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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第60章 湖底の遺跡編

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第1164話 閑話 ふと思う

 カイト達が虹を纏う厄災を討伐していた頃。マクダウェル領から遠く離れたとある場所にて、『道化の死魔将(どうけのしましょう)』と呼ばれる男は相も変わらず誰かを貶める為の作戦を練っていた。

 まぁ、それはいつもの事といえば何時もの事なので特筆するべき事もないが、そんな彼は少しの報告を受けており、そんな中で少し思うことがあったらしい。微妙に益体もない事、という風で口を開いた。


「……ふと思う事があるのですよ」

「はぁ……」

「名前や人生に確たる意味があるのか、と。それを追体験し、自分の物に出来ればそれはもはやその人本人とさえ言えるのではないか、と。ドッペル、ファントム。なんとでも言えますけどね。過去を自分の物に出来れば、それはもはやその人当人と言い得るのではないか、と思うのですよ」

「はぁ……」


 道化師の言葉に研究者が再び生返事で返す。唐突に何かよくわからない事を言うのはいつも通りといえばいつも通りであるが、それはさておいても今回は意味がわからなすぎる。と、それ自体は道化師も理解していたようだ。笑って謝罪する。


「いやぁ、申し訳ない。この報告書を受けて、少し思ったのですよ。彼女もどうやら数合わせにしかならぬご様子ですし……」

「っ……」

「? いえ、いえいえ。まさか貴方達を叱責するなどと言う事はあり得ません。貴方達は十分にやっている。こうなる可能性は十分、考慮に入れていた事です。この間も言ったでしょう? 多少の数合わせが出るのは当然の事、と。そんな逐一怯えないでくださいな」


 道化師は僅かに慌てた風を見せ、大いに青ざめた研究者に対して笑って安堵する様に告げる。研究者の持ってきた報告には少しの失敗が記されており、それを暗に叱責している様に思えたのだ。

 が、道化師の言う通り別に叱責したいが故に述べたわけではなかった。単にこういう結末になったのか、と少し面白く思い、そこからふと思ってこぼれただけの素直な感情だったからだ。


「ですが、ふむ…………これは面白い。鶴姫という名に聞き覚えは?」

「鶴姫……ですか?」


 聞いたことの無い名だ。研究者はそう思って首を傾げる。まぁ、無理もない。エネフィアでこれを知っている道化師が可怪しいだけだ。それこそ、日本人でさえどれだけの者がこの鶴姫の名を知っているか、という領域だろう。確実に、知らない者の方が多い名だ。


「ええ。日本の、そうですね。言ってしまえば日本の戦姫の様な物ですよ。まぁ、詳しく知らなくても別に問題はありません。そういう女性が居たのだ、という程度です」


 道化師は実験結果を見て、楽しげに頷いた。ここら、彼にも未知の事が多い。故にわからない事も多かったようだ。素直に、こういう結果が出た事を面白がっていた。


「はぁ……」


 一方、研究者も自分が知らない事、そして逆に道化師は知っていた事を理解する。彼は日本について詳しくはないが、道化師は敵がカイトであり、そして彼をかつて何らかの理由で召喚してみせた者に仕えている関係で日本については詳しいだろう。おそらくジャンヌ・ダルクを知っていた事から、欧州も詳しいと思われる。

 それらについては道化師の率いる組織の研究者達の間では共通した認識となっていた。が、それはさておいても何故この場でその名が出て来るのか、というのが理解出来なかった。


「まぁ、それは良いでしょう。いえ、良くないのですが……」


 道化師はどうしたものか、と考える。別にどうでも良いと言ってしまえばそれで良い。これはしばらく前に研究者達が以前得た研究結果を下地として偶然に出来た成果である為、多少数合わせが出るかもしれない、とは思っていた。なのでこの程度で問題となる事はない。


「すでにメインとなる方々は得ましたから、それで良いといえば良いかもしれませんが……ふむ、二人、数合わせになりますか……片方はまぁ、最初期の物なので仕方がないですが、こちらは……」


 せっかく彼らがある程度の成果は上げてくれたのだ。それを斟酌するというのは、率いる者として必要な事だろう。常に人を食った様な性格やその智謀から誤解されるが、別に彼とて将としての能力が無いわけではない。

 そもそも、彼は将なのだ。やろうとすればそれこそ、大国の将軍級の才覚は出せる。演技でどこかの国に忍び込んでいる時にはその才能を遺憾なく発揮して、大いに役立てている。敢えてやらないだけだ。存外、道化という在り方は気に入っているらしい。


「ふぅむ……」


 これを役立てる方法は何か無いか。道化師はしばらく、幾つかの方策を考える。


「いっそ、見切りをつけて捨て駒として使うのも良いですが……ふむ……」


 それはあまりに勿体無い。道化師は自分達の思惑に沿わぬ結果になった以外は完璧な研究結果に、そう内心でもったいなさを感じる。そうして、彼は提出された研究結果へと三度目を落とす。


「ふむ……何度見ても素晴らしい結果ではあります。いえ、嫌味ではなく、本当に心の底から。それ故に惜しい」

「はぁ……」


 心の底から、惜しいと道化師は思っていた。そう、完璧は完璧だ。彼ら研究者達は自分達の望みに九分九厘応えてくれた。いや、それどころかその九分九厘については、十二分に応えてくれたと彼とて賞賛しよう。ただ、残りの中に道化師達が重要視していた事が入っていただけだ。

 これが道化師なのでこの程度だが、それこそ狂人レベルの研究者であればそれこそ涙を流して惜しんだだろう程の出来栄えだ。それ故、道化師にも素直に惜しいと思える領域だった。これを単なる捨て駒にしてしまうのはあまりに勿体無い、と。


「とは言え、このままでは単なる数合わせにしかならないのも事実。となると、後は……とは言え、これをどこぞの下衆に売り渡すのも頂けない。ここまで完璧なのであれば、引く手数多ではあるでしょうが……ああ、そうだ。ならいっそ……」


 これの使い道をどうするか。そう考えた道化師だが、唐突に研究結果の使い道を考えついたらしい。幾つかの事を研究者へと問いかける。


「と、言う風に調整は可能ですか?」

「は、はぁ……その程度でしたらまぁ……些か時間は必要となりますが、可能です」


 道化師の述べた方策を聞いて、研究者は困惑しながらもとりあえず可能そうなのではっきりと頷いた。別に何か難しい事を言われたわけではなく、それこそ地球の技術――勿論、魔術等込みでの話だが――でだって可能な事を言われただけだ。それに、道化師は満足げに頷いて続けた。


「そうですか。それは良かった。とりあえず例の日に間に合いさえすれば、それで構いませんよ」

「それでしたら、おそらく問題なく。まぁ、そこばかりは当人の資質等も関わってきますので何時まで、というのははっきり明言出来かねますが……例の日まででしたら、十分に可能でしょう」

「なら、それでお願いします」


 研究者の再度の明言に道化師は頷いてそれを依頼しておく。たまさか数合わせが面白いおもちゃになってくれそうなのだ。利用しない手はなかった。と、そうして頭を下げて早速作業に取り掛かろうとした研究者に対して、道化師は思い出した様に声を掛けた。


「ああ、そうだ。そう言えば、実用的な方面ではどうするつもりですか?」

「ああ、そちらですか。それについては良い者を見繕う事になるかと」

「そうですか……それでしたら、私がなんとか致しましょう。そちらについては私に一任してください」

「はぁ……貴方様がおっしゃられるのでしたら、その通りで構いませんが。まさかご自分で?」

「あっはは。良い冗談だ。まさか。私は四人の中で最弱。その私がやるわけにはいかないでしょう」


 道化師は大いに笑いながら、研究者の問いかけに首を振る。そうして、それに応じた研究者が一礼して彼の部屋を後にする。言うまでもなく、道化師の依頼に沿う様に動き始めたのだ。


「少々、どうなるか見てみたいものではありますね」


 研究者が去っていった後。道化師は楽しげに笑みを見せる。それは何時もの悪辣とも嘲笑とも取れる笑顔ではなく、新しいおもちゃを見つけた子供の様でさえあった。純粋に、どうなるか興味があったようだ。


「この結果次第では本番にも応用できそうですし……いやぁ、良い拾い物をしました。どう転んでも、私達の良い様にしか転がらない。本当に裏切っても良いし、我らに殉じても良い。どちらでも我々にとって得しかないのも珍しい。彼女だけは、敢えて私が手配して生き延びさせても良いかもしれませんね」


 はじめは単なる数合わせのつもりだった道化師であるが、災い転じて福となす、とばかりに数合わせ以上の結果が得られそうで非常に満足という所だった。と、そうして再び色々と考え始めた道化師であるが、ふと思い出した様にぽん、と手を叩いた。


「ああ、そうだ。それならそれで彼らにも一言言い含めておかなければ……」


 道化師はそう言うと立ち上がる。向かう先は、少し前にカイト達と刃を交えた剣士達の所だ。そうして彼らの集まる所に向かった道化師に対して、かつて剣士二人を出迎え片方に『殿』と呼ばれた男が気付いた。


「よぉう、道化師さん。今日はえらくご機嫌じゃあないかい?」

「ああ、これはこれは。ええ、ええ。今日は少々良い事がありまして」

「そりゃぁ、良かった」


 『殿』は道化師の言葉に大いに楽しげに笑みを見せて頷いた。そうして、そんな彼は彼としての本題を問いかけた。


「で、残りの面子はどうなってるんだい?」

「ええ、丁度そのことで参らせていただきました」


 ちょうどよかった、と道化師は笑顔で頷く。と、そうしてその場に集まっていた面子を見て、数が少ない事に気が付いた。


「おや……剣士様達がいらっしゃいませんね」

「一人は煙草、一人はいつも通り。もう一人は何を考えていることやら」

「……別に何も考えてはいないが」

「じゃあ、ちょっとは応じてくれても良いじゃんかよぉ。俺はあんたに興味津々なんだがねぇ」


 『殿』の言葉に物静かな剣士が少しだけむっとした様子で答える。実のところ道化師が招き寄せた面子の中に剣士は二人だけではなく、彼らと比肩しうる戦士がまだ居たのであった。と、そんな両者のやり取りを見て、道化師が満足気に頷いた。


「ははは。仲良くなられた様で結構な事です」


 出身も違う。年齢も違う。多くの事が違う者達を集めた道化師だが、どうやら険悪なムードではないようだ。別に足並みを揃える必要なぞ彼からして全く考えていないわけであるが、それでも足の引っ張り合いをしないのは良い。これで十分だった。


「ま、煙草吸いに行った方も、もう一人の方も当分は戻らないだろうぜ。どっちも出て行ったのはさっきだからな」

「はぁ……彼らにも困ったものですね……一応聞いておきますが、煙草。きちんとした処方の物を使っていますよね?」


 道化師は二人の剣士に呆れつつも、更にその場に居た一人の雅な着物を来た女に問いかける。当たり前ではあるが、煙草はエネフィアでは禁制品だ。一応この組織なのでお目こぼしはされるが、外に出れば獣人達には一発でバレる。きちんとそこらに対処した物を調合しておく必要があった。


「はい、道化師殿。彼は単に煙草を吸うという行為が好きなだけ。ですので適当に香草でもいぶらせてやれば良いだけです。煙草は単なる見せかけで、羅宇(らう)と吸い口の部分に少々細工をしておきました。当人はこちらにはこのような香りの煙草があるのか、と楽しそうにぷかぷかと蒸しておりましたよ。当分は気付かぬでしょう」

「ありがとうございます。戦う前から肺がんにでもなられてはたまらない」


 楽しげな着物姿の女の言葉に道化師が楽しげに礼を述べる。せっかく招いたというのに、煙草で負けましたとなっては笑い話にもならない。

 なのでここらは当人に隠すことにして、密かに吸っている気分だけ味わってもらう事にしておいた。なお、これについては他の面子も同意する所なので全員の総意として、黙っておく事になった。当人が気付く事になるのは、これからかなり先の事である。


「で? あいつら待つのか?」

「いえ……言伝をお願いしておいて良いでしょうか?」

「ああ。構わねぇよ」


 着物姿の女との会話を終えた道化師の言葉に『殿』は快諾する。当分は暇なのだ。暇にかまけて幾つかの事をやってはいるが、それが効果を示すにはまだしばらくの時間が必要だ。当分は、二人の剣士達の動き――つまりはあの盗人の動き――を待つ必要があった。


「と、言うわけです」

「あらあら……」

「ほぅ……」


 反応を示したのは、二人。着物姿の女と『殿』と呼ばれた男のみ。他は揃って興味なさげだったか、もしくは紹介された最後の人物が誰なのか、と首を傾げていた。

 前にも言ったが彼らは色々とバラバラなのだ。知らない者が居ても、逆に知っている者が居ても不思議はない。というわけで、知っていた二人に先の物静かな剣士が問いかけた。


「ふむ……誰だ?」

「ああ、そりゃ、あんたらは知らねぇか」

「まぁ、それが自然ですものね。とはいえ、あなた方にとっても非常に縁の深い女性です」


 どうやら自分達が知っていて相手が知らない事は別に不思議でもなんでもなかったようだ。そうして、ざっとしたあらましが二人によって語られる。


「そうか。そのような者達が居たのか」

「はい」


 着物姿の女が笑う。どちらも、猛者ではある。それは確かだ。それは請け負える。そんな感じで全員が理解したのを見て、道化師が一つ頷いた。


「さて……というわけですので、剣士様方にもよろしくおねがいします」

「はいよー」


 『殿』は道化師の方を向く事もなく、彼へと手を振って応諾を示す。そうして、道化師はその場を後にして、次の動きをするべく準備を整えていくのだった。

 お読み頂きありがとうございました。ついに主敵も完全に整った模様。とはいえ、そんな事は関係なく、次回から新章です。

 次回予告:第1165話『査問会』


 2018年5月3日

・表記修正

 『九分九厘』の所で残る『一厘』に、とあったのですがこの言い方単独だと紛らわしいので、この部分を削除しました。

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