第1184話 陰謀渦巻く地
何時かの如く密航していた日向と伊勢の同行を認めたカイトの動かす飛空艇は発覚から1時間後。彼らを載せた飛空艇はマリーシア王国南部、海岸に近い領土にたどり着いた。そこが、今回の事件の起きている場所だった。
「こちらエンテシア皇国マクダウェル領より来たギルド<<女狼の牙>>の飛空艇だ。着陸許可を頼む」
『了解……認識番号確認。コントロールはこちらで持つ。そちらは微調整を』
「わかった」
カイトは空港の職員と共に、飛空艇を着陸させるべく飛空艇を動かしていく。そうして、しばらく。カイト達は空港に降りた。
「ここが、ねぇ……」
魅衣が空を見上げてため息を吐いた。
「うん? どうした?」
「……あーれ」
カイトの問いかけに魅衣がため息混じりに顎である方向を示した。その顔には満面に嫌そうな色があった。というのも、そこに居たのは兵士達でかなり下品な笑みを浮かべていたのである。
「うん……? 兵士達?」
「柄悪くない?」
「うーん……まぁ、こんなもんっちゃこんなもんだが……」
カイトは他国の兵士達の実情を知っている。マクダウェル家の様に統率が取れている所だけが全てではないのだ。組織として悪いことをしている所が無いわけではないし、そもそもここ自体がそうだったのだ。何をか言わんや、である。全体的にそう言う風土なのだろう。
「そう?」
「んなもんだ……ま、何かありゃ言え。人の女に手を出してぶん殴られて文句言える奴なぞそうは居ねぇよ。それに……ウチはおねーさんが綺麗なんでな。そっちに視線は行ってくれるだろうさ」
「……あ、あはは……」
魅衣は下品な兵士達を誘惑する様な視線を送るオルガマリーを見ながら、思わず半笑いをあげる。この数日付き合ってみてわかったのだが、どうやら彼女は妖艶というかそういう類の冒険者だようだ。
しかも彼女の場合、魔物使いという役分からその妖艶さが良く似合う。そして似合うから、と触れれば横の巨狼ががっぷりと頭から食べる事だろう。迂闊に触れられない様な雰囲気があった。
「まぁ、こういう所のやり方はオルガマリー……マスターに任せておけ。基本的に彼女がなんとか出来るだろう」
「だと良いんだけど……」
それ以前にあんたが揉めそうなのよねー、と魅衣は内心でため息を吐いた。と、そんな事をしながらもカイトの手は動いている。なのであっという間に飛空艇は停止状態へと移行した。
「良し……マスター! 終わったぞ!」
カイトは声を上げて身を挺して視線を遮るオルガマリーへと報告する。
「そう。じゃあ、行きましょうか。とりあえずは仕事に掛からないと、ね」
「りょーかい」
「はーい。じゃあ、皆出発よ」
オルガマリーは笑いながら全員に号令を下す。今回、カイト達は身分としては全員揃ってオルガマリーをギルドマスターとしたギルドとして来ている。なので号令は彼女が取る事になっていた。そうして、カイト達はまずここらのユニオン支部へと向かう事にする。
「はい……では、これで完了です」
オルガマリーから提示された登録証を使って位置情報を記録したユニオン職員が頷いて、彼女へと登録証を返却する。これでなんとかなるわけであるが、そうして職員が問いかけた。
「あなた方も、あれですか?」
「あれ?」
「ほら……エルリック将軍の……」
ユニオン職員は声のボリュームを落として問いかける。
「ああ、そうね。ちょっと小遣い稼ぎ、って言う所」
「そうですか……にしても本当に残念です。エルリック将軍といえばマリーシアの英雄とまで言われた方なのに……」
ユニオンの職員とて普通の市民だ。故に知っている事は一般市民とさほど変わらない者は多い。故に彼も純粋に将軍が英雄だと思っていたのだろう。かなりの気落ちが見て取れた。と、そうして一つため息を吐いた彼であるが、慌てて気を取り直した。
「はぁ……あ、すいません。それで依頼ですね。はい、こちらで一括で取り扱っています」
「頼めるかしら」
「……はい。任務の受領要項は全て満たしていますね……えっと……数名未届けの方がいらっしゃるご様子ですが……」
「ああ、協力者よ。何も冒険者だけが戦ってるわけじゃあないでしょう?」
「わかりました……それについて何か身分を証明出来る物はお持ちでしょうか」
「ちょっとまってね……カイト!」
ユニオンの職員に問いかけられたオルガマリーは予め決めていたとおり、カイトを呼び出した。
「はい」
「書類。提出」
「はい……これで大丈夫か?」
「えっと……ああ、マクダウェル家の戸籍謄本ですね。えっと……少々お待ち下さい」
ユニオン職員はカイトから受け取った戸籍標本を下に、幾つかの魔道具を使って情報にアクセスしていく。更には書類を確認して、と幾つかの行動を繰り返して、一つ頷いた。
「はい。マクダウェル領マクスウェルのマリーシア大使館の署名ですね。偽造でもない、と」
「当たり前だろ」
カイトはユニオン職員の少し冗談めかした言葉に笑って同意する。当たり前だが、国を越えたのだ。であれば当然、マリーシア王国側からの渡航目的等の調査はある。そこらに嘘は言っていない。冒険者の協力としてあるし、提出した書類に嘘は一切ない。勿論、マリーシア大使館も確認済みだ。彼らの押した印もある。それも当然、偽造されていない。全部本物である。
まぁ、戸籍そのものがマクダウェル家が偽装しているとは誰も思わないのだから当然である。ある意味、盲点を突いたやり方だった。
「はい……では、これがこちらでの任務協力者の為の登録証になります。こちらを伯爵様の館でお見せすれば、任務と共に受領する事が可能となります」
「ああ、助かった……ソラ。これを持ってない奴全員に配布してくれ」
「あいよ」
カイトは受け取った金属のプレートを翔や魅衣達持っていない面子へと配布する。それは形状としてはドッグタグの様な物で、冒険者への協力者の身元をユニオンが保証する、という保証書の様な物と考えれば良い。
これを見せる事で、このユニオンの管轄内であれば冒険者と同じ扱いを受ける事が出来るのであった。色々な事情を抱える冒険者だからこその制度だ。場合によっては仕事の依頼人が戦いに参加する事もあるし、事情により依頼人自身が冒険者に近い活動をせねばならない時がある。主にそう言う時に使われる物だった。と、そうしてそれを背後にしながら、オルガマリーがカイトと並んで問いかけた。
「それで、悪いんだけど……その、ここの伯爵様の事、少し教えてくれない?」
「あ……そうですね。来たばかりだというのなら、ご存じないのも仕方がありませんか」
ユニオンの職員は笑ってオルガマリーの言葉に頷いた。いや、勿論言えばカイト達はここの伯爵の名前等は把握している。どういう状況なのか、というのも大凡は理解出来ている。
が、多くの冒険者が行く先の情報を非常に詳しく知っているのか、というと決してそうではない。それにあれから数日だ。状況の推移があった可能性はある。探りを入れておく必要はあるだろう。
「まず、この地はミリックス伯爵という方が治められている土地です」
「それは知っているわ」
「あはは。当然ですよね……えっと、それで基本はここら一帯は南部の漁業と北部の山間部の鉱山にて成り立つ土地です……ほら、道中結構ガラの悪い兵士、居ませんでしたか?」
ユニオンの職員は声を落として問いかける。どうやら、魅衣の見た兵士達はあれが特例というわけではないのだろう。あまり治安は良さそうではなかった。
「まぁ、そこそこという感じだったが……」
「鉱山で働いてた人がそこでの肉体を見込まれて、そっちに組み込まれたりしてる様子なんですよ。まぁ、鉱夫だから悪い、というわけではないんでしょうが……もともと、北の鉱山は結構ガラの悪い人達を無理矢理に働かせていた労働役の炭鉱も多くて……」
「なるほど。犯罪者上がり、というやつが居るわけか」
「ええ……鉱山で働くと肉体は出来上がりますし、元が元ですから喧嘩っ早い方も多い。しかも更生して出て来た、というわけではなく……賄賂とかもまかり通っているらしいですよ」
カイトの要約にユニオン職員は顔を顰めながらも小声で教えてくれる。どうやら、この領土全体がガラが悪いというわけなのだろう。あまり長いしたい所では無かった。
「とは言え、南部の方は良い方も多いですよ。あちらも豪快は豪快ですけど……どちらかというとおおらか、という意味での豪快さですかね。なので鉱山出身と漁村出身でよく揉めたり」
ユニオンの職員が言うとほぼ同時、外で喧嘩の音が響いてきた。それに、彼はため息を吐いた。
「……まぁ、こんな感じです。ここらでも夜は出歩かない方が良いですね。出来れば、そちらの方々も固まって行動する方が良いかと」
「あら……ありがとう。他になにかある?」
「他は見ていただいた方が早いかと。それにあまりうかうかしていても伯爵が軍を動かす可能性もありますからね。お早めに行かれた方が良いかと」
「あら……それもそうね。じゃあ、ありがとう」
「いえ、ご武運を」
オルガマリーはユニオン職員に礼を言うと、椅子から立ち上がる。それにカイトも続いて、二人が立ち上がったのを見てユニオンの職員が頭を下げてカイト達を見送った。と、そうして出ると同時だ。カナンが口を開いた。
「マスター」
「「うん?」」
「あ……いえ、マスターもカイトさんも」
ついうっかり、という所でカイトが思わず振り返る。とは言え、カナンもうっかりカイトの方を指して言っていたのでお相子だろう。というわけで恥ずかしげなカナンが小声でカイトとオルガマリーへと報告する。
「そこの影……タバコを吸っている人、居ます」
「ふむ……」
カイトとオルガマリーの目が一瞬、鋭くなる。どうやら、こんな堂々とした所でもタバコを吸えるぐらいにはなっているらしい。かなり蔓延していると言って良いだろう。クズハ達を連れてこないで正解だった。と、そんなカイトに対して、ユリィが問いかけた。
「どうする?」
「……やめておこう。今揉め事を起こして良い事はない。それより、さっさと伯爵の所に行くべきだ」
カイトは一瞬捕らえて入手経路を割り出すべきかとも思ったが、首を振って取りやめる。この様子なら喫煙者に聞かなくても情報は手軽に手に入れられるだろう。その判断に、オルガマリーも頷いた。
「そうね……坊や。本当に出来るわね」
「そりゃどーも……さぁ、ではお姉さん。行きましょう」
「そうね……全員、伯爵様の前では私とこの子がメインで話すから、なるべく問われない以外では口を開かない様に」
オルガマリーは全員に向けて指示を飛ばす。そうして、一同はそこかしこで蔓延するタバコの煙を嫌煙しながらも、街の中心部にある伯爵邸へとたどり着いた。が、勿論そこで止められる事になる。
「何者だ」
「ここは伯爵様のお屋敷だぞ」
門番達がカイト達を制止する。とは言え、別に彼らとて大凡は理解している様子で、さっさと出す物を出せ、という雰囲気だ。
「ユニオンで依頼を見た冒険者よ。この通り、依頼書も持ってきたわ」
「ふむ……登録証は?」
「マスターとサブマスターの物だけで良い?」
「構わん。全員の物なぞ逐一見てられん」
門番はオルガマリーの問いかけに胡乱げに頷いた。それを受けて、オルガマリーはカイトに頷いて登録証を提示させ、自分も共に提示する。それを見て、門番が僅かに驚いて背筋を伸ばした。
「む……まさかそれはランクAか?」
「そうよ。それと後ろの数人はランクBね」
「わかった。即座に取り次ぐ様に頼もう。あっちの待合室で少し待っていてくれ」
どうやら実力者と見るや、門番達の応対が途端に丁寧なものに変わる。それに一同は内心で僅かに呆れながらも、言われたとおりに待合室とやらに入る事にする。が、そこで盛大に顔を顰める事になった。
「うっへぇ……」
「タバコくさ!?」
「きちゅいでしゅ……」
まず漂ってきたのは、部屋に染み付いているタバコの匂いだ。周囲から見られない事を良い事に誰かがタバコをプカプカと吹かしたのだろう。長年染み付いた匂いはそう安々と取れるものではなく、一応芳香剤は置いていたがそんなものでなんとかなる領域ではなかった。
特にカナンからしてみればそれらの合わさった匂いが感じられており、もう酷い顔だった。と、一方のオルガマリーはタバコの匂いを嗅いだことがないらしい。カイト達に驚いていた。
「わかるの?」
「地球はタバコが普通に出回っているからな……誰もが一度は嗅いだことがある。ユリィ。悪いが魔術で匂いの元消してくれ」
「むーりー……これ部屋全体からしてるー……」
「空気で断層作りゃいいだろ」
「ハイトがやっへよ……この匂い辛い……」
どうやら、ユリィも耐えかねたらしい。鼻を押さえていた。ということで、仕方がないのでカイトは自分でやることにする。
「「「はぁー……」」」
一気に消えたタバコ臭さに全員が揃ってため息を吐いた。とは言え、この匂いが染み付くのは嫌な様子で、誰も座ろうとはしなかった。が、幸いな事にそれでも良かった。すぐに門番達が若干慌て気味にこちらにやって来たからだ。
「お待たせしました。伯爵様が直々にお会いになられるそうです。ご同行を」
「あら……わかりました。では、ご同行します」
「お願いします」
オルガマリーの言葉に門番達が頭を下げる。そうして部屋を出た先には、一人の執事服の男性が待っていた。
「彼に従ってください」
「ええ、ありがとう」
「こちらへ、皆様」
執事服の男性が一同にお辞儀をして、そのまま案内を開始する。そうして、カイト達はこの事件の対処に当っているというミリックス伯爵の所へと案内される事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1185話『語られざる戦い』




