第1177話 交戦 虫の王
『昆虫の王』らの群れを掃討する為にその巣穴へと強襲を仕掛ける事になったカイト達冒険部一同。その中でもカイトは突入する仲間の支援を行うと共に殿を務めていた。が、それも終わり仲間達全員の突入を見届けると、ソレイユに周辺の掃討を任せて彼もユリィと共に巣穴へと突入する。
「さて……結構先に行っちまったか」
「急いでるみたいだね」
「舗装されちまってるし……時間はこっちに有利になんねぇからなぁ……急ぐか」
「そだね」
カイトとユリィは巣穴の中の様子を見ながら、オルガマリー達がかなり先に進んでいる事を把握する。やはりカイトの見立て通り、オルガマリーとその相棒の巨狼は『昆虫兵士』程度では相手にならなかったようだ。交戦の音はかなり先で響いていた。
とは言え、そこにすぐにたどり着けるのか、というとそういうわけでもない。オルガマリー達は最奥へと一直線に向かっている。脇道に逸れる事はない。特に巨狼の鼻があるおかげで、一直線に『昆虫の王』の所にまでたどり着ける。ということはつまり、だ。横道に居る敵は普通に健在なのである。
「さて……そう言ってもお出迎えはきちんとあるわけで」
「まぁ、こうなるよね」
もう誰も居ないということでユリィがカイトの肩から降りて大型化して、雷を腕に纏わせる。彼らの前には先に向かったオルガマリー達を追撃せんと出て来た『昆虫兵士』達が立ちふさがっていた。追いつく為には、こいつらを倒す必要があるだろう。
「行くぞ」
とは言え、だからなんなのだ。カイトは別に緊張も何もなく、一直線に『昆虫兵士』の集団へと肉薄する。そしてその彼の横を雷を纏った魔弾が通り過ぎていく。ユリィが双銃で支援していたのである。
「ほいよっと!」
カイトは容赦なく敵を切り裂いていく。こちらは瑞樹達とは違い、性能差が圧倒的だ。故に堅牢な外殻だろうと多種多様な武器だろうと問題なく切り裂ける。というわけで立ちふさがった魔物の群れを手早く片付けると、カイトは後顧の憂いを断つべく漆黒の火球を生み出した。
「ユリィ」
「はーい」
カイトの求めに応じて、ユリィが魔術を展開する。そうして生まれたのは、魔術で出来た特殊な籠である。
「<<時の籠>>」
「ほいよっと」
「はい、パタン」
カイトはユリィの創り出した魔術の籠の中に、黒炎を放り込む。そしてその直後にユリィが籠を閉ざした。
「これで良し。じゃ、次行くか」
「はーい」
二人は黒炎の入った魔術の籠を天上に吊るしておくと、それをそのままに更に先へと進み始める。この黒炎はかつてカイトがヴァルタード帝国で盗賊狩りで使った物だ。そしてそれを収納している魔術の籠は、一時的に魔術を停止させておく為の物だと思えば良い。
簡単にいえば時限爆弾か遠隔起動可能な爆弾――今回は後者――だと考えて良かった。出た後にこの中の炎を開放してやる事で、まだ中に残っているだろう魔物を全て焼き尽くすつもりだったのである。
そうして、二人はその先の幾つかの地点に同じ物を設置しつつ、侵攻していく。こんな作業をしていては追いつけはしないが、万が一の場合には一時的に開放して敵を駆逐して後顧の憂いを断つ事が出来る。
それになにより、最悪ルーファウスとオルガマリー、その相棒の巨狼で時間は稼げる。であれば、後顧の憂いを確実に断っておく方が遥かに良いという判断だった。
「ここが、端か」
「ここからは地下だね」
そうして侵攻する事、しばらく。二人の目の前には3メートル程の穴が空いていた。戦闘音はこの先から聞こえており、オルガマリー達は先に進んでいる様子だった。
『昆虫兵士』達の巣は基本的には蟻の巣の様に地下へ向かって伸びており、この様な穴が端にあってそこから階層を行き来するのである。端にあるのは一直線に敵に侵入されるのを防ぐ為だ。勿論、『昆虫の王』と『昆虫の女王』が居るのは最下層の一番奥だ。
「行くか」
「うん」
カイトとユリィは頷きあうと、目の前の穴へと身を躍らせる。と言っても穴の深さはおよそ5メートル程で、すぐに地面に到着した。
「ほい、着地」
「はいはい、出迎え一杯一杯」
地面に着地した二人を出迎えたのは、今回もまた大量の『昆虫兵士』であった。まぁ、ここでもやる事は変わらない。と言う訳で、二人はこれからもしばらくの間、同じ様な作業を行いながら、オルガマリー達を追いかける事になるのだった。
さて、そうして更に二つ階層を降りた頃。ようやくカイトはオルガマリー達の気配を感じ取った。
「お……なんとか追いつけそうかな」
カイトは目の前に歓迎の敵が居ない事を見て、ここを通ったのはついさっきだと理解する。と言う訳で、今度はまた別の意味で後顧の憂い――今度は後ろから追撃されるのを防ぐ為――を断つ為に別の魔術を展開する事にした。
「「<<地雷原>>」」
カイトとユリィの口決に合わせて、幾つもの光り輝く小球が生まれる。それを見て、二人は頷き合って先へと歩いていく。それに合わせて二人の生み出した無数の小球は、彼らの歩いた跡へと埋まっていく。
「こんなもんか?」
「じゃない? 後は合流するまでに幾つかのポイントに仕掛けておけば、大丈夫でしょ」
カイトの同意を求める声にユリィが同意する。この魔術は読んで字の如く、地雷原を生み出す為の魔術だ。とは言え、これは圧力を感知して爆発すると言う訳では無い。敵の気配を察知して上へと一気に上昇して、敵を貫くのである。
「良し、行くぞ。ユリィ、そろそろ肩に」
「うん」
カイトとユリィはとりあえずのトラップを仕掛け終えると、ユリィは小型化してカイトが一気に歩くスピードを上げて駆け抜ける。追いつけるのなら追いついておく方が良いだろう。
そうして、1分後。彼らの目の前に一団の最後尾が見えてきた。とは言え、その間には『昆虫兵士』の集団も一個見受けられた。どうやら、追撃を受けていた様子である。
「見えた!」
「来た! 天音が来たぞ!」
どうやら向こうにもカイトの事は見えたらしい。最後尾で殿を務めていたギルドメンバーが声を上げる。
「とりあえずはこっちに任せろ! そっちはこっちの攻撃に注意していろ!」
「りょーかい!」
運良く挟撃の形になれたのだ。であれば、後は一気に殲滅するだけだ。と言う訳で、カイトは即座に無数の武器を創り出して敵へと投ずる。勿論、ユリィの援護付きだ。
「良し! ユリィ!」
「はいさ! <<地雷原>>!」
カイトの求めを受けて、後ろを向いていたユリィが先程と同じように<<地雷原>>を仕掛けていく。これで、しばらくの間は道中の不安は無いだろう。
「良し。合流」
「お前……相変わらずっちゃ相変わらずだな……」
最後尾のギルドメンバーが呆れを隠さず告げる。あっという間だ。伊達にランクAにして部内最強というわけではない、と改めて思い直したのだろう。
「ま、この程度の相手だと先輩とかでも余裕だ。殲滅力の高いオレならこんな所、って所だろ」
カイトは笑いながら首を鳴らす。とは言え、こんな所で雑談をしている訳にもいかない。さっさと進まねばならないのだ。
「良し、行くか」
カイトはそう決めると、そのまま壁を蹴って前へと進む。後方は<<地雷原>>でなんとかしている。であれば、前をなんとかすべきだった。
「到着!」
「あら」
「うわぁ……」
驚いた様子のオルガマリーに対して、カイトは思わずドン引きする。巨狼は一撃に一匹を確実に踏み潰していて、あまり良い見た目ではなかったのだ。特に虫嫌いの彼にとってはある意味人の死体以上に見たい光景ではなかった。が、すぐに気を取り直した。
「とりあえず、こっちを支援する!」
「じゃあ、さっさと行ってしまいましょう!」
カイトの言葉に応ずる様に、オルガマリーも剣戟の速度を上げる。そうして、カイトが最前線に合流した事により、一同は一気に進行速度を上げていく事になるのだった。
さて、それから少し。カイト達はあっという間に最奥へとたどり着いていた。そこはこれまでの階層とは違い、相当に広かった。
まぁ、それも当然だろう。ここは敢えて言えば玉座の間であり、そして同時に『昆虫の女王』が子を産む為の産卵部屋でもある。故に相当な広さが必要だったのだ。
「さて……ようやく、追いついたぞ」
カイトは目の前にいる無数の『昆虫兵士』の先に居る『昆虫の王』と『昆虫の女王』を見つけ出す。『昆虫の王』の見た目は相も変わらず左腕を喪失している状態だ。
それに対して『昆虫の女王』だが、こちらも大凡の外形としては『昆虫の王』と同じく二足歩行の虫と思えば良い。
が、こちらには腕が四本あり、足が二足、蟻であればお尻にあたる巨大な部位が下腹部に備わっていて、それが蠢いている。周囲には無数の白い卵が産み付けられており、生まれるのを今か今かと待ちわびている様子だった。
「と言っても……これは流石に面倒くさい」
カイトはため息を吐いた。当たり前だが、ここは『昆虫の女王』らの一派からすれば最も重要なエリアだ。当然の様に傷が癒えていない『昆虫の王』も攻めてくるだろうし、乱戦は確実だ。
「しょうがない……やるか!」
カイトは仕方がない、と覚悟を決める。兎にも角にも他の雑魚は兎も角として、『昆虫の王』だけはカイトが戦う必要がある。巣の中で産卵状態にある『昆虫の女王』は動けない。殺すのは容易い。が、その周りの雑魚をどうにかする必要はあった。
「オルガさん。クイーンを」
「あら、わざわざ危ない所を持っていってくれるわけ?」
「あっはははは……てめぇの女を傷付けられてその借りをてめぇで返さねぇと、男としての見栄が立たねぇよ」
「あら……坊やといえど、男という訳ね。良いわ、譲りましょう」
カイトの申し出にオルガマリーが笑みを浮かべる。別に楽をしたい訳では無い。カイトが言う通り、花を持たせてやろう、と言うだけだ。そしてそうなれば、後は決まった。
「良いわ。こっちで露払いはしてあげる……その代わり、坊やはあのお馬鹿さん達と同じ様な失態はしないでね」
「アイマム」
オルガマリーの言葉にカイトは笑い、一気に突撃を仕掛ける。道中の敵は全部タックルで吹き飛ばして無視した。そうして一直線に『昆虫の王』へと肉薄して、遮二無二斬撃を繰り出した。
「よう」
カイトの刀に『昆虫の王』もまた、残る右腕の爪を合わせる。どうやら、向こうも相当怒ってはいるらしい。
「あっはははは。女傷付けられて怒ってるってか?」
カイトは『昆虫の王』と鍔迫り合いしながら、獰猛に笑う。が、生憎と女を傷付けられて怒る度合いは、彼の方が遥かに大きかった。
「おぉおおおお!」
雄叫びと共にごぅ、とカイトの身体から炎が迸る。久しぶりに<<炎武>>を使ったのだ。それに、思わず『昆虫の王』が驚いた気配を滲ませた。どうやら、圧力から勝てない事を本能で悟ったのだろう。だが、カイトに逃がすつもりはなかった。
「おいおい……鍔迫り合いで競り負けりゃ、死ぬぜ」
炎を纏い獰猛に笑いながら、カイトは更に押し込んでいく。ゆっくりとだが、彼の刀が『昆虫の王』の右腕の爪に食い込んで、紫色の血が地面へと滴り落ちていく。後一歩。そこまでたどり着いていた。が、そうは問屋が卸さない。
「っ!」
カイトは咄嗟に地面を蹴って後ろに跳んで、鍔迫り合いを終わらせる。その直後、彼の居た場所へと粘着質の糸が飛んできた。『昆虫の女王』が援護射撃を放ったのである。そしてその隙を利用して、『昆虫の王』が突っ込んできた。
「ちっ……久しぶりに!」
カイトは鉤爪の付いた鉄甲を取り出すと、即座に両腕に装着する。そうしてそのまま一度精神を落ち着けて、意識を切り替えた。
「スイッチ……スタイル・<<風の舞手>>」
カイトは一度両腕をだらりと垂れ下げると、そのまま風の様に流れる動作で敵の貫手を最小限の動きで回避する。そうして、そのまますれ違いざまに残る右腕を粉微塵に引き裂いた。
「はぁー……」
カイトは魔力ではなく気を溜める。そうして、道着の帯を締める様な動作で腕を引いた。
「<<練気・風>>」
カイトの鉤爪に風が宿る。実のところ、魔物で気が使えると言う奴は非常に数が少ない。それこそ中津国以外だと両手の指で事足りる。
故に、気を相手にするとエネフィアの大抵の魔物は調子を狂わされて、無防備にその一撃を受けてしまうのである。使える者が少ない故に魔物達も防御策を理解していないのだ。
「……終わりだ」
風の様に、カイトが地面を駆け抜ける。そうして両腕を交差させて、大きく上から引き裂く様にして『昆虫の王』をぶつ切りにする。が、これで終わらない。
「はぁああああああ!」
カイトは二つの力を応用して、一気に斬撃を叩き込んでいく。そうして、再度呼吸を整える。
「<<練気・焔>>」
今度は、カイトの鉤爪に炎が宿った。と言っても今度は右の鉤爪だけで、先程よりはるかに巨大な力だ。そうして、カイトの生み出した炎が巨大な鉤爪を形作る。
「<<豪炎爪>>!」
口決と共に、カイトが巨大な炎の鉤爪を振り落とした。それは半ば細切れにされていた『昆虫の王』へと襲いかかり、問答無用に消し炭にしてしまう。
「はぁー……まぁ、こんなもんか」
弓道の残心よろしく一つ息を吐いて精神を落ち着けたカイトは、それと共に鉤爪に宿る炎を消滅させる。まぁ、これが敵が完全回復していたのならこんな簡単には行かなかっただろうが、そもそもオルガマリー達によってとんでもなく手酷い手傷を負わされていたのだ。
カイトの見立てでは出力も全盛期の半分程度だった。実力としてはランクB下位程度まで落ちていた。こんなものだろう。そしてどうやら、ほかもそう言う所だったらしい。
「ん?」
ぐしゃり、という音が聞こえて、カイトが振り向いた。どうやら巨狼が『昆虫の女王』に向けてその巨大な爪を振り落とした所らしく、足元にその残骸が見て取れた。今度は、完全に殺せただろう。
そうして、カイト達は巣の掃討作戦を終えて、卵を殲滅する為に黒炎を入れた<<時の籠>>を置いて巣穴から出ていく事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。ちょっとカイトが本気を出したら戦闘はあっけなく終了。
次回予告:第1178話『禁制品』




