第1166話 様々な思惑で
『虹を纏う獣』との戦いに端を発する幾つかの事情によって、表向きこの案件に関わる査問会――実態は対策会議――に呼び出される事で皇都へ入っていたカイト。彼はその査問会の名を借りた対策会議にて『虹を纏う獣』やその主に対する幾つかの対策を行うと、その日は皇都に留まる事になっていった。
「ふむ……では帰り次第アユル卿に会いに行くと」
「ああ。丁度よい案件だからな」
久しぶりの開催となる夜会の会場にて、カイトはハイゼンベルグ公ジェイクと話し合っていた。たまさか全員が揃ったのだ。状況もある事だし一度夜会を開いておこう、という皇帝レオンハルトからのお達しだった。
「ふむ……マクダウェル公。彼女やその周辺は今どうしている?」
「特には何も、という所だな。流石に彼女らとて東の果てで何かをしようとは思わんのだろう。一応の報告によれば、アユル卿は日がな一日教会にて祈りを捧げているとの事だ。エードラム卿ら騎士達は時折、オレの所に何か腕を落とさない依頼は無いか、と申し出が有る位と言う所だろう」
アベルの問いかけにカイトは己に上げられている報告を伝える。基本的に、彼女らは変わった動きはしていない様だ。いや、カイトの言う通り出来る場所でも無い事も確かだ。
カイトの領地は皇都の天領のすぐ北側であるが、同時に東の果てでもある。ここら、皇国独自の事情や思惑が絡んでくるので仕方が無い。とは言え、そのお陰でアユルらは皇国の助力が無ければ本国との連絡は取れないのだ。滅多な事は出来無いと考えて良いだろう。
「であれば、しばらくは何も起きないと考えて良いか」
「だろうな。当分は何かが起きる予定は無い筈だ……本国は知らんが」
アベルの言葉に同意したカイトはその上で、と一応言及しておく。教国が何を考えているのかは今を以てしても不明だ。と言うより、不明瞭な事が多過ぎる。と、そんな話をしていると、皇帝レオンハルトが部屋に入ってきた。
「ふむ……5公爵も2大公も全員揃い踏みか。すまんな、少々、他国の使者との会談が長引いた」
「「「陛下」」」
入ってきた皇帝レオンハルトにカイトを含めた公爵と大公達が敬礼で応ずる。そうして、各種の情報を共有する為の夜会が始まる。
「ふむ……では、マクダウェル公。そこについては公に任せる」
「ああ。一応、表立ってのオレの身分での信用は得られているだろう。であれば、表向き中立として彼女らに取り入る事は可能な筈だ。何か思惑があってこちらに依頼してきたとしても、それは確実にオレを通さねばならない。こちらについては、任せてもらっても構わん」
「わかった。その代わり、こちらが西部の監視は承ろう」
トラン大公の言葉にカイトはギルドマスターとしての現状を語り、その上で監視しておく事を明言する。今のところアユル達が持つコネで一番動かし易いのはカイト達だ。
もし彼女らが何かを依頼するのであれば、それは必然としてカイト達の所になる。もしそこを通さないとしてもマクスウェル近郊のギルドで大きな所は一通り押さえている。特に枢機卿からの依頼だ。カイトと揉めない為に確実にギルド同盟に一言通達があって然るべきになる。
これは例えカイトが属する同盟に属していなくても、だ。流石にどこのギルドだってマクスウェル近郊を中心とした同盟と揉めたくはないだろう。よほど金を積まれない限りは依頼内容を伏すとしても一言は言いに来るのが筋だった。特に良いのは大御所達の大半がカイトを知っている事だ。故に、どうしても一言彼には話がある。と言う訳で、そんな彼はトラン家の申し出に応ずる事にした。
「ああ、そちらは任せよう。で、爺。それに関して、そろそろどうにかなりそうか?」
「ああ、うむ。例の件か。ラグナ連邦と今交渉が纏まりそうでな。あちらさんもやはり教国のここ当分の動きは訝しんでおる様子。おそらく、お主らの動きに合わせられよう」
カイトの問いかけにハイゼンベルグ公ジェイクは大凡の見立てを語る。例の件、とはカイト達の教国入りに合わせたカイトの動きの事だ。内偵するのにラグナ連邦と共同して動こうと言う訳だった。勿論、相手にはカイトの事は知らせず内偵の為の腕利きを、と言うに留めている。
「ふむ……マクダウェル公。そう言えば先の調査で興味深い発掘品が出たと聞いたが」
「ああ、洗脳解除装置か。ああ、そうだ。陛下、こちらについて中央研究所の助力を頂きたい」
「うむ、それについてはそう言えば先に話し忘れていたな。ヴァスティーユ大佐をそちらに向かわせたいが」
「そうでしたか。わかりました。受け入れ作業はこちらで整えておきましょう」
カイトは皇帝レオンハルトの言葉に頷くと、更にしばらく公爵や大公達大貴族と言われる者達の間で次へ向けた動きについて話し合う。そうして、その日はそれで終わる事になった。と、与えられた部屋に帰って来た所、そこにはすでに先客が待っていた。
「おっと……連れてきたつもりは無かったんだがな」
「あら……元々私はここ出身よ? 嫁入り前なんだから、別に実家に帰っても問題はないでしょう?」
カイトの言葉にシアはくすくすと笑う。カイトは今回、マクダウェル家から誰も連れて来ていない。椿は先の通りだし、それ以外に連れて行く必要がある者は居なかった。とは言え、彼女はまだ表向き所属としては皇国の皇族だ。こちらに来ていても不思議はない。
「で? 来たと言う事は何か思惑が有っての事だろう?」
「そうね……ハインリッヒの事は覚えているかしら」
「ああ、まぁな。それが?」
カイトはかつて皇都に冒険部が呼び出された時の事を思い出す。あの時、何者かに裏から操られていると言う調査結果が得られていた。その後の調査については皇国の諜報部に任せていたのであるが、それが今ここで出ると言う事は、その結果が出たのだろう。
「教国よ、裏は」
「ほう……」
やはり、という程度ではあるがカイトは僅かな驚きを顔に表す。あの当時はまだ教国との間に和平交渉は持たれていない。勿論、その原因となった『死魔将』の復活なぞ誰も考えていない頃だ。なのでやってきていても不思議は無いと言えば無い。
「気をつけて……と言う必要は無いでしょうね」
「当たり前過ぎるな。オレが、今更? ありえねぇよ。逆はあり得てもな」
カイトは笑いながら、そして呆れる様に己が決して教国側に取り込まれる事が無い事を明言する。そもそも、異族融和派の最先鋒と言われるのが他ならぬカイト自身だ。取り込む事はあっても取り込まれる事はあり得ないと断言して良いだろう。そしてそれを示す様に、シアを抱き寄せた。
「あら……二晩も誰も抱いていないと寂しいのかしら」
「まぁな……ま、それは良い。裏取り、難しかったんじゃないのか?」
「ええ、難しかったらしいわ……ただ、どうにも向こうが意図的に出したらしいわ。勿論、公然と出したら外交問題に発展するから公的では無いわ。向こうが意図的に掴ませたと言う所かしら」
「意図的に、ね……」
カイトはどういう意図が有るか図りかね、少しだけ黙考する。シアも言ったがバレれば外交問題だ。あの当時は冷戦中だったのだから仕方が無いだろう、と言ってしまえばそれまでであるが、やはり一国の皇子に洗脳まがいの事をしていれば外交問題にはなる。そして勿論、教国としてこれが掴まれたいとも思えない。
「……ふむ。教国も一枚岩では、無さそうだな」
「ええ、そのようね」
どうやら、同じ結論に至っていた様だ。カイトの見立てにシアも同意した。そうして、そんな彼女が更に情報を開示した。
「教国の紋章付き……もしかしたら相当な厄介な立場の人物かもしれないわ」
「紋章が? 教皇の懐刀だぞ。権威こそ有名な騎士を輩出する白騎士達には及ばんが、内部的な権威と権力としては間違い無くトップクラスだ。そこと教皇が揉めてるってのか?」
あまり信じられず、カイトは思わずシアの言葉に反論する。紋章を背負う事の許された騎士は教国の誇りだ。それはひとえに彼らが教皇の懐刀と言われる程に教皇から、そして民衆達から信頼されているからでもある。それが教皇と揉める事があるのか、と疑問は尽きなかった。が、あり得ない訳では無い。
「あら……あり得ない事かしら。私は貴方の最も側に居た紋章付きの騎士を知っているのだけれど」
「……そりゃ、まぁ……居なくはないが……」
シアの反論にカイトはトーンダウンする。『白騎士』に所属していたルクスであるが、実は彼は兼任として紋章付き、所謂<<紋章騎士団>>という騎士としても活動していた。『紋章騎士団』所属でもあったのである。
これは彼が聖剣に選ばれた者故の特例ではあったが、同時に民衆達がそれを望んだ事でもあった。勿論、時の教皇もそれを望んだ。十分にその資格は有ったと言える。
「まぁ、そうでなくとも騎士団の上層部も政治の話は避けられないわ」
「それはな」
「多分、ライフ司教と仲、悪いんじゃないかしら」
「なるほど……それならあり得なくもないが……」
カイトはシアの言葉にそれなら分からなくも無い、と微妙な風を見せる。微妙なのはライフ司教もまた、教皇の懐刀だからだ。敢えて言えば二枚看板。この二枚が反目し合うと言うのがどうにも理解出来無かったと言える。
が、分からないでは無い。所詮こう言うのは当人達の相性が付き纏う。足の引っ張り合いが起きていたとしても、それはそれで人として、国として自然な事だろう。
「ふむ……いや、だがもしかしたら紋章付きの副団長がこちらに寄越されているのも、そこらの兼ね合いがあるかもしれんのか……?」
「あり得なくはない、と言う所ね」
「で、聞いて来いと」
「探りを入れて来て、よ」
カイトの言葉にシアは笑いながら訂正する。基本的な話ではあるが、アユルの護衛に関しての人選は教国が決めた事だ。勿論、皇国としても当人の人格面等を調査して問題が無い事を把握した上での人事であるが、それでも基本の決定は向こう側がやった。
であれば、そこに政治的な事情が有っても不思議は無い。騎士団長の力を削ぐ為にライフが横槍を入れていたとしても、不思議の有る事では無かった。根本的にはどこの国も文民統制が遵守されている。教皇の直属とは言え、騎士団長とて逆らえないだろう。
「はぁ……あいさー。お前はどっち陣営の女だよ」
「あら。私の役目はマクダウェル公爵家に最大の利益をもたらしつつ、最大の利益を皇国にもたらす事よ」
「輿入れの持参金見た事ねーぞ」
「私そのものが持参金よ」
カイトの言葉にシアは堂々と言い張った。それに、カイトは半分笑いながらも呆れるしかない。そしてある意味では事実とも言える。彼女の才能は如何な金銀財宝にも勝る。金銀財宝は重要だが、それを完璧に運用出来る人材はそんな物より遥かに貴重で、希少だ。彼女は十分、金銀財宝に勝る人材だろう。
「やれやれ……で、夜に男の部屋に来ているんだから、覚悟は出来ているよな?」
「あら……そろそろ子供の一人でももらえるのかしら」
「あはは。面倒な話にならないのなら、それでも良いんだけどもな」
「流石に未婚の皇女が孕んだら問題ね。やれやれ、今日も皇女様は男に身体を貪られるだけという事かしら」
笑うカイトの言葉にシアは半ばあきれた風を見せながらクスクスと笑う。勿論、呆れた様子を見せているだけだ。そうして、カイトはこの日はシアと共に眠りに就く事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1167話『探り』




