第1145話 湖底遺跡の謎
湖底に沈んだ遺跡の調査を更に続けているカイト達は更に地下へと潜り続け、ティナがゴーレムの胴体を発見した階層から更に二階層程下へと降下していた。が、ここでついに問題が起きる事になる。
「……ホタル。この下を一度検査しておいてくれ」
「了解」
カイトの指示を受けて、ホタルが検査を開始する。さて、その起きていた問題というのは、道が途絶えた事だ。どうやらここに周囲から土砂等が流れ込んだらしく、どう足掻いても地面を掘って進むしかなくなったのである。
「さて……」
カイトはホタルに調査を任せている間、現状を確認しておく事にする。
「ティナ。各所の現状を教えてくれ」
『うむ。まず、他の隊じゃがこちらも同じように今のところ何も起きずに潜入出来ておる』
「それは朗報」
『うむ。とは言え、進捗状況じゃがこれについてはやはり些かばらつきが出来ておるな。途中幾度か瓦礫を退けねばならなかった様子じゃ。まぁ、崩落しておる事を考えれば、致し方がない事ではあるじゃろう』
「仕方がない、か」
カイトはティナの言葉にため息と共に諦めを述べる。こればかりは遺跡である以上、仕方がないと言うしかない。そもそもカイト達だって今まで崩落していた箇所はあって、迂回ルートを探しもした。勿論、他と同じく瓦礫の撤去作業も行っている。
今の今まで撤去しても進めない状況が無かったのが幸運だっただけだろう。そして現に今、迂回ルートも無い状況になっていた。どこかで必ずぶつかる問題であり、早いか遅いかの差でしかない。と、言うわけでカイトは今までの進捗等から次の行動を考える為、時計を見てみる。時間はすでに調査開始からかなり経過しており、土砂や岩石の撤去作業を行えば帰還も見えてくる時間だった。
「ふむ……一応ここからは先を覗いて終わり、にしておいた方が良さそうかな」
『じゃろう。流石にここまでの移動でそこそこの体力は消費しておるし、あまり無理はすべきではないじゃろう。それに、帰還もせねばなるまい。その時間と体力も残しておかねばならん』
「だな……とりあえず、今日は更に一階層下を覗いて終了にしておく」
『そうせい』
カイトの方針をティナは認める。瓦礫の撤去作業等はやはり力仕事だ。幸いまだ戦闘は無かったが、此処から先無いとは限らない。そしてここから先も当然、瓦礫の撤去を行いながらの進行になることは目に見えている。何処かで、見切りは付けるべきだろう。と、そんな話をしている間にホタルの調査が終わったようだ。彼女がこちらへやってきた。
「マスター。ソナーによる簡易検査、終了しました」
「ああ……どうだった?」
「まず、この階下にも幾つかの階層は存在する模様。やはりあの下にまだ階段が続いていたのかと」
「そうか……まぁ、こればかりは残念だった、というしかないか」
カイトとホタルは近くに見える階段の残骸らしきものを観察する。経年劣化やら魔物達が住処にしていた事やらが相まって、階段は完全に通れなくなっていた。こうなるともう天井というか床をぶち抜いて下の階層に下りるしかない。
「他には?」
「はい……幾つか気になる結果が」
ホタルはそう言うと、ホログラムとして検査結果を映し出す機能を使って彼女の得た調査結果を空間に投影する。
「ふむ……これより下は完全に水没しているか」
「肯定します。おそらくここが丁度水を抜く作業の限界地点だったか、下から浸水があったのだと」
「まぁ、無限大の距離の水を外に捨てられるわけじゃあないからな。仕方がない」
まずわかったことは、どうやらこれより下は浸水しているという事らしい。一応ドームを形成する際に水の排水を行いはしたものの、それだって限界はある。
なのである程度の距離以降となるとそのまま水は残る事になってしまう。一応それでも余分は見たつもりだったが、どうやらそれ以上に遺跡の地下部分が広かった、という事なのだろう。まぁ、これについては予想の範囲内だ。なので寒い事は承知の上で全員水着は着てきている。
「他には?」
「はい……まず、こちらを」
「四角いな……空いている所を見ると、検査不可だったということか?」
「肯定します。空白地は基本的に何らかの要因で検査出来ていないとお考えください」
ホタルはまず、四角い空白地を示しながらカイトの問いかけに頷いた。センサーで検査しているわけであるが、それは原理的には反射を検知する事で測定している。科学的にも魔術的にもここらは一緒だ。
というわけで放った波が返って来なければ、それが空白地として表示されるわけだ。ということは、そこに何らかの特殊な人工物があると見て良いだろう。表示されていたのは、少し筒状のそこそこ大きな空白地だ。そして形状から見て、考えられる事が一つあった。
「ふむ……この規模と形状からみて魔導炉のシールドか……?」
「可能性は最も高いと推測されます」
カイトの推測にホタルも同意する。当たり前だが科学的な動力炉と魔導炉の形状は大きく異なっている。基本的に水力・火力・原子力問わず何らかの方法でタービンを回す事で発電する科学的な動力炉に対して、こういった大型の施設を動かす魔導炉は特殊な魔石を中心に置いてそれに各種の魔術を刻んで魔力をエネルギーに変換している。
それ故、その魔導炉のコアとなる魔石の周辺は基本的にはこれまた特殊な刻印を刻んだ筒状の物理的なシールドで覆われる事になる。そしてそのシールドは外部からの各種の影響を避ける一環でホタルが放った検査用の波も吸収してしまうのだ。大きさや形状から、ソナーにはそのシールドが表示されていると考えるのが一番妥当だった。
「ということは、これを目指すのが第一目標とすべきか……ティナ。聞いてたか?」
『うむ、聞いとるよ。それを第一目標に定めるのが一番じゃろう』
カイトの問いかけに頷いたティナは、更に冒険部技術班へと通達を送りながら規模等からマクスウェルの一葉達宛の情報を作り始める。ソナーでの結果だけだが、調査一日目でこの魔導炉と思しき物体に出会えたのは幸いだった。
シールドの規模が分かれば必然、コアの大きさも推測出来る。そしてコアの大きさが推測できれば、魔導炉の出力と規模が推測出来る。修理にどれぐらいの部材が必要で、どの程度の性能の物を必要とするのかわかるのだ。であれば、持ってくる荷物も準備に必要な時間も手間も減らせるのである。
「りょーかい。じゃあ、明日は全部の箇所であそこを目指す事にするか」
『そうじゃな。とりあえずそれで……む?』
「お気づきになられましたか、教授」
『うむ……なんじゃ、それは』
とりあえずの方針を定めたティナであったが、どうやら何かに気付いたらしい。驚いた様な声でホタルへと問いかけていた。と、それにカイトとユリィが首を傾げた。
「どしたの?」
「何か変な所があるのか?」
『うむ……と言うか、あまりに大きすぎて逆に変と思えなんだ。ユリィ、ちょい、そこ退け』
「どして?」
ホログラムの近くに浮かんでいたユリィであるが、勿論邪魔にならない様に空白の部分に浮かんでいる。というわけで移動する必要は無いわけである。なので彼女の疑問は最もなものであり、首を傾げるのが道理だろう。
『頭上、ちょーっとしっかりと見てみ?』
「頭の上?」
ユリィはティナの言葉に首を傾げつつも、とりあえず視線を己の上に上げる。と、そうして少し離れてみて、目を見開いた。
「うわぁお……これ、もしかして……」
「どうしたんだよ、一体……」
ユリィも気付いたらしいが、成り行きをただ見守っていたカイトはただただ首を傾げるだけだ。何が起きているか全くわからない。と、そんなカイトへとユリィがホログラムの中に入って教えてくれた。
「カイト、ここここ。ここをちょーっとなぞるから見ててね」
ユリィは先程まで見ていた頭上ことホログラムの端をなぞる様に動いていく。と、そこでカイトも気付いた。僅かに、歪曲していたのだ。
「……え、これもしかして……」
「肯定。おそらくこの下に何らかの構造物があり、それが反応を妨げているのだと」
カイトが目を見開いたのを受けて、ホタルが推測を告げる。てっきりカイトもユリィもホログラムがあそこで終わっていると思っていたのであるが、実はまだ先があったらしい。
いや、終わっているというのも間違いではない。単に空白として映し出されていたのである。それ故、カイトとユリィはここでホログラムが終わりだと勘違いしてしまっていたのであった。
ティナが先に気付いていたのはホタルからデータファイルの形式で貰っていたからだろう。それを自分で見て、この先があると気付いたらしい。
「……これは流石にデカすぎないか?」
「肯定。研究所の規模、情報がレガドに残されていた事を考えてもこの構造体はあまりに大きすぎるかと」
『ふむ……確かに地下実験場とは思えんが……が、逆にそうでなければここまで厳重にシールドする意味が見出だせん』
ティナは更に先に写り込んだ巨大な空白地を見ながら、これが何かを考える。確かにこの規模の実験場が無いとは思わないが、それでもここまで厳重なシールドを行う事は滅多に無い。あるとすれば、ここがよほど重要な研究を行っていた場合ぐらいだ。
が、そうなると今度はレガドに情報が残されていた事に辻褄が合わない。敵の侵略を受けた事で、レガドそのものが持つデータを除く最重要の情報は破棄されていたのだ。ここに残されている理由がわからない。
『レガド。この研究所が何を研究しておったかわかるか?』
『申し訳ありません。かつての邪神の召喚の後、多くの情報は失われています。基礎データとして残されていた地図は兎も角、そこら詳細なデータは……当時の所長が研究所のデータも破棄する様に命じていたのだと推測されます。操られる前の物と思われる彼の権限で研究所の位置データを除く全てのデータの削除命令が出ております』
『まぁ、わかっとったが……妥当じゃのう』
研究データだけでなくその研究所のデータというのは、その文明の最先端の情報の塊と言っても良い。研究所が何を研究しているかわかれば、そこを狙えば研究データが手に入るとわかるからだ。自分達の敵対者にそれを奪われるということはすなわち、ここを狙ってくださいと言わんばかりだろう。
であれば、どこの研究所がどういう研究を行っているのか、というのは研究データと合わせて真っ先に破棄すべきデータの一つと言える。
まぁ、それがわかっていればカイト達とてわざわざ地図を頼りにどの遺跡がどういう内容なのか、と推測して調査対象を決める必要なぞない。わからなかったからこそ、長い時間を掛けて調査を行ったのである。
『レガドよ。お主のシステムダウンから文明の崩壊……いや、この場合は戦の終了までどの程度の期間があったか推測は出来んか?』
『……推測が多くなりますがよろしいですか?』
『構わん』
『おそらく、長くとも10年。短ければ5年で戦いは決したものと思われます。戦闘に関する最後の情報の更新は私がシステムダウンした5年後。その後5年後のエネシア大陸での再メンテナンスの際には、完全に情報の更新がストップしておりました』
レガドはあくまでも推測という形で、ティナの質問に答えた。彼女自身も言っていたが、シャル達が戦いに参戦した時点で彼女はそのシステムの大半をスリープ状態へと移行していた。理由は色々とあるが、一番はシャルの力を一部借り受けている事で彼女にその力を返す為、というのがその理由だ。
そしてそれ故、それ以降の事は時折入ってくる情報の形式でしか知り得ないのだ。更にはその情報にしても碌なメンテナンスを受けられなかった事で多くが損失してしまっている。なので推測なのであった。
『ふむ……ということは、その間で起きた戦いにて首都機能が完全に崩壊。敗戦に近い状況に陥ったと見てよかろうな』
『おそらく。文明が致命的なダメージを受けたのだと推測されます。あくまでも推測の範囲になりますが、その後最後の決戦を行い、シャムロック様がかの邪神を封印。多くの神族達と共に地脈にて眠りに就く事になったのだと』
『カイト、そこらどうじゃ?』
レガドと推測を交え合っていたティナがカイトへと問いかける。ここら、月の女神の神使として神様と付き合いのある彼であれば知っていても不思議はない。そして知っていた。
「ああ、大凡そうだと聞いている。まぁ、文明については詳しくは聞いてないんだが、一度かなり追い込まれた事があったらしい。最終決戦ではシャムロック殿とシャルが邪神と戦い、オーリン達が何体もの強力な魔物を抑えていた、って話だ」
『ふむ……大凡、筋書きは読めるのう』
「オレもまぁ、読めていたしシャムロック殿も同じ事を仰っていた」
ティナの言外の予測にカイトもまた、同意する。そしてその時の生き証人であるシャムロックもまた同意していたようだ。というわけで、カイトがそれを明言する。
「奴らは民衆の大半を操った、そうだ。神様の力は究極的には信仰の力。故に信徒の面で圧倒的な劣勢に立たされたそうだ」
『むぅ……正しい戦略じゃのう』
ティナは邪神と言われつつも非常に賢い戦術を取っていた『敵』に対して苦味と共に掛け値なしの賞賛を送る。神様は精神生命体だ。それ故、人の一種と見做す事ができる。
が、同時に神様故の特質がある。それが、これだ。祈りや信仰とは想いの一種と見做せる。そして魔力とは意思の力。そして神様とは祈りや信仰で編まれた存在だと思えば良い。
であれば、信徒達の祈りや信仰を己の力に変える事が出来るのである。これが、神様の神様たる所以だ。敢えて言えば人々の祈りという外部電源を持っていると考えても良い。
勿論、元来の神として持ち合わせている力もある故に信徒がゼロでも並大抵の事では負けないが、それ相応に力は落ちる。神様固有の能力である莫大な量の外部電源が喪失した様な物だからだ。使える力が一気に減るのである。
つまり相手には自分達から奪った圧倒的な量の信仰、つまり莫大な魔力があるわけだ。そして信仰を奪えば相手がジリ貧になる事は目に見えている。これを奪うというのは、神様同士の戦いに主眼を置けば戦略的には非常に正しい考え方だった。
『地下の避難所として機能していた……かのう』
『可能性はあり得ます。勿論、私の眠っている間に行われた改修により、ここが重要な施設に生まれ変わっていた可能性もあります』
『むぅ……面倒じゃのう……』
ティナはどうすべきかを考えて、顔を顰める。避難所や実験場であれば、別に構わない。前者はまだしも後者であれば、自分達の目的から考えれば是が非でも確認しておくべき場所の一つだ。が、重要な施設に生まれ変わっていれば、話は変わる。一気に危険性が増すのだ。迂闊には触れられない。
『カイト。お主はどうすべきと思う?』
「ふむ……危険は危険だが……」
カイトとてここが危険な可能性がある事は理解している。が、見過ごすわけにもいかないのもまた、わかっている。が、何より情報が足りなかった。
「……先に魔導炉の復旧を行うべきじゃないか? もし何か情報が残っていればそこから判断出来るはずだ。とりあえず情報が足りなすぎる」
『いや……それも考えたんじゃがのう……もし万が一、魔導炉からそちらへエネルギーが行き、その空間にあるかもしれん何かが息を吹き返した場合にどうすべきかが悩んでおってな』
「あー……」
やはり、ここらティナの方が賢いというわけなのだろう。彼女はさらに先を見て考えていたようだ。とは言え、どうにせよ魔導炉の復旧は必須だ。それだけは何をするにしても行わなければならない事だ。そうして、カイトが決断を下した。
「……しゃーない。とりあえず最大限の注意は払いつつ、魔導炉の復旧をしよう。魔導炉の復旧だけは避けられん……だろ?」
『そうじゃなぁ……軍が調査するにせよ、余らが調査するにせよ、この遺跡の調査を行う為にそれは必須じゃ。パンドラの箱は開けてしもうた。後は、希望が残っておる事を祈るだけかのう』
カイトの決断にティナも同意して、仕方がないと諦める事にしたようだ。もうこの遺跡は見付かっているのだ。であれば、後はカイト達が公爵として動くか冒険部として動くかの差でしかない。
調査だけは、学術的な意味でも危機管理の意味でも行われねばならないのだ。そして、地球に帰還するつもりであれば、この程度のリスクは負わねばならないリスクだ。力が無い以上、仕方がない。
「だな……じゃあ、とりあえず少しだけ先に進んでみる。階下の浸水状況を確認しておきたいからな。それによって、明日の装備も考えないと」
『じゃのう。ホタル、では最適な場所の床をドリルで崩せ。水質のチェックの為、サンプルも持ち帰れ』
「了解」
ティナの指示に従って、ホタルが目星を付けていた場所へと移動して床をぶち抜く為のドリルを取り出す。そうして、カイト達はホタルの空けた穴を通って、一度下の階層の浸水状況を確認して野営地へと帰還する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1146話『動力室へ』




