第1172話 西からの来訪者
ルクセリオ教国の枢機卿・アユルからの依頼と以前の湖底の遺跡を巡る戦いで怪我を負った天竜達の為、妖精達の里へと向かっていたカイト達。そんな道中で『殺人蜂』の群れを片付け、更にその後カイトが毒液の回収をしている最中に妖精達の里を守る妖精の戦士達と出会う事になっていた。
と、そんな彼らに導かれて、カイト達は二度目――厳密には違うが――となる妖精達の里へと足を踏み入れていた。そこでとりあえずカイトは幹部格の面子だけを連れて、一度妖精族の族長となるレミィへと謁見する事になった。
「あら……まさかこの状況でカイトが来るのかー」
「お前まで言うの!?」
出会って早々のレミィの言葉にカイトは声を荒げる。どうやら、カイトが今の状況で来る事は想定外だったらしい。
「だって……今の森の状況を知ってれば絶対来ないでしょ」
「なんでさ」
「……『昆虫の女王』が居るのよ。多分だけど」
カイトの問いかけにレミィがため息混じりにある魔物の名前を告げる。それに、カイトは盛大にしかめっ面をした。
「な……ん……だと……」
ゾワゾワゾワゾワ、とカイトが身震いする。もう想像しただけで身の毛がよだつという感じだ。
「おし。オレ今回近接やんね」
「目、目がマジですわね……」
カイトの口ぶりと表情を見ながら、瑞樹が僅かに肩を震わせる。それに、カイトが声を荒げた。
「都会っ子舐めんな! 虫は駄目なんだよ! こちとら大阪生まれの東京育ち! 何年野山を、草原を駆け回ろうと虫は駄目なんだよ!」
「あはは」
これは本当に駄目らしい。半分涙目のカイトの言葉に、瑞樹もそれを理解する。まぁ、彼女も虫が駄目は駄目だが、ここまでではない。そうして、まるで躁鬱病の様にカイトは一転テンションを急落させる。
「あのうぞうぞってのが駄目なんだ……もう見るだけで……腹の裏側とかもう駄目……あぁああああ……ゾワッと来た……」
「で、でもそう言えば……あの夏場の黒いのとかは平然と対処されてました……わよね?」
カイトに対して瑞樹が問いかける。基本的に彼の周囲の少女で虫が大丈夫というのは、意外な事にクズハと桜、ユリィぐらいなものらしい。
桜は生来のお上品というかそういう気質からか、それとも天然が入っているからか別に虫がどうという事はないらしい。クズハはそもそもエルフで、ユリィは妖精だ。どちらも自然と共に住まう者だ。
エルフは森に住まう者なので虫達はある種の同胞と捉えているし、純血の妖精はそもそも蝶や蜂等の花々の蜜を運ぶ虫とは非常に繋がりが深い。どちらも生来の気質として、虫にそこまでの生理的嫌悪感は抱かない。ここらはやはり人間と異種族という差なのだろう。
「ああ、あれ? カイト、内心超絶にビクビクしてるよ?」
「え?」
「一応平然としてるけどさー……実際、空元気とかやせ我慢に近いよ」
「……」
ユリィの解説にカイトは無言で口を尖らせるだけだ。つまり、その通りという事なのだろう。
「実際、魔術使えるから良いけどさ。使えなかったらお風呂場に出た時とかどうしてるんだか、って私何時も思うんだけどねー」
ユリィは相変わらず呆れを隠さない。ここら、カイト曰くお風呂の蓋を使って対処する、との事である。飛んでこない様にガードした上で、カラスの行水という事である。というわけで、カイトはそんな話題から逃げる事にした。
「んなこと有り得ないので考えたって無駄だ……で? んなこたぁ、どうでも良い。なんで『昆虫の女王』なんて厄介な奴が?」
ユリィの言葉を適当に受け流しつつ、カイトは盛大な嫌悪感を隠そうともしないで問いかける。何が厄介なのか、というのはまぁ、簡単に言えばこれは無数の昆虫型の魔物を引き連れるのである。虫嫌いのカイトからすれば天敵と言える魔物だった。
「わからないわ。でも西から来た、と言う所らしいの」
「西から、ねぇ……」
カイトは脳内に入っている報告を一応展開してみる。こういう強力かつ厄介な魔物が移動するとなると、必然そこには何らかの理由があった。それを考える為にどこかに手がかりがある可能性はあるのである。と、同じく情報を展開していたユリィが先に情報に行き当たった。
「そう言えばカイト。お隣さんの所で魔物使いが入ったって報告あったよ」
「魔物使い……あー……そう言えばそんな噂があったな……確か領内の治安回復で大掃討作戦を立案、って言う話でこっちにも使者が来てたか……」
カイトは冒険者達のネットワークを介して入ってきた情報を思い出す。やはり魔物使いは数が少ない。それ故、そこそこ有名所になると噂になる事があるのである。
「風のうわさがあるということは、そこそこの腕利きか……確かに強い魔物をテイムしてる可能性があるな……」
「多分」
カイトの推測にユリィも同意する。治安改善の一環で色々と動いているとはカイトも聞いている。であれば、その際の森狩りで魔物使いが協力していた可能性は十分にあるだろう。
「ふむ……一匹二匹狩り損ねても不思議はないか。となると、連絡が軍には入ってるかもな……まだこっちまでは話が通ってないだけか……ちっ。少々、確認不足だったか」
カイトは顔を顰める。今回は依頼人が依頼人だし、瑞樹達の事もあった。なのでそこそこ急いだし、ここが馴染みという事もありあまり調査もしていなかった。それが、悪く働いたのだろう。とは言えどうにせよ軍に来た所で彼の仕事であるし、であれば、とレミィに聞いておくべき事があった。
「レミィ。クイーンって事はメスだな? オスの方は?」
「見てないわね。群れの規模もそんなにって所。で、今どうしようか、って話し合ってる所にあなたが来たわけ」
「なるほどね。噂になる程のテイマーなら、おそらくキングの方に回って、巣に入った方がミスった、か……」
レミィの言葉でカイトはとりあえずこれが逃した獲物である事を確信する。そしてこれは幸いという所だった。と、そんな勝手に理解していくカイトとユリィへと、瑞樹が問いかけた。
「どういうことですの?」
「ん? ああ、この『昆虫の女王』ってのは群れで行動するってのはさっき話したな?」
「聞きましたわね」
「ああ……実はこいつは二体で一つの魔物に近くてな。『昆虫の女王』と対となる『昆虫の王』って奴が女王を守ってるんだ。で、実は厄介なのはこっちのキングの方でな」
カイトは先程までの嫌悪感をとりあえず忘れる事にすると、瑞樹の疑問に答えていく事にする。
「『昆虫の女王』そのものはランクBって所なんだが……こっちのキングは個体によりばらつきがあるが、最低でもAランク。一筋縄では行かない相手だ」
「最低がAということは……」
「ああ。個体と生息域に応じちゃ、ランクSにも届き得る。が、流石にここらだからな。ランクAの個体で間違いはないだろう。おそらくさっきオレ達が予想した魔物使いが虫に有効な魔物を連れてきていれば、こちらは討伐可能と見て良いだろう」
カイトは瑞樹の推測に答える形で、更に己の推測を重ねる。更に言うと、この『昆虫の女王』が危険視されているのは群れを引き連れる事だ。
その特殊能力を勘案されてランクBになっているだけなので、個体としての戦闘能力はさほどでもない。どちらかと言うと眷属を生む為の母体という役割が強く、そう言う意味でも完全に戦闘能力を発揮出来る事は非常に稀とされていた。が、それ故に厄介な事もあった。
「とは言え……だからといってクイーンの方が厄介じゃないというわけでもなくてな」
「そうなのよねー……だから軍に依頼するかどうか、って言う話……は今したわね」
カイトの半ば嫌そうな顔にレミィも同じ顔で同意する。どうやら、その合間で丁度カイト達が折よくやって来たという所なのだろう。というわけで、レミィが瑞樹を見た。
「実は、あなた達の頼みを今聞けないのにはそこの話もあるのよ」
「どういうことですの?」
「そいつら、森を食い荒らしちゃうのよ。ほら、子供産むのって一大事でしょう? それは魔物も変わらないし、多産の『昆虫の女王』なら尚更。で、エネルギー補給の為に森の生き物から草花まで大半食べちゃうわけなのよ。勿論、私達妖精は然りだし、人なんかも食べちゃう事もあるわね」
「つまり……薬草も食い荒らされる、と?」
「まぁ、分かりやすく言えば、ね」
レミィは心底厄介そうに瑞樹の言葉に頷いた。と言うより、栽培されている薬草は一番奴らの被害に遭いやすい物の一つらしい。というわけで、当然こうなっていた。
「だから、今はちょっと薬草の栽培地には入れないのよ」
「どうしてですの?」
「封印……というわけじゃないけど、かなり強固な結界を張っている上、出入り禁止にしちゃってるのよ。入る所を追跡されても困るものね。一応、お世話の為の人員と万が一に備えた兵士が中に残ってるから無事は無事だと思うけど……」
レミィは困った顔で、今は瑞樹達竜騎士達の頼みが聞けない事を説明してくれた。そしてそうなっては、瑞樹達も無理は通せない。そしてであればこそ、彼女はこう言うしかなかった。
「カイトさん」
「あいよ……非常に、とんでもなくやりたくはないが……仕方がない。レミィ。オレ達を戦力に加えてくれ」
「良いの?」
「しょーがない。グリーン・コスモスの種は倉庫にあることはあるだろうが……薬草が手に入らんのは困る。今から軍に通報するより、こっちで処理しちまった方が圧倒的に早い。それに、今から軍の用意を整えていると傷を癒やされる可能性がある。今、潰した方が確実に良い」
カイトはしかめっ面を隠さない。と言うより、もうここまで公に知られている話だ。隠す意味もない。が、やらなければならないのだから、仕方がないだろう。とは言え、それは竜騎士部隊の関係であり、アリスとルーファウスの二人には関係が無かった。
「ルーファウスとアリスはどうする? お前らの目的は達成されているから、ここで待機でも良いが……」
「いや、撤退の折りには自分も竜騎士部隊には世話になった。であれば、そこでの負傷を見過ごしては騎士の名が廃る。協力させてもらおう」
カイトの問いかけにルーファウスが即断する。ここらは騎士としての誇りがあるのだろう。騎士が借りを作ったまま見過ごすわけにはいかない、という生来の生真面目さがあった。真面目な彼らしい、といえば彼らしい。
「そうか。感謝する……アリスは?」
「一人で待っているのもあれなので……鍛錬にもなりますから」
「そうか。ありがとう……というわけで、全員参加だ」
「そう……わかった。感謝しておくわね。とりあえず貴方がいれば、クイーンぐらいは問題無いでしょう。早い内に奴らの巣を」
レミィがカイトの言葉に応じて、これからの方針を告げようとした丁度その時。彼らが居る屋敷へと唐突に小型化した妖精が入ってきた。それは慌てた様子で、一同の前で即座に膝をついた。
「レミィ!」
「どうしたの?」
「奴らが群れで来たよ! 本隊! 多分」
噂をすればなんとやら。どうやら、丁度敵の本隊がこちらを目指してやって来たらしい。妖精達の里――妖精の里だけには限らないが――には幾つもの栄養となる物が蓄えられている。狙われやすいといえば、狙われやすかった。
「早いわね……付けられたかしら。カイト。悪いのだけど、助力を頼める?」
「あいよ……行くぞ」
「「「了解」」」
カイトはしかめっ面でロングコートを翻す。そうして、連れてきた面子を率いて屋敷の外へ出た。
「全員、とりあえず戦闘用意! お客さんだ! 詳しい事は後で話すが、妖精族の戦士達に協力してお客さんを出迎えてやれ!」
「「「了解!」」」
カイトの号令に、率いてきた竜騎士部隊の面々が応じて即座に用意を整える。そうして、カイト達は『昆虫の女王』という魔物の率いる群れとの交戦に取り掛かる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1173話『想定外の横槍』




