第1183話 偽りの旅路へ
タバコの密造を行っていると目されたエネシア大陸南部にあるマリーシア王国。この根っこを断つ為に冒険部の上層部を率いて出る事になったカイトは、二日掛けてひとまずの用意を整えると再びユニオン支部へと顔を出していた。とは言え、今度は一人ではなく、ティナ以下偽造証を貰う事になる面子全員で一緒である。
「こちらが、皆様の偽造証になります」
ユニオン支部の応接室にて、キトラが一つのアタッシュケースを開いた。そこには人数分の偽造証が入っていた。既に魔力波形の登録等は終わっており、何時でも使える状況だ。
「今回は内容が内容ですので、ケースはお渡ししません。また任務終了後は必ず、当ユニオン支部にご返却を」
「わかっている」
カイトは己の名前が貼り付けられている偽造証を手に取った。名前はそのままだが、印字されている名字は別の物だ。そうして、カイトに続けて各員が各々の偽造証を手に取った。
「何が違うんっすか?」
「性能等は何も。ただ、外観で幾つかの点が異なるだけです。勿論、支部等できちんと精査すれば分かることになりますが、それについては機密事項なのでお教えする事は出来ません」
偽造証をしげしげと見詰めるソラの問いかけにキトラは教えられる事のみを教える。後は自分で考えろ、というのがこの偽造証に対するユニオンのあり方だ。故に教えてくれるのは外観が少し違う、という事だけである。
「それで、残念ながら今回の案件は貴族が関わるという事で先方のユニオン支部には通達しておりません。現地では一切の支援は受けられない事になりますが……」
「わかりきった事だな。だから、こちらも用意は整えているさ」
半笑いになったキトラに対して、カイトは笑ってそれは問題ない事を明言する。脱出経路についてはそもそもで問題が無い。
「そうですね。とは言え、万が一の場合にはユニオン支部からの通達が飛ぶはずですし、その偽造証は特殊な仕掛けが施されています」
「特殊な仕掛け?」
「ええ……こちらは教えても良いでしょう。もし万が一、何かがあった場合には貴方達が交戦した相手の魔力波形が登録され、この偽造証は強制的にこちらに転移する事になります。更には自死の場合は当人の記憶が最新の三日分がコピーされて、転移される事になります」
「万が一、ですか?」
「ええ……死んだ場合、とお考えください。万が一死んだ場合、それは何らかの方法で敵により殺されたという事です。魔物であれば、仕方がなし。ですが対冒険者の場合には、調査対象にバレたという可能性が最もあり得ます。その場合、我々ユニオンが命じて出頭、もしくは八大の方々が動いて捕獲へ動く事になります」
キトラは桜の問いかけに万が一が起きた場合の事を告げる。こういう偽造証が配布される依頼で最も考えられるのは、やはりこういった不法行為を行う者達に対する内偵調査だ。
そう言う場合には必然として、殺される可能性が付き纏う。ということで、その万が一に備えた方法だった。これを使って最悪の場合には通報してくれ、という事である。
「まぁ、そういうわけですので、当然敵とて生かして捉えようとする可能性は高い。そう言う場合、この偽造証の魔石の部分に力を込めて<<緊急事態>>と唱えてください。すると、先の事と同じ事が起こります。その場合、もしまだ生きていれば我々の用意した腕利きが即座に救助に向かう事になりますが……」
キトラは言っていて、笑うしか無かった。
「そもそも皆さんの場合はその……お二人がいらっしゃいますので……これは必要はないかと」
キトラはカイトとティナを見ながら告げる。当たり前だが、この二人である。ユニオンの腕利きよりも遥かに上だ。というわけで、今回は更に別の事もしてくれていた。
「というわけで、今回は万が一の場合にはお二人の所に届く様になっています。そしてお二人の物には登録された魔力波形から本来の持ち主……調査員の所へと導ける様な特殊なシステムを搭載しております。最近出来たばかりの新型ですが……使うことが無い様に祈ります」
「そうだな。オレもなるべく使わない事を願うよ……では、感謝する」
「いえ。では、ご武運を」
立ち上がったカイトに向けて、キトラが頭を下げる。そうして、カイト達は偽造証を入手して、本格的な出立の用意を完了させるのだった。
さて、更に明けて翌日。この日が出発の日になっていた。ということで、空港にはオルガマリーが到着していた。なぜ空港なのかというと、遠いので空路で向かう事になっていたからだ。
流石に今から海路では討伐が終わっている可能性がある。そうなると貴族達がその将軍とやらに罪を擦り付けてまた別の所に、となりかねない。それを避ける為にもこの討伐戦に参加する必要があった。
「流石はマクダウェル家……こんな事の為に一隻貸し出してくれるのね……」
オルガマリーの頬は引き攣っていた。理由は彼女の言う通りだ。今回の任務の為に、カイト達には一隻飛空艇が貸し与えられていたのである。大きさは人数を考えて中規模の物だ。
万が一何かがあった場合には移動基地になってくれる様に、というわけであった。攻撃力はかなり低いが、そのかわりに防御力はかなり高い。食料も潤沢に積み込んであるので、最悪カイト達が居なくても一ヶ月程度は籠城可能にはなっていた。
「まぁ、マクダウェル家はトップがクズハ様……ハイ・エルフだからな。座視出来ないんだろ。かなりの旧型艇ではあるけどな」
「そんなものかしら……あ、一応言っておくけど、私運転出来ないから」
「オレが出来る」
「た、多彩ね……」
カイトが平然と告げた事に、オルガマリーがため息を吐いた。そうして、こんな所で駄弁っているわけにもいかない為、カイト達はさっさと飛空艇に乗り込んだ。
「良し……全システムオールグリーン」
「うむ……魔導炉の調子も大丈夫じゃな」
「また何かやったのか?」
「むっふふふふ」
カイトの問いかけにティナが楽しそうに笑みを浮かべる。どうやら、また何か仕掛けを施してくれていたらしい。なお、この飛空艇には当然、ティナの手が入っている。ワンオフではないが改造はしている。ということで彼女が何かいじくり回していても不思議はない。
「聞いて驚け! ちょいと面白い仕掛けを施してのう! ぽちっとな」
ティナは自分のコンソールの前に設置されていたスイッチを押し込んだ。が、何も起こらない。
「……何も起きてないぞ」
「……しまった。防御用の兵装じゃから攻撃されておらん今では意味がない」
「おい……」
「まぁ、良いわ。とりあえずそれについては使うかもしれん、ということで覚えておけ。長時間の使用は出来んが、短時間であれば十分に使用可能じゃ。あ、それと後、遠隔操作で呼び寄せられる様にはしておるから、万が一撤退するという事になれば使え」
「あいよぅ」
カイトはティナの説明を聞きながら、飛空艇のシステムを動かしていく。なお、今回は人数の関係で艦橋というよりも飛行機のパイロット室に近い形だ。なので今コクピットにはカイトとティナしかおらず、オルガマリーはスペースの問題で入ってこれないので、こういう会話をしていても問題はない。
と、そうして起動の準備に取り掛かるカイトを横目に、ティナは動力の確認を行ってくれている一葉らに報告を求めた。
「一葉。そっちの状態はどうじゃ?」
『ホタルが観測しているデータによると、魔導炉は安定状態を保っております』
「うむ。では問題無いじゃろうな。お主らもそこそこで引き上げよ。色々と外付けはしておるが、魔導炉そのものはさほど弄ってはおらん。今問題が出ておらねば、大丈夫じゃろう」
『仰せのままに』
ティナの指示を受けた一葉達が通信機の先で撤退の用意を開始する。所詮はレストアした程度だ。速度こそ現行機に匹敵する程度にはしたものの、そこまでいじくり回してはいないらしい。そうして、その少し後。カイトが飛空艇を始動させて、カイト達ははるか南へと旅立っていくのだった。
さて、それからおよそ一日後。現地時間では出発した時のマクスウェルと同じくらいの時間だ。その頃になり、カイト達はエネシア大陸南部のマリーシア王国へと到着していた。
「こちらはマクダウェル領より来た冒険者の一団だ」
『所属と艦の所属等を送ってくれ』
「了解……送信した。確認を頼む」
『了解』
カイトの求めを受けて、マリーシア王国の国境警備隊が確認を開始する。そうしてその確認が行われている間に、目的が問われる事になる。
『それで、今回の来訪の目的は?』
「南部で冒険者を集めているって話じゃないか。ウチのマスターが噂を聞いてな。ちょいと金稼ぎって話だ」
『ああ、あれか……』
どうやら、国境警備隊の者達も話は聞き及んでいたらしい。カイトの言葉になるほど、と同意を返す。
『ということはギルドマスターのこのオルガマリーってのも乗っているのか?』
「当たり前だろ。オレはパイロットでな。ギルドマスターじゃない」
『ふむ……わかった。確かに、ユニオンにも確認が取れた。ギルド・<<女狼の牙>>。入国を許可する。武器の申請等は申請している空港で受けてくれ』
「感謝する」
カイトは国境警備隊からの入国許可を受けると、再び飛翔機の出力を上昇させて移動を開始させる。そうして通信機のスイッチを遮断して、胸をなでおろした。
「良し……これで、潜入成功と」
カイトはコクピットの中で一人そうつぶやいた。ティナも確認が取れたので興味がないのか、全員一緒にトランプでもして遊んでいた。なのでカイトは一人寂しく運転中である。と、そんな所に少しの物音が聞こえてきた。
「ん?」
カイトは操縦桿から手が離せないので、少し振り向くだけにする。が、どうやら音は近づいてきている様子だった。と、その次の瞬間、桜が駆け込んできた。
「カイトくん!」
「ん? どうした、そんなに慌てて……」
「これです! またです!」
桜は慌てながら、とある小動物二匹の首根っこを提示する。怒っている様子だった。それを見て、カイトががっくりと肩を落とす。
「お前らな……」
カイトが見たのは、伊勢と日向の二人だ。どうやらまた忍び込んだらしい。そうして、カイトは柳眉を逆立てる桜から二人を受け取ると、地面におすわりさせる。
「はぁ……今度はどこに忍び込んだんだー、貴様ら」
カイトは呆れ混じりに二人に問いかける。もう来てしまっているものは仕方がないし、役に立つのは事実である。が、強く言って聞かせる必要はあった。
『食料庫』
『寝てました』
「お前らな……お前らも話聞いてんだろ……」
『たまには行きたい』
日向がカイトの言葉に少しねだる様に口にする。それに、伊勢もぶんぶんと首を縦に振る。カイトも少しだけ態度を軟化させざるを得なかった。
「うっ……」
「カイトくん?」
「はい……とりあえず、次からは言え。お前ら別に連れて行ったって何の問題も無いんだから……」
『『はーい』』
相変わらず何時もの動物の調子のはぁ、とカイトはため息を吐いた。まぁ、この数百年ずっと動物として生きてきたのだ。今すぐ直せ、と言われて直せるわけもない。と言うより、カイト達もそんな風に扱っていない。
「とりあえず、こいつら居れば安全は安全だ。特にオレとティナが即座に手出しが出来ん状態がある可能性もあるからな。今回は大目に見てやれ」
「……まぁ、それなら」
桜はカイトの言葉に不承不承な様子で頷いた。どうやら、桜はペットの調教に関しては結構スパルタらしい。それに対してカイトは知っての通りゲキアマである。なので先程睨まれたわけである。
「まぁ……こいつらの事だ。最悪の場合にはきちんとお前らを守ってくれる。そこだけは、わかってやれ。心配なんだろ、こいつらも。こういう何が起きても不思議じゃない場合には、色々とあるもんだ」
「……はい」
桜は少し不満げだ。が、これは幸運でもある。前に桜が拐われた時に助かったのは間違いなく日向のおかげだ。優れた冒険者ほど、験を担ぐ。これはある意味では験担ぎと言えた。
「良し……じゃあ、お前ら。オレは多分、前に出る。桜達、頼むぞ」
『ん』
『はい』
カイトの指示に二人が頷く。桜達とこの二人であれば、束になったとて二人には敵わない。伊達に王と言われているわけではないのだ。なら、この二人に任せるだけだ。そうして、カイトはこの二人の同行を認めて、再び運転に集中する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1184話『陰謀渦巻く地』




