第1154話 更に地下へ
カイト達が所長室にて小型の魔導炉の回収に成功し、翔達が予備の魔導炉が生きている事を発見したその日の夜。カイト達はその日の進捗を報告し合っていた。
「予備の魔導炉が生きていた?」
報告を受けたカイトが首を傾げる。確かにシステムとしては予備の魔導炉が生きているという反応はあったが、まさか本当に生きていたとは思わなかったのだ。
と言うより、それならそれでおかしな状況がある。それは施設全体が機能を停止していたことだ。動力源が失われていたからこそ、施設は機能を停止していたのである。魔導炉が生きているのに動きを停止している意味がわからなかった。
「でも遺跡そのもののシステムは全体的に死んでたよな?」
「うむ。そこら、少々困惑しておるのが余らの現状でのう……流石にかつてから今までそのまま動き続けておった、とはあまり信じられん。まぁ、レインガルドを見る限りでは可能性として無いではないじゃろうが……」
ティナはカイトの言葉に応じながら、自分達も困惑している事を明言する。流石に天下の『無冠の部隊』技術班と言えども、この理屈に合わない状況には困惑するしかなかったらしい。とは言え、そこは彼らと言う所で、幾つかの推測は送ってくれていた。
「っと、それは良いな。とりあえず考えられたのが、メインの魔導炉の復活に伴って賦活した、という事じゃな。統括システムはまだ完全には掌握出来ておらんが、予備のシステムが生きてはおることは確認済みじゃ。それ故、これはあり得るとレガドも同意しておる。アンテナを立てる前に予備のシステムが自動で復旧させたというパターンじゃな」
「ふむ……予備の魔導炉はまだ半死半生状態だったが故にメインの魔導炉からのエネルギー供給が規定値以下である事を受けて予備のシステムが自動的に判断した、か……」
「そういうことじゃな」
カイトの推測が自分達の推測と合致していた事を受けて、ティナも頷いた。翔達が報告してくれた内容によれば、どうやら予備の魔導炉のコアはまだ無事だったらしい。
そしてシールドの外壁に些か傷は見られたものの、シールドそのものはまだ無事だそうだ。コアとシールドさえ無事であれば、遺跡の統括システムの指示に応じては予備の魔導炉が生き返る可能性は十二分にありえる。予備のシステムがあったので、そこからの指示と考えればまだ筋は通った。
「ふむ……レガド。一応予備のシステムが今は基地の統括をしているんだったな?」
『はい。現状ではまだ統括システムは凍結中ですので、予備のシステムが電力の配分等を決定しています。申し訳ありません、こちらの確認が出来ていれば早急にわかったのでしょうが……予備のシステムには手を出していません。研究所の掌握は敵の痕跡が無いと判断出来てから、の方が良いでしょうから……』
「いや、しょうがないさ。それは当然の判断だ」
レガドの謝罪にカイトが首を振る。動力の流れは当然であるが、彼女も見張っていた。それ故一応予備の動力室が発電があるかもとはわかっていたらしいのであるが、ティナの言った通りで流石に生きている事はないだろう、と彼女もバグだと判断していたのである。
これは論理的には妥当な判断なので、彼女が責められる事ではないだろう。そしてそれを確認する為に翔達を送っていたのだ。やれることはやっていた。これが想定外だった、というだけである。
「とはいえ、システムの管理下なら魔導炉が暴走という事はなさそうか……」
「まぁ、それは無いじゃろう。予備のシステムが働いておれば、必然その魔導炉の状況も報告はされておろう。異常が検知されてもおらんと見てよかろうな。でなければ魔導炉の復旧なぞという事はせんじゃろう」
カイトのつぶやきに再度ティナが頷く。ここらはレガドとの話し合いで出た推測でしか無いが、安全を考えればそれが一番合致していると言える。一応、早急な対処が必要となる様な問題は無いだろう。
「ふむ……予備の魔導炉を今落として問題は出そうか?」
「ふむ……出力不足に陥る事はあり得る。予備を起動した、という事は出力が定められた規定値以下になっておるということ。予備のシステムがそれを判断して、何らかのセーフモードに移行させる可能性は十分にあろうな」
「そうか……」
カイトはティナの推測に一度思考の海に潜り込む。魔導炉が暴走してどかん、というのは一番避けるべきことだ。とは言えそれは予備のシステムが動いている限り、早急に起きる事はないと予想される。
翔達が撤退時にティナ達からの指示で定点カメラの様な物を設置しているので、万が一には備えてもいる。24時間体制で監視もしている。万が一暴走があったとしても、対処は可能だろう。であれば、答えは必然これになった。
「なら、帰りしなに停止させる事にして、調査中はそのままにしておこう。下手に弄って変な事になっても困るからな」
「そうじゃのう……それが一番良いのかもしれん」
カイトの決断にティナは僅かに顔を顰めながら、それが最良と自分でも考える事にしたようだ。彼女としては状態のわからない魔導炉をそのままにしておきたくはないのであるが、逆に迂闊に触って遺跡全体に影響が出たり、逆に暴走してしまう方が怖い。今異常が出ていない以上、専門家が揃うまでは今のままにしておくのが得策と見たようだ。そうしてそんな彼女の同意を得て、カイトも安心した様に胸を撫で下ろす。
「そうか。それで、明日からは?」
「ふむ……明日はそうじゃな。とりあえず地下の研究施設を目指すべき、と考えておる」
「地下……あのデカいドームの事か?」
「うむ。予備の魔導炉が生きておった事を受けて流路を確認しておったが、大半がそちらに回されておる事がわかった。もしやすると、地下は意外と生きている可能性が高いんじゃ」
カイトの問いかけに頷いたティナはその理由の説明を始める。
「とは言え、これは不思議な事ではないじゃろう。研究施設の予備の魔導炉なぞ止めてはならん研究設備を動かし続ける為の物と考えるのが自然じゃ。と言うか、そうでなければ意味がない」
「そりゃそうだわな」
カイトはティナの言葉に目を瞬かせて同意する。こんなものは当たり前としか言い様がないだろう。研究設備の中には継続的な実験がどうしても必要な物が数限りなくある。
それこそ数ヶ月単位、年単位で設備を動かす事もザラにある。それがもし停止すれば、研究者達にとってはある意味どんな悲劇よりも悲劇だろう。いや、状況に応じては笑うしかないが故に喜劇にさえなるかもしれない。そんなレベルだ。
予備の動力炉はそれにエネルギーを供給していると見て良いだろう。ここがかつては研究施設であった事を考えれば、予備のシステムとしても施設の設計者達としても当然の判断である。そしてだからこそ、とティナは続けた。
「それで、よ。とりあえずお主ら中央建屋の班も明日からは研究施設へと入れ」
「オレ達もか?」
「うむ。昨日の話し合いでもわかろうが、地下には何らかの秘匿施設があった可能性は十分にありえる。となると、その隠蔽には……お主ならわかろう?」
「……なるほどね。確かに、それはそうだ」
カイトはティナの言葉に道理を見て頷いた。ここでは対洗脳に対する対抗措置を研究していた可能性があるのだ。もしそうなら、それはかつての先史文明にとって最重要の研究だろう。厳重に秘密にされていた事は想像に難くない。
そうなってくると、レインガルドと同じ様にシャルの力で隠蔽されていても不思議はない。であれば冒険部では流石に手に負えない。『無冠の部隊』でも無理だろう。ティナの趣味満載のホタルでも開発者にしてこの世界最高の魔術師の一人であるティナでも厳しい。となると、そこらを無効化出来るカイトとユリィ頼みとなるのであった。
「ま、それに所長室で手に入れた資料の中にはIDデータの様な物もあろう。であれば、こちらに手を出す方がよかろう。勿論、危険と分かれば引けば良いだけの話じゃ。後は、専門家にぶん投げれば良いからのう」
「りょーかい」
ティナの指示にカイトが頷いた。カイト達としては幸いなことに所長も大慌てで逃げ出した様子で、殆どの資料は所長室に残されていた。その中にはあの遺跡の所長に関する書類も一部含まれており、冒険部の研究班がレガドにIDを手渡す為にそれを調べている所だった。
これが見付かれば後はレガドが統括システムを解凍して掌握、研究所を確保。ついで研究データを全部確保――確保であって精査はそれから――する、というわけである。
とりあえずの目標はこの時点で達成されていると言ってよかった。ここからはロスタイム。敵に備える為に、というだけで進む話だ。危険なら引けば良い。そうして、カイト達は明日に備えて再び休む事にするのだった。
さて、明けて翌日。カイト達は再び湖底に沈んだ遺跡へと潜入していた。今日からは全体で纏まって活動する事になるため、カイトが総指揮を取る事になっていた。
「良し。ソラの班は脱出経路と安全地帯の確保を行っておいてくれ。で、綾崎先輩の班、翔の班、オレの班の三つは合同でここから調査を開始する。内訳としては先輩と翔の隊が今までに見付かっている所の再調査。これについてはそちらの方が一日の長がある、という判断だ。オレの隊はこれまでの間に翔達の班が発見している地下への通路を通って、更に地下を目指す事にする」
カイトは研究所の一階の大広間らしき所にて一度移動を停止させると、改めて全員に向けて指示を飛ばす。なお、ここからは更に奥へ進む班と今まで見付かっているエリアを捜索する班に別れる事になる為、班分けは練り直した。
具体的には戦闘が得意な面子――瞬やアル、ルーファウスら――が地下を目指すカイトの班となり、探索が得意な面子や指揮が行える面子――翔や綾崎ら――が研究施設の調査を行うのである。地下では更に機密性の高い研究が行われていた可能性がある。そしてドームで覆われていた事から、構造体の大半が崩壊していない可能性も高い。警備ゴーレムとの戦闘を最初から考慮に入れた人選だった。
「では、行動開始だ」
「「「了解」」」
カイトが号令を掛けると同時に、各員が各員で動き始める。そうして、それに合わせてカイトも行動を開始する事にした。
「先輩、とりあえず翔達が見付けてた地下への通路へ案内を」
「わかった。ついてきてくれ」
カイトの要請を受けた瞬が先頭に立って歩き始める。カイトはここに来るのは初めてだ。なのですでに数日入っている瞬に道案内を依頼したのである。そうして、しばらくカイト達は何度か水に潜りながら地下へ続く階段の前へとたどり着いた。
「ここだ。どうやらここらは浸水が無かったらしい」
「そりゃ助かった。水の中で瓦礫の撤去作業なんぞやってらんないからな」
カイトは地下へ続く階段を見ながら、安堵した様にため息を吐いた。やはり彼も寒い所では動きが鈍る。それがこんな薄着なら尚更だ。
「良し……じゃあ、全員で瓦礫の撤去をやって、更に下を目指すぞ。ホタル、とりあえずこのデカい岩壁をドリルで崩してくれ」
「了解」
カイトの要請を受けて、ホタルが異空間の中に収納されていた巨大なドリルを取り出す。そうして一同はそれからしばらくの間、地下への道を確保するべく瓦礫の撤去作業を行う事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。明日からは地下へ進みます。
次回予告:第1155話『一つの推測』




