第1144話 湖底の遺跡
天桜学園の当初の目的である、地球への帰還。その為に先史文明の遺産である浮遊都市レインガルド内部にあるレガドにて地図を手に入れたカイト達は、それを基に得られた情報からマクダウェル領北西部の名も無き湖の奥底に沈んでいた研究所の発見に成功する。そうしてとりあえずその遺跡の簡易保全作業を終えたカイト達はその後、実際に調査を行う事になっていた。
「ふむ……ホタル。地下構造はどうなってる?」
「……下、空洞を確認。まだしばらくは構造体が残っている模様」
「なら、完全倒壊はしていない、というわけか……水は?」
「一部、水没が見られます」
カイトの問いかけに今回は調査用の装備を装着しているホタルが調査結果を述べる。なお、中央の建屋の調査隊の主だったメンバーはカイトの近くで言うとホタルを筆頭に暦、皐月と言う所だ。
他にも輪番制でアル、ルーファス、アリスの三名がここに組み込まれる事になっている。アルはカイト達の調査後に軍に保全を依頼する際の情報が必要である事と、ルーファウスは単純に実力が高いからだ。アリスは連携の問題からだ。
なお、他にこの遺跡にはこの中央棟以外にも比較的無事な三つの建屋が確認されており、それぞれソラ、瞬、翔の三人を中心とした部隊がそれぞれ調査に赴いていた。他、部隊長という意味であれば外の野営地にて総指揮を桜が、その周辺警護として竜騎士部隊を瑞樹が率いている。
まぁ、瑞樹と言うか竜騎士部隊は流石に水中戦は出来ない。どちらにせよ機動力が高く行動半径も広い彼女らには周辺の警護を行ってもらうのが一番良いだろう。調査隊に組み込む事は無かった。
「ふむ……ティナ。オーア達には水中用の装備忘れんな、つっといて」
『うむ。この様子じゃと最下層の空洞にも水が流れ込んだ、という可能性は高そうかのう』
「かもな」
カイトはティナと一応の所の打ち合わせを行っておく。一葉達はオーアらと共に来る事になっており、部材の到着の為にまだ来ていない。魔導炉の修理部品等の手配もあり早くとも明後日になるそうだ。なのでカイト達としてはそれまでに可能であれば、動力室を見付けておきたい所である。
なお、今回冒険部の技術班も連れてきている為、基本は彼女らが各班のオペレートを行ってくれている。具体的には各班に三人が常時オペレートしており、今回のカイトとティナの様にトップに専属一人で、他のメンバーの為に二人の配置だ。
その最終的な統括は灯里が行う事になっており、彼女らは調査隊には参加していなかった。万が一には戦闘があるのだ。普通に戦えるティナや楓の様な者を除けば、大半の技術屋は足手まといにしかならない。遠隔地から確認してもらうのが、最善の判断だろう。
「良し……じゃあ、行くか」
カイトはそう言うと、意を決して本来は屋上に続くのだろう扉へと歩いていく。せっかく出入り口があるというのだ。ここから入るのが一番良いだろうと判断したのである。が、まぁ当然と言うかなんというか、扉は完全に動かなかった。
「……だよな」
「? 何故だよな、なんですか?」
「動力炉停止してるのに自動扉が動くか?」
「あ、あー……」
あまりに道理といえば道理の内容に、問いかけた暦は何度も頷いていた。それはそうである。電源の落ちた自動扉なぞ壁と一緒だ。動くはずがない。
「さて、そうなると……まぁ、今回はきちんと装備を整えているから大丈夫なんですよ、と。ホタル、手伝ってくれ」
「了解」
カイトはそう言うと、腰に吊り下げた小物入れから小さな魔道具を取り出す。見た目としては手のひらにすっぽりと収まる程度の棒状の物だ。先端は金属製で、突き刺せる様になっているのか少しだけ尖っていた。と、それに皐月が興味を持った。
「何、それ」
「んー……まぁ、敢えて言えばピッキング用のツール」
床に手を当てて何かを探す様な素振りをしながら、カイトが皐月の問いかけに答える。探しているのは謂わば床に埋め込まれている基盤だと思えば良い。と、しばらく床を調べていたカイトに対して逆に天井部分を調べていたホタルが口を開いた。
「マスター。上部にレイラインと思われる痕跡を発見しました」
「そうか……下まで続いているか?」
「これは……内部へと向かっているものかと。側面にもラインの存在は確認出来ますが、おそらくこれは認証コードかアクセスキーの様な物をかざす為の物だと」
「そうか。なら、そこしかないか」
ホタルの報告を受けて、カイトが立ち上がる。もしかしたら地球の自動ドアと同じ様に、重さを検知するのではなく赤外線等で人が来たら反応する様にしていたのかもしれない。というわけで、ホタルが小さく天井部分の壁を切り裂いた。
「良し……全員、少し下がってろ。ホタル、警戒用意」
「了解」
カイトは全員を下がらせる――敵が居る可能性がある為――と、魔銃を構えたホタルを横に配置して先程取り出した小さな魔道具をそこへと押し当てる。と、それにカイトが魔力を少しだけ注入してやると、なんと動力が損失していたはずの自動扉が開いた。
「良し。ビンゴ……中は……無事だな」
「敵性体……確認出来ず。警戒を解除します」
「ああ」
ホタルの報告にカイトはピッキング用の小さな魔道具を壁から抜いて再び小物入れへと仕舞う。どうやら、幸いな事にここに敵が居るという事はないようだ。そうして、カイト達は開いた扉を通って中へと入っていく。どうやら閉まる事は無いらしい。
「何やったわけ?」
「ん? ああ、動力が失われていて動かないのなら、動力を入れてやれば良いのさ。これはその為の物。まぁ、動力が損失してるから使える物で、遺跡調査の為の小道具の一つさ」
カイトは先程の小物を取り出して、皐月へと説明する。原理としては彼が述べた通りだ。わかりやすく言えば、むき出しにした配線に直接電気を流し込んで強引に動かした、という所だろう。
電気機器であれば一歩間違えば装置そのものをおじゃんにする行為であるが、そう言う意味では比較的頑丈な魔道具だから出来る事であった。電気的に言えば電圧と電流が多少違っても動かせるのである。
「にしても……」
カイトは少し屈んで、足元に転がっていた錆びた金属を観察する。
「……手?」
「どこからどう見てもな」
皐月の問いかけにカイトはそれを拾い上げて頷いた。まぁ、見たままを述べているだけなので、落ちていたのはその通りだ。落ちていたのはゴーレムの手であった。どうやら、魔金属である為か劣化が遅かったらしい。
「ティナ。魔法銀が錆びるのにどれぐらい時間が必要だ?」
『うむ……大凡1000年以上ではあるな。まぁ、劣化度合いを考えればマルス帝国の物ではなかろう』
「そうか……なら、一般家庭にゴーレムがある可能性は?」
『無いと言えよう。ま、結論を言ってしまえば当たりじゃな』
カイトの言葉の先を読んで、ティナが結論を告げる。ゴーレムは何時の時代も大凡貴重品と言っても良い。一般家庭に普及する事はあまりない。それは喩え先史文明だろうと変わらない、というのが当時から知るレガドの言葉だ。
これは素材そのものが貴重品である事が何よりの要因だ。マルス帝国末期においてはホタルも家庭用として開発されようとした経緯があるが、それでもあくまでも上流階級向けと言うべきだろう。
一般家庭に普及するにはあまりに素材の値段が高すぎるのである。そこに数々の特殊な機能を与えれば、喩え戦闘用で無くてもおそらく車一台分を遥かに超える事は容易に想像が出来る。もし戦闘用にでもなれば、ホタルの量産型である顔の無い特型ゴーレムでさえ、現代の小型の戦闘用飛空艇一隻の値段を遥かに上回るだろう。勿論、あれはそれ相応に性能も良いので比べるだけ無駄とは言える。
「ビンゴ、か。よくもまぁ、1000年以上も見つからずに済んだもんだ」
『というよりも、マルス帝国の興隆期にはすでに湖の底じゃったと考えて良いじゃろう』
「流石に帝国もこんなどうでも良い所の湖の底なんぞ調べないか」
『まぁ……のう。余も調べようとは思わぬ』
ティナはカイトの言葉に僅かに苦笑する。ここらは、エネフィア特有の事情があった。
『どうしても、エネフィアには開発出来ぬ土地がある。それ故、調査もあまり進まぬ所も多い。こればかりはのう』
「まぁ、同時に土地も有り余ってるもんなぁ……」
カイトは為政者としてため息を吐いた。特にこの問題はマクダウェル家で顕著だ。彼の土地は日本の国土面積を遥かに上回っている。更にはカイトが赴任した理由からして特別なのだ。それ故、普通なら起きない数々の問題が起きているのであった。というわけで、カイトが深い溜息を吐いた。
「はぁ……できればマクスウェルだってもっとど真ん中に置きたかったのに……」
『まぁ、そればかりは仕方があるまい』
嘆きを浮かべるカイトにティナが笑って慰めを送る。やはり為政者であれば、首都とも言える自分の本拠地は土地のど真ん中においておきたいものだ。それが一番上手く経済も統治も出来るからだ。
何より、遠ければ遠い程己の目が届かなくなる。その分、統治者に隠れて好き勝手にできやすいのだ。それで起きる不正等は必然、カイト達にとっては頭の痛い問題だった。
が、そもそもカイトをマクスウェルに、というのは当時の国防上どうしても仕方がない事情だった。そしてカイトの地球への帰還があり、そのまま発展してしまった経緯がある。今更、本拠地を動かしますなぞと言えるわけがなかった。皇国の経済にさえ影響してしまうからだ。
「はぁ……なんで日本以上の土地を治めてんだ、オレ……」
『適任者おらんかったからじゃろ。と言うか、当時の情勢を見れば誰が魔族領のど真ん前に本拠地を構えたいと思うやら』
「わーってるよ。言っただけ」
そもそもの原因を述べたカイトに対して、ティナも同じくそもそもの理由を述べる。良くも悪くも、英雄だからなのであった。というわけで、話すだけ無駄な話題をさっさと終わらせたカイトは更に前へと進む事にする。そうしてまず見るのは、どう見ても崩れ果てた階段である。
「さて……どう見てもまともに下りる事はできそうにないな」
『ま、当然じゃろうな。階段と分かるだけ良しとしておけ』
「良し……全員、下りる時には注意しておけ。足を滑らすのはもとより、崩落して真っ逆さまもあり得る。崩落はどうしようもないが、足を滑らすのは注意すりゃなんとかなる。崩落した場合はその場で待機するように」
カイトはそう言うと、率先して階段へと入っていく。ここら、一番の腕利きは彼だ。彼を先頭にして進むのが最も良いだろう。というわけで、カイト達は更に下へ下へと下っていく。
「屋上より4階層降下」
『屋上より4階層降下確認……うむ。今のところ何か問題は出ておらんか』
「まぁ、単に下ってるだけだからな」
ティナの言葉に応じたカイトは、その階層の状況を見回しておく。どういう理由でこの遺跡が崩落したかは知らないし、何故この研究所が破棄される事になったのかもわからない。そしてこの遺跡の構造がどうなっているのかも勿論、分からない。
と言うより、それを確認する為の作業が今回の作業だ。司令部では今頃、カイト達が通った後の状況を確認した上での三次元での地図が作られている事だろう。それを完成させる為にも、カイト達はただ進むだけだ。
『……む。カイト。少し止まれ』
「どうした?」
「何かあるの?」
カイトが足を止めたと同時に、ユリィが首を傾げる。今のところ何か見付かったという事はない。が、とまれという事には気になる事があるのだろう。
『今の所、もう一度見てもらえるか?』
「今のところ?」
『右、20度程の所じゃ』
「わかった」
カイトはティナの求めに応じて、彼女の指示する方向へと顔を向ける。そちらは上の階層から天井が崩落していた事により、完全に行き止まりになっている様子だった。
「何も無いけど?」
『もうちょい下じゃ……ああ、そこそこ』
「……何かあるのか?」
「箱……みたいなのがあるだけだね」
何か気になる事があるらしいティナへ向けて、カイトが問いかけユリィが見たままを告げる。流石に水深50メートルの所から、更に遺跡に入っているのだ。一応魔術で明かりは点けているものの、詳細が完全に分かるわけではない。
密かに高感度カメラから何やらまで搭載しているカイトのヘッドセット――冒険部のギルドメンバー用の物よりはるかに性能が高い――から見える映像の方がよく分かる事はあるだろう。
『……うむ。カイト、少し近づいて見てくれ』
「ああ、わかった……全員、一時停止。周囲の警戒を行え。ユリィ、行くぞ」
「ほいさ」
カイトは調査隊に指示を与えると、己はユリィと共にティナの指示に従って歩いて行く。そうして崩落した壁の所に近づいて、ユリィが気付いた。
彼女が見つけた金属の箱の様な物に何かケーブルの様な物がひっついており、見様によっては何らかの胴体のようにも見えたのである。
「……これ……ケーブルかな?」
「だな……もしかしてゴーレムの胴体……なのか?」
『そうじゃろうと思いレガドに確認してもらったが、案の定そうじゃったようじゃな。警備ゴーレムの胴体部分で間違いないそうじゃ』
カイトが見ていたのは四角い金属物だ。カイトもこれに気付いてはいたものの、流石にケーブル類には気付かなかった。映像として一時停止可能な向こうだからこそ、気付いたのだろう。いや、それなしでもティナの場合は気付いたかもしれないが。
「ということは……」
『まぁ、研究所で間違いない事は間違いないんじゃろうし……』
「戦闘は普通にありますよ、と」
『じゃな』
ユリィの言葉をティナが認める。つまりは、そういうことだ。警備ゴーレムは当たり前だが、戦う為に作られている物だ。そしてカイト達は当然、研究者ではない。侵入者である。となると必然、生きている警備ゴーレムと遭遇すれば戦闘が起きる事になる、と言ってよかった。
「ティナ。各員に注意を促す様に司令部に伝達を」
『うむ。そちらも気をつけつつ、先に進めよ』
「わかってる」
そもそもこれは分かっていたことが確定として出ただけだ。注意する必要はあれど、今更気にする必要なぞどこにもない。というわけで、カイトは更に注意しつつ先へと進んでいく事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1145話『湖底遺跡の謎』




