第1186話 行動開始
タバコの密造者達の証拠を掴む為、とりあえずミリックス伯爵に取り入る事に成功したカイト達は一先ず伯爵邸を後にすると、準備を整えていた。そんな中、魅衣が何処か感慨深げに口を開いた。
「……この世の中っていろんな人が居るのね」
「うん?」
「ああ、いや……さっきの死んだ兵士ってさ。私らぐらいの年齢でしょ? それで親の言いなりで犯罪する奴もいれば、あの兵士みたいに命がけで情報伝えようとしてたりしてた奴が居るんだな、って」
魅衣は少し恥ずかしげにカイトへと告げる。それに、カイトも僅かに微笑んだ。
「だな……そんな風にならないように気をつけないとな」
「あんたの場合、特に、ね」
「うるせ」
魅衣の軽口にカイトは少し楽しげに口を尖らせる。と、そんな若干楽しげな雰囲気が漂うが、やはりここからは仕事の話だった。故に魅衣は僅かに真剣さを滲ませる。
「で、見立てとしてどんなもん?」
「んー……」
カイトは先程のコルネリウスの腕前を僅かに考える。わかっている事は少ない。少ないが、それでも分かる事はある。
「多分、そこそこ強いな。確実な所は今のソラと同程度か、それより少し上か……」
「……軍の兵士にしちゃ、強くない?」
カイトの見立てに魅衣が僅かに驚いた様子を見せる。とは言え、これは確定だと思っていた。
「まぁ……性能としちゃ、同程度かもしれんがな。どうにせよ経験値がかなり高い。あれは相当修羅場を潜り抜けているな。その分、身体の使い方や戦い方にはあちらに分がある。総合的には、オレ達が出会った頃のアル程度、と言っても良いかもしれん」
カイトは僅かに垣間見えた実力から、そう判断する。後は実際に矛をぶつけてみないとわからない。とは言え、最低でもこの程度と断じては良いだろう。確かに、彼もまた英雄の子に相応しいだけの教育がされている様子だった。
「でも、そんなのでも悪いことしてるんでしょ?」
「らしいな」
カイトは魅衣の問いかけに肩を竦める。今のところ、聞く限りではそう言う話だ。彼が誰に、どう嵌められたのかはわからないし、嵌められたというのとてこちらの勝手な判断だ。事と次第に応じてはそのまま彼らがエルリック一派を討伐するだけになる。
「らしいなって……」
「それを調べに来たんだろ?」
「……そりゃそうだわね」
カイトの答えに魅衣が思わず呆気にとられて笑う。と、そうこうしている内に買い物は終わったらしい。オルガマリーが帰ってきた。
「出来たわよ。おいで」
オルガマリーは相変わらずカイト達の前では決して名前で呼ばない相棒を呼び寄せる。まだカイト達も完全に信頼されているわけではなかった。いや、性根としては信頼されているのであろうが、実力を信頼されていないのだ。そしてそれはこれから示せば良いだけの話である。
「良し……これで大丈夫。さあ、帰りましょう」
相棒に荷物を乗せて更に自分もまたがったオルガマリーが告げる。土地柄の問題かあまり良い物は手に入らなかったが、必要な物――食材等の消耗品――は手に入った。これで当分は活動が可能だ。
そうして、彼らは一度飛空艇に戻って出発までの間に僅かな作戦会議を行う事にする。まず口火を切ったのは、やはりオルガマリーである。
「さて……坊や」
「なんだ、おねーさん」
オルガマリーの問いかけにカイトは笑いながら先を促す。どちらも横では先程ライアードの近くに入った巨狼と日向を撫ぜていた。もうこの時点でどちらも答えはわかっていると言っているようなものだった。
「身体からは、タバコの臭いはしなかったとの事よ。そちらは?」
「手からはしなかった、ということだ」
「やはりね」
カイトからの返答にオルガマリーは納得する。実のところ、ライアードに巨狼を差し向けたのは、そういう事情だ。やはり狼達だ。非常によく鼻が利く。というわけで、屋敷の中に漂う匂いを判別させていたのである。
「ふむ……」
二人は一度黙考する。今のところ、状況証拠だけから見ればライアードは一切タバコの臭いはしていない。であれば、必然として彼は白という事になるだろう。タバコの匂いがしないのにタバコを嗅いでいるわけがない。それはあまりに当然の話と言える。そうして渡された地図をオルガマリーが開いた。
「さっき軍から貰った情報によると、この鉱山はもともとここのミリックス伯と隣のラフネック侯の協働で運営されていたそうね。もともとが領土境にある鉱山だから、ということね」
「というより、ミリックス伯が遠慮した、という所か」
カイトは地図を見ながら大凡を推測する。鉱山の大部分は今カイト達が居るミリックス伯の領土内だが、一部の鉱山は若干ながらも隣の侯爵の領土に入っている。
本来この程度なら侯爵も殆ど気にしないのだろうが、ミリックス家が一応侯爵の顔を立てた、という形だろう。それ故に向こう側にも炭鉱の出入り口があり、聞けばそこから密造者達が出入りしていたらしい。侯爵が兵を出したのも、そこらの理由があるからだそうだ。元々、犯罪者達の出身は侯爵領側らしい。
「さて……」
地図を見ながら、オルガマリーはどうするかを考える。まずこの鉱山の合間にタバコ畑があるのは確実だろう。もう見つかって大事になっている以上、これは確定だ。とは言え、おそらくこれだけではないだろう、というのがカイトと彼女の共通見解だ。
「とりあえずメインとなる主戦場は、ここか」
「ミリックス伯東部の鉱山跡地の前方10キロの所ね」
「そして同時に、飛空艇が不時着した土地でもある」
オルガマリーの言葉にカイトが続く。先にライアードも言っていたが、このエルリック一派はそもそもは隣のラフネック家の出身者達らしい。
そこを脱してこちら側へと逃げてきた際に、内部で先の兵士による造反が発生。旗艦が航行不能に陥って鉱山を大きく越えてこちら側に不時着したそうだ。その後一度大きな戦いがあり、それを囮にして貴族の連合軍がタバコ畑を奪取した、というのが正式発表だった。
「タバコ畑は既に押さえている、ね……はてはさ……」
カイトはここまでの話を見直して、妙な違和感を抱いた。そしてそれは、ソラもまた抱いたようだ。
「……なんで東……いや、その人達からすると西か。西に逃げたんだろうな」
「それはわからん。こちらに共犯者が居たのか、それとも脱出経路があったのか……少なくともラフネック侯爵の領土の海側が封鎖されていたからこちらに出て、ミリックス伯が準備を整える前に海に出ようと思ったのかもしれん」
ソラの問いかけにカイトは推測を語る。なぜ、わざわざこちら側に来ようと思ったのか。それはわからない。が、何らかの考えがあった事だけは事実だろう。とは言え、わからなくとも分かる事はある。
「とりあえず、タバコ畑から証拠は手に入れられんだろうな」
「そうねぇ……流石にもう厳重に封鎖されているでしょうし、下手をするともう破棄が始まっていてもおかしくはないわね」
「となると……敵の本陣に潜入して、隠蔽の者達が動くより前に書類を奪取しないと駄目か」
オルガマリーの明言にカイトも同意して、更に答えを述べる。すでに封鎖されているタバコ畑から何かを探る事は出来ないだろう。もしタバコ畑が押さえられていなければそれはそれでやり方もあったのだが、こうなるともう真実を掴むにはエルリック一派に接触する必要があった。であれば、答えは決まった。
「カイト。ギルドマスターとしての命令よ。飛空艇を発進させて頂戴」
「アイマム。目的地はミリックス伯東部、廃棄された炭鉱前の討伐軍野営地で?」
「それでお願いするわ。あと、この書類は貴方に渡しておく」
オルガマリーはカイトに飛空艇の発進を命ずると、更に懐から一枚の書類を取り出した。それは先程ライアードが言っていた様にこの飛空艇を討伐軍の野営地の外れに停泊させる事の許可証だ。これがあれば、堂々と彼らも飛空艇を乗り降りさせる事が出来るのである。
「りょーかい。じゃあ、とりあえず移動させる……こっちでの相談は任せた。ティナ、お前も頼む」
「ええ。それは任されるわ」
「うむ」
立ち上がったカイトの背に策略の制定は任せる様にオルガマリーとティナが請け負った。そうして、カイトは一人コクピットへと向かい、飛空艇を発進させる事にするのだった。
カイトが飛空艇を再度発進させてから、およそ2時間。太陽が中天を越えてしばらくした頃だ。飛空艇はマリーシア王国ミリックス伯爵領東部にある既に廃棄された炭鉱の近くに到着していた。と、そこに近づけば当然だが軍の巡視艇に見つかる事になり、カイトの操る飛空艇に連絡が入ってきた。
『こちらはミリックス伯爵軍所属の巡視艇だ。飛空艇が我らが封鎖している地域に近づいている。即座に引き返されよ』
「こちらはミリックス伯よりの依頼を受けた冒険者だ。所属ギルドは<<女狼の牙>>。伯爵より飛空艇で乗り入れて良いという許可を頂いている」
『ああ、貴方たちが……念のために書類を確認させてくれ』
「わかった。では認証コードをそちらに送信する」
『確認する』
カイトの言葉を受けて、軍の兵士がカイトから送られてくる認証コードの確認を行う。どうやら、カイト達の事は既に話が通っていたようだ。向こうも困惑する事無く、普通に応じてくれていた。
『……確認した。お待ちしておりました。お通り頂いて結構です』
「かたじけない」
カイト達の事を聞いていたらしい兵士が丁寧な口調でカイト達に道を譲る。と、その中の一隻がカイト達を先導する様に動き始めた。
『飛空艇の前方を移動する小型艇に従って移動してください。あなた方に融通されているエリアにご案内致します』
「ありがとう」
『では、ご武運を』
カイトの感謝の言葉を聞き届けた軍の兵士が武運を祈る言葉と共に、通信を切断して付近の警戒に戻っていく。そうして、カイト達は彼らに与えられた場所に案内される。
『この下のおよそ50メートルをお使いください。外れで良い、という事でしたので司令部からは離れた位置ですが……』
「ああ、いや。こちらは何分ギルドマスターと私が魔物使いだ。周囲の冒険者と軋轢になっても堪らない。なにせ魔物だからな。むやみに傷付けられてもこちらとしても困る」
言外にご了承を、と言った軍の案内人に対して、カイトは首を振って了承を示した。それに、案内人も頷いた。
『そうですか。わかりました。ありがとうございます』
「いや、こちらこそわがままを聞いて貰って感謝する」
『いえ……ただ、外れではありますが、周囲にギルドで来ている方々はいらっしゃいます。そういうことでしたら、十分にご注意を』
「かたじけない。大丈夫だ。挨拶には行くさ」
カイトは案内人の言葉に感謝を示しながら、ゆっくりと高度を下げていく。と、そんな所に再び相手が口を開いた。
『ああ、そうだ。司令がもし到着されたら来るように、とおっしゃって居ました。準備が整い次第、司令部に顔を出してください』
「わかった……陣営中央のテントか?」
『はい。もしわからなければそこらを歩いている兵士に伺って頂ければ。ご案内させて頂きます』
「わかった……あー、全員か?」
『いえ、ギルドマスターとサブマスターのお二人だけで良いとの事です。現状をお教えしたい、との事』
「了解した。では、準備が整い次第、ご挨拶に伺わせていただく」
『お願いします』
カイトの了承を受けて、軍の案内人が飛空艇を翻す。それを見届けて、カイトは飛空艇をしっかりと着陸させた。
「良し……こちらカイト。全員に通達する。飛空艇の着陸が終わった。飛空艇の停止を行う間、外に出て準備を頼む」
カイトは館内放送を使ってオルガマリー達に外での用意を頼んでおく事にする。確かに外に野営地は設けないが、それでも幾つかの準備はしておく必要があった。そうして、カイト達は司令部に挨拶に赴く前に一度準備を整える事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1187話『挨拶と思惑と』




