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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第61章 森の異変編

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第1174話 閑話 ――追撃――

 少しだけ、時は遡る。カイトが丁度査問会の名目で皇都へ向けてマクスウェルを発った頃のより数日前だ。その頃に一人の冒険者がマクダウェル領の隣、レーメス伯爵領へと入っていた。


「おぉ、よく来てくれた。過日はすまぬな。儂も色々と目が曇っておった」

「はい、伯爵様。ご機嫌麗しゅう。お久しぶりですが、随分と見違えたご様子で」


 レーメス伯爵の前で、一人の女が跪いた。女、と言っても別に伯爵の妾や娼婦という意味ではない。れっきとした冒険者だ。いや、別にだから彼女が美しくないというわけではなく、ある種の妖艶さがそこにはあった。十分、幾人もの美女を見てきた伯爵からしても美しいと認められる領域だろう。

 とは言え、その妖艶さはあえて言えば、女郎蜘蛛や女豹の類。伯爵程度が迂闊に近づけば、手酷く噛みつかれる事になるだろう。


「ははは。少々、故あってな。お主の噂は聞いておる。聞いた時には随分と驚いたものじゃ。遠方からよくぞ参加してくれた」

「いえ……少々、道中で金の匂いがしましたので」

「うむ、きちんと金は払う」


 レーメス伯爵は相好を崩し、女冒険者に断言する。その女冒険者の腕はかなりのもので、受けるにあたり伯爵が直々に会っておこう、となったのである。

 とは言え、そんな伯爵にはかなりの畏怖というか怯えが見えた。それ故、どうしても気になって彼は女冒険者へと問いかける。


「……の、のう……一応、聞いておきたいのではあるが……噛まぬか?」

「あら……この子は、大丈夫ですわ。しっかりしつけておりますもの。私が噛めと言わない限り噛みませんし、私が待てと言う限り食らいつく事はありません」


 女冒険者は妖艶に笑いながら、自らの横で犬の様におすわりの姿勢で舌を出す巨大な狼型の魔物の首を撫ぜる。


「それとも……お命じであれば、どなたか噛み殺させてみせましょうか。でっぷりと肥え太った者であろうと、鍛えた筋肉の鎧を身に纏う者であろうと、一息に噛み砕いてみせる事でしょう」

「い、いやいや。それには及ばぬ」


 妖艶な笑みの中にある種の毒針の様な危うさを見せた女冒険者に対して、レーメス伯爵は慌てて首を振る。この女冒険者こそ、カイト達が噂に聞いていた魔物使い(モンスターテイマー)だった。

 流れ者である彼女であるが、何らかの目的でこの付近を通りかかりレーメス伯爵が森の掃討戦を行うので人員を集めている、という噂を聞いたらしい。そこで丁度よい小銭稼ぎと彼女も参加を申し出た、というわけであった。


「そうですか……とは言え、たしかに今の伯爵はあまり美味しそうではありませんものね。この子も好まぬでしょう」

「ふぅ……」


 最近鍛えていて良かった。レーメス伯爵はそっと胸を撫で下ろす。女冒険者の先の言葉は確実に彼を指していた。以前彼が一度会った事があるのだが、そこでこの女冒険者の不興を買った事があるらしい。それ故、伯爵が直に会うという話が出た際、それならこの狼を同席させろ、と彼女が言ったのであった。と、そんな彼女が早速と本題に入った。


「さて……では、早速お仕事のお話に取り掛からせて頂きたいのですが……」

「うむ。依頼書は読んでおるじゃろう。故にここからの話は実務を取り掛かっておる軍に話させる故、屋敷の外にある軍の建屋に向かってくれ。キーエス」

「はい、伯爵」

「この者に出来る限りの便宜を可能とする儂の署名を持たせよ。軍には彼女と出来る限り協働して動く様に通達を」

「かしこまりました」


 レーメス伯爵の指示を受けて、老執事が腰を折った。この女冒険者はかなりの腕利きだ。それは横の狼が居ようと居まいと、変わらない。この狼が忠誠を誓っている時点で、それは察せられようものだった。であれば彼女を中心として事を進めるのが上策だろう。


「ありがとうございます。では、私はこれにて」

「うむ」


 手短に挨拶を交わした女冒険者は、レーメス伯爵の許可を受けて立ち上がる。と、そうして一歩を踏み出した所で、ふと思い出した様に問いかける。


「そう言えば……伯爵」

「なんじゃ?」

「お噂は聞いております……それで、一つ問いかけたい事があるのですが……」

「なんじゃ、申してみよ。過日の詫びじゃ。それが皇国に弓引く内容で無い限り、なんでも答えてやろう」


 女冒険者の申し出に、今はもうやましいことは何もしていないレーメス伯爵は迷うこと無く先を促す。そしてその様子に女冒険者はハズレを確信して、しかし何か情報が得られれば、と問いかける事にした。


「これに、見覚えは?」

「む……?」


 レーメス伯爵は女冒険者の差し出した包みを受け取る。そうして誰かに見られる事の無い様に密かに中を見て、驚きに目を見開いた。


「これは……なぜこの様な物が? まさか我が領地で見つかったというのか」

「やはり、そうでしたか。いえ、であれば結構なのです。お気をつけください。闇に潜む者共はまるで水の如く、どこからともなく忍び寄ります」

「うむ。忠言、感謝しよう。これは返そう」

「いえ、差し出がましい真似を」


 レーメス伯爵から返却された包みを女冒険者はしっかりと懐に仕舞い込む。そうして今度こそ、彼女はその場を後にする。


「あちゃぁ……ここもハズレね……どうしたものかしら……」


 女冒険者は苦虫を噛み潰したような顔で、そう呟いた。彼女が何を見せたのかはわからないが、とりあえず実のところ彼女の目下の目的はその包みの中身にあったらしい。


「ん? ああ、そうね。とりあえずはお金を稼いでおきましょう」

「……」

「次、ねぇ……どうしたものかしら。ここでないとなると、もう他国しかないわねぇ。あまり他国まで行きたくはないのだけど……私、この国好きなのよね。料理は美味しいし、美容と健康も発展してるし……」


 女は狼の無言の問いかけにため息を吐いた。どうやら、彼女の予想ではこここそが包みの中身の出処だと思っていたらしい。というより、できればここであってくれ、という願望も滲んでいた。が、先程のレーメス伯爵の驚きを見れば、それが外れである事は誰でも理解出来た。


「しょうがない……一度、マクスウェルに行きましょう。あそこなら……え? 怖い? あらあら」


 女冒険者はどうやら、相棒である狼の気持ちが分かるようだ。相棒の僅かな怯えを楽しげに笑っていた。その様子は確かに魔物使い(モンスターテイマー)に相応しい様子だった。そうして、彼女はそんな相棒と共に、戦いに赴く事にするのだった。




 さて、それからしばらくの月日が経過する。丁度カイト達が妖精の里へ向けて出発して少しの頃だ。彼女はレーメス伯爵の軍と共に森の中に巣食う魔物達の討伐を進めていた。とは言え、それももう終盤で、後は大物であり大本と断つ段階だった。


「ゴー!」


 女冒険者の命令を受けて、狼が一気に人と昆虫を合わせた様な形の魔物へと肉薄する。『昆虫の王(インセクト・キング)』。そう呼ばれる魔物と、彼女とその相棒の巨狼は戦っていた。そしてその前衛を任された巨狼の勢いたるや、残像を生じる程だった。


「ふむ……なかなかにやるわね」


 女冒険者は自分の相棒と敵の交戦を見ながら、魔銃を使って援護射撃を繰り出す。これは戦いだ。正々堂々、一対一なぞやる必要はない。が、その援護は硬質な外皮に阻まれて、殆どが無力化された。

 『昆虫の女王(インセクト・クイーン)』とは違い、『昆虫の王(インセクト・キング)』は純粋にランクAの実力を持っている。故に、魔銃程度では効果が薄かった。しかも素早い所為で狙いにくい。牽制にはなるだろうが、という程度だろう。


「効果無し……厄介ね」


 鋭い爪を交え合う相棒と『昆虫の王(インセクト・キング)』を見ながら、女冒険者は僅かに苦渋を滲ませる。負けるとは毛ほども思っていない。が、なかなか勝たせてもらえないというのもわかっていた。とは言え、彼女に焦りはない。


「さて……あっちは勿論、やれているわよね」


 女冒険者は少しだけ視線を外して、別働隊の動きを探る。彼女と相棒の狼しか居ない様に見えるが、それはこの場に居ないだけだ。と言うより、彼女らがこの『昆虫の王(インセクト・キング)』と戦うのに際して邪魔なので遠慮してもらっただけである。

 そしてその代わり、逃げられない様に『昆虫の女王(インセクト・クイーン)』を討伐してもらう事にしたのだ。勿論、こちらにも後詰はいて、『昆虫の女王(インセクト・クイーン)』の討伐が佳境に入った段階で彼らも参戦予定だ。それが来れば、楽に勝てる相手だった。と、そんな事を考えたからなのだろう。彼女の耳にも聞こえる爆発音が響いてきた。


「おっと……おっぱじめたわね」


 女冒険者は楽しげに笑みを浮かべる。爆発音は明らかに自然に生み出された音ではない。であれば、別働隊が戦いを開始した、という事だ。そしてそれを示すかの様に、『昆虫の王(インセクト・キング)』が僅かにそちらを気にする様な行動を取り始める。


「あら……駄目よ? 貴方の相手はこっち」


 女冒険者は剣を片手に抜き放ち、舌なめずりして妖艶に笑う。鞭さえ持てば、その様はまさに女王様と言う所だ。が、鞭は無くともそれだけの勇ましさはあった。

 別に魔物を使役するからと言って、当人に剣の腕が無いわけではない。と言うより、大半の魔物使い(モンスターテイマー)は当人がその使役する魔物以上の実力者である事が多い。

 魔物使い(モンスターテイマー)にとって魔獣や魔物を使役するのに一番重要なのは、どちらが上かわからせる事だ。その魔物を屈服させられるだけの実力と技量が必要だからだ。勿論、例外としてカイトと日向、伊勢の様に心を通わせた場合もあるが、大凡はこちらである。


「はぁ!」


 女冒険者が一気に切り込む。が、彼女はこれでも楽々と倒せるとは思っていない。『昆虫の王(インセクト・キング)』の実力はランクAだが、それ故に同格の冒険者である女冒険者では時間は掛かると見て良かった。

 そして別に逃げられなければ良いだけだ。別働隊に被害さえ出なければ、こちらの勝ち。領主から見て厄介なのは『昆虫の女王(インセクト・クイーン)』の群れを生み出す能力だ。ただ強いだけの『昆虫の王(インセクト・キング)』なぞ危険性はそれだけに過ぎないのだ。これは依頼だ。手を抜く所で抜いておくのが肝要だ。要は負けなければ良いのである。

 そうして、しばらくの時間が経過する。女冒険者は己と相棒が怪我をしないように戦っていたのでまだ討伐こそ出来ていなかったが、それでも敵にはかなりの手傷を負わせていた。


「あらあら……そんなに気になるのかしら」


 女冒険者は敵へと嘲笑を送る。この魔物は王と女王を中心として群れで行動している。そして『昆虫の王(インセクト・キング)』の役割はその群れを守る事だ。

 それ故に群れの中核たる『昆虫の女王(インセクト・クイーン)』が攻撃されているのを本能で悟っており、何度となくこの場を離脱しようとしていたのが見て取れた。それ故、どうしても意識――あるのかは不明だが――はそちらへ向いており、二人に注力出来ていなかったのである。魔物と人の差、という所だろう。


「気配が近づいてくるわね……そろそろ、向こうも佳境に入ったというわけ」


 女冒険者は近づく幾つもの気配に、ほくそ笑む。この気配は魔物ではない。であればつまり、こちらの増援ということだ。そしてそれはすなわち、別働隊の討伐が佳境に入ったという事なのだろう。そして、その直後。一人の男と女冒険者が目があった。男は勿論、冒険者だ。


「向こうが佳境に入った! 支援する!」

「行くぞ!」


 来た。女冒険者は自分たちの勝利を理解して、思わず笑みが浮かぶのが抑えられなかった。そうして、男の呼び声に何人もの冒険者が集まってくる。どれもこれもが彼女よりも遥かに格下だが、中にはランクBの冒険者も見受けられる。これなら十分だろう。


「援護する!」

「お願いね! それと、うちの子には傷付けないでよ!」

「わかっている!」


 冒険者達は女冒険者の言葉を受けて、一斉に斬撃を叩き込んでいく。流石に同格の相手を二人に多数の冒険者だ。更にはこれまでの戦いで幾つもの傷を負っており、本来はランクAの魔物に相応しい強固な障壁も外殻もズタボロだ。となると後は、数の暴力である。


「ふぅ……」


 およそ、一分後。女冒険者は警戒を解いて一つ息を吐いた。流石に手負いの状況で数の暴力に晒されては『昆虫の王(インセクト・キング)』とて為す術もなく、ボロ雑巾の様にボロボロの状態で床に転がっていた。紫色の血が地面を染め上げ、左腕は完全に切断されていた。

 これが人ならば見るも無残な姿、と言って良いだろう。が、それに彼女は哀れみを浮かべる事もなく、相棒の首に手を回して相棒を愛でていた。後はトドメだけだ。それにしたってランクBの冒険者がすでに仕留めに入っている。


「よくやったわね。後で豪華なお肉をあげましょう」

「ぐるる……」


 主より褒められて、狼は機嫌よく尻尾を振って喉を鳴らす。が、これがいけなかった。女冒険者は手を首に回していた為、狼は彼女に抱きつかれていた為。僅かに響いた物音に気付いても、咄嗟の行動が遅れてしまった。


「っ!」


 本当に僅かな物音に気付いた女冒険者の手がガンホルスターに伸び、魔銃を抜き放つ。彼女はそのまま一気に倒したはずの『昆虫の王(インセクト・キング)』の残骸に向けて連射しようとして、それと同時に悲鳴が響いた。


「ぎゃっ!」

「ちぃ!」


 死骸が無い事に気付いた女冒険者の舌打ちより前に、危険を見て取った狼が駆け抜ける。が、その巨大な爪が振り下ろされるより前に、『昆虫の王(インセクト・キング)』がその場から即座に遠ざかっていく。故に狼の爪は虚しく地面に叩きつけられた。

 そうして去っていく『昆虫の王(インセクト・キング)』の手には一人の冒険者が胴体を貫かれる形で抱えられていた。それを見て、冒険者の一人が号令を掛ける。


「っ! 追え! まだ生きてるはずだ!」

「……駄目ね。この森の中じゃ、間に合わないわね」


 声を荒げて追撃に入ろうとした冒険者達に対して、女冒険者はしかめっ面で迂闊だった事を理解する。確実に殺せたと思える程の手傷を負っていた。もし万が一生きていても長くは無かったはずだ。それ故の僅かな油断だった。


「火事場のクソ力、と言う所かしら……変な奇跡は起こさないで欲しいのだけど……あっちはマクダウェル領方面ね……」


 女冒険者は僅かな焦りを浮かべ、追撃に入っていく冒険者達を横目に去っていった方向を確認する。それに、僅かにどうしようか悩む。

 あちらなら、『昆虫の女王(インセクト・クイーン)』を失った手負いなら問題なく討伐されると思ったのだ。他の貴族の領地への無断侵入はやはり法律で違反となる。今回はやむない事情と言えるが、それでも手続き等でかなりの足止めを食らう事になる。それは、彼女のもう一つの事情から取りたくなかったのだ。が、この迷いが更に事態を悪化させる事になった。

 その数秒後、そうは問屋が卸さない状況が彼女の耳に入ってきたのである。それは彼女が『昆虫の王(インセクト・キング)』に逃げられた事を報告し、マクダウェル領に警戒を促す様に依頼した時の事だった。


「はいぃ!? クイーンにも逃げられたぁ!?」


 通信機を介して入ってきた報告に、女冒険者が素っ頓狂な声を上げる。そしてそうなると拙いのは、彼女には分かっていた。


「追撃部隊を引かせなさい! 私一人で追撃する! あいつらじゃ間に合わないし、もし待ち受けられていたら拙い! コアを食べられて回復されても面倒よ! 下手に回復される可能性があるなら、私一人で倒した方が随分楽!」


 女冒険者はまさかの状況に内心で大きく苛立ちながら相棒を呼び寄せる。『昆虫の王(インセクト・キング)』はかなり速い。更には地中も潜れる。滅多な事では追いつけない。よほど速度に自信があるのなら話は別だが、今から並の冒険者達が追った所で間に合う相手ではないのだ。

 彼女とて相棒を駆っても森の中という不利があって、追いつけるかどうかは微妙な領域だった。後の手間を厭わずに素直に追っておけば良かった、と後悔したい所だが、もう後の祭りである。


「ほんっと最悪! やっぱり汚れるからって手を抜いちゃ駄目ね! 自分の尻拭いだけならまだしも、他人の尻拭いまでなんて……伯爵には所定の口座に報酬振り込む様に言っといて! 私はこのままマクダウェル領に入る! ああ、緊急で連絡もお願い! あー! もうっ! これはリデル公に思いっきり怒られるわね!」


 通信機を使って幾つかの指示を飛ばしながら、女冒険者は相棒を駆って森の中を駆け抜ける。そうして、彼女はそこから数日に渡って敵を追撃する事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1175話『想定外の事態』

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