第1176話 追撃
レーメス伯爵領にて『昆虫の王』と『昆虫の女王』の率いる魔物の群れの掃討作戦を担っていた魔物使いのオルガマリー。彼女との会合を果たしたカイトは、彼女の要請を受諾する形で瑞樹の抜けた穴に彼女を入れると早速逃げた敵の追撃に移っていた。
「……」
先頭はオルガマリーの相棒の狼だ。名前はあるそうなのだが、彼女の方針からまだ教えない、という事で名前は不明だ。その上には、オルガマリーが乗っている。
「……こっちよ」
そのオルガマリーは相棒の言葉を聞きながら、カイト達を先導する。彼女の相棒の言葉を聞けるのは彼女だけだ。故に、彼女が先導者になるのは当然だった。そうして、その後ろをカイト達が歩いて行く。
「……やっぱり。道中に血の跡が無いわね」
「ということは……やはり傷は塞がっているか」
「相当ズタボロにした筈なんだけど……」
オルガマリーの顔に苦渋が浮かぶのは、仕方がなかっただろう。半ば自分達の叩き込んだ傷が無かった事にされたようなものだ。これで左腕まで治癒していれば、もはや何の為に戦ったのだか、という所である。
「でもまだ、完全に塞がってはいない、と……まだ、なんとかなるわね」
「問題はどうやって引っぺがすか、だな」
「そこは……もうなるようになれの考えでやるしかないでしょう」
カイトの言葉にオルガマリーは盛大にため息を吐いた。『昆虫の王』達を倒す上で、最も上策とされているのは『昆虫の王』と『昆虫の女王』を分離させて戦う事だ。
よほど腕に自信があるのなら話は別だが、片方は最低でランクA、もう片方はランクBの上に山ほどの子飼いの魔物を抱えている。こんな相手を一度に相手にすれば数の暴力に遭うだけだ。だからこそオルガマリーもそれを選んだわけだし、それが出来なくなるのを何よりも危惧していた。が、もう合流されたと見て間違いない。
「そう言えば……聞きそびれたが、『昆虫の女王』はどういう風にして逃げられたんだ?」
「あー……ごっめん。それ聞いてないのよ。何分私も唐突な事だし、既に逃げられてたから……聞き損ねたわ」
オルガマリーは僅かに申し訳なさそうにカイトへと謝罪する。今思えば、と彼女も気になったようだ。とは言え、仕方がないといえば仕方がない。おっとり刀でここまで来たのだ。それこそ彼女はあの時から殆ど休めていない。それでも精細さは欠けていないのだ。これで十分だろう。
「ってことは、最悪結構無事な状態で戦わないといけないことも考えないと駄目か……」
カイトはなるべく最悪の想定を行っておく。というより、現状は既にその最悪の想定だ。もうこれ以上悪いとなると、この上に別の魔物まで攻めてくる事ぐらいだ。もうそうでなければ何でも良かった。
「まぁ……王様の方は殆どランクB程度まで落ちてるはずだから、なんとかなると思うけども……」
「やるしかない、か」
「そういうことねぇ」
オルガマリーとカイトは二人してため息を吐いた。この中で『昆虫の王』とまともに戦えるのはカイトと彼女、そしてルーファウスの三人だけだ。となると必然、カイトかオルガマリーとなるだろう。もう一方は『昆虫の女王』を討伐する事になりそうだが、それは上手くはいかないだろう。なにせどちらも手負いだ。最奥からは出てこないと見て良かった。
「しょうがない……やるしかないんだから、やるしかないか……」
「でしょうね……この先? そう、わかった」
どうやら、気付けば『昆虫の王』の逃げ込んだ巣穴が近いらしい。巨狼の言葉を聞いたオルガマリーが全員に警戒を促す。そして案の定、警戒の『昆虫兵士』が巡回していた。
「はっ」
見敵必殺。カイトは居合斬りで敵を切り飛ばす。下手に鳴き声等で通報されても面倒だ。そして同時に、虫の体液で敵が集まるのも面倒になる。そうして、それに合わせてオルガマリーが巨狼から跳び上がっており、相棒の巨狼もまた残像を残して
「急ぐわよ」
「アイマム」
オルガマリーの小声での号令を受けて、カイトは手で合図して少しだけ移動速度を上げる。そうして、三分もしない内に敵の巣へと到着する。
そこは森の開けた――と言うより『昆虫兵士』達が開いた――所に出来た、深い穴だった。穴は若干斜めになっていて、地中深くまで続いていそうだった。これが彼らの巣である。森の中に深い穴を掘り、『昆虫の女王』はそこに篭もるのだ。
「さて……まぁ、当然の話ですわな」
「ですわね」
カイトの軽口にユリィが応ずる。これは魔物の巣穴なのでこの言い方が正しいかはわからないが、あえて要塞に例えれば厳戒態勢だ。それも超厳重である。
巣穴の入り口付近には隙間なく『昆虫兵士』が待機していて、彼らの複眼もあり360度どこからも忍び込める隙間もなかった。
「どうするかね……と、もう考える必要もないか」
「こうなると、もう強襲作戦しかないわね」
ぼりぼりと頭を掻くカイトの結論にオルガマリーも同意する。この厳戒態勢が解除されるとなると、それはもう王と女王の怪我が癒えた時だ。そこまで待ってやる道理はないし、今のうちに片付けたいのがカイトの本音だ。と、そんなカイトにアリスが提案する。
「あの……カイトさん」
「ん?」
「カタコンベと同じ様には出来ないんですか?」
「カタコンベ、ねぇ……」
アリスの問いかけにカイトは少し前の事を思い出す。あの時、確かカイトが突入して『死霊の王』を魔糸で拘束して、引きずり出した。確かに、あの時と状況としては似ていると言える。だが、カイトは首を振った。
「駄目だろうな。キングは近接戦闘が得意だ。本気で拘束するならまだしも、引き千切られるだろう」
「ではクイーンは?」
「それも駄目ね、お嬢ちゃん。申し訳ない話だけど、私達が一度各個撃破を狙って失敗してしまっている。もう学習されているわ。これが一度目なら、私が外で出迎えてあげても良かったのだけれど……」
アリスの問いかけに今度はオルガマリーが口を挟んだ。なお、これは彼女は明言していないが彼女もまた、魔糸を使えるらしい。とは言え、これは魔物使いであれば珍しくない。彼女らは魔物を捕らえて使役するのだ。であれば、魔糸の一つも拘束用に使えねばならないのである。そうして、オルガマリーが結論を口にした。
「今度は強引にでもキングも一緒に付いてくる事になるわ。結果は変わらない。被害が甚大にならない為にも、それは避けるべきね」
「そう……ですか。あの、では穴を崩落させるのは?」
「それも駄目だ」
アリスの問いかけに今度はルーファウスが否定を入れる。ルーファウスは軍属だ。故にここらの敵とも交戦の経験か知識があったのだろう。
「あの穴が何時出来たかはわからんが、もし万が一崩れさせても奴らは無事だ。そして蟻の様に穴を掘って、今度はどこに出るかはわからない。確実に討伐するのなら、穴の中に突入するしかない」
「そうなんですか?」
「ああ……一度討伐が失敗しているのなら、それしかない」
アリスはルーファウスより自分の提案が却下されて少し残念そうだが、駄目なら駄目だと理解しているらしい。というわけで、少し落ち込んだ様子を見せただけで終わる。と、その会話を小耳に挟みながら次の一手を考えていたカイトが、オルガマリーへと提案した。
「……おねーさん。ちょっと提案が」
「あら。なぁに、坊や」
「坊やって年齢でもねぇがな……ま、とりあえず。先陣で突っ込むの頼めるか?」
「あら……坊やまだ若いのに突っ込むのはお嫌い?」
オルガマリーが茶化す様に問いかける。これに、カイトは肩を竦めた。
「いーや、大好きだね。とは言え……この場合、オレが援護した方が良さそうでな」
「あら……そこそこ有名な日本人の大将さんは器用な事が出来るのね」
「まぁな……というわけで、入り口の敵はこっちで一掃する。そっちには道を切り開いて貰いたい」
「いいわ。やりましょう。私達の尻拭いで私が危険を犯さないのも妙な話だものね」
カイトの要請をオルガマリーは受け入れて、相棒から降りて軽くその側面を叩いた。少なくとも彼女らだけで『昆虫の王』を狩れるのだ。であれば、間違いなく『昆虫兵士』程度では相手にならない事は確実だ。彼女らに突破してもらうのが最良だろう。
「良し……ユリィ」
「うん。準備」
カイトの要請を受けて、ユリィが何らかの魔術を幾つも待機させていく。それは一つを除けば全てが<<増幅陣>>だった。残る一つは、カイトの足場を創る為の物である。
「オケ」
「おう……ルーファウス。彼女の後ろから進め。オレは最後尾で殿を務める」
「了解した」
カイトの指示を受けて、ルーファウスがオルガマリーの後ろに付く。これで、準備は完了だ。そして準備が出来た時点でカイトがユリィと共に密かに宙へと舞い上がる。
「さて……やるか」
カイトは意識を集中させて、無数に蔓延っている『昆虫兵士』の一体一体に狙い定める。そうして、一気に力を総身に漲らせて無数の武具を編み出した。
「行けるな?」
「何時でもどうぞー」
「おっけ……行け!」
ユリィの返答を聞くと同時。カイトは無数の武具を雨の様に降らせていく。
「あら……突っ込むのが大好き、というだけはあるわね! ゴー!」
オルガマリーはカイトの援護射撃を仰ぎ見て、問題なく突入可能だと理解する。そうして、爆音と爆煙に紛れて一気に穴の中へと突入した。
「っ……舗装が完了してる……」
突入して早々、オルガマリーは顔を顰める。森の中なので当然、この穴は土で出来ている。が、『昆虫兵士』達がその体液を土に染み込ませて硬質化させて、崩落しないようにしていたのである。
そしてこれが行われているということは、彼らの新たな住居がかなり出来上がりつつある、という事だ。早くしないと女王が子――『昆虫兵士』――を生み始める事になり、この森に厄災が生み出される事になりかねなかった。
「急いだ方が良いわね……急ぐわよ!」
「「「おう!」」」
オルガマリーの号令に冒険部一同が気勢を上げる。どうやら、穴の中は見た目以上に広いらしい。流石に全員が散開して戦う事は出来ないものの、高さは十分だし、横の広さも剣を振るうには十分な広さがある。戦うには問題ない。
「良し……突入したか。ユリィ、オレ達も行くぞ」
「うん」
突入する仲間の支援を行っていたカイトはそれが終了するのを見届けると同時に一気に足場を降りる。とは言え、それで終わって良いわけではない。当然だが自分達の本拠地が襲撃されているのだ。四方八方から敵はひっきりなしにやってくる。
「ま、そうなるよな……わからないと思うか?」
カイトは予想通りといえば予想通りの展開に、思わず笑みが溢れた。そして予想出来ていたということは当然、対処も出来ていた。
「ソレイユ」
『はーい』
ヘッドセットを介してのカイトからの要請に、ソレイユが返事を返す。これで問題はない。数には数。この程度の距離は無いが如きである。そうして、天より無数の流星が周辺へと降り注ぐ。
「さて……じゃ、行ってくる」
『いってらっしゃーい』
ソレイユの陽気な声を聞きながら、カイトは先に入ったオルガマリー達を追って、中へと突入する事になるのだった。
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次回予告:第1177話『交戦』




