第1155話 一つの推測
湖底に沈んだ遺跡の更に地下。かつて研究所だった頃に設けられた地下の巨大な研究施設へと足を踏み入れる事にしたカイト達であるが、その為の作業となる瓦礫の撤去作業は一通り終わりを迎えていた。
「これで最後!」
カイトは拳に力を込めて、そこそこ大きめの岩を打ち砕く。手持ち式のドリルで崩すには少々大きすぎた為、素手でやったのだ。そうして、砂塵が晴れた先には一つの扉が現れた。
「やっと出て来たか……さて、どうしたものかね」
カイトは拳を払って扉を見る。どうやら、相当な頑強さがあったらしい。
「扉を確認。かなり頑丈そうだが……なんとかなりそうだな」
『わかった。気をつけよ』
「りょーかい……コントロール・パネルも無事だな」
カイトはティナの注意に頷きながら、コントロール・パネルへと手を当てる。この作業の間にどうやら所長のIDデータが見付かったらしく、カイトはそれを使って扉を開いた。ルーファウスとアリスが居る為、残念ながらレガドの支援は彼女らを介してしか貰えない。注意深く行くべきだろう。
「……開いた。中は……あ」
カイトは扉を開いて中を覗き見て、即座に固まった。というのも、警備ゴーレムと明らかに目があったからだ。これは不運だったと言うしかないだろう。いくら僅かに開いただけとは言え、その僅かな隙間に気付かれてはどうしようもない。
「っ!」
カイトは迷いなく扉を蹴り開けると、そのまま一気に警備ゴーレムへと肉薄する。幸い統括システムはまだ凍結されたままだ。故に警備システムを統括しているシステムも必然凍結されたままで、コントロールは出来ないのだ。よしんば出来たとしてももしこの区画に別個に警備システムがあった場合、それは必然操れない。
よしんば別個の警備システムが無くても、戦闘が起きればそれだけで物音になるのだ。音を出される前に片付けておくべきだろう。が、そうして入ってカイトも気付いた。
「……あらぁ……」
「っ! まずい!」
「マスター!」
たんっ、とホタルが地面を蹴ってカイトの目の前へと躍り出る。そうして、それと同時。無数の魔弾が発射された。
「藪をつついて蛇を出したか!」
ホタルによって爆炎から守られながら、カイトは苦渋に顔を顰める。あり得ない話ではなかったが、扉の先では多くの警備ゴーレムが屯していたのである。
どうやらここから先はかなり構造体がそのまま残されている様子だ。その為、警備ゴーレム達についてもそのまま生き残っていた者が多いのだろう。
「……ちっ! 戦闘用意!」
「は!?」
かなりの苦渋を滲ませたカイトの決断に、瞬が驚きを露わにする。常道としては、敵にここまで大々的に気付かれている以上は一時撤退だろう。が、カイトはそれを突撃と言ったのだ。
「一体一体はまだ雑魚だ! 撤退するにせよ何にせよ、最低でもここに居る分だけでも仕留めてからだ! この程度の雑魚なら討伐の問題は無いし、背後から追われる方が怖い! それに今後を考えれば出来るだけ敵は減らしておきたい!」
カイトは飛び上がって敵陣を一気に通り越すと共に、振り向いて一気に斬撃を放つ。少なくとも背後から襲われるより、ここで倒せる敵を倒しておいた方が良いというのは確かだろう。カイト達が所長のIDを使った侵入者である以上、確実にこのゴーレム達は追ってくる。それは考えるまでもない。
「っ! ちっ!」
瞬はカイトの説明にとりあえず納得しておくと、敵陣へと切り込む。まぁ、この面子だ。更にはカイトが咄嗟の機転により挟み撃ちの形に出来た事も大きい。ものの一分も必要なく、なんとか敵を壊滅させる事に成功する。
「……ふぅ」
「これからどうするんだ?」
「ふむ……」
カイトは瞬の問いかけに少しだけ頭を悩ませる。とは言え、それは一人で答えが出るわけではない。なので、ご意見番に助言を求める事にした。
「ティナ。何か助言をくれ」
『ふむ……』
ティナが密かにレガドと幾つかのやり取りを行う。今回ここに『無冠の部隊』が来ている事はルーファウス達も把握している。であるので、表向きはそちらに相談している事になっている。そうして、しばらくの後にティナが全員へ向けて指示を出す。
『……うむ。では、それで良かろうな。とりあえずそのまま進め。今後の調査を考えたとて、お主ら以上の人員を派遣する事は難しいじゃろうというのが見込みじゃ』
「オレ達だけでか?」
『いや、後詰にソラ達の隊を入り口付近まで進ませる。お主らは退路の確保をそちらに任せ、警備システムの解除を目指せ。その区画内におそらく独自の警備システムがあるというのは確実じゃ。そして幸い敵の一体一体はさほど強くはないじゃろうし、この状態じゃと魔物が出ておる事は滅多にないと断言してよかろう。進むに不具合は今のところはない。元々、人選は戦闘を考慮には入れていたからのう。とは言え、万が一を考えて何時でも撤退可能な様にはしておくのが良いじゃろう』
「……道理か」
カイトはティナの提言を良しと認める。確かに彼らだけでここから進むのであれば些か不安はあるが、後詰と言うか万が一の場合にソラ達が救援に駆けつけられるというのであれば不安は少ない。
そして更に万が一に備えて『無冠の部隊』も控えさせている。なら、今後の事を考えても今は引くではなく先へ進み警備システムの解除を試みるのが正しい結論だろう。
「……了解。良し、じゃあ全員奥へ進むぞ。さっき聞いた通り、すぐにソラ達が後詰に来る。退路の確保はあいつらに任せておこう。ティナ、一応『無冠の部隊』へも支援要請を」
『わかった。やっておこう』
一応しっかりと『無冠の部隊』の名を出しておいたカイトは立ち上がって、全員に号令を下す。それに全員退路の確保が可能であるという事を受けて、立ち上がって歩き始める。そうして、カイト達は周囲の状況の調査を行いながら奥へと進んでいく。
「……構造はかなり無事だ。おそらく元々地下にあったから……か?」
『そうじゃろう。地盤の崩落があったかどうかはわからぬが、少なくとも元々地下にあった以上地上階よりも被害は限定的になった可能性は高かろう。水が流れ込んだにしても……む? そう言えば水はどうなっておる?』
「そう言えば……濡れた痕跡は無いな」
カイトはティナの問いかけに周囲を見回して水に濡れた形跡が無い事を確認する。
「ふむ……ここまで構造体が無事だったんだ。もしかしたら水の侵入が無かったのかもな」
『ふむ……まぁ、あり得る話ではあるか。あの扉が水の侵入を防いでおった可能性はあるか』
ティナはカイト達がこの区画に入ってきた時の扉が無事であった事から、運良くこの先の水の侵入が防げたのではないか、と推測する。
この遺跡の中残っている水の大半は湖からの浸水によってだ。であれば、それさえ防げていればドームで覆われている現状では浸水はしない。扉が蓋になってここまで水が到達しなかった、と見て良いのだろう。カイト達としては何か残っている可能性があるのでそれは良い話だった。と、そこらを話し合いながら調査を続けていたカイトへと、ルーファウスが口を開いた。
「……ふむ……カイト殿。少し良いか?」
「ん? なんだ?」
「構造体が妙に強固だが、何か理由があるのだろうか?」
「ふむ……確かにそれはそうだが……」
ルーファウスの疑問はカイトとしても最もではある。先程もティナと話し合っていたが、元々地下に沈んでいたが故に被害が限定的だったというのならそれはそれで話は通る。とは言え、それにしては妙に被害が少ない様に思われた。と、そんな所にホタルが口を挟んだ。
「マスター。発言許可を」
「許可する」
「了解……本機に搭載された外装のセンサーを使い、外壁が一部剥がれていた部分のチェックを行いました。その結果をデバイスに転送します」
「わかった」
カイトはデータがホタルから送られてくるのを待つ。そうして、数秒後にカイトの腕に取り付けられたウェアラブルデバイスへとホタルの得た情報が表示された。それはカイトとしても少し驚くべき情報だった。
「……鉄筋コンクリートとかじゃあないのか?」
「肯定します。簡易検査ではありますが、全体的に外周部に魔金属が使用されている模様です」
『ほう……』
ホタルの総括にティナが興味深げに目を僅かに見開いた。魔金属とはいわゆる緋々色金や魔法銀の事だ。魔力さえあれば十分に供給されるのであれば通常の金属以上の強度を持つ為、魔導炉の確保と膨大な量の材料の確保さえ可能ならば確かに建物を作る上では選択肢に入る。
『ふむ……予備の魔導炉の停止はおそらく、研究所の倒壊後であろうな。そしてこの様子じゃと、どうやら湖の底に沈んだという余らの推測は正しそうじゃのう』
「倒壊時にはまだ強度があって、その結果この地下構造は無事だった、ということか?」
『そうなる……いや、待てよ……ふむ……であれば……こういう可能性は……うむ。そうか……』
どうやら、ティナは何かに気付いたらしい。少しの間ぶつくさと何かを呟いていた。どうやら『無冠の部隊』の面々やレガドとも相談しているのだろう。というわけでしばらくは放置していたが、3分程待った所でカイトが口を開いた。
「おーい、ティナちゃーん。戻ってこーい。それか教えてくれ」
『む……うむ、すまん。少々別の可能性に気づいてのう』
「別の可能性?」
『うむ』
ティナはカイトの問いかけに頷くと、その別の可能性とやらに言及を始めた。
『まず、この遺跡が放棄されたというのは話したな?』
「ああ、聞いた」
『であれば、よ。もしやすると意図的に湖の底に沈められたのでは、と考えてな』
「? 待ってくれ。何故そのような事をする?」
ティナの推測にルーファウスが口を挟んだ。この会話は当然だが全員の間で共有されており、ルーファウスも聞いていたのだ。それ故理解が出来なかったらしい。
『うむ。まず一応の前提で、この遺跡が襲撃にあった、という所まではお主も理解出来ているな?』
「ああ」
『で、ここに対洗脳装置が開発されておった可能性がある事も良いな。であれば、よ。敵にそれは奪われたくはないが、守り抜けるだけの状況ではなかったと推測される』
「ふむ……」
ティナの推測にルーファウスも同意する。ここまでは彼だって遺跡の状況を見ていれば理解も出来る。そしてであればこその、この考察だった。
『であれば、どうするか。まず洗脳装置の情報を敵に奪取される事だけは避けたいじゃろうな。なら、手は限られよう。増援を待つ暇はない。独自に迎撃出来る力もない。ならば、上層階を犠牲にしてでもこの地下を守り抜く事にした……筋は通らんか?』
「む……」
ルーファウスが驚いた様に目を見開く。確かに、それならばここが湖の底に沈んでいた事にも筋が通る。これはある種の封印とも取れるのだ。
現に今の今までカイト達以外に発見される事もなく、この遺跡を大半の脅威から守り抜けている。ここを先史文明が取り戻せなかった理由はもはや定かではないが、湖底に沈めば敵とて容易に手は出せなかった事は想像に難くはない。なにより、自爆したと思い込んだだろう事は想像に難くない。
『というわけで、よ。であれば予備の魔導炉があまり破損しておらんかったのにも筋が通ろう。予備の魔導炉は動作しておったわけじゃ。後は、タイマーでも入れて自動停止する様にして自爆したと敵に思わせ、レガドの接触か統括システムの復活で自動で再起動する様にしておけば良かったわけじゃな。それでも若干傷ついておったのは、おそらくその後の数度の大戦を経ておるからじゃろう。ここはかつての激戦区であったマクダウェル領。相当揺れ動いた事はわかろうものよ』
「なるほど……感服した」
ルーファウスはティナの解説に頭を下げる。どうやら、彼としても納得が出来たらしい。
『うむ。っと、であればもしやするとそこらは比較的無事であった可能性は尚の事高いじゃろう。カイト、少々キツイやもしれんが、進め。まぁ、撤退出来る様にだけはしておけ』
「はいよ……って言ってる側から……」
カイトはティナの忠告に頷くと同時に現れた警備ゴーレム達にため息を吐いた。まぁ、カイト達は侵入者だ。こうなるのが当然だろう。そうして、カイト達は更に奥を目指して戦いながら進んでいく事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1155話『先史文明の遺産』




