第1167話 探り ――エードラムの場合――
皇都での査問会を終えた翌日。カイトはシアと共に朝早くの飛空艇に乗り込むと、マクダウェル領へと帰還していた。
「じゃあ、私は公爵邸に戻っておくわね」
「ああ、そっちは任せた」
カイトは昨夜から移動の間に掛けて行っておいた各種の手配をシアに任せると、己は冒険部のギルドホームに帰還する事にする。一応、今回の名目は査問会だ。次に動く前に顔を見せておく必要があるだろう。
それにルーファウスにアポを取ってもらっていた為、そこらを確認しておく必要もある。一応予定のすり合わせは椿との間で行う様に頼んでいたので大丈夫だとは思うが、それを確認する為にも戻らねばならないだろう。
「ただいまー」
「おーっす。お帰り」
帰って来たカイトにソラが片手を上げてそれを出迎える。その他は殆どが出掛けており、残っているのは上層部では由利に凛という所だ。それ以外だとアル、ルーファウス、アリスの出向組も残っている。と、そんなアルが手を上げた。
「ああ、カイト。大丈夫……そうだね」
「ああ。流石に今回のはどう考えてもオレ達では対処出来ないというか……予想なんて不可能な話だからな。どうやら『無冠の部隊』からもそこらは回っていたらしくて、幾つかの質問に答えたらそれで大丈夫、と判断されたようだ。まぁ、そのかわり今度本格的な調査を行う際に同行する様に、と言われたがな」
「ああ、そういう……」
アルは表向きのカバーストーリーがどうなったかについて納得の頷きを行う。カイトが無罪放免で出てくる事ぐらいは彼はわかっていたが、ここらのカバーストーリーがどうなるかは聞いていなかった。
いや、正確には敢えて聞かせていなかった、だ。ここを聞かせておかねば、敢えてこう語る事でアルの行動に真実味が出る。ルーファウス達にこれが嘘とは思われない、と言う事だった。
そして案の定、話を聞いていてアルの表情なぞ殆ど見ていなかった二人は気付く事は無かった。所詮、二人の実力は戦闘面が高い以外ではこの程度なのだ。
「ふむ……確かにそれはそうか。あれを故意と見れるほど、皇国も落ちぶれ……いや、こう言うと可怪しいか。可怪しくはない、という所か」
「そういう事だろう。もし皇国とてああいうのがわかっていれば調査をオレ達に許可する事は無かったはずだからな。そこらは、本当に今回はオレ達に運がなかったという事で同情のお言葉を貰ったよ」
「そうか……っと、カイト殿。行きしなに言われていたアユル卿への謁見の件、取り次ぐ事が出来た」
カイトの言葉に納得したルーファウスであったが、その後すぐに本題を思い出す。どうやら、きちんと取り次いでくれていたようだ。
「そうか。わかった。いつ頃伺えば良いかは聞いているか?」
「ああ。今日の午後でどうだ、という風に仰られていた。椿殿にも伺って予定が空いている事を確認して、調整させて貰ったが……」
「ああ、それで構わない。済まなかったな」
「いや、こちらこそ気にかけてもらって感謝する」
カイトの感謝にルーファウスも感謝を返す。今回、カイトはこの間の一件の事情を説明する事を含めて挨拶を願い出ている。表向きは今回の一件で図らずもルーファウスには少々危ない橋を渡ってもらった事もあるので、筋は通しておこうという考えだ。
というわけで、カイトは自分が居なかった間に溜まっていた書類の幾つかに目を通してサインを記入しておくと、昼食を食べてアユルが滞在しているマクスウェル中央区のルクセリオ教教会へと足を運ぶ事にする。同行者はアリスだ。アリスも久方ぶりなので顔を見せてくれ、という事になったらしい。
「エードラム卿。カイト殿をお連れしました」
「ああ、アリス。よく来たな。カイト殿も感謝する」
「いえ、このような時までご挨拶が遅れて申し訳ない」
「いや、事情は聞いている。さぁ、こちらへ。アユル卿がお待ちだ」
カイトの謝罪を受けてエードラムは一度首を振ると、そのまま教会の中へとカイト達を案内する。この教会は元々あるものであるが、和平条約の締結を受けて教国側も認知している正式な物だ。
故に常日頃のアユルはこちらで聖職者としての仕事をしたり本国から送られてくるどうしてもアユルでなければならない書類にサインしたり、という事をしているらしい。なお、住居はこの教会の近くにまた別にある。敢えて言えば、ここは仕事場という所だった。
「ふむ……」
「物珍しいのか?」
「ん? あ、ああ。実は恥ずかしいのですが、今まで教会にはとんと縁がなくて……」
エードラムの問いかけに周囲を少し興味深げに見回していたカイトが照れ臭そうに頷いた。これは演技でもなんでもない、素の感想だ。見せたのは勿論相手の警戒心を取り除く為だが、同時に興味深かったのも事実であった。
「ははは。それはまぁ、仕方がないのかもしれないな。君たちの様に異世界から来て、しかも日々の生活に追われていたのでは祈っている余裕は無いのかもしれん」
「お恥ずかしながら……故にアユル卿らには頭が下がるばかりです」
「? どういう事だ?」
「いえ……彼女らが祈りを捧げるのは天下泰平と天下万民の為。それは私達の様に祈りを捧げられぬ者達の分も祈ってくださっているという事なのでしょう。私は祈りを捧げぬとは言え、祈りを捧げる者を軽視はしませんよ」
首を傾げたエードラムの問いかけにカイトは偽り無く答える。ただ力を振るうだけが戦いではない。こういう神に祈る事もまた、別の戦いと言える。それに曲がりなりにも――そして自称と言えど――彼とて神使だ。祈りが重要なファクターであるぐらいは把握していた。
「ふむ……はぁ。冒険者でそう言ってくれる者がどれだけ居る事やら」
「別に答えを用意してきたとかではないのですが」
「いや、わかっているさ。だが、まぁ……うむ。我が国にも勿論冒険者は居る。そういう者達を見ているとな」
エードラムは苦い顔で笑いながら、カイトの言葉に僅かな嘆息を吐いた。冒険者の質だけは皇国も教国もさほど変わらない。彼らの多くは流浪の存在だ。故に根っこの所は一緒といえば一緒なのである。故に皇国でそうである様に、教国でもいまいち宗教家達というのは軽視されやすいのだろう。
(やはり、根っこは善人と捉えて良いな)
そんなエードラムを見ながら、カイトは内部の冷めた部分で彼女の人柄をそう評価する。答えは確かに用意してきたものではないが、エードラムの人格等を見定める為に言葉を選んではいる。それぐらい、彼には出来る。
(ふむ……)
であれば、権力争いは有り得そうか。カイトはそう判断すると、会話を途切れさせない様に再び口を開いた。
「あはは……まぁ、日本は無宗教と判断されやすいですが、八百万の神々と言うように実は神は多い。何かと祈りを捧げる者は多いんですよ。学校にも武術を行う部屋には神棚という事で神を祀る棚を簡易にでも設けている程ですから」
「ふむ……確かにそれは聞いた事はあるな」
「そうでしたか……まぁ、おそらくそう言う影響なのだと」
「そうか。それは良い心掛けだろう」
エードラムはカイトの返答に満足気に頷いた。彼女は騎士であるが、同時に聖職者でもある。自分達がないがしろにされないのであれば、自然好感を持てるというわけだろう。と、そこら僅かな応答を行った後、カイトは少し興味を得たという感じで問いかけた。
「あの……そう言えばずっと疑問だったのですが」
「なんだね?」
「確かエードラムさんは教皇猊下直属の副団長というお話でしたよね? ルーファウスやアリスから聞いたのですが……」
「ああ、そうなる。ああ、そういうことか」
どうやら、エードラムはカイトが何が疑問なのかわかったようだ。良くも悪くも、カイトの事を高評価としているが故に、だろう。
「うむ。まぁ、たしかに副団長が直々に護衛任務に就く事には勿論、異論はあったさ。君の事だから、この裏には気付いているのだろうしな」
「明言は致しませんが……良かったのですか?」
「あはは。団長よりお前なら任せられると言われては、断れんさ」
エードラムは笑いながら護衛任務が騎士団長よりの命令である事を明言する。そこには剣呑な風は見えず、少なくとも真っ当な形で下された指令である事がカイトには察せられた。
(ふむ……紋章付きの騎士団長と懐刀となる司教が反目しているというのは思いすぎか……?)
副団長ほどの人物が自分の上司である団長と教皇の懐刀と言われる司教の間の軋轢を知らないとは思えない。そして娘を人質に差し出した形の今回の話だ。最悪は死ぬ可能性さえある人事と言える。
そんな場所へ行くとすれば、出来れば騎士団長としては懐刀と言える副団長を護衛にしたいとは思わないだろう。腕利きなら、まだ居るはずだからだ。そしてエードラムにしても僅かな苦味があるはずだ。
それらが無いのであれば、両者の間に軋轢は無いと考えるのが妥当という所なのだろう。騎士団長が何らかの思惑で己の判断でエードラムをこちらに寄越したと考えるのが妥当だろう。カイトは今得られている情報から、そう判断を下しておく事にする。
(となると、気になるのはその騎士団長の思惑だが……)
とは言え、それならそれで気になる事が無いではない。それは彼が考える通り、どういう考えで自らの右腕と言われる程の人物をこちらに寄越したか、だ。死地かもしれない場所に送り込むのだ。何かの思惑が無いとは、思えない。そこはここから探らねばならないだろう。
「騎士団長……教皇猊下の最も信の厚い騎士。5人の騎士団長の一人でしたか?」
「ああ。ああ、君は知らないだろうが、私は実はアリスともルーファウスとも所属は違うから、二人のお父君に仕えているわけではないぞ?」
「そうなのですか?」
「エードラム卿は紋章付き……と言っても、今はマントを装備していないのでわからないと思いますが」
カイトの問いかけにアリスが口を挟む。エードラムは今は戦闘を考えていない為、一応内側に鎖帷子を着込んだだけの修道士の服装だった。故にわからない、というわけだ。
「うむ……っと、こんな所でいつまでもぼさっとしているわけにもいかんな。ついてきたまえ」
思わず足を止めていたエードラムであるが、気を取り直してカイト達の案内を再開する。そうして、更に奥へ進んで修道士達が執務を行う所の一室に通された。
「アユル様。二人をお連れしました」
『あ、はい。入ってください』
扉の先からアユルの声が聞こえてくる。どうやら、丁度手が空いていたタイミングだったようだ。というわけで、エードラムが開いた扉へとカイトは入る。中に居たのは勿論アユルだ。
とは言え、彼女一人というわけではなく、側付きと思われる修道女達が数人一緒だった。服装は勿論全員修道服だが、内々の場だからなのかベールを脱いで居る者も数人見受けられた。アユルもその一人で、金色の髪が露わになっていた。
「お久しぶりです、アユル様」
「はい。お久しぶりです、カイトさん」
入って挨拶をしたカイトに対して、アユルが立ち上がって挨拶をしてくれる。と、そんな彼女がアリスへと視線を向けた。
「アリスもよく来ましたね。久しぶりですが……元気でしたか?」
「はい、幸いにして今のところは皆さんのご助力により」
「そうですか。それは良かった……ああ、そちらへ。皆も一度、休憩に入りましょう」
「「「はい、アユル様」」」
アユルの指示に従い、修道女達が休憩を取り始める。まぁ、いくら修道女達と言っても根っこは人間だ。なので各々思うようにしているらしく、気楽に紅茶を飲み始めたりしている様子だった。そうして、そんな中に混じってアユルが紅茶の用意を整える。
「アユル様は紅茶を入れるのが趣味でな……少しだけ、待って貰いたい」
「そうなのですか」
「それは……楽しみにさせて頂きます」
驚いた様子のアリスに対して、カイトは己も紅茶を飲むので笑顔でそう言っておく。ここらの彼の嗜好に関しては教国も把握して、アユルへと送っている事だろう。下手に興味がない素振りを見せるよりこちらの方が良いという判断だ。
「エードラム。保温器の中にあるスコーンを用意してもらえますか?」
「あ、はい、わかりました。では、少し待っていてくれ。すぐに用意しよう」
「ありがとうございます」
カイトはアユルの補佐に入ったエードラムの言葉に礼を述べると、しばらくの間二人の用意を待つ事にする。そうして、5分程でその用意が全て終了した。
「この紅茶、教国から仕入れた物なんです……アリスもしばらく飲んでいないと思ったので……」
全ての用意を整えてカイト達の分の紅茶を差し出したアユルがそう告げる。そうして、カイトは表向きのギルドマスターとして、アユルへの探りを入れるべく行動を開始する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1168話『探り』




