こう、って言ってくれたんで……」
「俺としちゃ、村がどうなろうと知ったこっちゃないんだけどなー」
「貴方が一番心配そうにしてたじゃない」
「うるせっ」
ミドに対して、少女の一人が笑いながらそう告げる。それにミドは恥ずかしげだが、先程村の方角を向いていた事を考えれば、確かなのだろう。と、そんな会話を聞いて、オルガマリーが更に問いかけた。
「あら……じゃあ、貴方達はまた別の所なの?」
「あ、はい。私とメイ、ラムはまた別の村の出で……」
「と言っても私とラムは同じ村だけど、ロザミアはまた別ですけどね」
ロザミアというらしい小麦色の肌のショートカットの少女の言葉に続けて、メイというとんがり帽子を被った少女が自分達の出身を述べる。なお、そのメイという少女とラムという少女は姉妹らしい。
元から姉妹で旅をしていたそうだが、色々――出身が近いので馬が合ったらしい――とあって一緒に居るようだ。そこは流石にカイト達も時間的に聞けていない。
この5人が今回のカイト達のお隣さんだった。最近結成したギルドらしい。弱小だし力量もお察しという程度なので、この様な陣地の端に押しやられたのだろう。とはいえ、人手を欲しているのは事実。故に雇ってもらえたというわけだ。そしてそれ故、カイト達と出会ったというわけだ。
「まぁ、色々と依頼受けてる間にちょっと出会って、って所です」
「そう……でもそれでもよく受けたわね」
「……こいつエルリック将軍に憧れてたんっすよ」
オルガマリーの問いかけにミドが何処か怒りと失望、嘆き等複雑な感情を滲ませる様にルミオを見て告げる。それに、ルミオも少しだけ照れくさそうに頷いた。
「……まぁ」
「あら……それは残念ねぇ……」
「今でも、信じられません。護国の英雄とまで言われたエルリック将軍がタバコの密造なんて……」
どうやら、エルリック将軍とやらが表に出していた顔はまさに英雄に相応しい物だったのだろう。ルミオは本当に悲しげだった。
「っと……それは良いか。で、俺達が語ったんだから、そっちも語ってくれよ」
ルミオが心機一転とばかりに僅かに明るく振る舞ってみせて、カイト達へと問いかける。オルガマリーではなくカイト達なのは、やはり年上の美女に話しかけるのが恥ずかしいからだろう。そうして、カイト達はしばらくの間、ルミオ達との交流を楽しむ事になるのだった。
明けて、翌朝。ルミオ達との宴会を終えて一先ず眠りに就いたカイト達であるが、朝の7時になり朝食を食べている所に、軍からの伝令がやって来た。
とは言え、別に不思議な事はない。昨夜の内に全員に――ついでにルミオ達にも――語っていたので、全員内容は理解していた。勿論、それ故に全員覚悟はしていた。
「ギルド・<<女狼の牙>>のオルガマリーは居るか」
「私よ」
「本日の9時より鞘当てを行え、と司令官より指示があった。問題は?」
軍の伝令はオルガマリーへと最終確認を取る。それに、オルガマリーはカイトを一度見て、彼の頷きを受けてはっきりと頷いた。
「ええ、大丈夫よ。こちらは私の弟子でサブマスターのカイトが出る。問題無いわね?」
「……実力が大丈夫なのであれば」
「なら、問題無いわ。司令にもそうお伝えして頂戴」
「わかった。時間が近づけば、司令部に顔を出す様に」
オルガマリーからの返答を受けて、軍の伝令は伝えるべきをしっかりと伝達して戻っていく。そうしてそれを横目に見送り、オルガマリーは改めて一同を集める。
「さて……大一番よ。改めて内容を確認しておきましょう。まず、この飛空艇の残留組。これはティナちゃんと由利ちゃんに、一葉ちゃん達……貴方達は万が一敵が狙撃してきた場合、こちらも狙撃でカイトの撤収までの間の補佐」
オルガマリーはまず、昨夜の打ち合わせ通りティナ達の動きを通達する。ここは動かさない。この戦いを基点として、軍が何らかの動きを見せる可能性がある。であれば、それを見張るティナは当然ドローンを動かしてその動きを見張る必要があるだろう。三姉妹はその護衛だ。この程度の戦場であれば、カイトの直接的な援護にはホタルが居れば十分だろう。
「さて……それで桜ちゃん。貴方は魔糸が使えるという事だから、周囲を警戒しておいて頂戴。敵が暗殺してくる可能性があるわ。もしナイフ等の物理的な攻撃が飛んできた場合、魔糸で絡め取ってあげて。出来なくても、勢いは殺せるから、それでカイトは大丈夫」
「はい」
「良し、良い子ね。それで、次にソラくん。貴方はカイトが辿り着くまでの間、砲撃を防ぎなさい。それ以降ももし何かあれば、突撃する味方の支援。貴方は決して前に出ない事」
「うっす」
オルガマリーは桜へと指示を与え、ソラへと更に指示を与える。これについては強いて言う必要もないだろう。どちらも得意としている分野を使って、カイトが満足に戦える状況を整えるのが役目だ。
「さて……それで魅衣ちゃんに翔くん。貴方達はもし万が一戦闘が始まった場合、即座にカイトと合流。それまでは私と一緒に待機。ユリィちゃんとホタルちゃんは更に万が一に備えて、少し離れた所で待機しておいて頂戴。カナンちゃんは、切り札ね。貴方の身の上は聞いている。なら、それは今はまだ見せるべき時ではない。ティナちゃんと一緒にこっちで待機」
「「「はい」」」
オルガマリーは最後に、残る面子に対しての指示を飛ばす。これで、とりあえず大丈夫だろう。ホタルとユリィが離れた場所なのは、敵がもし軍勢で出て来た場合に横から奇襲を仕掛ける為だ。敢えて言えば魅衣と翔は陽動と言っても良いだろう。
「良し……じゃあ、貴方達は留守番、よろしくね」
オルガマリーは立ち上がると、最後に相棒の巨狼達に向けて指示を飛ばす。今回はタイマンだ。もしカイトが敗北――そんな事は有り得ないと断言出来るが――したとて、次に出るオルガマリーは相棒の巨狼は連れていけない。勿論、カイトだってユリィは一緒ではない。これは一騎打ちだ。一対一が絶対条件だ。
「良し。じゃあ、ご飯を食べてしっかり準備運動をして、行動開始よ」
オルガマリーが一同に号令を下す。そうして、この後2時間を掛けてカイト達は最終調整を行う事にするのだった。
さて、それから二時間後。カイト達は軍司令部へと顔を出していた。
「来たか。話は聞いている。そちらの少年が向かうのだったな」
「ええ」
一応の偽装に頭にバンダナを巻いたカイトが頷いた。それに、ガラハドも頷いた。
「良し……引くのならここが最後だが……覚悟は良いな?」
「はい」
「よろしい……では、全軍に通達を出せ! 一騎打ちだ!」
ガラハドが号令を下す。もともと用意は整えられていたが、ここからが本番だ。そうして慌ただしく動き始めた司令部をカイト達も後にする。そうして向かう先は、敵陣営と対面しているこちら陣地の出入り口だ。と、そこには既にルミオ達が待ってくれていた。
「行くんだな?」
「声援に来てやったぜ」
ルミオとミドがカイトに対して激励を送る。それに、カイトは彼らととりあえずのハイタッチを交わして、陣地の前へと出る。どうやら、こちらの動きを察していたらしい。敵も飛空艇の魔導砲を起動させて、こちらに何時でも放てる状態にしていた。とは言え、撃ってくる事はない。こちらの出方を伺っているのだろう。
「コルネリウス様。敵に動きが」
「ああ、わかっている」
カイト達の対面。コルネリウスが側近から報告を受け取っていた。どうやらこちらでは実際の軍の動きは彼が引き受けているらしい。
「迎撃準備! いつも通り追い返してやれ! ミランダ。上部ハッチを開く用意を整えさえろ」
「出られるのですか?」
「もし敵がこちらまで近づいてくるようであれば、だ」
コルネリウスはミランダという女性士官の言葉に応じて立ち上がる。それに、ミランダもまた従う様に歩いて行く。
「さて……どういうつもりか……」
旗艦の甲板に出たコルネリウスは、そこからカイト達を見下ろす形で観察する。そうして見たのは、動きを見せながらも何処か観戦に近い様子を見せる兵士達や冒険者達と、陣営の門前に居る一つのギルドだ。しかも横にはガラハドまで一緒だ。
「ふむ……どうやら強力なギルドが来たという所か。あれに先陣を切らせるか」
コルネリウスは敵の思惑をそう予想する。であれば、自分が出向かなければならないかもしれない、と彼は少しだけ気合を入れておく。と、そんな彼の目の前で、向こうが動き始めた。
「では、行け」
「了解……ソラ、頼むぞ」
「おう」
ガラハドの指示を得て歩き出したカイトを見て、ソラが左腕に力を込める。そうして、カイトの周囲に幾つもの魔力の盾が生み出された。<<操作盾>>である。これでカイトを護衛して、所定のポイントまで移動させるつもりだった。それは勿論、コルネリウス達にも見えていた。
「一人か……」
「どうされますか?」
「よほどの自信家と見える。出迎えてやれ」
「はっ……砲撃開始! 容赦はするな!」
コルネリウスの指示を受けたミランダが艦隊全体へと指示を出す。魔導砲は火薬を使った大砲とは違い魔導炉さえ動けば残弾数を気にする必要が無い。籠城だろうと占拠だろうと、問題なく撃ちまくれた。
「……」
自ら目掛けて飛んでくる魔弾に対して、カイトは一切視線を向ける事なく歩いて行く。既にソラがラエリアでこの程度はどうにかなる事は実証しているのだ。であれば、彼を信じれば良いだけだ。そしてソラはその信頼に十分以上に答えてくれた。そんなソラの力量に、コルネリウスは思わず称賛を浮かべる。
「ふむ……この防御壁はあの黒髪の少年か。こちらも見事な腕だ」
「どうされますか?」
「ふむ……俺が行っても良いが」
「おやめください……」
少し楽しげなコルネリウスの言葉に、ミランダがため息混じりに制止を掛ける。もうこの時点でカイト達というかガラハド達ミリックス伯爵軍の目的は分かったも同然だ。なら、選択肢は二つ。乗るか乗らないか、だ。そして彼の答えは決まっていた。
「お前が行くか?」
「ご命令なれば」
「そうか……ならば、もし相手が望めば一泡吹かせてこい」
「御意」
コルネリウスの指示を受けて、ミランダが深々と頭を下げる。その一方のカイトはというと、更に歩き続けて両者の陣営の丁度ど真ん中に立っていた。そこで、彼は足を止める。
「ここら辺で良いかな……ふんっ!」
カイトは足を止めると、一つの旗をそこに突き刺す。そうして、魔弾が飛び交う戦場のど真ん中で大きく息を吸って、声を上げる。
「誰かオレと戦おうという者は居ないか!」
告げるべきは、これだけだ。誰がどう聞いても、一騎打ちの要請。この旗はその為の物だ。両者の合意を得ると、この旗から結界が展開されることになる。その結界は周囲からの攻撃を無効化――勿論、ある程度だが――してくれるのである。
そして戦士である以上、よほどの卑劣漢でなければこの結界が展開されれば普通は手出しはしない。彼らだってプライドがある。正々堂々とした一対一の戦いの邪魔をする事ほど、恥知らずな行いは無いのだ。それが軍であれば、これを展開しての一騎打ちはどちらかが明らかな劣勢に立たない限りは手出し無用が暗黙のルールだった。
「誰かオレと戦おうという物は居ないのか!」
カイトは再度、声を張り上げる。そうしてまだ応じぬ敵軍に対して、今度はカイトは嘲笑を送る事にした。
「これは驚いた! まさかオレの様な若造に挑まれて誰も出てこないとは! いや、エルリック将軍は英雄では無かったのだ、という事も納得出来る! 英雄が偽りであれば、その軍もまた偽りか!」
カイトは嘲笑ってエルリック一派に対して挑発を繰り返す。これで応じぬのなら応じぬでも良し。ガラハドからしてみれば敵は少年一人に恐れをなした、と兵士達に言える。士気も随分上がる事になるだろう。そしてそれは勿論、コルネリウスにも分かっていた。
「言うではないか、あの少年……ミランダ。こちらにも戦士が居る事を教えてやれ」
「はっ!」
どうやら、笑っていられるのはコルネリウス一人ぐらいらしい。カイト程の若造にここまで挑発されてミランダ達周囲の兵士はかなりいきり立っている様子だった。それ故、応じたミランダの声にもかなりの力が込められており、強い意志が瞳には宿っていた。
「動いたか」
砲撃が停止して、陣営の扉が開いていく。それを見ながら、カイトは気を引き締める。ここからは戦いだ。それも一騎打ちである。油断はしない。そうして、カイトは本格的に鞘当てを開始する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
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