第1146話 動力室へ
一日目の調査を終えて野営地へと戻ってきたカイトであるが、とりあえず全員の帰還を待って各所からの調査報告を受けていた。
「ってことは、幸いな事に全体的に生きてるゴーレムは居ないっぽい?」
「まぁ、今のところはな」
ソラの問いかけにカイトが頷いた。これは今のところであるが、どうやらどの調査班も生きているゴーレムには出会っていないらしい。
まぁ、湖に沈んで最低でも一千年だ。遺跡の構造体そのものもかなり崩落していたし、結界の消失により周囲に魔物がはびこっていた経緯もある。そして遺跡の大部分が崩壊していた以上、メンテナンス機構も壊滅的な被害を受けたと考えて良いだろう。ゴーレムの大半はすでに機能を損失していると考えて良かった。
「一応全体として水没したエリアまでたどり着けたわけか」
話し合うソラとカイトの傍ら、瞬が全体の状況を確認する。とりあえず、カイト達の所も然りで全班ここから下は大半が水没しているエリアまでたどり着けていたらしい。どうにせよ調査の終了には丁度よい頃合いだったという事なのだろう。
と、そこらの話をしている一方で、ティナと灯里が作業の手を止めた。何も喋りたくて喋っていたわけではない。時間があったから話し合っていただけだ。
「出来たぞ」
「はーい、これでかんりょー」
二人はそう言うと、机のど真ん中に設置したホログラムを映し出す装置に情報を転送する。と言っても映し出すのはホタルが作ったソナーの検査結果ではなく、調査班が得たデータを下にした遺跡の全体図、地図の様な物だ。
「まず遺跡の概形じゃが大凡中央に建屋があり、それを中心として幾つかの建屋を設置しておるタイプじゃな。こういう辺鄙な所にある研究所の基本的なパターンと推測される」
ティナはホログラムを前に解説を開始する。基本的なパターンという様に、こういう周囲に何もない環境に設置された研究所は併設して幾つかの建屋が設置されている場合が多い。
ここはエネフィアだ。地球の様に研究所や工場の近くに別個に寮を設置して、そこを生活基盤にするわけにはいかないのだ。冒険者程の実力がなければ通勤なぞ不可能だからだ。必然として、研究所の中に研究者達が生活する寮やらリラクゼーション施設やらを設置せねばならないのである。そうして、それに瞬が頷いた。
「ああ、どうやら俺達が潜入した建屋はそれだったらしい。幾つかの部屋にベッドがあって、おそらく運動器具らしい設備が残っていた」
「うむ。まぁ、寮にスポーツジムを設置するのはエネフィアでは基本的な構造の一つと言える。今はすでに完全に跡形もなくなっておるじゃろうが、おそらく外にはある種の運動場等もあったじゃろう」
ティナは瞬らの調査班からの報告から得られた情報より推測されたらしい大凡の運動場の場所をホログラムに提示する。それは地中だった。水の流れで周囲の土砂が流れ込んだ、というわけなのだろう。そうして、彼女は一つため息と共に更に続けた。
「まぁ、わかっておった事じゃが湖底に沈んでおった事や崩落の影響で土砂等が流れ込んでおり、かつて地上一階部分じゃった所は完全に土の中に埋もれておると断じてよかろう。そこで幾つかの報告を下に推測したが、おそらく浸水の度合いの差があれどこの地上一階部分以降からが水没しておると見て良い」
「ということは、オレ達は最終的に二階に最後たどり着いていたって事か?」
「うむ、そう考えてよかろうな。それを考えるに、おそらくお主らの見つけた動力室は地下二階か三階にあると見て良い。もしかすると、ブチ抜きである可能性もあるやもしれんがのう」
カイトの問いかけに頷いたティナは更に推測を各員に述べる。動力室と言うか魔導炉はやはり研究所の規模に応じてやはり巨大だ。
ここで多くの研究者達が暮らしていただろう為、その生活の為に必要なエネルギーは勿論の事、研究の為に必要な莫大なエネルギーも生み出す必要があったのだ。そして生み出せる出力は、やはり魔導炉の大きさに応じて決まってくる。これだけは魔導炉だろうと原子炉だろうと火力発電だろうと変わらない。
であれば、そこそこ巨大な魔導炉である事は想像にがたくない。幾つかの階層のぶち抜きでも可怪しくはない。そしてエネルギーの効率を考えれば、メインの動力炉は施設の中央に設置するのが一番良いだろう。中央の建屋にあるのが一番考えられた。
「さて……その上での事じゃが、まず明日の予定じゃがカイト。お主の班はそのまま地下へと潜行し、このメインの動力室を目指せ。が、おそらく幾つか水没しておるエリアを抜ける事になるじゃろうと予想される。更に水中での行動もあり得ような」
「わかった。水中戦用の装備だな」
「うむ。水中戦の装備を忘れるな。さて、それで他の調査班じゃが、お主らには明日よりとりあえず水没が確認出来たエリアまで下りてそこから中央のエリアへ繋がる通路を探してもらう」
カイトの応諾を受けたティナは更に続けて、各班への調査目標を告げる。とりあえず今のところは何も起きていないからと言えど、此処から先なにも起きないかどうかは話が別だ。
何処かで合流出来るのであれば、合流して撤退できれば好都合だ。なのでそれが可能かどうかの調査を行うのが、最良だろう。と、それにソラが問いかける。
「もし通路が無かった、崩落していた場合は?」
「ま、その場合は構わん。なければ無いで仕方があるまい。逆に言えば中央で何かあっても無縁でいられるわけでもあるからのう。とりあえず調査はカイトらが動力室へと到達してからの話じゃ。見つからねば見つからぬで仕方があるまいな。まぁ、無いとは思わんがのう」
ティナはあっけらかんと対処を告げる。この遺跡の大半は自動ドアで開閉していたらしい。となると、やはり逐一カイトがやった様にピッキングで開けるのではなく大本の動力を復旧出来るのが最良だろう。
勿論、それでも大半は使えないだろうが、一部生き返ってくれれば儲けものだ。それだけ作業の効率は変わってくる。兎にも角にも、カイト達が動力室へたどり着く事が先決だろう。
そしてすでにカイトらが話し合ったが、動力炉を復旧させて何が起こるかは不明な所が多い。であれば、その間に彼らには撤退ルートの確保を命じておくのが妥当な判断だった。そして今の内に話し合わねばならない事は、これで全部だろう。というわけで、ティナが命ずる。
「では、以上じゃ。後は明日に備えよ」
「はーい、解散解散。各員明日に備えて休むよーに」
ティナが命じたのに合わせて、カイトが閉会を告げる。そうして、一同は明日に備えて休息を取る事にするのだった。
というわけで、明けて翌日。カイト達はおよそ一時間程を掛けて、再び地上第一階層目へと到達していた。
「ここが、一階ね……ティナ。一階に到達した」
『うむ。こちらからも確認出来ておるよ。さて、そうなるとまず確認すべきなのは、どうやって動力室へと向かうか、じゃな』
「アイマム」
とりあえず、ここまでに問題は無かった。が、此処から先にも無いかというのは不明だ。とは言え、あろうとなかろうとカイト達にとってすればさほど気にすべき敵が現れるとは思わない。と、そんな所にアル――今日から調査班に参加――が小声で声を掛けた。
「……カイト」
「わーってる」
何を言いたいか、なぞカイトにもわかっている。と言うより、多少注意深ければすでに気付いている。自分達ではない物音がしていたのだ。とどのつまり、敵と断じて良かった。
「お出迎えか……総員、戦闘準備。これ以降、大声を出すのではなく通信機での会話をオンにしておけ」
カイトは己も武器を取り出しつつ、全員に注意を促す。大声を上げて敵をおびき寄せるのは愚かだし、万が一大声で遺跡が崩落しても馬鹿馬鹿しい。であれば、通信機を使う事でなるべく静かにしておくべきだろう。
「さて……鬼が出るか蛇が出るか……」
カイト達は戦闘準備を整えたまま、相手が近づいてくるのを待つ。どうやら相手が気付いているというわけではないらしい。忍び寄る様子も勢いを付ける様子も無かった。であれば、待ち構えて静かに討伐するのが吉だろう。そうして、一度カイトは耳を澄ませて敵の現在地を把握する。
「あの少し大きな瓦礫の先だな。敵の数は……4体。足音が三つ。這い寄る音が一つ……蛇型の魔物が一体だな。蛇はオレが仕留める。他三体は誰か頼む。雷と氷属性は使うなよ。後始末も忘れるな。ユリィ、後始末は任せる」
『『『了解』』』
「はーい」
カイトの指示に従って、一気に片付けられる陣形が整えられていく。そうして、その数分後。敵の姿がカイト達の視界に入り込んだ。
「はっ」
カイトは息を吐くと同時に、一瞬で敵へと肉薄して蛇型の魔物の首を切り飛ばす。そうして、それと同時にユリィが魔術を起動する。
「<<炎獄>>」
ユリィが展開したのは、炎で敵を取り囲む様な魔術だ。この一角は水浸しだ。魔物の姿ははっきりと確認していないが、蛇型の魔物であれば必然として毒が気になる。もし万が一毒を持っていれば血液が水の中に流れ出すだけで十分に危険だ。一滴残らず消し飛ばすのが、上策だった。
「……終わりか。周囲に魔物は……無し。気付かれた形跡もないな」
カイト達が魔物を消し飛ばすとほぼ同時に完全に魔物が消し飛んだのを見て、カイトが警戒を解いた。気配を探っても魔物の気配はない。なお、水生生物系統の魔物は二足歩行でも基本的に毒を持つ事が多い。故に今回の様に水に入る可能性があるのであれば、完全に一瞬で消し飛ばしてやるのが基本中の基本だった。
「ふぅ……ティナ。戦闘終了。どうやら、上に居た奴らが水を求めて下に下に移動していたと見て良いだろうな。何処かに人では通れない隙間があったのかもしれん」
『ふむ……わかった。では他の所についても注意する様に言っておこう』
「頼む」
どうやら、最初に敵に遭遇したのがここだったらしい。まぁ、広さで言えば中央のこの建屋が一番広い。なので魔物もそれに応じた数がはびこっていたと考えて良いのだろう。
「良し……ここからは注意して進もう」
カイトが号令を掛けて、再び進み始める。とは言え、魔物との遭遇が増えただけでやることは変わらない。というわけで進み続けたわけであるが、地下へ続く様子の階段の前でカイト達は停止する事になった。理由は簡単だ。完全に水没していたからである。
「まぁ、こうなるよな」
「どうするわけ?」
「どうするもこうするもないさ。潜って進む。それ以外に方法は無い」
皐月の問いかけにカイトは肩を竦めるだけだ。と言うより、他に方法があれば聞いてみたい。が、そのまま入るつもりは毛頭なかった。いくらカイトでもこの冷たい水の中にそのままは入りたくない。
「ユリィ。小袋から魔石取っておいてくれ」
「はーい」
カイトの求めに応じて、ユリィがカイトの腰に吊り下げた小袋から幾つかの魔石を取り出した。それに、皐月が興味を持った。
「何それ?」
「これ? これは簡単にいえば湯沸かし器みたいなものかな」
「湯沸かし器?」
「この気温で冷たい地下水の中に入りたくないでしょ?」
皐月の問いかけにユリィは当たり前の事を問いかける。まだ幸い冬には遠い故に寒くはないが、やはり地下水はすでに冷たいと表現出来る領域だ。それに合わせた装備も装着してきているが、これは完全に潜る事を考慮しているわけではない。というわけで、ユリィが続ける。
「簡単にいえばこの周囲の水を暖かくしてくれるわけ。これで自分の周囲の水を暖かくして、先に進んでいくわけ」
「ああ、カイロね」
「そうでも良いかもね。と言っても水だけを暖かくするから、身体には害はないよ」
「渡した装備の中に入ってるはずだ……忘れてなければ、だけどな」
カイトはそう言って皐月の腰に取り付けられている小物入れを指し示す。この中には冒険部が支給した装備も収められているはずで、捨てたり忘れたりしていなければそのまま保存されているはずだった。そして皐月も見てみれば、確かに入っていた。
「あ、ホントだ」
「後は他にも腕輪があるだろ? それでしばらくなら、水の中で呼吸が出来る。で、そこに取り付けられる場所があるから、それにこの魔石を取り付けておけ」
カイトはそう言うと、腕輪を嵌めて水没した階段へと潜っていく。が、やはり水は冷たかった。誰も入っていないのだから当然である。
「やっぱ冷たい」
「わかってるんだから文句言わない」
「はいはい……さて……ホタル。どっちかわかるか?」
『こちらです』
ここからは、ホタル頼みで進む方が良い。彼女の電子頭脳の様な場所にはセンサーを利用して作っている地図が表示されている為、少し先ぐらいまでならばわかるのだ。流石に見通しの悪い水中を無闇矢鱈に進むほど、カイト達も無策ではない。
更に彼女の身体はゴーレムなので呼吸の必要もないし、高性能な彼女の目には暗所も問題がない。勿論、ゴーレム故に水中での戦闘もお手の物だ。そうして、しばらくの間カイト達はホタルの後ろに続いて動力室を目指して進んでいく事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1147話『動力室』




