第1140話 湖底調査
カイト達がマクダウェル領内のとある湖の底に沈んでいる可能性があるという遺跡の調査を決定してから、数日。カイトは飛空艇を動かして、その湖の側に移動していた。
この湖の名前は知られていない。殆ど名もない湖と言っても良い。というのも、周囲に街や村がなく、名前を付ける意味があまり無かったからだ。付けた所で誰も呼ばないのである。もちろん、知られていないだけで名前はある。雑草という名の草が無いと同じで、発見されている以上はきちんと名前がある。
まぁ、それはおいておいても。大きさとしては大凡半径1キロ。深さとしては最大で50メートル程というそこそこの大きさの湖だ。と言っても主要な行路等からは外れている為、冒険者が野営地を設営する場合には、これを目印にしたり一時的な拠点として利用したりする程度だろう。それ故、今まで遺跡が見付かっていなかったわけでもある。
「見えてきたな」
カイトは艦橋に映し出される映像を見て、目的地が近づいてきた事を把握する。というわけで、彼は速度を落として着陸の用意を整える事にする。
「ソラ、聞こえているか?」
『おう、聞こえてる。こっちからも見えてるよ』
「そか。そっちの状況はどうだ?」
『釣りが楽しいぜ』
ソラが笑いながら、呑気に告げる。すでに整地作業等を終わらせた彼らの今の仕事は大半が待機だ。それはソラとて変わらない。
今回、上層部の大半を動員している。なのでソラ以外にも指揮を取れる面子はおり、輪番制で休憩していたのだろう。今は偶然、ソラが休憩の真っ最中だったという所なのだろう。そこらは先遣隊に任せてある。
「あはは。そりゃ良かった。それで、整地はどうなってる?」
『ああ、それなら野営地の東の所にやっといた。詳しい話は桜ちゃんに聞いてくれ』
「わかった……桜ー、聞いてたら返事してくれ」
『はい。聞いてました……瑞樹ちゃん』
『承りましたわ。レイア、行きますわよ』
桜の要請を受けた瑞樹が行動を開始する。そうして、即座に飛空艇の前にレイアに乗った瑞樹がやってきた。
『では、こちらへ』
「ああ、わかった」
カイトは瑞樹の案内に従い、飛空艇を所定の場所へと移動させていく。そうして、10分程で飛空艇は地上へと着陸する。
「良し。じゃあ技術班は総員、必要な機材の搬出と組み立てを行ってくれ。その他の面子については外の野営地へ向かい、各々の準備を整える様に。ティナ、灯里さんは取りまとめを頼む」
カイトは飛空艇を着陸させると、即座に指揮を開始する。ここからは、総指揮は彼の仕事だ。そしてやるべき事をやる必要がある。そのやるべき事とは、遺跡があるかどうかを調査する事だ。そうして、集合していた冒険部一同に向けて今度は指示を開始する。
「さて、まずは湖の上にボートを出せ。水の中の魔物には気を付ける様に。まぁ、この広さだし上空の竜騎士部隊の支援もある。万が一には、即座に救援要請を出す様に」
まず行わせる事は、ボートを浮かべる事だ。基本的に遺跡の有無はソナーを使って確認する事にしている。これについては携行式の物で良いし機材はそこまでの費用にならなかった為、人海戦術で調べるつもりだ。そしてこの調査については今日明日で終わるだろう、と見込まれていた。
「竜騎士部隊は上空から万が一に備えて湖の各所の支援を。司令部は各所との連携を頼む。遠距離からの支援部隊は万が一の戦闘に備えて湖岸で待機。竜騎士部隊と共に支援が可能な魔術師とアーチャーは竜騎士部隊に同行する様に」
カイトは更に続けて、それ以外の面子についての指示を下す。当たり前だが、全員で調査は行わない。万が一に備えた竜騎士部隊による航空支援は必要だし、それらを取りまとめる為の司令部は必須だ。
というわけで、今回は前線となる人海戦術の取りまとめはカイトと瞬、後方支援となる司令部には桜とソラ、上空の竜騎士部隊はいつも通り瑞樹――に加えて由利が支援――が総指揮を担う事になっている。それ以外にも野営地を守る為の警備隊も存在している。
ティナや灯里達技術班は遺跡が見付かった場合に備えて、機材の準備を整える事になっていた。見付かった場合は、明日か明後日から実際に調査の為の準備に取り掛かる事になっている。
「良し。では、行動開始!」
「「「おう!」」」
カイトの号令で全員が行動を開始する。そうして、カイトも己の用意した個人用のボートに乗り込んで、調査を開始する事にするのだった。
さて、調査開始からおよそ1時間程。まぁ、当たり前であるがまだ何も調査結果は出ていない。というわけで、カイトはボートの上から調査用の魔道具を湖に垂らしていた。
「うーん……釣りしてる気分……」
カイトは釣り糸を湖に垂らしながら、そうぼやいた。乗っているのは個人用のボート。今回は人海戦術で挑む事になる為、ボートは小型の物だ。
なお、釣り糸を垂らしているが先端に取り付けられているのは専用の術式が刻まれた魔石だ。他にもボートには魔石が収集した情報を司令部へと送信する為のアンテナ代わりの魔道具も設置されている。決して、先程までのソラと同じように釣りをしているわけではない。
「はぁ……」
『カイト、検査終了しておるぞ』
「あいよー。次は?」
『もう20メートル程前に進め。そこらに検査の漏れがあってのう。ま、人故な。わずかにずれが生じておるのは仕方がない』
「だな……で、そのためにオレが居るわけだし」
カイトは通信機を介したティナの言葉に頷くと、推進装置に魔力を注ぎ込んでボートを移動させる。このボートの推進装置は水を噴出するタイプの物だ。動力は人力だ。故に彼が魔力を注ぎ込まねば、というわけであった。とはいえ、出力の微細な操作が出来るので今回の場合はこちらの方が良かった。
「はーい、ちゃぽん、と……」
カイトは20メートル程ボートを移動させると、そこに釣り糸を垂らす。この繰り返しだ。人海戦術を取っているがだからといって即座に終わるわけではない。この湖の半径は一キロ。面積としてはかなりの物だ。調査の為に停止しなければならない為、即座に終わるはずもなかった。
「ふぁー……ティナー、今どんなもんよ」
『今か? 今は大凡20%という所じゃのう』
「なんとか、夕暮れまでには半分は終わりそうかなー」
カイトは太陽の位置等を見ながら、大凡の終了時刻を予想する。一個当たりに検査終了までに必要な時間はおよそ10分。探査可能な距離は半径およそ50メートルという所だ。
探査の間は本当にのんびりとするしかない。待つのもまた、仕事だった。というわけで、今日も今日とて同行していたユリィがぼんやりと告げる。
「カイトー、暇ー」
「オレも暇ー」
カイトはごろん、と寝っ転がる。そしてその胸の上に、ユリィも寝っ転がった。
「なんていうかさー。なんでこんな天気の良い日にこんな事してるんだろ」
「釣りなら、良かったんだけどなー」
「女の子も釣れないもんねー」
「なんだよねー。と言うか、釣りやってるわけじゃねぇんだけどな」
ぼんやりとカイトはユリィと話し合う。冗談を言える程には、暇だった。幸いにしてこの湖は深さ等の問題からさほど強力な魔物は存在しておらず、そこまで気を張らなくて良かった。
そうして、そんな呑気な状態なのでユリィが少しだけいたずらっぽい顔で起き上がり大型化すると、カイトへと馬乗りになって問いかけた。
「……エッチな事でもしちゃう?」
「ヤメレ。お前、水浸しになりたいか……と言うか、上から見られんぞ」
「あー……そうだった」
そう言えば、とユリィは再びカイトの身体の上にごろん、と寝っ転がる。面倒なので小型化はしないようだ。如何にいたずらっぽい彼女でも見られたいというわけではない。そしてここは湖の上だ。見通しは非常に良かった。一応ボートの縁があるので寝っ転がれば見えないが、近づけば見えるし勿論上空からは内部は丸見えである。
「はぁ……暇だなー」
「暇だなー」
ユリィの言葉にカイトも同意する。と、そんな事をしている間に探査は終わったようだ。釣り糸をユリィが回収する。
「カイトー、終わったよー。次、100メートル先だってー。ちょっと先行してくれって」
「あいよー……よいしょっと」
カイトは通信機からの連絡を受け取ったユリィの言葉に応ずると、寝っ転がりながらもぞもぞと蠢いて頭の上の方にある推進装置へと手を当てる。彼なので周囲を見なくても進める。問題はない。そして移動し始めた船内にて、再びユリィが寝っ転がる。
「ふぁー……」
「こんなもんか……よいしょっと」
寝っ転がったユリィを横目に、カイトは再び釣り糸を湖へと垂らす。と、そうして再び寝っ転がったカイトへと、司令部側から連絡が入った。相手は灯里だ。
『カイトー、寒くない?』
「うん? いや、別に? もしかして誰か上着とかの防寒具の用意忘れたとかか?」
『あはは。大当たり。何人か忘れちゃった子居るらしくてさー。今、瑞樹ちゃんが持ってった所なのよー。で、その様子だと、大丈夫っぽいわねー』
カイトの言葉に灯里が笑って頷いた。現在の季節は秋。流石にまだ冬は遠いので寒いとまでは言わないが、やはり水は夏に比べれはかなり冷たくなっている。故にボートの上も必然として寒くなっており、防寒具も用意に含めていたのである。
「それにカイトだと私も居るもんねー」
「うーん……そうなんだよなー……天然ホッカイロは暖こうございますなぁ……」
カイトはユリィを少しだけ強めに抱き寄せる。特段ユリィの体温が温かいわけではないが、それでも人肌というのは温かいものだ。これで十分に暖かかった。
「うーん、何か懐かしいなー」
「ねー……で、一応いうけどさ。お尻モミモミって揉むのやめない?」
「ユリィの身体は全部オレ様のものだー。ということで、少し身体をこすって温めるのである」
カイトはそう言いながら、更にユリィの臀部から太もものあたりすべすべと撫でておく。それに、ユリィは少しだけため息を吐いた。
「別に良いんだけどさー……さっきと言ってることとやってる事が別じゃん。エッチな気分になったら責任とってよー」
「大丈夫。お前の感じるツボは心得てるから。伊達に相棒じゃないし」
「そういうことじゃないー」
二人はじゃれ合いながら、とりあえず寝そべって風に当たらない様に温まっておく。こんな場だ。寒いからと運動なぞ出来はしない。そして道理として、船の転覆を避ける意味でも運動するわけにはいかない。じっとしていなければならないのだ。
そして魔物が出ても弓兵達や竜騎士部隊の出番となるのであって、あまりカイト達近接の面子がボートを動かして増援に出る事はない。下手にそれで他の魔物を刺激しても大事になりかねないし、ボートが壊れても面倒だ。基本的には、動かずに暖を取る方法を考えねばならなかった。
なのでまだ秋口ではあるが、状況を考えて温かい飲み物を携帯している者も少なくなかった。カイトも勿論、用意してある。他にもカイト達と同じように姿勢を低くして風を防いで防寒着を着込んだり、魅衣の様に魔術で温風を作って温まっている者も居る。ここらは各々で出来る限りの事を、というわけだ。
「はぁ……のんびりと、と……」
「……寒い時さ。よくこうやって二人で温まったね」
「そうだな……うん、やっぱり温かい」
「うん……暖かいね、カイト……」
「ああ……」
こうやって身を寄せ合うと、懐かしいものがこみ上げてくるようだ。二人はだんだんと穏やかな気持ちになっていく。そして周囲は魔物を刺激しない様に、あまり騒がしくない。聞こえるのは大凡小鳥のさえずりや水の音だけだ。眠くなるのには、十分だった。が、勿論そうは問屋が卸さない。
『む……カイト。ちょっと気になる情報が上がった』
「「ふぇ?」」
ウトウトとし始めていた二人がティナの言葉に意識を覚醒させる。それに、ティナが呆れ返った。
『お主らのう……寝ようとしておったな』
「ああ、悪い悪い。つい、ウトウトとな……で?」
『まぁ、良いわ。で、少々湖の中心部へと向かってくれ。余の予測が正しければ、そこがやはり遺跡の中心の可能性がある』
「わーった」
カイトはティナの要請に頷くと、起き上がってボートを操って湖の中心部へと移動する事にする。どうやら、何かが見つかっていたようだ。
「ここら辺、かな」
『うむ、そこらで良かろう。では、頼んだ』
カイトはティナの要請に従って、釣り糸を垂らして魔石を水中へと沈める。見れば、他にも結構な数のギルドメンバー達が湖の中心部に集まってきていた。どうやらカイトを目印にしていたのだろう。そうして、しばらくの後。検査が終了して、一斉に周辺の情報が司令部へと送られる。
『うむ。ビンゴじゃな。何らかの人工物と思しき影が観測されておる……カイト、一度戻れ。湖底の探索の為の部隊を出すべきじゃな。そのためにも、まずはお主らが向かうべきじゃろう』
「わかった。桜、ソラ。ボート組は一度撤退する様に命令を」
『わかりました』
カイトの指示を受けて、桜とソラがボートに乗って調査をしている面子に帰還命令を出す。そうして、カイトもそれに従って湖畔へと帰還する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1141話『湖底へ』




